風にまかせて − モンゴルに見た輝き 6 −


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     13 カウントダウン

 中国での最後の夕食に限って、遅れた僕は仲間達と同じテーブルにつけなかった。しかしそのまま別の席で我慢する僕ではない。イスを引きずり移動して、無理やりみんなの中に割り込んだ。
 調子にのって強引な事をやっているようでも、気持ちは沈む一方だ。近所に住むバードやブラックとは、また会う機会もあるだろう。だが遠い舞鶴の姉妹とは、もう二度と会えないような気がする。
 別れの時まで、すでに秒読みの段階に入っている。
 いつものようにブラックの部屋に集まった。どうせ明日の朝は早い。仲間達とこのまま夜を明かそう。
 バードは買ったばかりの青い民族衣装を着ている。ブラックも同じく黄色い民族衣装を。もちろん僕も、用意していた紫色の民族衣装を着込んだ。あの満洲里の夕食会では、早まった事をした。この服は、今夜彼らと共にのみ着るべきだったのかもしれない。
 特に何をするでもなく、ただとりとめのない話をしながら、夜を過ごした。外は激しい雨が降り、時おり雷鳴が響く。まるであの西烏珠尓の夜のようだ。
 しかし眠らずに過ごす夜が、まさかこれほどまでに短いとは。いつしか雨は止み、空は白み始めていた。

 4時30分のモーニングコールを合図に、一度自分の部屋に戻った。朝食は5時から。少し遅れてしまった。
 出発の支度をすませ、急いで地下へ降りた。ところがそこには誰もいない。目が良く見えないせいもありまごついていると、ジュニアが迎えに来てくれた。聞けば食堂は二階だという。いつかの朝食のようにまだ準備中で、廊下で待たされていたみんなは、僕が展望エレベーターで降りるのを見ていたそうだ。「あーやっと降りて来た。……おい通り過ぎたぞ?」頼りない僕は、もう少しでまた昨夜のように、仲間と同じテーブルにつきそびれるところだった。

 飛行機へ搭乗する前に、僕はまた民族衣装を着込んだ。表面的におどけてみせる事で、沈む気持ちを悟られたくなかったというのもあるが、はぐれないためには目立つ必要があるという、実際的な理由もあった。メガネのない今の僕には、伸ばした自分の手の先さえろくに見えない。
 出国審査は北京でなく、経由地の上海空港で行う。そういった面倒事は気が重かったが、それなりになんとかなるものだ。再両替でも、ごまかされるような事はなかった。
 関西空港に着陸した。だが何もかもがぼやけているためか、帰国の実感が未だ湧かない。旅の終わりが自覚出来ない。ただ解散時間が刻々と迫る事だけが、頭の中から離れない。
 入国審査のゲートは、日本人と外国人とに分けられている。僕が仲間達と共に日本人のゲートへ向かうと、案内の女性が近付いて来た。
 「在住の方ですか?」
 そうか、僕は中国の帽子をかぶり、モンゴルの民族衣装を着たままだった。ふと気分が明るくなり、僕は答えた。
 「ええ。ただいま」
 さて、入国審査官は、髪を切りメガネのない僕を、パスポート写真と同一人物とみなすだろうか。アクシデントすら楽しむ心の余裕を、僕はようやく取り戻した。
 この調子なら、たとえ独りになっても旅を続けられそうだ。


     14 フォローウインド

    Follow Wind −風にまかせて−

 1 道をたどれば 移ろう景色
   流れ去る木々 流れ去る丘
   またたく合い間に
   走るかたわら 共にあるもの
   追いかける海 追いかける空
   同じリズムで

   軽くなる 透き通る
   解き放たれた プラズマのよう

   だから Follow Wind 風にまかせて
       Follow Wind 風のままに
       Follow Wind 風にまかせて
       Follow Wind 風のままに

 2 果ての見えない 峠に挑む
   ペダル踏み込む ただひたすらに
   ただひたむきに
   流れて落ちる 汗のしずくが
   力満たして 回り続ける
   スポークに散る

   熱くなる 強くなる
   身体で回る 内燃機関

   やがて Follow Wind 風によりそい
       Follow Wind 風になじむ
       Follow Wind 風によりそい
       Follow Wind 風になじむ

 3 遥か見降ろす 先へ続く道
   背中に受ける 空の後押し
   加速うながす
   車体傾け タイヤはきしむ
   道はこの時 白くさかまく
   急流になる

   流れゆく 滑りゆく
   高空からの自由落下

   そして Follow Wind 風をともない
       Follow Wind 風をおびる
       Follow Wind 風をともない
       Follow Wind 風をおびる

   いつも Follow Wind 風にまかせて
       Follow Wind 風のままに
       Follow Wind 風にまかせて
       Follow Wind 風のままに


 出発前に作ったこの歌は、今も頭の中に流れ続けている。

 帰国してからも、旅は未だ継続しているような気がする。バードやブラックと、たびたび会っているためだろう。特にブラックはよく電話をかけてくるし、休日のたびに家へ遊びに来る。自転車に乗って。
 写真交換会という名目で、集まる機会もあった。オックスに師匠、ジュニアにアル中、イエローとブルーも遅れて現れた。だが舞鶴の二人はついに現れなかった。男ばかりで顔つき合わせハンバーガーをほおばるのは、なんとなくわびしい。
 帰るとミッちゃんから残暑見舞いが届いていた。もちろん嬉しかったが、手紙だけでのつながりになってしまったのかと、寂しさも感じる。一度電話をしてみたが、番号が変わったらしく通じなかった。
 ところが次の週末、思いがけなく姉妹から電話があった。うかれ気分からくだらない話に終始したが、こう誘う事だけは忘れなかった。
 「いつかこっちに遊びに来いよ。きみ達が舞鶴から来てくれたら、みんなで集まるいいきっかけになるだろ? 最後にもう一度、みんなで集まりたいんだ」
 来月になれば、僕は沖縄へ発つ。この旅の結びを待たずに、次の旅がすでに始まりつつある。

 一方バードも独自の計画を立てている。自転車で二日かけて鳥取まで走り、列車で戻るという計画だ。距離は約200キロ、ちょうど海拉尓から満洲里への行程に相当する。そう考えると挑戦心が湧く。僕は何人かに声をかけてみたが、結局参加者はバードにブラックそして僕の三人となった。
 9月第二土曜日の朝、僕達はそれぞれの家を出発し、押部谷駅交差点に集合した。三木、小野、粟生を抜け、国道312号線を北上し、生野峠を越える。それに備えて早めに食事をすませ、大げさに気構えていただけに、あっさり越えてしまい拍子抜けした。
 余裕で生野銀山に寄り道した。坑道に資料館、ゆっくりと見学したが、時間はまだある。和田山近くの竹田城址にも登った。ここがもっともきつい難所だったが、山頂からの夕景は見事だった。その夜は和田山に宿をとった。
 翌朝はまず駅弁を買って出発、ひたすら国道9号線をたどった。だがこの日の行程では長いトンネルが多く、そのたびに県道を迂回し峠を越えた。暑い、いや熱い。峠一つにつき、ボトル一本分の水分を失った。
 しかしその後の下り坂は爽快だ。猛スピードで急降下した。やがて坂が尽き、僕はわれに返って同行者を待つ。すると二人は、僕がまき散らした荷物の一部を拾い集めてくれていた。
 温泉町の川べりで昼食。そして最後の峠を越え、鳥取県へ。そのまま坂を駆け下り、海岸沿いに駆け抜け、砂丘に至った。あとは自分の足で砂丘を登り、駆け降りる。日本海に向き合い、握手をした。そうだ、太平洋への伝言も聞いておこうか。波音を耳に残した。
 来月の今頃、僕は遥か南の島にいる。

 沖縄行きの準備は着々と進んでいる。自転車の整備、清掃、傷の補修を終え、さらにサイドバッグとパニアバッグを搭載。もちろんグリーンに統一した。
 そんな頃、ブラックからこんな提案があった。
 「みんなで集まるきっかけなら、グリーンのお別れ会なんてええと思うけどな。舞鶴姉妹もそれなら来るんとちゃうか?」
 彼はお別れ会を9月最後の日曜日と決め、案内状をみんなに送付した。こうしてブラックの計画も動き始めた。
 僕は独りでペダルを踏みしめ進んできたわけではなかった。バードやブラックの巻き起こす風が、今終わりつつある僕の旅を、こうして最後まで後押ししてくれている。

 そしてお別れ会当日。思いがけなく大勢が集まってくれた。内モンゴルへは行かなかった、ジュニアの友達の「のび太クン」にも、練習会の時以来ひさしぶりに会った。ただ一人の大人の参加者のシルバーボアは、赤穂での競技の出場後にわざわざ駆けつけてくれた。そして舞鶴からの姉妹の訪問も、まさか本当に実現するとは。うかれ気分で僕はミッちゃんと師匠をひやかし、またカヨちゃんをからかった。
 「その先の曲がった魔女の杖(カサ)、とてもよく似合ってるよ」
 あいさつに始まり、結びの僕の言葉まで、幹事のブラックはきっちりとプログラムを作製してくれている。だが僕としては、ただこうして集まれただけで、仲間達との旅が今も続いていると知っただけで、充分に満足だ。ゲームをし、お菓子をつまみ、おしゃべりをし、一つの時間を共に過ごした。
 今になってふと、後悔が重く広がる。この町を離れるのは自分の意志だというのに、仲間達から離れる事を思うと苦しくなる。
 新たな土地への希望より、今いる土地への愛着が強くなる。こんな事は今までに例がなかった。いや、小学生の頃に一度だけ、こんな思いを味わっただろうか。これ以上の仲間はもう、どこへ行っても得られないという思いを。
 「どうせ金がなくなって、一カ月くらいで帰って来るんとちゃうか?」
 こないだからブラックは、冗談半分にそんな事ばかり言っていた。だがそれも今なら、悪意ではなかったと分かる。
 「ひょっとしたら本当にそうなるかもな」
 うっかりそんな甘えたセリフで応えそうになるほど、僕は感傷的になっていた。
 てれくささもあって、形式ばったプログラムは途中から立ち消えになった。最後の僕からの言葉も、みんなに対し面と向かって語る事は出来なかった。
 だからここに記しておこう。
 「いい旅をありがとう。多彩なキャラクター達の個性ある行動が、強烈ながらも好感の持てるライバルの存在が、そして無邪気で素直なヒロイン達の魅力が、旅のストーリーをとても豊かなものにしてくれた。いい旅をありがとう。いい時をありがとう」


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