うちのクラスは十年保証 − 未来のために今を −
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うちのクラスは十年保証3ページ
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ところでその絵梨ちゃんの恋の相手やけど、信じられへん事に、なんとあの章久らしいで。……分からん、ほんまに分からへんわ。いったいこのクラス、どないなってもうとるんや。
けどまあ、あんまりマジメに考えん事やな。この四人組ときたら、簡単に好き好き言いよるから。恋といったところで、しょせん仲間うちでの共通の趣味、共通の話題ってくらいのもんやろう。こっちももう気にせんとこ。
それよりどないしたんや。あのおとなしそうな女の子、あやかちゃんまでが、この四人組に仲間入りしとるで。
「ねえ、あーやん」
あ、あーやん?? こいつらもうすっかり、この子を自分らのペースに巻き込みよる。
「あーやんは好きな男の子いるの?」
あやかちゃんは恥ずかしそうに笑って、首をかしげるだけや。
「それじゃあ、うちのクラスの男子の中で、タイプだっていうのはいる?」
おい佳奈ちゃん、たのむから清純派のその子を、その方面の道へ誘うんだけはやめてくれや。
「好き、じゃなくても、いいなって思うような相手、だれかいないの?」
「えー……」
「ちなみに一番モテるのは、ぼくだから」
おっと、こういう話題になると、ブランドは必ず食いついてきよるな。
「ブランド! おまえ後ろはどうでもいいから、マジメに先導しろよ」
「そうだよ、男子で行く道ちゃんとたしかめなきゃ」
市役所とジェイムスに注意されて、ブランドはまた列の前へと戻った。
学級委員の実咲ちゃんより、市役所の方がずっと頼りになりそうやなあ。市役所を始め、ジェイムスとブランドの男子三人が、先行して安全を確かめとるようや。
そしてもう一人、先行グループには、きーちゃんも加わっとる。……なるほど、そういうわけやったんか。市役所のやつ、きーちゃんの前やから、こんなにがんばっとるんやな。
「なあ、市役所は空手習ってるんだっけ?」
ブランドがきーちゃんの方を意識しながら、市役所に聞いた。
「まあな」
「ぼくはピアノ五年やってる」
……だからなんやねん。今は関係ないやろそんな事。おまえ何で張り合おう思うとんのや。
「おれは空手六年やってるよ」
ほんまこいつら、負けず嫌いやで。
「じゃあきーちゃんは、空手やる人とピアノやる人では、どっちが好き?」
横からそうたずねるんはジェイムスや。こいつもこんな話に興味あるねんなあ。これもあの四人の影響か?
しばらく考え込んでから、きーちゃんははっきりこう言うた。
「空手やる人」
おさえようとしながらも、市役所の表情はゆるんどる。えーなあ、青春やなあ。
一方ブランドも、意外と平気な顔しとる。
「べつにいいよ。ぼくにはまだ佳奈ちゃんと実咲ちゃんがいるし」
「調子いいよなあ。ほんとはだれが本命なんだよ。いいかげんはっきりしろよ」
「だから、きーちゃんと、佳奈ちゃんと、実咲ちゃん。今は三人とも一番だから」
……おまえそーいう生き方、いつか泣きを見ると思うで。
「でもそれぞれかわいさがちがうんだよ。かわいさが」
ほんま調子のええやつやで。
けど、こいつはこういう性格やからこそ、あの四人娘とも対等に渡り合えるんやろうか。
ぼんやり考え事をしとるうち、突然洞窟は終わっとった。すぐ目の前には、なぜか裕太達がおる。なんや、こいつらずっと先行っとったはずやのに。
ふり返ると、今出て来たばかりの洞窟は、なぜかあの短いトンネルに変わっとう。すぐ向こうには道が続いて見えて、自分が今どこから来たかも分からへんようになってもうた。
わけが分からんのは、みんなも同じや。先に行ったんじゃなかったの、そっちこそいつの間に追い付いたんだ、としばらく騒ぎよる。そのせいで、俺はあやかちゃんが消えた事にも気付かへんかった。
そして、いつの間にか次の案内人が現れとった事にも。
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それは二人の男の子やった。
一人は野球帽をかぶったちょっと気弱そうな子で、もう一人はいかにもおぼっちゃんという感じの子や。二人はさっき章久がしとったように、しゃがみ込んで地面に何か書いとる。
「きみたちが次の案内してくれるの? ねえ、なに書いてんの?」
まず実咲ちゃんが声をかけ、ほかのみんなも二人を囲んだ。
何を書いとんのかと思ったら、けったいな顔がベロンと舌を出しよる、たあいのない落書きや。
けど、そのなんでもない落書きに、なぜかみんなは驚きよった。
「なにこれ、ベロマークじゃない」
「ほんと、ベロマークだよ」
なんやその、ベロマークっちゅうんは。
みんなの声に、二人の男の子は慌てたように落書きを消してまいよった。そしてそのまま、向こうへ駆けて行きよる。
おい置いてかれるで。ベロマークとかはとりあえずどうでもええから、早よ出発や。
みんなは足早に歩き出した。
歩きながらも、話題はあのベロマークの事や。特に女子連中がもり上がっとる。
「さっきのあれ、ぜったいベロマークだったよね」
「でもなんであの子たちが、うちのクラスの七不思議を知ってるわけ?」
七不思議? ああ、そういや前に誰かが言うてたなあ。クラスの七不思議の一つ、さまよえるベロマーク。ベロを出す顔を落書きされたイスが一つあって、それがなぜか、時々ほかの席に移動する、とかいう話や。
男子達もこの話に加わった。
「おれたちさっき待ってる間、席替えに謎がかくされてるかもって考えてたんだけどな」
「ベロマークの移動した場所というのも、考えたほうがいいかもしれない」
「とにかくいろんな事がぐうぜん重なって、それが異変のきっかけになったのかもな」
たとえば、俺が後ろのドアを開けた事とかも……。
ふう、ようやく案内の二人に追い付いたで。実咲ちゃんがまた二人に質問した。
「ねえ、なんでベロマークの事知ってるの?」
「リョウくんに、きいた」
野球帽の男の子がモジモジ答えよる。
「リョウくん? リョウくんって?」
「同じ学校の……」
「まだ知らないんだよ、みんな」
もう一人の子が横からそう言って、それきり二人はだまってもうた。しばらくの間、沈黙が続く。
「なんか夏のにおいがするよ」
そんな時、唐突にミョーな事を言い出すんはきーちゃんや。
「夏のにおいって、今は十月だよ」
「でもするもん」
「寒い洞窟の中通ってきたから、そんな気がするんじゃない?」
「ほんとにするの、夏のにおいが」
きーちゃんも意外と強情なんや、ヘンな事に関しては。
おい、それより、こんなとこで立ち話なんかしとう場合か。早よ進まなあかんやろ。ほら案内の二人もまた駆け出しよったで。
さあ、また出発や。さっきから続いとう登り坂は、ここへ来てますます急になってきた。
みんなも、次第に口数が少ななってきた。けどそれは、疲れたからってわけではないようや。たぶん、きーちゃんの呼び覚ました夏の意識ん中から、少しずつあの時を思い出し始めとるんやろう。
「夏のにおい、うん、たしかにするね」
「この道、なんかおぼえがあるぞ。すごい暑かった道だ」
ついに、ついに思い出したんやな。あの夏の日のハイキングを。
階段に出た。みんなは表情を輝かせて、長い階段を登りにかかる。
そして階段の上に待っていたんは、二人の案内人。……いや、あの二人の男の子やなかった。どうやら次の案内人らしい。ひょうひょうとした感じの男の子と、一見おとなしそうな女の子や。
「道はこっちだよね」
「早く行こーぜ」
みんなは全然ためらう事なく、二人を自然に仲間に加えると、そのまま道を進んで行った。もう案内なんて必要のない、確信の足取りで。
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広い場所に出た。急に視界が広がった。同時に、これまでぼんやりしとった周囲が、急に霧が晴れたようにハッキリして……。
いきなり間近に大きく富士山が見えた。ああ、やっぱりここやったんや。夏のハイキングで来た、あの高台や。
「うあー」
内山も、感嘆の声を上げよる。
「おれたち、こんな所にいたんだな。湯気が晴れなきゃ気づかなかったよ、風呂屋にいたなんて」
アホッ、あの富士山は壁の絵やないっちゅうねん。
……でも、いくらニブイおまえやって、ほんまはもうちゃんと気付いとうんやろ?
あのハイキングの日、すでにまとまりのなくなっていたクラスを前に、担任の俺だけがなんかカラ回りしとった。
やる気を見せへんみんなの中で、俺一人だけが無理に気を張っとった。
俺は頑張った。自分では頑張っとるつもりやった。少なくとも、あの時はそう信じとった。
でも、それは間違いやったんやな……。
俺はあの時、自分の力だけに頼っとったんや。こいつら自身の力を、ちっとも信じようとはせんで。
あの日、最後にみんなで記念樹を植えたわなあ。ハイキングの記念にと。みんなでここまで来た記念にと。
結局はそれも、ただの俺一人のカッコつけやったんかもしれへん。
あの時俺は、その木がすっかり成長するはずの、十年先の話をした。
もっとも、クラスの誰もが、十年も先の事などなんも見えへんようやったが。
そらそうやろう。まとまりをなくしたクラスん中じゃ、一年先の事やって分からへんからな。
正直言うと俺やって、その時にはもう、十年先を信じる事など出来へんようになっとった。
でも、今は違う。今は確かに信じとる。みんなが、みんな自身の力で、このクラスを十年先までもつないでいけるはずやと。
いつの間にか、あの二人の案内人も消えとった。
そして、あれは最後の案内人になるんやろう、一人の男の子が歩いて来よる。一見、女の子にも見えるような男の子や。
「わあカッコイイ」
色めきたつのは佳奈ちゃんや。おまえ、ほんましあわせなやっちゃなあ。
そんな佳奈ちゃんの態度を見て、ブランドは頭を抱えてもうた。そして一言、
「このさい実咲ちゃん一本にしぼろうかなあ」
お、最後の賭けに出る気かいや。でも俺思うんやけど、ブランドと佳奈ちゃん、似たもん同士で相性ピッタリなんやないか?
いや、今はそんな事どうでもええねん。
「ぼくは転入生のリョウ。でも転入生といっても、可能性のたった一つだけどね」
みんなは何か聞きたそうで、それでも何を聞きゃいいのか分からんって顔で、黙ってリョウくんの話を聞いとる。
「みんなは、今といっしょに未来も考えた事はある? たとえば、十年先とかの遠い未来を。
でもね、遠い未来といっても、ほんとは今といっしょにあるんだよ。だってほら、今のほんのちょっとした事からも、未来は大きく違ってくるじゃない。
だから、ぼくたちがほんとに存在できるかどうかは、今のみんな次第なんだ」
そうか、案内人の正体は、未来の転入生やったんか。未来のために今のクラスを守ろうと、みんなを導いとったんや。
「じゃ、行こうか」
リョウくんは歩き出した。そしてみんなも。最後に、あの木の所へ行くんやな。
「『今』って、けっこうカルく考えてたけど、ほんとはすごく重いんだね」
亜由美ちゃんが言う。
「うん。未来が全部、ここにのっかってるんだもんね」
と未央ちゃん。
確かにそうかもな。でもだからって、いつも緊張する事はないんやで。時おりそれを自覚すりゃ、それで充分なはずや。
「ああ、なんかいろいろあって、もう頭クタクタ」
なさけない声を出すんは福長や
「これが夢だったらおもしろいよね」
ジェイムスは気楽に言いよる。ほんま、これは夢かもしれへんな。けど夢ってやつも、じつは現実の一部なんやで。
そしてみんなは、あの日に植えた記念樹を取り囲んだ。まだ貧弱な木の横には、白い札が打ち込んである。
白い札に書かれとうのは、あの日の日付け、そしてみんなの名前や。
「十六人、みんなの木、だったよな」
と市役所。
「十六人? ぼくたち全部で十六人だっけ?」
ブランド、いいかげん俺の事も思い出してくれや。
「わたしら生徒は十五人だけど、クラスにはあともう一人……」
明子ちゃん、そうやな、担任も含めて一つのクラスやな。
「思い出した!」
実咲ちゃん、ようやく思い出してくれたんか!
「早く教室戻らなきゃ。黒板消し、仕掛けてたんだ!」
エピローグ
気が付くと、俺は廊下の途中、曲がり角の手前に出席簿を抱えて立っとった。
裏の窓越しに、ドアに黒板消しを仕掛けよるのが見えとる。
なさけなくなるわ。まさか学級委員の実咲ちゃんが、黒板消しを仕掛けとったとはな。
……まあええわ。こんなイタズラくらい、大目に見たろう。十年先へ向けてこれから変わってゆくはずのクラスを、静かに見守っていくとしようや。
それにしても、手際の悪いやっちゃなあ。黒板消し一つ仕掛けるのに、いったいいつまでかかるねん。
しびれをきらした俺は、教室の後ろのドアに回った。
そしてドアに手をかけ……、ん? なんか忘れとるような……。
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