北海道サイクリング日記


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   1993年

     8月7日 土曜日
 午前中、自転車で買い物に出た。自転車で走ると、昨日までのよその土地も、まるで住み慣れた町のようだ。もちろん道は分からないが、あらかじめ地図で見当をつけて出かければなんとかなる。
 なんとかならないのが他人の仕事。ホームセンターで合鍵を作ってもらったが、これがまったく使い物にならない。一つ一つ用事を片付けたい時に、これだ。
 気晴らしに午後は列車で出掛けた。砂川から分かれる、函館本線の盲腸へ。
 砂川駅の長い木の跨線橋は、木造校舎の廊下のようだ。一つ離れたホームには、ディーゼルカーがたった一両。それを囲むように、トンボがたくさん飛んでいた。走り出して吹き込む風の涼しさといい、まるで秋のようだ。夕暮れは確かに早くなっている。
 五つ目でもう終点。降りてみると、この上砂川駅にはもう一つ、悲別駅という名も付いていた。そういうドラマのロケ地になったらしい。
 ささやかなレイリングの後は、またちょっとしたサイクリング。駅から真っすぐ帰らず、河原をアパートとは反対方向に走った。河原は広くて明るくて、心地よい。河のそばに住む事が出来た事が、今さらながら嬉しくなった。
 今夜は何かのお祭りらしい。子ども達は集まって町をねり歩いては、思い思いの家で大声をあげている。「トーサク出ーせー出ーせーよー、出ーさーないとーカッツくぞー、おーまーけーにークイツクぞー」そうしてその家の人に何かをもらっているようだ。日本にもこんなハロウィーンがあったとは知らなかった。夏は彼らのための季節。本当に子ども達がうらやましい。
 (追記 上記のかけ声は、ローソクを要求するものらしい)


     9月29日 水曜日
 投稿文はすぐにも掲載されるらしい。修正原稿は間に合わず、向こうの都合で加筆修正されるかもしれない。まあそれも仕方ない。やるだけはやったし、そうなったとしてもあきらめよう。気分を変えて散歩に出た。
 1時間ほど河原を走り昼前には帰るつもりでいたが、サイクリングコースに入ってしまうともう引き返せない。まあ、アパートに帰らなきゃならない決まりはない。昼食はどこかでパンでも買って草の上で食べようと、とにかく進んだ。
 コースは林の中に続いている。右には線路、そして左にはいつも石狩川がある。川は広いが所々に急流があり、水音を響かせていた。ここは以前線路の通っていた跡らしい。カムイコタンにはホームも残っていた。周囲の木々はすっかり色付き、9月というのが信じられない。今自分は北海道にいるのだと、あらためて自覚した。
 サイクリングコースは唐突に終わった。さらに5キロほど走ってスーパーを見付け、菓子パンと牛乳を買って引き返した。草の上に座りパンを食べながら陽に当たっていると、晩秋の小春日のような気がする。やはりここは、冬の訪れの早い北の国だ。旭川には今朝初霜が降りた。
 キタキツネにひじをかじられた。帰り道で姿を見かけ、自転車を降りてそっと近付き座り込んだ時に。姿を見られただけでも大感激だったのに、その子はひときわ好奇心が強く、僕の自転車につかまり立ちしたり、僕の指やひじをかじったりする。ここで2頭、その後3頭、合計5頭のキタキツネに会ったが、ほかの子は決して5メートル以内には近付かない。僕が座れば彼らも座り、僕が立ち上がれば彼らも立ち上がるといった具合で。でも、それでいいんだろう。人間に依存してしまわないためには。アスファルトの上の見通しのきく場所で、みんなはバッタを追っていた。
 僕は北海道にいる。ここは本当に北海道だ。それが嬉しくてたまらず、自転車の上でしじゅう手を振り上げたりしながら帰った。トンネルの中では手を打ちならした。すると、向こうから遠慮がちにベルの音が。ああ恥ずかしい。対向車がいたなんて。
 それにしても、僕はなんてめぐまれているんだろう。こうして一つづつ願いをかなえていけるのだから。ただかなうのではなく、かなえていく事が出来るのが僕は嬉しい。


     10月1日 金曜日
 風がかなり強く吹く。だが午後には陽が射してきたので、今日もまたサイクリングコースへ行った。キタキツネを目当てに、ビデオカメラまで用意して。一頭に会う事が出来たが、3分とたたずに消えてしまい、あとはいくら探しても見付からない。やはり天気の良い日でないとだめなようだ。
 帰り道は真新しい橋を渡った。行きにはまだ開通していなかった橋を。


     10月3日 日曜日
 早起きして、荷物をそろえ、出発前にふと窓の外を見ると、雨が降っている。直前になって外出は中止。ついていない。
 外出をあきらめた途端に空は晴れた。で、例によって午後はキツネ目当てにサイクリングコースへ。陽当たりの良い道端で虫を追う、キタキツネ達の姿をカメラに収める事が出来た。これはこれで、今日は良い一日だったのかもしれない。遠出ばかりが楽しみじゃない。


     10月15日 金曜日
 買い物に出たついでに、その道を真っすぐ真っすぐ進んでみた。ひさしぶりに気持ちよく晴れた日だから。
 町並みはすぐに尽き、道は畑の広がる中を続く。ひたすら直線で、近視の目には見えない場所にまで伸びている。だが小学校の前でいきなり直角に曲がったので、そこで引き返した。何かきっかけがなければ、このままどこまでも走ってしまい戻れなくなりそうだ。


     10月16日 土曜日
 今日もビデオカメラを持ってキタキツネに会いに行った。やはりごく近くまで寄る事は出来ない。それでも座り込んでみせれば、リラックスした様子で彼らも座る。ふと思い付いて、腹ばいになってみた。すると彼らもそろって寝そべった。僕も遊び相手になれたようだ。
 帰り道、街の向こうに大雪の山並みが見えた。もう7合目まで白い。天気予報で積雪の事は知っていたが、それを今日初めて自分の目で確かめた。ここは高田以上にお気に入りの町になりそうだ。
 カムイコタンも気に入った。川原の岩の上に座ってパンを食べていると、この場所はずっと以前から僕のために用意されていたような気もする。


     10月21日 木曜日
 今日もカムイコタンまで走った。市内だし、ごく近所のような気がするが、往復すれば40キロにもなる。高田から野尻湖への片道分に当たるわけだ。起伏もないので楽に行けるが、時間はそれなりにかかっている。
 カムイコタンのみやげ物店で自動販売機の缶コーヒーを飲んでいて、「古譚石あります」という看板が目に付いた。そんな石があるとは初耳だ。もっとも、店の人に見せてもらったところ、そう面白い物ではなかった。黒くぬめるような光沢を持つ石で、木の台なんかが付いている。好きな人には価値のある物かもしれないが、僕は自分の気に入った石を自分で拾う方がいい。


     10月28日 木曜日
 おととい飛来したあのハクチョウ達に、もう一度会いに行った。ところが、ハクチョウ達はもういない。昨夜のうちに飛んで行ってしまったようだ。まあそれも仕方ないだろう。冬は待ってはくれないのだから。
 落胆にそのまま帰る気になれず、そのまま西へ向かった。そして野草園という所を見付けた。入ってみようと思ったが、開園期間は15日までだった。今日は肩すかしばかり食う。
 そのままサイクリングコースに入り、いつものように川下へ向かって走ったが、今日もキタキツネには会えないままカムイコタンに行き着いてしまった。もうエサになる虫もいないので、出て来ないのだろう。
 連日の雨に打たれ、木々はすっかり葉を落としてしまった。見上げれば、細い枝越しに冬めいた空が見える。確かに、季節はいつまでもとどまってはいない。
 ちょっとハクチョウを見るだけのつもりだったので、昼食の用意がない。売店をのぞくと、こないだ石を見せてくれたおばさんが出て来て、僕が何も言わないうちにこう言う。もうシーズンオフだから、悪くなるような物は置かないようにしていると。シーズンオフ、か。野草園も、みやげ物屋も、もうにぎわう時期は過ぎたらしい。
 川沿いに町に戻り、常盤公園に寄った。ここもやはり静かだ。ボートは以前から陸揚げされて逆さに積まれている。ハトはあい変わらず群れているが、売店はシャッターを降ろしている。立ち木に雪囲いをする作業も進んだ。駆け足の冬に気が急いているのは、ハクチョウやキタキツネばかりではないらしい。
 僕は今日まで、北海道の秋の短さをまるで知らずにいた。サイクリングコースを走るのも、今日が最後になるだろう。工事用のトラックが道をふさいでいる場所があり、看板には11月2日から通行止めと書かれていた。確かにもうシーズンオフだ。


   1994年

     4月13日 水曜日
 強い風の吹く中、自転車で飛び出した。昨夜は雨が激しく降ったが、路上には所々まだ雪が残っているし、それ以外の所は砂が積もっていて、スピードは出せない。それでも気分が良かった。本当にひさしぶりだ。


     4月15日 金曜日
 自転車に乗ってふと顔を上げると、大雪山が真っ白く空を割って見えた。見事だ。北海道で春を迎えるのは、これが初めてなんだと気付いた。住んでみてよかった。河原をひさしぶりに駆け抜けた。


     4月18日 月曜日
 何日かぶりにストーブをつけた。なまじ暖かさを味わった後では、かなり寒さがこたえる。自転車でひとっ走りすれば暖まるかと思ったが、手がかじかんだだけだった。


     4月20日 水曜日
 インクリボンと原稿用紙を買いに出たが、店は閉まっていた。ついてない。最後に寄ったスーパーまで閉まっている。
 気晴らしに自転車であちこち走り回った。常盤公園は店も開いて、急ににぎわい始めている。忠別川の改修された河原へも降りてみた。早い流れに足を踏み入れてみたくなったが、まだ少し寒すぎる。
 最後に調子に乗って、神楽岡公園まで行ってしまった。まだ消え残った雪を、自転車でかき分けながら。公園もひどくぬかるんでいて、泥まみれになった。マウンテンバイクでもないのに、ついムチャをしてしまった。でも、たまにはムチャをしたい時もある。


     6月21日 火曜日
 銀行へ家賃を払いに行ったついでに、外貨の両替もすませた。まだひと月も先だが、今かなりドルが安くなってるので。ところがすぐには両替出来ず、2・3日はかかるという。北海道の銀行は不便なものだ。
 図書館へも行き、最後にちょっと寄り道をした。サイクリングコースを通ってカムイコタンまで。考えてみれば、春になってまだ一度も走っていない。キタキツネには会えなかったが、セミや鳥達の声が今日は特別に嬉しかった。コタンではキツツキのドラミングを聞いた。帰りにはトビの羽根を拾った。なかなか実のある寄り道だった。
 写真も何枚か撮り、使い切ったフィルムを現像に出した。楽しみは明日まで続く。おととい撮ったメグミちゃんの写真も、うまく写っているといいけど。


     6月28日 火曜日
 今日も美瑛へ行った。ただしバイトにではなく、遊びに。初めて自転車で行ったが、マイクロバスで毎朝通る見慣れた道のりは、とても近く感じた。
 以前から気になっていた、パッチワークの道というのをまずたどってみた。すぐ目に付いたのが、大きなポプラの木。ポスターなどによく使われるだけあって、さすがに絵になっている。僕も良い構図を捜して、周辺を走り回った。やはり遊びで来るのはいい。時間を気にせずにすむし、自由に場所を移動出来る。同じようなサイクルライダー達と、何度もあいさつしながらすれ違った。今日だけは、僕も観光客の一人だ。
 ポプラを眺めながら気がすむまで走り回り、次に拓真館へ向かった。入館無料というのが気に入った。中で関連商品を売っていて、その収入でなんとか運営しているのだろう。僕もつい絵ハガキを買ってしまった。絵ハガキはジュンが喜ぶから。
 郵便局で切手を買い、コンビニでペンを仕入れ、ゼルブの丘という所のベンチで手紙を書いた。そして駅前のポストに投函。もうすっかり観光客気分だ。一年近くも北海道に住んでいて、何を今さらうかれているんだろう、僕は。


     7月5日 火曜日
 2週間かかって、ようやく外貨の両替がすんだ。それでもまだ不満は残るが。出来るだけ少額紙幣でと頼んだのに、100ドル札が多数ある。そのうえ1ドルにつき5円近くも手数料を取られるとは。これからは、地方銀行で両替するのはやめよう。
 昼近くになってしまったが、今日もまた美瑛へ向かった。例のポプラの周辺は前回充分見て回ったので、別の道をたどってみた。やっぱりあるある、ほかにもいい風景が。丘の上のカーブから見渡す牧草地。水辺に立つ1本のポプラ。キタキツネにも出会った。今度またゆっくり来てみよう。


     9月8日 木曜日
 応募した文学賞の落選通知が届いた。もう慣れたとはいえ、やはり落ち込む。
 気晴らしに自転車で出かけると、角で高校生の自転車と衝突してしまった。僕の一時停止省略に相手の右側通行と、非はどちらにもあるのだが、相手が女の子となると、こっちが一方的に悪かったような気にもなる。その上カバンから飛び出したプリントが何枚も河へ落ちてしまい、本当にもうしわけない気分。ますます気が滅入った。
 一つ救いだったのは、相手にケガがなかった事だ。僕の方は左手を痛めてしまった。しばらくは書き物も休もう。
 なお、新聞への投稿も、今年は結局ボツったようだ。


     9月10日 火曜日
 昼過ぎに電話があった。なんとメグちゃんから。この時ほど気持ちがはずんだ事は、ここしばらくなかった。今から自転車で遊びに来てとせがまれ、僕はすぐに飛び出した。
 家は知らないので、小学校の前で待ち合わせ。じきにメグちゃんも自転車で現れた。会うのはちょうど2か月ぶりだ。9才になってから会うのは初めてなので、「はじめまして」とおどけてみた。僕の方はあい変わらずの格好で、「それしかぼうし持ってないの?」と指摘されてしまった。
 モンゴルの新聞をおみやげに渡し、写真を見せてあげた。嬉しい事に、メグちゃんから僕へのおみやげもあった。青いガラスの一輪差し。夏休みに札幌へ行った時のものだとか。
 それから自転車を並べて公園まで走った。この辺りは静かな住宅地で、以前の泉台のような感じがしていい所だ。そして公園には噴水やアスレチックまであり、子ども達の歓声が響いている。こんな所で子ども時代を過ごせたら、きっと楽しいだろう。今日は僕も歓声を上げ、駆け回って遊んだ。メグちゃんのクラスメイトも加え、3人でおにごっこなどをして。
 これまでの僕にとって、子どもというのはほんの一時すれ違うだけの存在だった。けれどもメグちゃんだけは、しばらくは僕のそばにとどまっていてくれるだろう。


   1995年

     3月29日 水曜日
 観測上正式に、旭川の積雪はゼロになった。さっそく自転車を引っ張り出す。ホコリを払い、空気を入れ、油を差し、そして半年ぶりに乗ってみた。今日は買い物に行っただけだが、そのうちまた遠出をしよう。
 今日もやはりすぐ帰る気にはなれず、見本林に寄り道した。


     4月9日 日曜日
 午後になって空が明るくなってきたので、自転車で散歩に出た。神楽岡公園はまだぬかるんでいて、自転車は泥まみれになってしまった。失敗だったと思い引き返しかけたが、直後に僕は狂喜した。近距離からキツツキのドラミングが響く。コロロロロ、とリズミカルな音が、何度も何度も繰り返される。まさかこんな近所にキツツキがいるとは。北海道は、最後の最後まで僕を驚かせてくれる。
 音の聞こえた南側の斜面へ、泥道を自転車を押して登ったが、ドラミングはもう聞こえない。姿は見られなくても、存在が確認出来ただけで今日は満足して帰ろう。そう思った途端、鮮やかな赤が目に飛び込んできた。アカゲラだ。もちろん見るのは今日が初めてだ。わずか20メートルほどの距離で、数分間その姿を観察する事が出来た。北海道には、まだまだ思いがけない幸運がある。今度はカメラを持って行こう。


     4月15日 土曜日
 朝起きると、もう昼近くだった……。そんな事より、ひさしぶりに陽が射している。今日こそ待ちかねた外出日和と思い、自転車で飛び出した。
 向かうは美瑛。だが期待していたグライダーは、まだ飛んでいなかった。滑空場の前まで行ったが、やはり門は閉まっている。途中買ったパンを広場のブランコで食べ、引き返した。
 帰る頃にはすっかり曇ってしまった。向かい風はいきなり強まり、しかも冷たくなった。いったい、春はいつまで待たせる気だろう。早くサイクリングを楽しみたい。それからグライダーの滑空も、最後にもう一度見上げたい。


     4月18日 火曜日
 絵本と一緒にモンゴルへ送ってもらう僕の本を、まず札幌のタイムス支局へ送らなくてはならない。重い段ボール箱をかつぎ、歩いて郵便局へ向かう。モンゴルまでかついで行く事を思えば、町内の郵便局まで持って行くくらい……。ところが、郵便で送れるのは12キロまでとかで、断わられてしまった。戻る道のりは、17キロの荷物がさらに重く感じた。
 宅急便を扱う店が近くにあって助かった。明日には着くというし、これでひと安心だ。
 一度アパートに帰り、あらためて自転車で出かけた。珍しく天気が良いし、こんな日に部屋にいるなどもったいない。美瑛の方はもうしばらく待つ事にして、今日は川沿いのサイクリングコースを走った。
 ところが、こっちも似たようなものだ。途中雪が立ちふさがっていたり、溶けてはいても水没していたり、乾いていても砂利だらけだったり……。それでもカムイコタンまで行き、川べりの岩の上でパンを食べ、横になって少しウトウトした。陽射しは暖かくて気分良かったが、時おり吹き抜ける風はやはりまだ冷たい。


     4月25日 火曜日
 こんな天気の良い日に、部屋にいていいはずがない。今日は嵐山へ向かった。
 山道にはもう、エゾエンゴサクが一面青く咲いている。さらに進めば、薄紫のカタクリも。野草園はまだ開かないが、春の訪れは思ったより早い。
 国見の碑は、開拓時代の人達が川辺の原野を見渡した所らしいが、確かに見晴らしがいい。川を見下ろし、飛ぶ鳥の背中さえも見下ろせる。
 そして耳を澄ますと、下から聞こえてきたのはキツツキのドラミング。のんびりする気はもう消えて、パンをほおばったまますぐ山を下った。
 少し距離はあるものの、アカゲラが木の幹を叩いているのが確かに見えた。ビデオはうまく撮れなかったが、今日はこれだけで満足だ。ふもとのアイヌ資料館をついでにちょっとのぞき、帰途についた。
 アカゲラの事でボンヤリしていたからか、道に迷ってしまった。気付くとそこは高速道路の入り口。自転車で札幌まで行くつもりはないので、引き返した。
 そのまま見知らぬ道を適当に走ると、行き着いたのがアイヌ記念館。ついでにここもちょっとのぞいてみる事にした。旭川に住んでいながら、入るのは今日が初めてだ。
 さっきの資料館と似たような展示物を見て回り、最後にみやげ物屋へ。本格開業はゴールデンウィークからのようで、品物を並べている最中だった。ムックリがないかたずねると、店のおばさんはガラクタの詰まった引き出しをかき回し始める。出てきた糸のない古びた物に、その場で糸を付け箱に入れてくれた。意外と掘り出し物かもしれない。


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