合い言葉はいざキヨミズ − 三原色プリズム 9 −
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1 キヨミズの舞台から
「ねえ、とにかくやってみようよ」
何にでも積極的なサッチと、強気なつもりでも頭の中で考えるばかりのあたし。だからサッチの言葉はいつも、あたしの迷いを吹きはらってくれる心強いものだった。
でも今回ばかりは、そのサッチの言葉こそが、あたしをなやませている……。
「ねえ、思いきって、行ってみようよ」
「うーん……」
「せっかくの修学旅行じゃないの。楽しい思い出つくろうよ」
「うーん……」
「小学校の修学旅行なんて、一生に一度だけよ。だからちょっとくらいムチャしたっていいじゃない」
でも今回のサッチのムチャは、ちょっとムチャすぎない? 夜に男子の部屋に遊びに行くなんて……。それも消灯後に……。
「だいたい、なんでわざわざ消灯後にこっそり行かなきゃならないの? 消灯前ならべつにへいきなんだけど……」
「だって、せっかくなら静かにゆっくりお話したいじゃない。ふだんは話せないような事も、たっぷりとね」
「長谷川と?」
「そう、ハセくんと」
長谷川とゆっくりお話、ねぇ……。だったらサッチ一人で行けばいいのに。
あたしもいっしょに行ってほしいなんて、おおらかなサッチにも、やっぱり少しはためらいがあるのかな。
「ニッチは? どうする?」
声をかけると、しゃがみこんでウサギにえさをやってたニッチはふり返った。
「うちはやめとく。夜はねむたいから」
あいかわらず、ニッチはあっさりしてるな。
それにどうせ村井は別の班だしね。
あたしが気にしている清水くんは、長谷川とは同じ班だ。だからあたしも行きたがるはずと、サッチは決めてかかってる。
まあ、あっさり「やめとく」と言えないていどには、行きたい気持ちもあるわけだけど……。
サッチがクスッと小さく笑った。
「ねえ、今日の先生の話おぼえてる? 思いきった事をする時に、清水の舞台から飛び降りるつもりで、っていう話」
そういや社会の授業でそんな話が出たっけ。ひとには時に、清水の舞台のような高い所から飛び降りるような、思いきりが必要だって。
「キヨミズの舞台から飛び降りる、まさに今のテラッチにピッタリじゃない?」
そういってサッチは笑った。
なるほど、キヨミズの舞台か……。清水くんのあだ名、キヨミズにかけるなんて、サッチもうまい事言うね。
あたしもつい小さく笑うと、なんとなくそれで話は決まってしまったみたい。
「じゃあさ、テラッチ、これからはこの計画の事を、いざキヨミズって呼ぶ事にしない?」
「いざキヨミズ?」
「そう、合い言葉は、いざキヨミズ」
「いざキヨミズ、ね」
ウサギのえさやりが終わったというので、ニッチに続いてあたしとサッチもウサギ小屋を出た。
でも、門のところで二人と別れると、笑いも消えてまた不安がモワモワうかんできた。
時には思いきってとサッチは言うけど、それより先に学校の決まりをまず考えなきゃいけないはずだよね。
べつに、ほんとに「悪い事」さえしなければいいと、あたしとしては思うんだけど、先生やクラスメイトはそうは思わないだろうし。
清水の舞台から飛び降りるのって、ほんとラクじゃないよねえ。
2 低めのところ
当日いきなり「清水の舞台」から飛び降りるのは大変そうだから、あたしはまずは低めのところから飛んでみる事にした。
修学旅行まであと一週間、清水くんをめざす前に、ちょっとは気持ちを慣らしておかないとね。
「ねえねえ、ちょっと村井」
あたしは村井に声をかけた。男子の中でもとくにこいつは、平気でかまってやれる相手だ。
「修学旅行まであと一週間じゃない。あんたにとって修学旅行で一番の楽しみって、なあに?」
「楽しみ? 楽しみかあ、うーん……」
べつに村井が何を楽しみにしてようと、あたしとしてはどうでもいいんだけどね。
「ああそうだ、おれは水がどんなか楽しみだな」
「はぁ? 水って?」
「ほらよく言うだろ、どっか旅行して水が変わると、ハラをこわすって。おれな、そういうのぜんぜん平気なんだ。どこへ行って生水飲んでも、ハラこわした事なんて一度もない」
「……はあ」
「だからな、今度向こうへ行って、旅館に着いたらすぐ水を飲んでやる。見てろよ、つぎの朝になってもぜんぜん平気だからよ」
……村井がくだらないやつだってのは知ってたけど、まさかここまでバカとはねぇ。
「あのさあ、せっかくの修学旅行なんだし、もっとほかに楽しみってないの?」
「だって寺なんて見て回っても、べつに楽しくないだろ」
「それはあたしだってそうだけど、みんなと行く旅行って事で、なんか楽しみがあるもんでしょ」
「ああ、じゃ、おまえがどの水を飲むかを、楽しみにしといてやるよ」
「え?」
「ほら先生が言ってたろ。どっかに三つの水が流れてて、長生きの水に健康の水に、それから美人の水だって」
ああ、そんな事言ってたね、そういえば。
「その中で、おまえがどの水を飲むかを楽しみにしといてやるよ」
「ほっといてよ」
「言っとくけどな、美人の水は今さらムダだぞ」
あたしは村井の背中を、えんりょなく思いきりたたいてやった。
「あうっ、……ってえなぁ……」
村井もえんりょなく、思いきりのけぞった。
ほんとあいつったら、男のくせにまともな楽しみはないの? たとえばまくら投げとか。戦力としてほしいから来てくれなんてさそってくれれば、こっちとしても遊びに行きやすのに……。
そっか、あいつはどうせ、清水くんとは別の班だっけ。
じゃあ次は、同じ班のやつにあたってみようね。
もしほんとにまくら投げを計画してたら、助かるんだけど……。
「長谷川、ちょっとあんたさあ、修学旅行で楽しみにしてる事とかない?」
「あ? なんだよいきなり」
「ほら、修学旅行の楽しみで、お決まりのものってあるでしょ。夜に」
「夜にって? おまえ何が言いたいんだよ」
「だから、修学旅行っていったら、楽しみなイベントあるでしょ。先生にはないしょで」
「おまえ、それって……」
「そう。じつは計画してんじゃないの? あんたも」
「って、何勝手な事言ってんだよ」
「もし計画してるんだったら、ちょっとあたしもまくら投げに……」
「勝手に決めつけんな! おれなんにも考えてないからな。ほんとだぜ。女湯なんてのぞくつもりはねぇからな」
「は?」
「うそじゃねぇよ。ほんとに、女ブロなんかだれが近づくかよ」
こいつ、勝手になにをカンちがいしてんの?
「いいか、おれはなんにも計画なんてしてねぇぞ。だぁれがおまえらなんかをのぞくかよ」
長谷川は、大声でそう言い捨てて向こうへ行った。
ばかだねぇあいつ、だれも女湯をのぞくつもりでしょなんて言ってないのに、自分から言い出してムキになって。
それにあんな強く否定したら、かえってあやしいものなのに。ねぇ。
ああおかしい。おかしいけど……、いちおう用心しといたほうがいいかも。
3 集まれば三分の一
男子を相手にするだけムダだったみたいね。あれならまだ、花岡さんの事でも聞いてたほうがマシだった。
それに実際、あの人がいったいどんな事を楽しみにしているのか、ちょっと興味もあるしね。
あたしはそうじの終わったなにげない時間に、花岡さんにさりげなくたずねてみた。
「花岡さんは、こんどの旅行で何を一番楽しみにしてる?」
「なんなの?」
「いやちょっと、花岡さんなら修学旅行にどんな事を期待してるのかなと思って」
「いったい今度は何をたくらんでいるの?」
さりげなく聞いてみたはずなのに、花岡さんには見抜かれてる?
「たくらむって、なんの事よ」
「だって寺内さんがなんの用もないのに、わたしに話しかけてくるはずがないでしょう」
「……」
うーん、たしかにそうかも。
「修学旅行を舞台にして、今度はどんなさわぎを起こすつもり?」
たくらむだとか、さわぎを起こすだとか、これじゃあまるで、あたしたちのほうが悪者みたいじゃない。
「また何か計画でも立てているんでしょう。いつもの三人で」
「今度はサッチと二人でよ」
あ、よけいな事言っちゃった。
「そう、今度は二人で何かをするつもりなの。なるほどねえ」
花岡さんは必要以上にあたしに顔を寄せて、必要以上に声をひそめた。
「わたしが修学旅行で一番楽しみにしている事は、だれかさんが何かさわぎを起こすかもしれない事よ」
「……」
「寺内さんの楽しみは、いつもお仲間同士でいっしょに何かをする事のようね。そうでしょう?」
なんか立場逆転みたい。やっぱりこの人にはかなわない。
「でもどうして寺内さんは、いつもあの人達といっしょにいるのよ。時には一人で何かやってみようとは思わないの?」
「いっしょに力を合わせて、協力するのが仲間でしょ」
「そうかしらね。集まれば集まるほど、小さくなるだけとは考えないの?」
「えっ?」
「いつも三人でいれば、自分は三分の一でしかないのよ」
「……」
「いつまでも三分の一なんていう中途半端なままで、寺内さんはそれでもいいの?」
三分の一なんかじゃない。今度は二分の一よ。でも……。
あたしが言葉に詰まっていると、花岡さんは笑った。
「一つ言っておくけど、わたしは寺内さんには期待してるのよ。さっきも言ったように、わたしにはあなたの行動が一番の楽しみなんだから」
おかげであたしには花岡さんの言動が、今では一番のなやみのタネよ。
4 舞台から身をのり出して
三人でいれば、自分は三分の一。二人でいても、自分は二分の一。花岡さんの言葉は、修学旅行のその日になっても気にかかってしょうがなかった。
こうしてクラス全員で列になって行動してたら、あたしはその中では38分の一でしかないんだな、なんて事をつい考えてしまう。
せめて早く旅館に着いて、部屋ごとの行動になったら……。それでもけっきょくはその中で、あたしは八分の一でしかないんだよね。
いつも一人でいる花岡さんは、いつも一分の一なんだろうか。そんな人はあたしみたいに、清水の舞台から飛び降りよう、なんて決意はいらないのかな……。
いや、ああいう人は清水の舞台から飛び降りるよりも、まずは石橋をたたいてわたるべきなのよ。うん、ぜったいにそう。
あたしたちの列が横断歩道をわたり始めたところで、信号が点滅を始めた。急いでわたろうとかけ出す子と立ち止まる子とで、列が乱れた。
そして信号が赤に変わってふと気付くと、先生もふくめてほとんどの人は交差点の向こう。こっち側に残っているのは、あたしをふくめて五人だけだった。
なんかいっぺんにあたしは五分の一になっちゃった。
いや、ちがう。こっち側には清水くんも残っているじゃない!! これってつまり、あたしたちは五分の二になったって事よ。大変だ。
ああ、今こそ、舞台から飛び降りないまでも、せめて舞台から身をのり出すくらいはしてみるべきかもしれない……。
あたしはひと呼吸してから清水くんに声をかけた。
「ねえちょっと、キヨミズ」
あだ名で呼んでみたのって、初めて。それだけでも、舞台上で片足ふみ出したような気分。
「何?」
「キヨミズってさ、清水の舞台から飛び降りるタイプ? それとも石橋をたたいてわたるタイプ?」
ああ、何を言ってるんだ、あたしは……。キヨミズくんは笑った。
「ぼくはキヨミズと呼ばれてても、石橋をたたくタイプのほうかな」
「えーと、それじゃあ、この修学旅行の中で、何が一番の楽しみ?」
「これからの予定でだったら、おみやげの買い物が楽しみだ」
「買い物? 買い物が一番の楽しみなの?」
「うん。あげる相手の事を考えながらおみやげを選ぶのって、楽しい事だと思わない?」
「でもなんかそういうのって、ありきたり……」
あたしがさっきまでの緊張も忘れてあきれたように聞き返しても、清水くんは怒りもしないでもっと笑った。
「かもね。けどおみやげ選びでは、ぼくも思いきって飛び降りてみるつもりだよ」
え、今の笑いはどういう意味だろう。おみやげで思いきるって。……まさかそれって、女の子へのプレゼントとか?
さすがにそこまでは聞けないまま、信号が青に変わって、あたしたちはまたそれぞれ38分の一にもどった。
清水くんには、プレゼントをおくるような相手がいるのかな……。清水の舞台から身をのり出したせいで、意外なものが見えちゃった。
これでますます、舞台から飛び降りる勇気なんて消えてしまった気がする……。
5 おみやげがきっかけに
そして事件は、その清水くんのおみやげがきっかけになって起こった。
「清水の買ったおみやげが、なくなったらしいんだ。それできみたち三人に手伝ってもらいたいんだが」
と、先生からのじきじきの依頼だ。
ただのなくし物探しなんて、便利屋みたいに思われてるのはシャクだけど、おかげで活躍の場ができたんだからまあいいか。
それに、先生に案内されてどうどうと男子の部屋へ行けるんだしね。
階段の途中で、花岡さんとすれ違った。先生は花岡さんにまで声をかけた。
「清水の探し物、よかったら花岡も手伝ってくれないか」
「すみませんけど、おことわりです。男子の部屋なんて、たとえ旅館が火事になったって行きたくないもの」
「そうか、残念だな」
先生はがっかりなようだけど、あたしはほっとしていた。
先生はたぶん、あたしと花岡さんを協力させて、それをきっかけになかよくさせようと考えたんだろうけど、わかってないなあ。
あたしだってあの人だって、おたがいなかよくするなんて目的のために、清水の舞台から飛び降りる決意なんてするはずないのに。とくにあの人はね。
清水くんたちの部屋の前まで来ると、先生が言った。
「先生はこれからちょっと用事があってな。悪いけど後の事はたのんだぞ」
それっていったいなんなの? もしかして、あたしたちに依頼したのも花岡さんに声をかけたのも、先生は自分の時間を持ちたかっただけとか?
あたしのほうが、先生の事ぜんぜんわかってなかったようね。
とりあえずあたしたち三人は部屋に入った。部屋の中では男子みんなが、ゴソゴソと探し物のまっ最中だった。
「お、戦力アップか。三人も来てもらえると助かるぜ」
清水くん本人よりも、犬山のほうがよろこんだ。
先生やら犬山やらにアテにされたって、こっちとしてはべつにうれしくないんだけどねえ。
とにかく、あたしが来たからには、あたしが仕切らせてもらうからね。
「みんなちょっと聞いて。これだけ人数いるんだから、手分けして探したら早いと思うの。とくにこの部屋は、ひと通りあんたたちが見たんでしょ? じゃああとはあたしたちが新しい目で確認するから、あんたたちは玄関からここまでの道のりを見てきてよ」
あたしの意見にみんなは納得して、部屋を出て行きかけた。よし、ここでもうひと押し。
「ちょっと待って清水くん。あんたには、なくなった物の特徴を聞いとかないと。だからちょっと残ってて」
ほかの男子たちは部屋を出て行き、清水くんただ一人だけが部屋に残った。
あたしは今ほんとうに、清水の舞台から飛び降りようとしているのかもしれない。
6 ここが清水の舞台
「それで、なくなった物っていったいなんなの?」
あたしはできるだけ平気な様子で聞いた。
「箱なんだけど。小さい、これくらいの」
「そう。それで、中身は?」
ちょっと緊張。もし女の子にプレゼントするような物だったら……。
「焼き物でできた、小さなカエル」
なあんだ。そんな物ならちょっと安心。
安心したところで、あたしはあらためて部屋を見回した。気の早い事に、部屋にはもうすっかりふとんがしきつめられている。
「もう寝るつもりだったの?」
「いや、ただ、まくら投げの準備のつもりで」
あたしは笑った。アオイもアカネも笑ってる。ほんと男の子っていうのは……。もう緊張なんてちっとも残ってなかった。
けど、これじゃ探すの大変だなあ。
「このふとんを動かすのは大変だし、どうせだからまず押し入れの中から探しましょう。さ、残ったふとんも全部出しちゃって」
あたしが作業にかかり、清水くんもそれに続くと、アオイがこんな事を言い出した。
「押し入れの中を探すのなら、ライトがあったほうがいいでしょ? 旅館の人にかりて来ようか」
「あ、そうだね。おねがい」
「じゃあわたし、今から下に行ってくる。アカネもいっしょに行こ」
「え?」
なんでライトを借りに行くだけなのに、アオイはアカネまでつれて行くのよ。……そう、そういうわけか。
「それじゃミドリ、それからキヨミズ、あとは二人でおねがいね」
アオイの真意を知って、あたしは今こそ飛び出さなきゃならない時だと思った。
でも、いきなり清水くんと二人きりにされて、またこんなに緊張しちゃって、いったい何ができるのよ……。
あたしは思わず、からっぽになった押し入れの中に飛びこんだ。
「ちょっと寺内、佐倉たちがライト持って来るまで待ったら?」
言いながらも、清水くんもあたしに続いて押し入れに頭を入れた。
「寺内ってさ、みどりなんだ」
暗い中で、いきなり清水くんが言った。
「え?」
「さっき佐倉がそう呼んでたから」
「ああ、あれね。ふだんはあたしたち、ニッチにサッチにテラッチなんだけど、今みたいに何か事件に取り組んでる時は、アカネ、アオイ、ミドリになるの」
「へえ、なんかいいな、そういうの」
暗い中だけど、清水くんはにっこり笑ったようだった。
「あんたこそ、セースイって呼ばれたりキヨミズって呼ばれたりするじゃない」
「キヨとかキヨミズって呼ぶのはだいたい、ムーとかハセとか、親しいやつが多いかな」
「じゃあ、それじゃあわたしも、キヨって呼ばせてもらおうかな」
清水の舞台……、ここが清水の舞台……。
「って、たまにはね。今日みたいな時だけは」
あたしも暗い中でにっこり笑った。
その時、奥のほうで何かが動いた。よく見ると、小さなカエルだ。
「あ、あった! 小さなカエルって、あれでしょ」
「見つかった? でもカエルって? 箱に入ってるはずなんだけど」
「ううん、カエルだけで、茶色い色してる」
「それ、……本物のカエルじゃない?」
「キャーッ!!」
7 新しく加わったもの
旅館のロビーに、あたしたち四人は集まっていた。ほんとはロビーは生徒使用禁止なんだけど、今だけは先生も大目に見てくれている。
あ、あたしたち四人というのは、あたしにアオイにキヨミズに、そして長谷川の四人。いつの間に、なんで長谷川まで加わってんの? ほんと、アオイもちゃっかりしてるんだから。
「事件も解決、ひと安心、と」
無関係なはずの長谷川が、のんきな事を言っている。だいたい、最初から事件なんかじゃなかったんじゃない。
「でもよ、キヨ、大事なもんをしまいこんだまま忘れてたのはおまえらしいとして、それがなんで玄関のクツの中だったんだ?」
「だってさ、部屋に持って入ったら、みんなまくら投げで暴れるし、こわされたら困ると思って……」
「なるほどな。けどそうやって自分でしまった場所を、自分で忘れたりすんなよな」
「ごめんごめん」
「おかげでおれたち、まくら投げの前にもうすっかりくたびれちまった……」
そうだった、長谷川もやっぱり、あたしたちといっしょにがんばった一人だったっけ。
「ただいまー」
アカネと村井がもどって来た。あたしが押し入れで見つけた本物のカエルを、外へ逃がしに行っていたんだ。
「おかえりー。ありがとー。でもまずはその手を洗ってきて……」
ほんとあたしは両生類だけはニガテ……。
ロビーのソファーに六人がそろった。
「おみやげ行方不明がキヨミズのカンちがいだったのはいいとして、あの本物のカエルの事が気になるよね」
「ミドリが押し入れの中で見つけたカエルね」
「そう。可能性は低いけど、花岡さんのしわざとは考えられない?」
「でもなんのため?」
「単純な事。あの人はたださわぎになるのが好きなんだから。カエルといえばほら、前例だってあったでしょ?」
「でも、冬眠の場所を求めて、信じられないような場所に入りこむカエルもたまにいるよ」
とアカネ。
うーん、それに花岡さんが男子部屋に入りこむかどうかもギモンだしねえ。
「けっきょく、たしかな事はわからないわね。花岡さん本人にしか」
「もういいじゃん。事件は解決したんだし」
「それにおれたちがくたびれた以外、べつに被害もなかったんだしな」
男子たちも口を出してきた。当事者のはずのキヨミズまでが気楽にうなずいてるので、あたしはその後ろ頭を軽くたたいた。
「だからって原因を作ったキヨミズが、反省しないでどうすんのよ」
キヨミズにつっこむあたしにみんなはおどろき、そして笑った。
花岡さんの行動ははっきりしないままだけど、一つだけ、はっきりわかった事がある。
三人でいる時、いや、こうして六人でいる時、あたしは三分の一でもなければ六分の一でもない。それどころか、三倍にも六倍にもなるものなのよ。
あたしは自分の中に新しく加わったものを実感しながら、キヨの頭をまた軽くたたいた。
パビリオン入り口へ