レイリング日記86
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3月21日 金曜日
昼過ぎには別府に着いて、夕方までに部屋も決まって、まずはひと安心。学校から3分ほどの所で、郵便局やスーパーもすぐ近くだ。それから目の前に薬局がある。
用事はすんだし、まだ時間も早いので、海岸へ行ってみた。前にここに来たのは9年前か。すっかり様子が変わっていた。海沿いに散歩道があって、人工砂浜と公園も出来ていた。カモメがたくさんいるのは昔のままだった。
4月10日 木曜日〜11日 金曜日
九州への引っ越しに使う列車は、寝台特急「富士」。これくらいの楽しみは欲しかったから。東京発が18時5分。早めに家を出て、秋葉原に寄った。ここもしばらくは行けないだろうから。
東京駅で母さんと合流。母さんは、入学式の翌日まで向こうにいる予定。
「富士」のスピードはかなり遅い。新幹線に乗り慣れてしまったからそう感じるんだろうか。
23時少し前に名古屋に着いたのは覚えている。でもその後すぐ眠ってしまい、何度か目を覚ましたけれど、5時前に着いたはずの福山は気付かなかった。
起きたのは5時ちょっと過ぎ。まだ誰も起きていなかった。車内はレールの音しか聞こえない。カーテンを開けると外は薄暗く、雨が降っていた。なんだかずい分遠くに来た気がした。
ほかの人達が起き出す頃、列車は海岸をかすめるほどの所を走っていた。瀬戸内海は波がほとんどなく、遠浅で、沖には小島が散らばって、水平線も分からないほどだ。なんだか大河の河口のようにも見える。
別府到着は11時過ぎ。すぐに市役所に行ってNTTへ行って、と大忙し。荷物の片付けも夜までかかったし。寝台列車でのんびりした分、こっちに着いてからが大変だった。
4月26日 土曜日
小倉から東京まで、新幹線に6時間も乗っていた。これでも一番停車駅の少ない列車で、停まったのは広島と岡山と大阪、京都、名古屋だけなのに。
新神戸も通過した。こんな事は初めてだ。あっという間に通り過ぎてしまった。トンネルを抜けたと思ったらホームがさーっと見えてまたすぐトンネル。両側のトンネルが長いからよけいに短く感じる。
窓ぎわに座れたので、外ばかり見ていた。今頃の季節に新幹線に乗った事がないので、田んぼがあんなにきれいだとは知らなかった。一面にレンゲが咲く田んぼがあちこちにあって、目が離せなかった。
8月7日 水曜日
上野駅でもう疲れてしまった。「白山」の発車まで一時間半もあるというのに、もう大勢が並んでいて、階段の陰の薄暗い中に新聞紙をしいて、座っていたり寝ていたり。その後ろに並ぶ気になれなかったので、長野まで行く「あさま」に乗った。ただしこれも混んでいて、小諸までの2時間半は立ち詰めだった。
長野で「白山」を待つ事一時間。でも上野で待つよりは良かった。その間にゆっくり弁当も食べられたし。
わりとすいてきていて、すぐ窓際に座れた。日本海が見たかったので右側に座ろうと思っていたのに、左側しか空かなかったのが残念だった。すると、直江津駅でなんと進行方向が逆に! 運良く日本海を見る事が出来た。
富山から立山へ続く鉄道は、列車も駅も古びていて、数十年前の列車に乗っているような気分だった。明かりは薄暗く、ドアはガタガタと開閉し、窓も小さくて、なぜか車内広告もなかった。
8月8日 金曜日
期待していた星空は、雲にさえぎられてだめだった。朝、山から雲が湯けむりのようにもくもくと立ち昇るのを見た。この分では今夜もだめだ。
今日は黒部峡谷へ行った。富山より少し手前の寺田という駅で降りて、そこで20分ほど待った。遠いのと、列車の遅いのと、乗り換えに時間のかかるのとで、川ではほとんど時間がなかった。でも、列車に乗るのも楽しみのうちだ。
峡谷鉄道からの景色はすごかった。でもそれを撮るのは難しい。木々の合い間に見え隠れするのを撮るのだから、何枚かはシャッターチャンスを逃して手前の木を写してしまった。それからトンネルもすごい。コンクリートで固めた物もあったけど、ほとんどは掘削したままのゴツゴツの壁。そこにものすごい冷たい空気が満ちていて、時々冷たい水も落ちてくる。すさまじいトンネルだった。
宇奈月駅前には温泉の湯を使った噴水があって、手だけ温泉につかってきた。一つ残念だったのは、魚津に寄れなかった事。時間があれば、埋没林も見たかったけど。
8月9日 土曜日
今日も時間が惜しかったから、朝早く出発した。朝から良い天気。ケーブルカーなどの乗り物にはほとんど窓際に座れて、運が良かった。あちこち見る時間もわりとあったし。弥陀ヶ原、室堂、黒四ダムを、かなり時間をかけて歩いてみた。
弥陀ヶ原は高原の湿原で、見慣れない植物がいっぱいだった。でも残念な事に、フィルムがなくなってしまったので写真は一枚も撮れなかった。
室堂行きのバスを途中下車した弥陀ヶ原は、ほとんどの人が室堂へ直行するらしくて、だれもいなかった。時間があればもう少しゆっくりしたかったけど、僕も室堂を見てみたかったので。
室堂では、谷へずっと降りていくと、硫黄と蒸気を噴きだしているすごい所があった。湯がゴボゴボ湧いている池にみとれていると、時間がなくなっていた。急いで階段を戻ったけど、傾斜は急だし、硫黄で息は苦しいし。途中のみくりが池まで来て、ようやく一息ついた。
みくりが池は真っ青で、周りにはかなり雪が残っていた。この室堂には、真夏とは思えないほど雪があちこちに残っている。今度は6月頃に来てみたい。そしてここに一泊して、もっとゆっくり見てみたい。
トンネルをバスで抜けて、黒四ダムへ。ここが最後の目的地。今日中に家に帰るなんて、あちこち見ている間は実感なかったけど、ここを過ぎればもう帰り道だ。標高が低くなったためか、少し暑くなった。
かと思うと、トロリーバスの通るトンネルは寒い。そしてまたトンネルを出て大町まで行くと、もうムッとする暑さ。空気が濃い感じもした。気温の差と気圧の差というのは、思ったより体にこたえる。
「あずさ」で新宿まで帰った。「あずさ」に乗るのも中央線を通るのもなつかしいけど、ひどく混んでいたので苦しかった。途中から座る事が出来たけど、座ったからこそ気がひけてつらかった。
9月4日 木曜日〜5日 金曜日
列車が出るのは夕方だけど、ダリの彫刻を見に行くつもりだったから、午前中に家を出た。去年の1月に船橋で見たけど、あの後ずっと日本にあったわけじゃないだろう。あの時には見られなかった絵もあった。この絵はずい分と奥まった所にあって、手すりとさくに囲まれて、目の悪い僕にはほとんど見えなかった。仕方ないから2500円の図録を買った。高くついた。
ちょうど良い時間に東京駅に着いて、列車に乗り込んで落ち着いた。寝台車はほんとにのんびり出来る。唯一の心配はとなりに人が来るんじゃないかという事だけど、止まる駅はどこもほとんど人がいない。浜松を過ぎても誰も来なかったので、安心して眠った。
しかし良かったのはここまで。夜更けに名古屋に止まり、そこから乗りこんできた会社員らしき人達の声で起こされた。その後はもう最悪。車掌の再三の注意で話し声は途絶えたものの、次にはいびきが響く。朝には降りて、また誰もいなくなってほっとしてたら、代わりに乗り込んでくる人もいる。寝台車というものは、周りの人間によって良くも悪くもなる。
別府のアパートは、床も机の上も、あらゆるものの上にうっすらとカビが生えていた。冷蔵庫のパッキンもカビで真っ黒、張り付いてしまってなかなか開かなかった。さすが温泉地。今日はもうめんどうだから、このままカビの中で寝よう。
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