風の記憶 − モンゴルに見た輝き 2 −
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7月26日 火曜日
昨夜も今朝も松田さんは現れず、僕らは予定が分からずにいる。まあ昼近くに出発だろうから、それまではのんびりする事にした。食事を終えてからも食堂に居残り、みんなのおしゃべりに加わりながら。なんとなく、朝から放課後的な気分だ。荷物はもう整えてある。モンゴルでの最後の時間、ゆったりと過ごさせてもらおう。
食堂の正面には、小さなアップライトが一台。それを阿部親子の娘さん、美津子さんが弾き始めた。なかなか上手だ。ただピアノは長い間調律していないのか、それともホンキートンクのつもりか、調子はずれな音がする。そんなピアノで聞くショパンは、なかなかユニークだった。
美津子さんはリクエストに応えて、次々といろいろな曲を弾いてくれる。一方ではピアノに合わせて踊り始める夫婦もいる。そしてみんなが声を合わせて歌う。
モンゴル最後の時を、こんなに楽しく過ごせるなんて。本当に、楽しい事ばかりの素晴らしい旅だった。
過ぎてみて思い返せば、これほどまでの満ち足りた思いは、自分一人の行動によるものだけではなかったと分かる。たとえばサラさん、それに安間さん、そして美津子さん、ほかにも多くの人達がいなければ、旅はどんなに味気ないものになっていただろう。ところで、逆に考えるとはたして僕は、他人の旅心を満たすために何か役立てただろうか。
そろそろ出発と思われる頃、みんなはホテル前に集まった。それでも依然バスの来る気配はない。「いやあ、モンゴル時間だなあ」と安間さんがつぶやいた。僕はてっきりバスの遅れを言うのかと思ったが、じつはホテル側面の補修工事の進行具合の事で、先週の到着時からほとんど変化がないのだとか。ヘンな所に目をつける人だ。
12時30分ホテル出発。遅れたバスも、いざ発つとあっけない早さで空港に着いてしまった。サラさんと握手をして別れた後は、慌ただしいながらもどこか虚ろな時間がただ横たわる。
15時15分ウランバートル離陸。16時55分北京着陸。飛行もまた、どこかあっけない。今は北京のむし暑さと人の多さ、そしてのしかかる荷物の重さに、僕はもうすっかりまいってしまっている。
けれどもホテルで休んでいる場合ではない。いつだってそうだが、旅の中に身を置く間は特に、なんでも試し、行動に移さなくては。というわけで、18時30分ホテルに到着後、50分には天安門広場へと出かけた。また単独行動はダメらしいので、安間さんと柳川おじいさんと一緒に。
だが、テレビで見た通りの門というだけで、たいした感慨はなかった。立ちつくす無数の人だかりと、ここまでの道のりの雑然さに、やはりくたびれてしまったらしい。後から合流した芝さんに、衛兵の交替を見たと聞かされても、見逃した事を残念には思わなかった。ああそれで見物人が大勢いたのか、と納得した程度で。中国に対しては、モンゴルの1パーセントも興味を覚えない。
冷たい物が欲しくなったので、アイスキャンディーをかじる。「奇形冰淇淋」というアヤシイ名前にひかれて買ったが、なんという事はない、バニラにココアのマーブル模様というだけだ。
安間さんも、やはりシャーベットをすすりながら歩いている。どこにいてもリラックスした様子で何も気にせず、自分のありのままに行動する姿には、少しばかり感心してしまう。僕もまた、いつでもそうありたい。好き勝手にあちこちの店を回るうち、僕と安間さん、そして柳川さんは、みんなと離れて三人きりになっていた。
そろそろ食事にしようと手近な店に入った。ところがメニューがまったく読めない。店員の中国語も解らない。出されるまでどんな物かも分からず、払う時までいくらかも分からない、そんなスリリングな注文となった。
料理はわりあい早く出て来て、しかもまともな物だった。ただし量が多かったが。それにかなり辛い。あまりの辛さにハナが出てくる。安間さんに「カゼひいたー」とからかわれてしまった。安間さんは昨日から風邪ぎみだったので、「モンゴルのカゼと共に帰るなんて、なかなか詩的だねえ」と僕はからかった。そのお返しのつもりらしい。いや、案外ほんとにその風邪をうつされたのかもしれない。それならそれで、僕もモンゴルのカゼを従えて帰るとしよう。
7月27日 水曜日
5時に起きるつもりでいたら、うっかり5時に目覚めてしまった。5時に起きたいと思うなら、6時に起きればいいというのに。ちょうど最初の日のように。……もう一度寝直そう、あと一時間。
7時25分ホテル出発。バスの中ではのん気に朝食の弁当などパクついていたが、乗り降りや空港内の移動はもう大変だ。大荷物に振り回され、汗を飛ばしてふらつきながら歩いている。やはりモリンホールが一番やっかいだ。飛行機では座席に持ち込み、ずっと抱えていなければならない。けどこれがけっこう人目を引いて、それはなかなか楽しい気がする。暑いので僕はもうデールは着ていないが、それでも充分に目立っている事だろう。
最後に窓際の座席が当たるとは運が良い。というよりも、松田さんがとなりを確保しておいてくれたのだが。モンゴルについて、いろいろと話があるそうだ。冗談事でなく、本当にモンゴルでの生活に道が開けるとしたら、どんなに良いだろう。今回の旅は、帰る間際となった今でも、まだ行き着く先が見えてはこない。
10時15分北京離陸。機内では、松田さんからいろいろな話を聞いた。おもにモンゴルタイムスの今後のあり方についてなどを。大きな目標を持っているようだ。もちろん僕もまた、目標の多さ大きさなら誰にもひけをとらないつもりだ。可能かどうかは別としても、可能性だけはいつも信じている。
とりあえずは本作りを手伝う事を約束した。今回の旅についての体験談を募り、それを出版する計画があるそうだから。そういう事になれば、僕の場合は当然この文を使う事になるだろう。今になって読み返せば、ひどく恥ずかしい事ばかり書いてある。特異な環境による昂揚感の中で、書きつづってきたためだろう。けれども旅の中でしか書けない文章と考えれば、それはそれで価値あるものかもしれない。
窓の外に目をやれば、眼下の光景は刻々と変わる。土色の揚子江河口。雲の白さを浮き立たせる海の青。やがて見慣れた地形が目に映る。瀬戸内海の島々。瀬戸大橋。そして、子ども時代を過ごした懐かしい神戸の町。僕は始まりの場所に戻りつつある。
しかしたとえ元の場所で旅が終わるとしても、今ならはっきりと自覚出来る。自分の行き着くべき場所が、そことは違う別の場所である事を。
風の記憶
1 ふと ざわめきが遠のき
不意に 風が吹き抜ける
かすれた文字をたどるように
古い記憶が 浮き上がる
風かおらせる草の葉 光りさざめく花達
つらぬくような陽射しの中で
そんな見慣れぬ情景が なぜかなつかしい
草そよぐ先目がけて 心放てば
振り向かなくても見える 遠い記憶
今 確かに 確かに 取り戻す
2 ふと なつかしさこみあげ
不意に 心ふるえだす
かすかな声に聞き入るように
思いは遥か 伸びてゆく
地平に淡く蜃気楼 仰げば虹は鮮やか
ラピスブルーの空のもとで
そんな世界を知らないで 生きてはゆけない
風向かう果て求めて 思い飛ばせば
生まれながらに持ってる 古い記憶
今 確かに 確かに よみがえる
今 確かに 確かに よみがえる
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