明るい朝 − モンゴルに見た輝き 5 −


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     6 セント・エルモの日

 今朝はしっかり4時に起きた。ハードスケジュールでしかも団体行動のつかれが出たのか、頭が重いし熱っぽい。でも今日はモンゴル最後の日、へたばってる場合じゃないよな。
 夜明け前、氷点下の空には、古代から変わらない星々のかがやきがある。銀河がこれほどの大瀑布だと知る現代人は、そういないんじゃないだろうか。
 東には山があって、ヘール・ボップ彗星はまだ見えなかった。でも部屋にもどる気にもなれないし、しばらくここで待ってみよう。
 日本ではとらえどころのない星座の形も、ここでは鮮やかにりんかくをたどれる。おおぐま座の足や頭も、へびつかい座の体も、りょうけん座やかみのけ座の形すらうかび上がる。なんだかこの星空からは、物語さえ素直に感じ取れる気がするよ。
 山のシルエットの端から、あわい光がつき出した。彗星の尾だ。それは少しずつ少しずつ明るくなりながら、上へとのびてゆく。やがてついに、彗星のすべてが山の端にあらわれた。
 日本で見ていたのとは、まったくちがっている。あの彗星が、こんなにも明るく巨大なものだとは知らなかった。しかも、吹き飛ぶイオンテイルと流れるダストテイルとが、肉眼でもはっきり分かれて見えるなんて……。
 冷たくなった指先がしめつけられるようにいたんでも、しばらくそこから動けなかった。山の上に青白い光が立ち上がるのはほんとうに不思議な光景で、まるでセント・エルモの火を見るようだった。

 今日の予定は市内観光。なじみの場所を団体で見て回るなんてバカらしいから、こないだの決意もわすれて単独行動をさせてもらう事にした。でもちゃんとことわってから別れたんだから、べつにかまわないだろう。一人はダルハン以来だな。今回の旅ではなかなか一人になれないから、うれしくなってしばらく一人歩きを楽しんだよ。
 最後にこの町をはなれてからまだ七か月、変化の早いウランバートルもさすがにあまり変わってないなあ。まあこの季節は初めてだから、その点では新鮮だけど。
 今日はわりとあったかい。それでも気温は氷点下だから、鼻息がヒゲに凍り付くよ。なんだか排気ガスくさくて、夏より空気が悪い気がする。もっとも、それはただぼくの体調が悪いせいかもしれないけれど。
 人通りや車の量は、夏と同じようなもの。でも小さな個人商店の多くが閉まっていたり、街頭売りの人も少なかったりで、ちょっとさびしい印象があるな。
 デパートに入ってみると、品ぞろえや配置がかなり変わったなあ。それに買い物をしてみて分かったんだけど、現地通貨トゥグルクの価値がさらに下がっているよ。去年は1ドル560トゥグルクだったのが、今年は1ドルなんと750トゥグルクだ。
 物価の上昇も感じられるけど、中にはまったく値上がりしてない物もあるよ。ソニーの単3マンガン電池4本パックが、なんと100トゥグルク! 1本4円だなんて激安だなあ。でも中国製電池はもっと安い。液もれが不安だからぼくは使わないけど。
 今はもう売ってないけど、ロシア製の電池についておもしろい話を聞いたんだ。使い終わった物を土の中にうめておくと、また少し使えるようになるんだってさ。そうやって何度か使えるのなら、ロシア製電池が一番安上がりだな。
 さて、こないだの空港での約束もあるから、散歩はこのくらいにしてサラの家に行こう。バギー兄さん達にも会う事ができたよ。手作りのモンゴル料理でもてなしてくれたり、熱のあるぼくを気づかってくれたり、こんなふうにむかえてくれる家があるのはうれしいもんだ。やっぱり一人でいるばかりでは、わからない事もあるんだな。少なくとも、個人的な知り合いをもつ事で、その国への理解や愛着はさらに深まるものだと思うよ。
 ただ一つ残念だったのは、マーガに会えなかった事。学校から帰るとすぐに、おばあさんの所へ行ってしまったんだ。空港でのたった5分の再会、あれがけっきょく最後になってしまった。でも、あの子は家族の生活の中で、大切な自分の役割を持っている。それをぼくはよくわかっているから、あきらめる事にするよ。……正直言ってつらいけど。
 サラはホテルまでぼくを送ってくれた。それどころか、ぼくがたずねた童謡の歌詞を、わずかな時間に外をかけ回って調べてくれたよ。なんだかめいわくをかけるばかりで、悪い気がするな。せめて調べてもらった歌詞を大切にさせてもらおう。「明るい朝」というこの歌、日本に帰ってほんやくしたら、楽譜とあわせてきみたちに紹介するよ。
 それからもう一つ。きのうモンゴル語の星の名前を教えてくれたガイドのハンナさんが、今日は星座の名前を教えてくれたよ。わざわざ新聞の星うらないコーナーを持ってきてくれて。ほんとうに、ぼくはひとの世話になってばかりだな。
 ちなみにモンゴルの12星座では、ヤギ座はワニ座、カニ座はカエル座だ。

 とうとうウランバートルを離れる時が来てしまった。これから飛行機で北京へ向かう。もう帰り道なんだろうけど、北京へ向かうのを「帰る」のだとは、どうしても思えない。とにかく、あんなつまらない町にぼくは興味ないね。

 着いたけど、こんなつまらない町にやはり興味はない。人間は多いし、うるさいし。空港でちょっとグループからはなれれば、とたんに客引きのタクシー運転手がまとわり付いてくるし。
 バスに乗り込んでからも、ネオンや騒音がうっとおしい。ただでさえ体調の悪い時に、気分までも悪くなる。それなのに、これから中華レストランで北京ダックのディナーだとか。……かんべんしてくれよ。
 山の上で冷たく燃えていた、青白い彗星。あのきよらかに澄んだセント・エルモの火を目にしたのは、ほんとうに今朝の事だったんだろうか。


     7 月と走る日

 もう一つ、この北京で気に入らない事がある。こないだも今回も、パレスホテルという高級ホテルに泊まったんだけど、調べてみるとこのホテル、一泊300ドル以上もするんだ。何考えてんだよこのツアー。深夜に着いて早朝に出発、ただねむるだけのホテルに、意味のないぜいたくするなよな。ダルハンじゃレトルトカレーやカップラーメンだったくせに。
 だけど、そんな欠点を数え上げてつまらない思いをするのも、かぎられた中でおもしろさを見付けて楽しむのも、けっきょくは自分の心がけ次第なんだよな。旅のディレクターは、いつだって自分自身のはずだから。
 今までぼくは、ウランバートルをいい町だと思い、ぎゃくに北京をつまらない町と決めつけてきた。こういったひとりよがりな思い入れは、旅を自分らしくいろどってくれるものだけど、レポートを書く上ではマイナスだろうな。反省しよう。
 と思ったのもつかの間、空港の手続きでイヤな思いをして、ますます中国がきらいになった。出国カードにケチをつけるし、パスポートのよけいなページまでめくってもったいぶるし。きのうのモンゴル出国でもそうだったんだけど、どうやら何度も出入りしてる事であやしまれているみたいだ。でも一番の原因は、写真にはないこのヒゲかなあ。

 日本に向かう飛行機は、もう上海に寄る事もなく、あっけないほど早く着いてしまった。
 成田空港で解散して、いや解放されて、ふう、やっと完全に一人きりになれた。やっぱりつかれるよ、団体は。
 ゆったり気分でトイレに入ると、個室のドアには英語でこんな落書きがあった。「きみは今初めて日本にすわった」。そういわれればたしかにそうだ。なんだかヘンな物から、日本に帰った事を実感させられたなあ。
 そして今は、下り新幹線ひかり123号の車内にすわっている。まどの外には、3日月よりもさらに細い2日月が見えている。熱があるせいかな、走れば月も走って見えるというあたりまえの事が、今はなんだか不思議に思えるよ。
 こうして神戸に向かって走るのは、「行く」んだろうか、「帰る」んだろうか。今はまだ実感がわかなくて、よくわからない。今度ゆっくり一人旅をして、その時に考えてみよう。

     明るい朝

   作詞 バトスレン   作曲 ダワー   訳詞 シンイチ

 1 雲を吹き払う空 小鳥たちの歌声
   流れるそよ風 みな新しい

  ※明るいこの朝 新しさを開く
   明るいこの朝 新しさに満ちる

 2 黄金色の太陽 友達とのおしゃべり
   流れるメロディー みな新しい

  ※くりかえし

   ララララ…

   明るいこの朝 新しさに満ちる


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