新潟サイクリング日記1
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1990年
4月18日 水曜日
帰り道、河原の土手で虹を見た。毎日ヘトヘトになっての帰り道だけど、きれいな物がいろいろ見られて、本当に素晴らしい道だ。
河原を歩いての通勤もいいけれど、明日からは自転車通勤だ。今日、ついに自転車が手に入った。自転車店からの帰り道、雨が降り出してびしょ濡れになったけど、上機嫌で帰って来た。明日はきっといい天気だろう。
5月20日 日曜日
天気が良かったので、先週見かけた海沿いのサイクリングロードへ行ってみた。行くあてがあるわけでもないので、昼まで進んで弁当を食べてから引き返そうと、朝もゆっくり出かけた。
弁当を買いに糸魚川駅に寄った時には、まだ11時前。サイクリングコースはもう途絶えていたが、さらに西に向かい、親不知のピアパークまで行った。何もない所だけど、ここまで来たというだけで充分だ。もう二度と来る事はないだろう。途中の道がおっかないから。
ここへの道は山の中腹にうがたれたトンネルのようで、おまけに工事をしていて片側通行。狭く、暗く、曲がりくねって、その上工事中と、これ以上危険な道はない。
ピアパークで弁当を食べる気にはなれず、近くにも落ち着いて弁当を広げるような場所はない。そのうちに親不知の駅に出たので、水道で顔を洗って水を飲んだ。駅は小さかったが無人駅ではなかった。記念に入場券を、の案内書きにつられて入場券を一枚買うと、なんとなくすぐには立ち去り難い気分になり、そのまま待合室で弁当を食べた。
7月1日 日曜日
野尻湖の湖畔で、驚くほど美しい蝶を見た。青みがかった緑色に輝く羽根……。信じられない思いでしばらく見とれていた。二匹でぐるぐる回りながら、いつまでも同じ場所で舞っていた。シジミチョウの中に、確かあのような色の羽根を持った種類があっただろうか。
この事はずっと忘れないだろう。直後にひどい目にあったから。下り坂の急カーブに砂利が散らばるという危険な道を、速度も落とさずに蝶の事でぼんやりしながら通ったものだから、横すべりし転倒して顔から地面に落ちた。メガネがとび、顔をおさえた手に血が流れ、しばらくは痛みと驚きで動けなかった。
じきに落ち着き、幸い割れずにすんだメガネを拾い、自転車を押して近くの食堂へ行った。顔だけ洗わせてもらうつもりが親切にもばんそうこうまでくれ、痛みもなんとなくやわらいだ。
それでも血は止まらないし自転車は壊れるしメガネはゆがんでしまうしで、すぐ帰る事にした。
痛い思いはしたものの、良い一日だった。湖を一周する道は湖水に近づくと波の音が聞こえ、林に入ると鳥の声に包まれた。行くまでの道のりも、今年初めてのニイニイゼミの声が聞こえたり、川を渡るとカジカガエルの声がして驚いて立ち止まったりと、良い事がたくさんあった。カジカの声を聞くのは何年ぶりだろう。関川も上流は清らかな流れだ。
でも帰りはまったくそんな余裕はなかった。傷は痛むし自転車は調子が悪いし。ブレーキが片方効かない状態でずっと下り坂というのは、さすがに神経を使う。
途中メガネ店に寄り、ふと鏡に自分の姿を見てギョッとした。裂けて破れた服、半分血まみれの顔。まるでゾンビだ。
7月15日 日曜日
朝起きると聞こえる雨音。どこへも出かけず一日家にいようと思った。ここへ引っ越してきて以来、初めて外出しない日曜だ。
ところが昼頃から明るくなり、陽が射し始めた。そうなると、もう部屋でじっとしている事など出来ない。行くあてもなく自転車で飛び出し、なんとなく東へ向かった。
道は田んぼの中を通って山にさしかかり、小さな流れに沿って坂を登る。やがてダムに出た。水辺に来ると、それだけで気分が良い。のどが乾いていたので水飲み場へ行き栓をひねった。とたんに水が勢いよく噴き出し、額をぬらしてしまった。さすが水源池だけあって水の出がいい、とどこかのおばさんが感心したように言う。僕としてはあまり愉快ではない。
夕食後、日が暮れてからは高田公園へ走りにいった。暑いとやはり水辺が恋しい。近くにこんな公園があるなんて本当に嬉しい。
8月9日 木曜日
自転車にスピードメーターを付けてから、毎朝会社前の直線コースをとばしている。今朝は44キロまで出た。でもあの道では、これが限界かもしれない。40キロを過ぎると、1キロ速度を増すのも大変だし。どこかに滑らかで長い直線の道がないだろうか。それにしてもこのメーターで、自転車に乗るのがずっと楽しくなった。
8月15日 水曜日
毎朝、会社前の直線コースで速度記録に挑んでいるが、日によってかなりバラつきがある。月曜には46キロの記録を出したが、昨日は42キロが限界だった。今日はというと、直線コースに入ったとたんに青くくっきりと妙高山が見え、速度記録の事なんて忘れてしまった。夏にしては珍しく透明度が高く、ひさしぶりに山に見とれた。
9月16日 日曜日
どこへ行こうかと思案しながら、まず金谷山へ行ってみたが、自転車乗り入れ禁止の看板が立ちふさがる。これでもうどこへも行くあてがなくなってしまった。
未練がましく山に沿って走るうち、どこを走っているのかも判らなくなった。川を渡って大きな道に出て、登り坂になったのでこのまま山へ向かうのだろうかと走り続けた。その道が18号バイパスだとじきに気付いた。
未完成の道だと知っていたけど、本当にあっけなく途切れていた。左へ行くと二本木駅を過ぎて18号の本線、右へ行けばどこへ行くやら。でも登り坂は確かなので右へ行った。ここでまた僕の悪いクセが。行きつく所まで行かないと、中途半端な所では引き返せない。まあ、一人なのだから好きだけ走ればいいか。
右側には木々の向こうに遠く山なみが見え、どうやら広くなだらかな谷になっているらしい。静かな高原の道を行くのは、僕一人だけ。時おり自動車が通り過ぎるが、周囲と何の接触もない自動車は存在しないも同然だ。
急坂を一人黙々と登り続け、登りつめるとにぎやかな遊園地に出て気が抜けた。そのまま走り続けると18号線に出てしまったので、今度は赤倉温泉の看板の指す知らない道へ進む。登りつめて得たものは、登りきったという到達の満足感と、汗をかいた体に涼しい秋風だけ。だがそれで充分。旅館やみやげ物店の並ぶ所は通り抜け、見はらしの良いスキー場の斜面に腰を降ろした。赤倉なんて、自転車で来ても面白い所ではないけれど、このスキー場からの景色は気に入った。
また転んでしまった。カーブした道を斜面から流れ落ちた水が横切り、そこで滑った。転んで気付いたが、それはお湯で、道には藻がはえている。もっとも速度が出ていなかったので、ズボンを汚しただけですんだ。
その後は一本道の下り坂で調子に乗って、後で気付いたが51キロまで出していた。前からは車が来るのに後ろからは来ないなあと思ったが、これだけ速ければ当然だろう。
帰りがずっと下りだから、こうして後の事を考えずに思いきって遠出が出来る。でもちょっと近所へと思っていても、どうしてこんなに遠出する事になるのだろう。念のためボトルを麦茶でいっぱいにしておいて良かった。行きにかなり汗をかき、800ミリリットルのボトルは空になった。
10月7日 日曜日
雨が降るというので出かけるつもりはなかったが、部屋の片付けも午前中には終わってしまい、午後になっても降るどころか明るくなってきたので、レンタル店へ行ったり駅へ切符を買いに行ったりした。
ひとたび外へ出ると、遠出したくなるのが悪いクセ。日が暮れるにもかかわらず、正善寺湖ダムまで行った。こないだ行ったのは真夏の昼間だったが、季節も変わり水辺に涼を求めに来る人ももういない。時刻のせいもあるだろう。谷間は特に日の暮れが早い。僕も長居せずに引き返した。
行きに坂を登っていると、子ども達からがんばってーと声をかけられた。またからかわれてるなあなんて思っていたが、帰りには大人の女性の声で同じくがんばってと声がかかる。大人までがふざけてるとは思えないし、僕がトレーニングのために走ってるとでも思ったのだろうか。まあなんでもいい。からかいであっても楽しい。
ついに48キロの新記録が出た。それもあの見通しの良い道だから出来た事。今日は本当にがんばった。でももうやめよう。記録を伸ばそう伸ばそうとしていると、いつかケガしそうだ。
1991年
3月6日 水曜日
今日からは自転車で行って、そして帰る。今まで8時前に家を出て18時近くに帰っていたから、ずいぶん時間の節約になる気がする。実際、原稿用紙2枚分くらいの時間にはなる。
4月10日 水曜日
昨日今日と、昼休みはずっと自転車の清掃にかかっている。今まで汚れ放題だったが、スポークの一本一本までピカピカになった。その時に気付いたが、積算距離がちょうど888.8キロになっていた。
帰り道でツバメの声を初めて聞いた。なんだかにぎやかになってきた。春休みも終わって、帰宅途中の小学生達もにぎやかだ。
4月28日 日曜日
駅はすごい混雑。さすが連休初日と思ったら、それはトラブルによる列車不通のためだった。不通では列車に用はない。予定を変更してさっさと引き返した。
昼食用にドーナツを買って帰り、荷物を替えて自転車で出発。少々時間が遅くなったが、明日行くつもりだった野尻湖へ向かった。天気もこれ以上は望めないほどの上天気だし、かえってその方が良かった気がする。やがて線路は復旧したらしく列車が走るのが見えたが、べつに残念だという気はしなかった。
着てきた薄いジャンパーはすぐに丸めてバッグの中へ。じきに腕まくりもする事になった。風は涼しいが日射しは強く、そして坂がきつくなるにつれ体はどんどん熱くなる。
息が切れ、口を大きく開けてあえぐと、舌がひきつるほどに乾きくちびるも割れた。冬の間の運動不足のせいか前回よりかなり苦しいが、なまじ自分の脚力を自負しているものだから、休む気にもなれない。その上出発したのが遅かったので先を急ぐ気持ちもあり、意識はなおも身体に前進をうながす。ついに最後の坂を登り切った。肺が裏返るかと思えるほど苦しかったが、登り切ったという満足感はそれ以上に心地良かった。
湖に着くと、混雑している船着き場の辺りを避けてすぐに湖を周回する道へ入った。ここまでほとんど休まずに来て、着いてからもまだ体力の残っているのが嬉しい。汗が乾いて塩の吹いた両腕を湧き水で洗うと、頭の中まですっきり澄んだ。こめかみの痛くなるような強い向かい風も、若緑のカラマツの間を吹き抜けると春らしくやわらかだ。
本当に、今日野尻湖へ来たのは正解だった。これも列車のトラブルのお陰だ。
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