四つの標しるべ
− 80日間日本一周 −
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2 沖縄から
11月1日 ブラックへ
出発から早くも三週間だ。ブラックの予想では、僕は一か月で旅費を使い果たして帰る事になっていたっけ。その予想ははずれそうだよ。キャンプ生活では、食費くらいしかかからないからな。移動するとフェリー代がかかるけど、のん気な僕はそう動かないし。まだ二つの島しか回っていないよ。最南端の波照間島と、最西端のここ与那国島と。
波照間島には十日間滞在し、与那国も今日で十二日目だ。しかもここにはまだまだ滞在する事になるだろう。じつはバイトが見付かったものでね。ほら、そう簡単に旅は終わらないだろう。
11月1日 バードへ
あい変わらず毎日走ってる? 僕の方は皮肉な事に、旅に出てからあまり走れずにいるよ。移動はフェリーだし、上陸してしまえば、あとは島を回るだけだし。それでも今いる与那国島は、起伏に富んでそれなりに走りがいもあるけど。前に滞在していた波照間なんて、小さくて平坦で、ほんとに物足りなかった。最南端という事で一応行ってみたわけだけど、それにしても有人島の最南端ということわりが付くし。ほら、実質上の最南端は、隆起サンゴの沖ノ鳥島だろう。ついでに言うと、最東端や最北端といわれる北海道の岬も、北方領土を含めて考えれば本物ではないし。けれどもこの与那国島だけは、なんのことわり書きも付かない、正真正銘の最西端だ。そこが気に入った。しばらくここに滞在する事にしたよ。
11月1日 イエローとブルーへ
今ぼくがいるのは、与那国島という所。沖縄本島よりさらに遠く、すぐそこは台湾だ。日本で一番西の岬から、日本で一番最後の夕日が見られる。島にはサトウキビ畑のほか、牧場も多くて、ウシやヤギ、それにウマもいるよ。ヨナグニウマという種類のこのウマは、モンゴルのウマのように小さい。でもなんといっても気に入ったのは、荒い岩肌にたたきつける大波のダイナミックさだ。これぞまさに、外洋の孤島といった感じだよ。
この島でバイトが見付かったんだ。安く借りられる家も見付かったから、しばらくこの島に住む事にした。そして費用をかせぎながら、次の旅にそなえるよ。まだどうなるかわからないけど、日本一周を考えてる。きみたちに負けてはいられないからね。ここは日本のはしっこだから、スタートするにはちょうどいいし。梅雨明けを追いながら日本を北上して、秋に追われながら日本を南下するなんて、おもしろいと思わない? 名付けて渡り鳥計画。なんとか実現させたいな。
11月14日 ボアへ
手紙受け取りました。サイクリングレポートも読ませてもらいましたよ。本当にサイクリングを楽しんでるようですね。しかも仲間同士なごやかそうで、うらやましいです。僕はかなり人見知りだし、性格上独りの方が落ち着くんですよね。でもここに住み着いて、子どもの友達はさっそく何人かできましたけど。それからテント生活をしていた頃は、近くにテントを張る人達から決まって声をかけられました。一人旅のはずなのに、独りきりでいたのは眠る時だけだった、というくらいです。
キャンパーはみんな陽気ですね。それにみんなひとクセあって、ほかじゃ聞けない話もいろいろ聞けました。幻覚キノコなんて、普通の生活を送る人は知らないでしょう。そうそう、テントも持たずに野宿してるのに、飛行機に乗って行ってしまったという不思議な奴もいたなあ。
11月20日 バードへ
手紙ありがとう。それから曲も。自転車はもちろん、ほかの事でもがんばってるようだね。次の目標は広島だって? もちろんバードなら可能だろうけど、無茶はしないようにな。2号線はけっこう交通量多いだろう。暗いうちに出発するのなら、ライトはもちろん、車に対して自分の存在をアピールする反射板も絶対必要だよ。ドライバーは、まさか夜明け前に自転車がいるとは思わないだろうから。とにかく充分注意して。
ところで、しし座流星群は見た? こっちは当日は曇りで、前夜に観測したよ。沖縄に来た目的の一つがこの流星群だったんだけど、離島での観測は正解だった。前夜だというのに、数えきれないほどに流れた。いや、あれはもう降ると表現すべきだな。去年モンゴルで見たヘール・ボップ彗星にも感動したけど、今回ほど星好きに生まれついて良かったと思った時はなかったよ。
目のくらむ明るさの大火球も8個見た。また色もさまざまだったよ。あの色は含有成分によるものかな。ふと思ったんだけど、人工流星群というのも面白いかもしれない。大量のバラストをロケットで打ち上げ、放出して再突入させるんだ。きれいな色に光るように、銅やアルカリ金属を含ませて。でもそれじゃ流星というより宇宙花火かな。
11月23日 ミッちゃんとカヨちゃんへ
しし座流星群は見た? 舞鶴は天気が悪かったかもしれないな。こっちも当日は曇り。でもそんな事もあろうかと思い、前夜にも観測したよ。もうまばたきするのも惜しいほどに、ひんぱんに流れた。数えてみると、20分間に33個! 夜半から夜明けにかけての観測を通して、約450個の流星を見た計算になる。鮮やかな青や緑に光る流星もあったよ。まるでSF映画のビームのようだった。周囲を照らし出すほど明るい流星には驚いたよ。いきなり照明を当てられたように自分の影が伸びて、ふり向くと月のような流星が流れているんだから。沖縄まで来たのは正解だったな。33年後にはどこにいるか分からないけど、とりあえず今回は大満足だ。
本州からは見られない、南の星座が見られるのもうれしいな。今の季節はオリオンの右側に、エリダヌス座という星座が見られる。エリダヌスという川が、蛇行しながら流れる星座だけど、暗い星ばかりで神戸ではたどれなかった。それもここでは、川の流れがはっきり見えるよ。そればかりじゃない。その川の流れ着く先は、南の地平に隠れてこれまで見る事は出来なかった。けれどここではその先にある星も、ちゃんと空に現れるんだ。川の果てを意味する名を持つ、アケルナーという星が。エリダヌスの流れのすべてを、生まれて初めて見る事出来たたよ。
生まれて初めてといえば、こないだ西の岬に夕日を見に行った時、台湾の山並みの一部が見えた。本当に、ここは国境の島なんだな。
12月8日 ボアへ
抜き打ちの検問に、仕事場の軽トラックが引っかかってしまいました。島では車検など無いも同然で、巡査も普段は何も言わないけれど、本土から公団職員が来る時だけは、キッチリ取り締まるそうです。なぜだか知らないけど、ナンバーまで取り替えていたのはまずかったなあ。前後の番号が違う事に今になって気付き、笑いをこらえるのに必死でした。結局トラックはそのまま押さえられ、集落までパトカーで送ってもらいました。パトカーに乗ったなんて、生まれて初めてですよ。はしゃいでる場合じゃないけれど。
それからもう一つ、じつは今も大きな事件が進行中なのです。その事は、落ち着いてから次の手紙で知らせましょう。では次回をお楽しみに。
12月24日 ミッちゃんへ
手紙ありがとう。新しい家に届いた最初の手紙になったよ。前の家でちょっとしたトラブルに巻き込まれ、家を移ったんだ。そしてまたじきに移る事になるかも……。田舎は田舎で、それなりに面倒なものだな。日本中あちこち移り住んできた僕だけど、まさか小さな島の小さな集落内をあちこち移り住むとはねえ。
まずはこの島の様子を紹介しよう。車くらい走ってるったら。僕なんかいつも、軽トラックの荷台に乗ってるぞ。信号だってあるさ。一本だけ。食料品店はあるけど、書店がないのは残念。輸送費がかかるから、物価はみんな高いなあ。ただ自販機だけはなぜか110円と割安。それから飲み屋は多いようだ。ほかに娯楽のない島だから、大人達はそれだけが楽しみらしい。
電気は小規模な発電設備があり、水道は湧水利用の簡易水道が通ってる。ガスはプロパン。でも下水道やゴミ処理については、まだまだのようだ。テレビにラジオは、NHK二局に民放二局が入る。ただラジオは台湾からの混信が強く、ほとんど聞き取れないよ。だから僕は短波ラジオを使い、海外向けのラジオジャパンを聞いている。まるでモンゴルにいた頃みたいだな。ここの方言は難解で、大人達の会話はほとんど解らず、それもまた外国感覚だ。まあ誰もが共通語も理解してくれる分、モンゴルよりは楽だけど。子ども達とは普通に話せるよ。ここの子達はおたがいを名字で呼ばず、みな名前で呼び合っている。あだ名もないみたいだ。
話を戻して、もう少し島の紹介を続けよう。熱帯ならではの動植物や昆虫が見られる一方で、なぜかカラスがいないんだ。なお、この島にはハブもいないとか。
ところで、ミッちゃんは本気で無線の資格を取るつもりなんだね。てっきり一時の衝動で言ってるだけかと思っていたよ。ゴメン。がんばってな。もし僕も資格を取ったとしたら、こんなに遠くにいてもミッちゃんやブラックとおしゃべりできるのかな。いや、気分屋の僕はただ、一時の衝動で考えてるだけなんだけど。もっとも、その衝動をたびたび実行に移すのが僕だっけ。
1月1日 ボアへ
年賀状ちゃんと届きましたよ。新しい家に。じつは引っ越したんです。小さな島の小さな集落の中をあちこちと移り、なかなか慌ただしい年末でした。
そもそもの原因は、最初の家がダブルブッキング、ほかにも入居希望者がいたんです。連絡不備だったとか、まあほんとの理由はどうだか分からないけど、面倒事がイヤになったので素直に出てきました。島に残れるだけでもいいと思うしかないでしょう。床の落ちた家に半月ほどいて、もう少し居心地の良い所におととい移りました。今度の家は月五千円。結果としてはラッキーだったかな。
1月7日 バードへ
広島まで完走おめでとう。また一つやり遂げたな。去年は充実した年だっただろう。僕にとってもそうだったよ。ただ大晦日の夕方に、日本で最後の日没が悪天候で見られなかったのは残念だったけど。
それよりまず知らせておこう。家を移ったんだ。べつに好きでフラフラしてるわけじゃないぞ。田舎の貸家は、面倒な契約などなしに簡単に入れる一方で、また簡単に居られなくなったりするものらしい。仕事の方でもちょっとしたトラブルがあった。日曜ごとに個人的な作業に駆り出され、後になって手当はつかないと告げられたり。ウンザリする事ばかりだけど、このおおざっぱな面が南国的なのかな。
1月8日 ミッちゃんへ
年賀状ありがとう。次の新しい家に届いたよ。
さて前回に続いて島の紹介をしようか。ここはクリスマスをかなり盛大に祝うよ。アメリカの影響がまだ残っているのかな。ポンド単位のマーガリンが売っていたりもするし。たまに右側通行する車がいるのはコワイ。まあそんな事を除けば、ごく普通の日本の農漁村かな。朝昼夕方に流れる音楽が、またいかにもローカル的。ただ、ゆうやけこやけが流れるたびに、僕は苦笑してしまう。カラスといっしょに帰りましょう、って、この島のどこにカラスがいるんだよ。
今頃舞鶴は雪だろうね。沖縄もここ数日は涼しくなって、20度を下回っている。今カメとクワガタを飼ってるんだけど、冬眠もしないで元気だよ。最近ようやく秋の虫が鳴き始めたのに、そろそろ田植えが始まるとか。これでは眠ってるヒマはなさそうだ。
1月10日 ブラックへ
離島というと、ブラックはどんな所を思い描く? どうも想像がつかないものらしいな。ミッちゃんは手紙に、車は走ってる? などと書くし。ところで、あの子は本気で無線の資格を取るつもりらしいな。今月試験を受けるとか。僕もやってみようかなあ。
今回は面白い伝説を紹介しよう。集落を見下ろす山の岩屋に、昔若い女と猛犬が住んでいたとか。猛犬は島の男をすべて食い殺したが、ある時よその島から流れ着いた男が、その犬を殺して女を解放した。しかし犬の失踪の理由を知らないまま男と契った女は、後に偶然犬の骸を見付け、その死を悼んで自ら命を断ったという。ストーリーはともかく、岩屋に暮らす女と猛犬というシチュエーションは、まるでもののけ姫のようだろう。時代は違うけれど、そこにはサンアイ・イソバという英雄的女族長も住んだらしい。サンという名は、その族長の方からとったんだろう。もののけ姫のモデルがまさかここにいたなんて、現地に来るまで知らなかったよ。
1月25日 ボアへ
年末、バードは広島までを一日半で走ったとか。ますます差をつけられちゃったなあ。僕の方は全然です。沖縄の冬は雨ばかりなので。せめて自転車の整備だけは万全にしておかないと。雨に加え、潮もかなりの脅威だし。新しい家のすぐ裏は海、今も波音が聞こえています。
両親が3月始めにこっちへ来るようです。僕が半月がかりでたどった道のりを、両親は飛行機で一日で来るというのだから、日本も広いんだか狭いんだか。まあとにかく、新鮮味の薄れ始めた島の風景を、両親の目を通してもう一度見直す事が出来そうで、僕としても楽しみです。
1月27日 ブラックへ
無線機の故障とは不運だったな。でも7メガなら、短波ラジオで受信だけでも出来るだろう。……聞くだけでは物足りないか。ところで僕は、次の旅では携帯電話を持つ事になるかもしれない。連絡の取りようがないぞって弟に怒られたんだ。僕としては、必要な時には公衆電話があるから不便はなかったけど、確かにそうかもな。受信専用として持つとするか。
自転車同好会の新年会はどうだった? 今年の夏はモンゴル国を走るそうだな。ブラックは参加するつもり? 僕はちょっと無理だ。今年は自分の旅をしたいから。もし行くのなら、後で向こうの話をたっぷり聞かせてくれよな。
2月28日 ミッちゃんへ
手紙ありがとう。旧正月の日に届いたよ。沖縄では、旧正月にもお祝いがあるんだ。いかにもここはアジアだなあ。ほかにもこの地方ならではのお祭りとか風習とかあって、ほんと外国にいるみたいだ。
2月の始めに小学校の学芸会があって、その劇からこの島の民話をいくつか知ったよ。六人のワザ師達が役人をこらしめる話とか、カエルとの勝負に破れてカラスが島からいなくなった話とか。
そしてその翌日が、僕の誕生日だった。近所の子達が誕生日会を開いてくれたんだけど、ケーキに立てられたロウソクは6本。僕もようやく6才になったよ。
自転車は、今年はモンゴル国だそうだね。ミッちゃんカヨちゃんは行くの? 師匠は大学にも受かったし、行きたいと言ってるよ。ボアは上司次第だとか。僕は、まあ気分次第ってとこかな。
P.S.同封したのは、僕が作った与那国のイメージソング。
西の標しるべ
1 遥か遠く 遠くへ続く青
彼方目指し 駆け出せ海よ
岸壁の珊瑚に 荒く刻まれる
いにしえの時 さか巻く力
白波続く 水平線へと
黒潮は 今ここより生まれる
絶え間なく 連なる流れ
果てしない 旅の始まり
遥か遠く 遠くへ続く青
彼方目指し 駆け出せ海よ
2 光 闇を闇をつらぬいて
宇宙仰ぐ 瞳へ届け
紺碧の夜空に またたく星々
一面に降る 澄んだささやき
思わず伸ばす 指先かすめて
流星が 今緑に輝く
知られざる南の星座
高みから ここに降り立つ
光 闇を闇をつらぬいて
宇宙仰ぐ 瞳へ届け
3 いつか目指せ 目指せよ西の果て
燃える標 導くここへ
潮風の岬に しばしたたずむ
雲間にかすむ 異国の山並み
最後の夕陽を 独り見送る
水平線 今静かに燃え立つ
一日はここに閉じ また
新しい 日々につながる
いつか目指せ 目指せよ西の果て
燃える標 導くここへ
いつか
いつか目指せ 目指せさらなる果て
燃える標 導くここから
3月13日 師匠へ
大学合格おめでとう! 遅れてしまってごめん。最近ひどく忙しいんだ。バイトもだけど、応募する原稿を準備しているもので。島に一つの文具店に、大量に原稿用紙を注文したよ。
こないだ両親が遊びに来たんだ。わずか二日間だったけど、小さな島だから見所はすみずみ回った。ただ、たまたま十六日祭というのと重なって、商店や食堂の臨時休業に悩まされたけど。十六日祭とは、旧正月から十六日目に行われる、死者のための正月だとか。親族が墓の前に集まって、日暮れまで飲み食いして騒ぐんだ。こういった沖縄だけの祭日というのは多いから、専用のカレンダーが必要だな。もちろん旧暦も併記して。
3月23日 ボアへ
どうもしばらくぶり。とにかく忙しかったもので。応募する原稿の準備のほか、バイトの方もほんと大変。テトラポッドを数百個作る作業に、半月以上も追われてます。きついノルマの下で、暗くなるまで休みなく作業をさせられ、与那国抑留者とでもいうような気分。毎晩のように、テトラの悪夢にうなされています。嫌気がさしたし、テトラ終了後しばらくバイトを休む事にしました。さあ、これを終えたら、心おきなく春休みを楽しむぞ。
3月23日 バードへ
思い出の人に会ったって? よかったな。でもブラックの方は今おちこんでるようだよ。あいつのあこがれの人が、この春広島に引っ越してしまうとかで。レターセットでもプレゼントして文通を始めたら? とアドバイスしたんだけど、さてどうなるかなあ。とにかく、こんな事でヒロインを失うのは人生の大損失だし、がんばってほしいもんだ。でもえらそうな事は言えないよな。僕の方こそ、ヒロインを見付ける事すら出来ずにいるんだから。
4月7日 ブラック
無線関係の書類をどうもありがとう。本当に感謝! 好意を無にしないためにも、がんばらないと。ところでミッちゃんだけど、この冬は大雪のために試験会場まで行けず、次回に持ち越しとか。
師匠からこないだ手紙が届いたよ。バードも手紙をくれた。中学時代の思い出のひとに会ったとかで、ずいぶんうかれていたよ。ブラックの方は、それどころじゃないのにな。あの子の住所は聞いた? 手紙くらい書けよ。たぶん失意の春になったと思うけど、これからの行動によっても、この春の意味は違ってくると思うよ。とにかく後悔のないようにな。
とはいうものの、じつは今の僕こそ思う通りに行動出来ず、重い春を迎えているんだ。おまけに島人間との摩擦もあって、そのストレスからか高熱が続き、ずっと部屋で寝ている。こういう時、独りきりは本当に大変だけど、まあなんとかやっていくさ。それにしても、どこへ行っても僕はこうなるしかないのかな。
P.S. その後、急に島を出る事になってしまったよ。予定よりちょっと早い出発だ。梅雨明けを追っての北上もいいけど、梅雨入りに追われて北上するのもいいだろう。またどこからか連絡するよ。
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