レイリング日記02
2月10日 日曜日
最後の夜もオーロラはダメだった。こうなったらあとはもう、次の楽しみに気持ちを切り替えよう。
今夜はいよいよ、初めてヨーロッパの夜行列車に乗る。これはオーロラと違って逃しようのない、すでに決定している楽しみだ。
ただし、乗り遅れたりしない限りは。
9時50分、ロヴァニエミ行きのバスに乗り、レヴィのホテルを出発した。北極圏ともこれでお別れだ。
とはいえ道のりは長い。昼過ぎまでは、まだたっぷりと北極圏の景色を楽しめるだろう。
また、素敵な景色は窓の外ばかりとは限らない。
反対側の窓辺の席に、ティーンエイジャーの少女が座っている。明るい色の髪がほほにかかり、長いまつ毛をふせて眠る姿が、絵になっている。
キッティラから乗り込んだ時に、ボーイフレンドと大げさな別れをかわした割には、荷物は小さなデイパック一つと、何かドラマを感じさせてくれる。
途中、ロヒホヴィという所で休憩があった。ログハウスのドライブインで、僕は洋ナシのジュースを買った。
例の少女は席を離れる事もなく、パンを静かにかじっていた。
レヴィから来ると、ロヴァニエミも大都会に見える。また、リゾート地にはうかがえない生活感といったものもある。
僕にとっては、こういった所の方が居心地が良い。
しかし、もうしばらくは「観光客」をする事になってしまったが。
ロヴァニエミには日本人のガイドが待機してくれており、その人の言うにはサンタ村は今日もオープンしているそうなので、予定を変更して行ってみる事にした。
僕の本来の予定では、列車の時間までただゆっくり街をぶらつくつもりでいた。観光化され、「サンタクロース」などとアメリカナイズされた「ヨールプッキ」を見たくはなかった。
それでもあえて向かったのは、ここの郵便局で申し込んでおけば、クリスマスにはその申し込み先にカードが届くからだ。
日本のちっちゃなガールフレンドたちへのおみやげに、サンタさんからのクリスマスカードを申し込んで、これで気がすんだ。さあ、明るいうちに街へ戻ろう。
バスを途中下車し、世界最北端のマックに寄った。最北端というものに、僕はどうも弱い。
ダブルチーズバーガーは、ピクルスがちょっときついがチーズはうまかった。
わざわざ裏通りを選びながら駅へ戻った。そんな寄り道のせいで、列車の写真を撮る時間はあまりなくなってしまった。北極圏をはずれたこのロヴァニエミでも、16時を過ぎれば暗くなってしまう。
そして今は、列車の座席を模した待合室のベンチで、列車の到着を待っている。
大声で歌を歌っていた酔っぱらいが、タバコをくわえると寒いホームへ出て行った。さすがに先進国は禁煙が徹底している。ローカル駅らしい、落ち着いた心地よい静寂が戻ってきた。
が、今度は日本人の団体が集まってきた。
列車に乗り込み、コンパートメントで今度こそひと息ついた。そして僕のもっとも好きな、発車の瞬間。
だがこれで帰途についてしまったのだという、もの寂しい思いも込み上げる。
2月11日 月曜日
夜中に目が覚め、なかなか寝付かれないままふとこんな事を考えた。
明日の今頃はヘルシンキのホテルで眠り、あさっての今頃は飛行機の中で眠っている。すっかり予定の決まった旅とは、虚しいものだ。
また昔のように、先の見えない旅が出来たら……。
しかしそれも考えようだ。朝にこの列車を降りたら、あとはなんの予定もない。少なくとも今日一日は、まったく何も決まっていないのだ。
さあ、ヘルシンキでの一日、何をしようか。
いろいろ考えをめぐらすうちに、いつしかまた寝入っていた。
7時過ぎ、まだ暗いうちにヘルシンキ駅に着いた。大荷物をロッカーに預け、あとはもうどこへ行っても良いのだが、なんだか列車のそばから離れ難い。
ちょうど通勤や通学の時間、出入りの激しい列車の群れをいろいろ撮影するうちに、一時間が過ぎていた。
その後ホームを見渡せるカフェでゆっくり朝食をとり、とりあえずこれで列車については満足する事にして、次の目標に向かった。
次の目標は、たった一カットの街の風景。
ネットによるフィンランドについての下調べの中で、もっとも気に入ったのがライブカメラだった。遠い国の様子でもリアルタイムで知り得るというのが、今さらながら驚きだった。
そのライブカメラ画像をプリントアウトし、今回の旅に持参していた。この見知らぬ場所に、実際に自分の足で立ってみたかったから。
道行く人に写真を見せてたずねてみれば、あるいは早いのかもしれない。でもそれでは発見の満足感が薄れてしまう。せめて午前中くらいは自分の力で探してみるつもりだった。
まず南へ向かい、そこから東へ行くと海につき当たってしまった。しかたないので北上し、街をはずれてしまったので西へ戻ると、今度は湖岸にさえぎられる。それに沿うように南へ回っていくと、駅前に戻ってしまった。
しかしこれで範囲はしぼられた。残るは西半分だ。そのまま真っすぐ駅から西へ。すると、写真の場所はすぐそこだった。探し物というのは、たいていがこういうものだ。
雪が消え、壁面の広告も変わっているが、確かに写真と同じ構図だった。
背後を見上げると、カメラがこちらを見下ろしている。なんだか感動する以前に笑ってしまった。こんな小さなカメラの向こうに、ネットを介して全世界がつながっているなんて、まったく実感がわかない。
ネットの向こう側にいた自分が、今こうしてこちら側に立っているのもまた、ひどく奇妙な感じだ。
一度駅に戻った。朝は暗かったからという理由で、もう一度列車の写真を撮りまくる。そしてホームを見渡すハンバーガーショップでゆっくり昼食をとり、今度こそこれで列車については満足する事にした。
といっても、次の目的も鉄道関連なのだが。
切符購入に少し手間取ったが、トラムに乗る事が出来た。路面電車の走る街というのは素敵だ。それに乗って、市電博物館へ向かう。
ところが……、博物館は月曜休館だった。まあいい、もう一つの目的地のシベリウス公園が、ちょうどすぐ近くだ。
フィンランドの代表的作曲家、シベリウスを知ったのは中学生の時だったが、そのきっかけはくだらない事だった。音楽の教科書に載っていた作曲家の生没年を眺めるうちに、誰が一番長生きだったんだろうとふと思い、授業中のヒマつぶしにかたっぱしから計算していった。そして、92才の最長寿記録がこのシベリウスだったのだ。
しかし、それだけならすぐに忘れてしまっていただろう。その直後に学校行事の一環としてクラシック音楽の生演奏を聴く機会があり、その時の演目が偶然、シベリウスのフィンランディアだった。
きっかけはどうあれ、この作曲家が僕とフィンランドを結び付けそして近付けた事は、間違いないだろう。
トラムの一日周遊券は、地下鉄でも有効らしい。ならせっかくだから乗りに行こう。
ゴロゴロと異音のするエスカレーターで地下に降りると、地下鉄の車両は意外なほどきれいだった。車体も車内も鮮やかなオレンジ色で、また軌道が広いので車体も大きく車内も広々している。
ちなみにトラムの軌道は狭かった。持参したスケールで計測してみたところ、石畳のふくらみのため正確なところは分からないが、1010ミリほどだった。
しかし通りの真ん中でいきなり巻き尺を伸ばすとは、怪しい東洋人と見えただろう。
地下鉄に話を戻すが、なんと停車駅の車内アナウンスがあった。しかもフィンランド語とスウェーデン語の二カ国語で。駅の標識もすべて両国語による表記だった。ただし、駅の発車ベルなどはさすがになし。
中国は、自動車は右側通行でも列車は左側通行だったが、フィンランドはどちらも右側通行だ。たぶんこちらの方が一般的だろう。ちなみに人も右側通行で歩いている。
それはそうと、自動車が昼間でもヘッドライトを灯けて走っているが、これは薄暗い冬の間の交通規則だろうか。夏にはいったいどうしているのだろう。
こうして今回もまた、宿題が一つ。調べておく必要がありそうだ。次回までに。
パビリオン入り口へ