うちのクラスは十年保証 − 未来のために今を −


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 ところでその絵梨ちゃんの恋の相手やけど、信じられへん事に、なんとあの章久らしいで。……分からん、ほんまに分からへんわ。いったいこのクラス、どないなってもうとるんや。
 けどまあ、あんまりマジメに考えん事やな。この四人組ときたら、簡単に好き好き言いよるから。恋といったところで、しょせん仲間うちでの共通の趣味、共通の話題ってくらいのもんやろう。こっちももう気にせんとこ。
 それよりどないしたんや。あのおとなしそうな女の子、あやかちゃんまでが、この四人組に仲間入りしとるで。
 「ねえ、あーやん」
 あ、あーやん?? こいつらもうすっかり、この子を自分らのペースに巻き込みよる。
 「あーやんは好きな男の子いるの?」
 あやかちゃんは恥ずかしそうに笑って、首をかしげるだけや。
 「それじゃあ、うちのクラスの男子の中で、タイプだっていうのはいる?」
 おい佳奈ちゃん、たのむから清純派のその子を、その方面の道へ誘うんだけはやめてくれや。
 「好き、じゃなくても、いいなって思うような相手、だれかいないの?」
 「えー……」
 「ちなみに一番モテるのは、ぼくだから」
 おっと、こういう話題になると、ブランドは必ず食いついてきよるな。
 「ブランド! おまえ後ろはどうでもいいから、マジメに先導しろよ」
 「そうだよ、男子で行く道ちゃんとたしかめなきゃ」
 市役所とジェイムスに注意されて、ブランドはまた列の前へと戻った。
 学級委員の実咲ちゃんより、市役所の方がずっと頼りになりそうやなあ。市役所を始め、ジェイムスとブランドの男子三人が、先行して安全を確かめとるようや。
 そしてもう一人、先行グループには、きーちゃんも加わっとる。……なるほど、そういうわけやったんか。市役所のやつ、きーちゃんの前やから、こんなにがんばっとるんやな。
 「なあ、市役所は空手習ってるんだっけ?」
 ブランドがきーちゃんの方を意識しながら、市役所に聞いた。
 「まあな」
 「ぼくはピアノ五年やってる」
 ……だからなんやねん。今は関係ないやろそんな事。おまえ何で張り合おう思うとんのや。
 「おれは空手六年やってるよ」
 ほんまこいつら、負けず嫌いやで。
 「じゃあきーちゃんは、空手やる人とピアノやる人では、どっちが好き?」
 横からそうたずねるんはジェイムスや。こいつもこんな話に興味あるねんなあ。これもあの四人の影響か?
 しばらく考え込んでから、きーちゃんははっきりこう言うた。
 「空手やる人」
 おさえようとしながらも、市役所の表情はゆるんどる。えーなあ、青春やなあ。
 一方ブランドも、意外と平気な顔しとる。
 「べつにいいよ。ぼくにはまだ佳奈ちゃんと実咲ちゃんがいるし」
 「調子いいよなあ。ほんとはだれが本命なんだよ。いいかげんはっきりしろよ」
 「だから、きーちゃんと、佳奈ちゃんと、実咲ちゃん。今は三人とも一番だから」
 ……おまえそーいう生き方、いつか泣きを見ると思うで。
 「でもそれぞれかわいさがちがうんだよ。かわいさが」
 ほんま調子のええやつやで。
 けど、こいつはこういう性格やからこそ、あの四人娘とも対等に渡り合えるんやろうか。

 ぼんやり考え事をしとるうち、突然洞窟は終わっとった。すぐ目の前には、なぜか裕太達がおる。なんや、こいつらずっと先行っとったはずやのに。
 ふり返ると、今出て来たばかりの洞窟は、なぜかあの短いトンネルに変わっとう。すぐ向こうには道が続いて見えて、自分が今どこから来たかも分からへんようになってもうた。
 わけが分からんのは、みんなも同じや。先に行ったんじゃなかったの、そっちこそいつの間に追い付いたんだ、としばらく騒ぎよる。そのせいで、俺はあやかちゃんが消えた事にも気付かへんかった。
 そして、いつの間にか次の案内人が現れとった事にも。

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 それは二人の男の子やった。
 一人は野球帽をかぶったちょっと気弱そうな子で、もう一人はいかにもおぼっちゃんという感じの子や。二人はさっき章久がしとったように、しゃがみ込んで地面に何か書いとる。
 「きみたちが次の案内してくれるの? ねえ、なに書いてんの?」
 まず実咲ちゃんが声をかけ、ほかのみんなも二人を囲んだ。
 何を書いとんのかと思ったら、けったいな顔がベロンと舌を出しよる、たあいのない落書きや。
 けど、そのなんでもない落書きに、なぜかみんなは驚きよった。
 「なにこれ、ベロマークじゃない」
 「ほんと、ベロマークだよ」
 なんやその、ベロマークっちゅうんは。
 みんなの声に、二人の男の子は慌てたように落書きを消してまいよった。そしてそのまま、向こうへ駆けて行きよる。
 おい置いてかれるで。ベロマークとかはとりあえずどうでもええから、早よ出発や。
 みんなは足早に歩き出した。
 歩きながらも、話題はあのベロマークの事や。特に女子連中がもり上がっとる。
 「さっきのあれ、ぜったいベロマークだったよね」
 「でもなんであの子たちが、うちのクラスの七不思議を知ってるわけ?」
 七不思議? ああ、そういや前に誰かが言うてたなあ。クラスの七不思議の一つ、さまよえるベロマーク。ベロを出す顔を落書きされたイスが一つあって、それがなぜか、時々ほかの席に移動する、とかいう話や。
 男子達もこの話に加わった。
 「おれたちさっき待ってる間、席替えに謎がかくされてるかもって考えてたんだけどな」
 「ベロマークの移動した場所というのも、考えたほうがいいかもしれない」
 「とにかくいろんな事がぐうぜん重なって、それが異変のきっかけになったのかもな」
 たとえば、俺が後ろのドアを開けた事とかも……。
 ふう、ようやく案内の二人に追い付いたで。実咲ちゃんがまた二人に質問した。
 「ねえ、なんでベロマークの事知ってるの?」
 「リョウくんに、きいた」
 野球帽の男の子がモジモジ答えよる。
 「リョウくん? リョウくんって?」
 「同じ学校の……」
 「まだ知らないんだよ、みんな」
 もう一人の子が横からそう言って、それきり二人はだまってもうた。しばらくの間、沈黙が続く。
 「なんか夏のにおいがするよ」
 そんな時、唐突にミョーな事を言い出すんはきーちゃんや。
 「夏のにおいって、今は十月だよ」
 「でもするもん」
 「寒い洞窟の中通ってきたから、そんな気がするんじゃない?」
 「ほんとにするの、夏のにおいが」
 きーちゃんも意外と強情なんや、ヘンな事に関しては。
 おい、それより、こんなとこで立ち話なんかしとう場合か。早よ進まなあかんやろ。ほら案内の二人もまた駆け出しよったで。
 さあ、また出発や。さっきから続いとう登り坂は、ここへ来てますます急になってきた。
 みんなも、次第に口数が少ななってきた。けどそれは、疲れたからってわけではないようや。たぶん、きーちゃんの呼び覚ました夏の意識ん中から、少しずつあの時を思い出し始めとるんやろう。
 「夏のにおい、うん、たしかにするね」
 「この道、なんかおぼえがあるぞ。すごい暑かった道だ」
 ついに、ついに思い出したんやな。あの夏の日のハイキングを。
 階段に出た。みんなは表情を輝かせて、長い階段を登りにかかる。
 そして階段の上に待っていたんは、二人の案内人。……いや、あの二人の男の子やなかった。どうやら次の案内人らしい。ひょうひょうとした感じの男の子と、一見おとなしそうな女の子や。
 「道はこっちだよね」
 「早く行こーぜ」
 みんなは全然ためらう事なく、二人を自然に仲間に加えると、そのまま道を進んで行った。もう案内なんて必要のない、確信の足取りで。

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 広い場所に出た。急に視界が広がった。同時に、これまでぼんやりしとった周囲が、急に霧が晴れたようにハッキリして……。
 いきなり間近に大きく富士山が見えた。ああ、やっぱりここやったんや。夏のハイキングで来た、あの高台や。
 「うあー」
 内山も、感嘆の声を上げよる。
 「おれたち、こんな所にいたんだな。湯気が晴れなきゃ気づかなかったよ、風呂屋にいたなんて」
 アホッ、あの富士山は壁の絵やないっちゅうねん。
 ……でも、いくらニブイおまえやって、ほんまはもうちゃんと気付いとうんやろ?

 あのハイキングの日、すでにまとまりのなくなっていたクラスを前に、担任の俺だけがなんかカラ回りしとった。
 やる気を見せへんみんなの中で、俺一人だけが無理に気を張っとった。
 俺は頑張った。自分では頑張っとるつもりやった。少なくとも、あの時はそう信じとった。
 でも、それは間違いやったんやな……。
 俺はあの時、自分の力だけに頼っとったんや。こいつら自身の力を、ちっとも信じようとはせんで。

 あの日、最後にみんなで記念樹を植えたわなあ。ハイキングの記念にと。みんなでここまで来た記念にと。
 結局はそれも、ただの俺一人のカッコつけやったんかもしれへん。
 あの時俺は、その木がすっかり成長するはずの、十年先の話をした。
 もっとも、クラスの誰もが、十年も先の事などなんも見えへんようやったが。
 そらそうやろう。まとまりをなくしたクラスん中じゃ、一年先の事やって分からへんからな。
 正直言うと俺やって、その時にはもう、十年先を信じる事など出来へんようになっとった。

 でも、今は違う。今は確かに信じとる。みんなが、みんな自身の力で、このクラスを十年先までもつないでいけるはずやと。

 いつの間にか、あの二人の案内人も消えとった。
 そして、あれは最後の案内人になるんやろう、一人の男の子が歩いて来よる。一見、女の子にも見えるような男の子や。
 「わあカッコイイ」
 色めきたつのは佳奈ちゃんや。おまえ、ほんましあわせなやっちゃなあ。
 そんな佳奈ちゃんの態度を見て、ブランドは頭を抱えてもうた。そして一言、
 「このさい実咲ちゃん一本にしぼろうかなあ」
 お、最後の賭けに出る気かいや。でも俺思うんやけど、ブランドと佳奈ちゃん、似たもん同士で相性ピッタリなんやないか?
 いや、今はそんな事どうでもええねん。
 「ぼくは転入生のリョウ。でも転入生といっても、可能性のたった一つだけどね」
 みんなは何か聞きたそうで、それでも何を聞きゃいいのか分からんって顔で、黙ってリョウくんの話を聞いとる。
 「みんなは、今といっしょに未来も考えた事はある? たとえば、十年先とかの遠い未来を。
 でもね、遠い未来といっても、ほんとは今といっしょにあるんだよ。だってほら、今のほんのちょっとした事からも、未来は大きく違ってくるじゃない。
 だから、ぼくたちがほんとに存在できるかどうかは、今のみんな次第なんだ」
 そうか、案内人の正体は、未来の転入生やったんか。未来のために今のクラスを守ろうと、みんなを導いとったんや。
 「じゃ、行こうか」
 リョウくんは歩き出した。そしてみんなも。最後に、あの木の所へ行くんやな。
 「『今』って、けっこうカルく考えてたけど、ほんとはすごく重いんだね」
 亜由美ちゃんが言う。
 「うん。未来が全部、ここにのっかってるんだもんね」
 と未央ちゃん。
 確かにそうかもな。でもだからって、いつも緊張する事はないんやで。時おりそれを自覚すりゃ、それで充分なはずや。
 「ああ、なんかいろいろあって、もう頭クタクタ」
 なさけない声を出すんは福長や
 「これが夢だったらおもしろいよね」
 ジェイムスは気楽に言いよる。ほんま、これは夢かもしれへんな。けど夢ってやつも、じつは現実の一部なんやで。
 そしてみんなは、あの日に植えた記念樹を取り囲んだ。まだ貧弱な木の横には、白い札が打ち込んである。
 白い札に書かれとうのは、あの日の日付け、そしてみんなの名前や。
 「十六人、みんなの木、だったよな」
 と市役所。
 「十六人? ぼくたち全部で十六人だっけ?」
 ブランド、いいかげん俺の事も思い出してくれや。
 「わたしら生徒は十五人だけど、クラスにはあともう一人……」
 明子ちゃん、そうやな、担任も含めて一つのクラスやな。
 「思い出した!」
 実咲ちゃん、ようやく思い出してくれたんか!
 「早く教室戻らなきゃ。黒板消し、仕掛けてたんだ!」

     エピローグ

 気が付くと、俺は廊下の途中、曲がり角の手前に出席簿を抱えて立っとった。
 裏の窓越しに、ドアに黒板消しを仕掛けよるのが見えとる。
 なさけなくなるわ。まさか学級委員の実咲ちゃんが、黒板消しを仕掛けとったとはな。
 ……まあええわ。こんなイタズラくらい、大目に見たろう。十年先へ向けてこれから変わってゆくはずのクラスを、静かに見守っていくとしようや。
 それにしても、手際の悪いやっちゃなあ。黒板消し一つ仕掛けるのに、いったいいつまでかかるねん。
 しびれをきらした俺は、教室の後ろのドアに回った。
 そしてドアに手をかけ……、ん? なんか忘れとるような……。

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