ひと夏の少年 − ひたむきさの季節に −


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 花だんのヒマワリが、みんな花びらをよじらせてうなだれ始めた。まるで夏の終わりを悲しむみたいに。
 そして最近のカズヤも、やっぱりヒマワリのように元気がない。いつもジャングルジムの上で黙り込んで、なんか思い詰めたような顔をしたり、かと思うとボンヤリしたりしている。もともと自分からはあんまりしゃべらない子だったけど、ボクの話に対する返事も、だんだん短くそっけなくなる感じ。そのうえ気がのらない様子で足をブラブラさせたり、つまらなそうに靴を飛ばしたり。いったい何を考えてるの?
 でも、どこか分かるような気もするな。もう夏休みも終わりだし、そう思うとボクも落ち込んだり気が急いたりと、やっぱり落ち着かないから。そんなボクにとっての気晴らしは、やっぱりおしゃべりする事ね。
 「ねえカズヤ、こういう公園の遊具じゃなくて、遊園地の乗り物の中では何が一番好き?」
 「は?」
 「だから、たとえばジェットコースターとかコーヒーカップとかあるでしょ」
 「さあ」
 今日のカズヤも、まるでジャングルジムの中に心を置き忘れたみたいにボンヤリしている。
 「やっぱりジェットコースターなんかが好きなんでしょ」
 「まあ、そうやな」
 「ボクはね、メリーゴーランドが大好きなんだ。もう小さい時からすっごくあこがれててね。遊園地ってなんでもみんなそうだけど、中でもメリーゴーランドって、一番子どもを夢見心地にさせてくれると思わない?」
 「そうかな。ただ目が回るだけやろ」
 「男の子には分かんないかな。あれは夢の世界の象徴みたいなものよ」
 「ふうん」
 カズヤは話は聞いてくれてるようだけど、気のない感じで足をブラブラさせ始めた。
 「なんだか絵になってて、乗ってみなくても、ただ眺めてるだけでも素敵なのよねえ……。カズヤはメリーゴーランドに乗った事ないの?」
 「ないと思う」
 「思う?」
 「小さい時の事は全然憶えてないから」
 「そっか。ボクも小さい時には何度か乗ったんだけどね、あぶないからっていつも馬車にしか乗せてもらえなかったの。ボクは馬に乗ってみたかったんだけど、馬にはもうちょっと大きくなってからね、なんて言われて。そしたらいつの間にか大きくなりすぎちゃった。もうメリーゴーランドって年でもないよねえ。ちょっと、聞いてる?」
 「ああ」
 「もう親に連れられて遊園地に行くって年じゃないでしょ。でも今でも心残りなんだ。ずっとあこがれていたメリーゴーランドの馬に乗れなかったって事が。そういうの分かるでしょ? カズヤにも」
 「ああ」
 よかった。カズヤなら分かってくれると思ってた。
 「じゃあ、今度一緒に遊園地に行かない?」
 ボクは思いきって、カズヤをデートに誘ってみた。
 「ねえ、一緒にメリーゴーランドに乗ろうよ」
 「…………」
 「それとも、わたしが相手じゃ、いや?」
 男の子って、こういう女の子の願いを拒めないものだと思ってた。だけどカズヤは……。
 「行けない」
 カズヤは靴をポーンと飛ばした。
 「どうして?」
 「メリーゴーランドが目当てなんやろ? なら一人で行けばいいやんか」
 「べつにメリーゴーランドだけが楽しみってわけじゃ……。ねえ、何か用でもあるの?」
 「まあね。宿題がたまってんだ」
 カズヤはもう片方の靴も飛ばした。靴はボクの頭の上を越えて飛んで行った。
 「やめてよ。土が落ちるでしょ」
 カズヤはボクの抗議も聞いてない。ジャングルジムから降りると、はだしで靴の落ちた所へ駆けて行った。
 「あこがれなんだったら、それはそのままにしといた方がいいよ」
 言いながらカズヤは素早く靴をはいて、そのまま走って帰っていった。拒まれたうえにとり残されて、ボクはもう腹が立つくらいに悲しくなった。

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 夜になっても、ボクはまだ腹を立てていた。
 いったい何よ、カズヤのあの態度は。もう頭にきちゃう。おかげでこっちの宿題が手につかないじゃないの。ボクはノートを払いのけると、ベッドの上に倒れ込んだ。
 何が、宿題がたまってるんだ、よ。カズヤが夏休みの終わりに宿題に追われるような、そんな平凡な男の子だなんて、ボクは思いたくなかった。思いたくなかったのに……。
 ジャングルジムの神秘を信じるカズヤに、まずボクは同性的な親しみを感じていたみたい。そういう神秘や夢といったものを大事にするのは、女の子の特性だと思うから。でもそのカズヤも、やっぱり男の子だったのね。実現しそうもない事に、あんなに真剣になるなんて。ボクだったらいくら信じても、絶対試したりはしないと思う。神秘を壊して現実に失望するだけだろうから。
 あ、ひょっとしたら、これが男の子と女の子の違いなのかな。女の子は夢とか神秘とか、それから謎とか、そういったものを大事にしながら、なんとかそれを壊さないようにするものよね。けれども男の子は、それでは気がすまない。たとえ失望する事になっても、実際に確かめてみないと気がすまないのよ、きっと。
 ボクはベッドから体を起こした。目の前の壁には、制服が掛かっている。
 あさってから学校か……。部活にはジャージで行ってたから、あの制服を着るのもひさしぶりね。そしてこれから毎日これを着て、ボクはまた少しずつ、人並みな女の子になっていくのかな。
 もしかしたらカズヤの方も、ボクを同性みたいに思っていたんじゃないのかな。だとすれば、ボクが女の子を意識させる事を言った途端にそっけなくなったのも、なんとなく分かる気がする。
 カズヤが考えていた通り、この夏の間ボクは男の子だったのかもしれない。だってボクにも、あのジャングルジムの神秘を心から信じた一瞬があったじゃない。
 そうだ!
 ボクはとっさの思いつきから、こっそり家を抜け出した。
 人気のない夜道を歩きながら、ボクは最後の日になるはずの明日の事を考えていた。
 今朝はケンカ別れみたいになっちゃったけど、カズヤは明日も来るかな。来るよね。今朝はバイバイも言ってないもん。
 カズヤと会えるのも、明日が最後ね。同じ学校に通ってるならそこで会う事もありうるけど、カズヤが制服を着て整列した生徒達にまぎれているなんて、ボクは思いたくない。あ、まさかカズヤはそれを予期していて、それで名字を言わずにただカズヤとだけ名乗ったのかもしれない。
 そう考えるうちに、今朝のカズヤの真意もだんだん分かってきた。メリーゴーランドもあこがれるうちは素敵でも、乗ってしまえば失望するだけだ。カズヤはきっとこう言いたかったのね。あれはジャングルジムに失望させられたカズヤの、ボクへの思いやりだったのよ。
 でも、今のボクにはそんな思いやりなんていらない! ボクの歩みは自然に早まっていった。
 失望が何よ。たとえ失望する結果になったって、ただあこがれたり夢見たりしているだけより、実行してみる方がずっと素敵なはずよ。だからボクも試してみよう、カズヤのように。ジャングルジムの神秘を、せめて今だけは心から信じてみよう。
 夏という季節は、カズヤのような男の子だけにおとずれる季節なのかもしれない。そして、今のボクのような。そう、だから試せるのは今だけだ。ボクがボクでいるうちに。ボクがわたしになる前に……。
 早足で角を曲がると、小学校が見えた。もちろん門は閉まってる。でもそんなのなんでもない。男の子にならあれくらい、簡単に乗り越えられるはずでしょ。ボクは閉じた門に向かって、全速力で駆け出した。

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