メッセージ − ぼくの知らないぼくの事 −
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メッセージ
3日前
「あと3か、いよいよかえるひがちかづいてきた」
こんなメッセージが、ぼくの電子手帳に記された。
2日前
それに気付いたのは、次の日の朝になってからだ。ぼくはねぼけ頭で考えた。
こんなメモ、おぼえがないなあ。あと三日? きのうから三日なら、つまりあさってか。帰るって? どこに帰るっていうんだ。ぼくは自分の家の、自分の部屋にいるっていうのに。
……いったい、だれがこんなメモを残したんだろう。
ぼくはまず、朝食の時に父さんと母さんにたずねてみた。
「ねえ、あさってなにか予定があったっけ?」
「さあな」
「べつに」
そっけない返事。まあそうだよな。ビデオのタイマーセットもできない二人に、ぼくの電子手帳をあつかえるはずがないよ。
続いてぼくは、学校に行ってからクラスメイトにたずねて回った。
「なあ、きのうぼくの電子手帳になにか書かなかった?」
「知らん」
「するかよ」
やっぱりそんな返事ばかりだ。もともとゲーム機能にしか興味のない連中だもんな。
電子手帳を使いこなすのは、女子のほうにこそ多い。ぼくはそんな子たちにもたずねてみた。
「ちょっと聞くけど、ぼくの電子手帳になにか書いたりなんてしなかった?」
「いいや。どうして?」
「ううん。なんで?」
いちいち聞き返すんだからめんどくさいよ。
「いや、ぼくの知らないメモが残ってて……」
「え? どんなメモ? 見せて!」
ちょっと答えりゃますますしつこいし。大勢の女子たち相手にしゃべったなんて初めてだけど、やっぱりにがてだなあ。
そうそう、中でも一番にがてなやつが、まだ残ってた。鎌田里佳。すぐに「バッカじゃないの?」なんて事を言う、頭にくるやつだ。
「なあ鎌田、きのうぼくの電子手帳をさわったりしてないか?」
「なんでさ」
「ぼくの知らないメモが残ってるんだ」
「どんな」
「……いよいよ帰る日だとかなんとか」
「どれ」
手を出す鎌田に、ぼくはしかたなく手帳を見せた。
「ほら、これ。……心当たりある?」
「ふうん。知らない」
さんざん思わせぶっといて、けっきょくこれだ。ほんと頭にくるよ。
けれどそんな鎌田が、あとになって意外な有力情報をくれた。
「ちょっと坂田、さっきのあのメモだけど、あんたの手帳にじかに書かれたものとはかぎんないよ」
そうか、電子手帳には通信機能もあったんだ。
「……でも、通信はトークだけで、スケジュールのほうになんて残らないだろ」
「それをたしかめた事ある?」
「……いいや」
「じゃあわかんないじゃん。あとで一度、、あたしの手帳とあんたの手帳とでためしてみよ」
そういうわけで、ぼくは鎌田に引っぱられて西校舎へ行くはめになった。西校舎は特別教室ばかりだから、放課後はすぐに人気がなくなる。鎌田はさらに、防火扉のかげに回った。
「あんたなんかと手帳でトークしてるとこ、だれかに見られたくないし」
こんなところを見られたらそれこそ……、とぼくは思うけど。
細い三角のすき間の中で、ぼくらはそれぞれ自分の手帳を取り出すと、それらをくっつけるように向かい合わせた。
「まずこの画面で通信を選んだら、ほら、この時点でもうスケジュールは関係ないだろ」
「うん」
「ためしにメッセージ送ってみるな。受信はOK? でも、ほらな、スケジュールのほうになんか残らないじゃないか」
「……うん」
「だいたいな、受信状態のままで置きっぱなしになんかするかよ」
「そっかあ……」
ぼくはこの時とばかりに、鎌田に向かって言ってやった。
「バッカじゃないの?」
鎌田はふくれっつらでぼくをつきとばすと、走って行ってしまった。
初めて言い返してやれたのに、なんだかすっきりしない。きっと、あのメッセージのなぞが、心に引っかかってるせいだ。
1日前
そうとしか考えられない。あれはぼく自身が書いたんだ。そしてぼくは、その記憶をなくしている。もう、そうとしか考えられない。
あと一日、いよいよ明日だ。ああ、ぼくはいったい、どこへ帰るというんだろう……。
ぼくは父さんと母さんに、思いきってたずねてみた。
「ねえ、ぼくはどこから来たの?」
瞬間、二人の顔色が変わった。
「……その、ほら、朝は時間がないからね、その話は帰ってからにしましょう」
「良太もいつの間にか、そんな疑問を抱くような年になったか……」
やっぱり、やっぱりだ。ぼくには秘密があったんだ……。
ふさいだ表情で学校へ行くと、あんのじょう鎌田がからんでくる。もちろん、ぼくはなんとかごまかした。
「べつに、ただちょっと考え事。なんで電子手帳には、男子用と女子用とがあるんだろうって」
「なに言ってんの? サッカーゲームとか相性うらないとか、好みに合わせてわざわざ別に作ってあるんじゃん」
「そんなのわかってるよ。だから、どうして男子と女子とでは、好みがそんなにちがうんだ?」
すると鎌田は、きゅうに声をひそめた。
「それは、もともとちがう生き物だからよ」
「ええっ?」
「知らなかった? 遠いむかし、あたしたち女は金星からやって来たの。そしてあんたたち男は火星から来た。今その記憶は眠っているけど、いつか思い出す日がきっとくる。たぶん、大人たちはもうみんな知ってるはずよ」
そうか、そしてその事を、ぼくたち子どもにはずっと秘密にしてきた……。
「なにまた暗い顔してんの? ほんと、バッカみたい」
勝ちほこったように鎌田は言った。けれど、ぼくは言い返す気にもなれなかった。
夕食のあと、父さんと母さんはむずかしい顔つきで、ぼくに向かい合った。
「子どもがいったいどこから来るか……。母親から生まれる、というのは分かっているな。ところが、父親にも顔が似る。血のつながりという言葉もある。そういう事を、良太は疑問に思ったんだろう」
……なにかカン違いしてるんじゃない? でも二人があんまり真剣だから、ぼくはなにも言えなかった。
「良太は、女の子を好きになった事はあるか? そうか。そんな時、まず手をつなぎたいという気持ちがおこる。より感覚のあざやかな部分で、相手を感じ取りたくなるからだ。そして、より感覚を持つくちびるでキスをし、さらに感覚を持つ……、まあそういった大人同士のスキンシップは、おいおい分かってくるだろう」
続いて母さんが言った。
「母親は、もともとおなかにたまごを持っているの。でも母親の呼びかけだけでは、たまごはいつまでも眠ったまま。今の話のスキンシップによって、父親からのメッセージを受け取り、初めてたまごは目を覚ますのよ」
そうか、父親からも母親からもメッセージを受け取るから、子どもはどちらにも似るわけか。
「驚く話はまだあるぞ。目覚めたそのたまごはな、すぐにヒトになるわけではないんだ。なにしろしっぽがのびるんだから。やがてそのしっぽが消え、手足がのび、水かきが消えるように指が分かれる。つまりな、これまでの生物の進化の過程、それをたどりながら成長するんだ」
すごい! その話にぼくは熱くなった。
「そしてもう一つ。汗や涙、それに血がしょっぱいのはなぜかわかるか? あれはみんな、海の味なんだ」
「つまり、最初の生命が海から生まれた、何よりの証拠ね」
「その海って、地球の海?」
「当たり前じゃないの」
「そっか、ほかの星には海なんてないもんね。……よかった」
なんてすごい秘密だろう。ぼくは地球から生まれたんだ。古代魚や、恐竜や、始祖鳥の姿をたどったすえに。そして今も、太古の海が体の中に流れている。知らなかった。そんなに遠い過去からのメッセージが、自分の中に記されていたなんて……。
当日
「坂田坂田、すぐ理科室に行ってみな。ふ卵器の卵、みんなヒビ入ってるから」
ぼくが登校するなり、鎌田が早口でまくし立て、そして意味ありげな笑いを見せた。
「ヒヨコのかえる予定日ピッタリ」
かえる日? ああそうだった。自分で手帳にそうメモしたんじゃないか。ほんとバカだなあ。それをすっかりわすれていたよ。
ぼくはふ卵器をのぞきこんだ。ならんだ卵には、たしかにどれもヒビが入ってる。かすかにだけど、声も聞こえる。もうすぐにもくちばしがとび出してきそうだ。
ぼくにとって、生まれて初めて見るふ化の瞬間。でもなんだか、なつかしいような、親しいような、不思議な気がした。
「そうか、ぼくにもこんな時があったんだもんな」
「は?」
「生まれてくる前、ぼくにも鳥だった時があったんだ。たしかに」
鎌田はなぜかあきれもしないで、ちょっとうなずくようにしながら言った。
「ほんと、バカだねえ」
ぼくもうなずいた。
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