明るい朝 − モンゴルに見た輝き 5 −


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     1 黒い月の日

 やあ、ひさしぶり。半年ぶりのレポートになるね。ところでのっけから話はわき道にそれるけど、NHKの「みんなのうた」を見た? モンゴルの女の子ソロンゴが、「わたしのふるさと」という曲を歌っているよ。映像は絵本作家赤羽末吉の絵。あの絵本が出版されてからちょうど30年になるけれど、日本人にとってモンゴルは今も、スーホの白い馬の国なんだなあ。
 さて、なぜ今になってモンゴルレポートが復活したかというと、ぼくは3月にまたモンゴルへ行くからなんだ。去年の長旅と帰ってからの入院とで、すっかりビンボーになってしまったから、しばらく泉台でおとなしくしていようと思ったんだけど……。でも、来月モンゴルでめったにない大スペクタクルが見られるから、数日だけ出かける事にしたよ。これでまた、ビンボーが長びきそうだな。だから今のうち言っとくけど、おみやげは期待したってムダだからな。

 日食という天文現象は知ってるね。でもねんのため説明しておこう。太陽が新月の向こうにかくれるために、欠けて見えるのが日食という現象。ちなみに、満月が地球に太陽光をさえぎられて、欠けて見えるのが月食。ほかにも星が月にかくされる、星食
せいしょくという現象もあるよ。今年はおうし座の一等星アルデバランの食がたびたび起こるから、興味のある子は観測してみたらどうかな。
 この日食や月食を見た事があるという子は、いったいどれくらいいるだろう。たぶん、日食よりは月食を見た事のある子の方が、多いと思うけど。ぼく自身も、今までに見た回数が多いのは月食だ。でも確率だけで言うと、日食の方がむしろ数多く起こっているんだよ。
 それならどうして、日食はめったに見られないんだろう。その理由は、日食の見られる場所がひどく限られているためなんだ。月食の場合、月そのものが地球の影に入るわけだから、その時月が空に昇ってさえいれば、どこからでも見られる。けれども日食は、手前の月と向こうの太陽とが重なって見える場所にいなければ、つまり月の影が地上に落ちるちょうどその場所にいなければ、見られないというわけさ。太陽の全体がピッタリ月にかくされる、皆既日食の見られる場所となると、もう地図帳の上のシャーペンのしんくらいのせまさだよ。子どものころから星をながめているぼくも、だから皆既日食はまだ一度も見た事がないんだ。
 ここまで書けば、もうわかっただろう。そう、来月のモンゴルでの大スペクタクルとは、その皆既日食の事さ。神戸にいたら2361年まで見られない皆既日食を、今のうちにちょっとモンゴルまで見に行こうと思ってね。
 皆既日食が起こるのは、3月9日。今日2月8日は新月、黒い月の日なんだけど、次回の新月に皆既日食が起こるわけ。黒い太陽の日まで、いよいよあと29日だ。
 ちなみに今回の新月は、旧暦の正月にあたるんだ。モンゴルでは旧正月をツァガーンサルとよんで、とても盛大に祝うんだよ。でもそれは、東アジアのどの国でもそうだけどね。日本だけが、欧米にならえで正月は新暦だけど。
 ところでそのツァガーンサルという言葉、黒い月の旧正月を指すモンゴル語なんだけど、その意味はなんと「白い月」……こんらんするよなあ。いったい今日はどんな日なんだ。
 もう一つついでに書くと、今日はぼくのたんじょう日でもある。つまり、ぼくは今日でちょうど30才だ。でも言っとくけど、これからだってオジサンよばわりは許さんからな。
 また話がそれてしまった。気を取り直して、再び日食の話だ。
 太陽がすべてかくれる皆既日食の場合、当然空は夜のように暗くなる。これはおもしろそうだぞ。月の影の柱の立つ、その中だけの星空。地平の向こうの昼光にかこまれた、天頂だけの夜空。これまでモンゴルの星空は何度も見てるけど、こんな不思議な星空は初めてになるよ。
 そこで今、とても期待している事が、日食のほかにもう一つあるんだ。
 ヘール・ボップ彗星というのを聞いた事はある? この春先にかけて接近中の大彗星だ。それがもし、日食の最中に見えたらすごいだろうなあと思って。コロナとコメットの光のならびは、いったいどんなふうに見えるだろう。
 去年の3月に接近した百武ひゃくたけ彗星、あれもすさまじい大彗星だったなあ。公園まで望遠鏡を持ち出すまでもなく、玄関先から肉眼で見えていたっけ。プレアデスよりも大きく明るく光るコマ。ふき上げるようにななめに走るテイル……。まるでせまり来る圧力さえ感じられるようだった。11年前のハレー彗星がたよりなかっただけに、とても感動したよ。

 もう一度日食に話をもどそう。たびたび話が脱線してゴメン。モンゴルでの日食の状況は現地からレポートするとして、今回は日本での状況を知らせておこう。
 さっきも書いたとおり、神戸で皆既日食を見るには2361年まで待たなきゃならない。気の長い話だね。でも一部分だけ欠ける部分日食なら、今回見られるよ。その日はちょうど日曜日だから、観測してみたらどうだろう。最大食分は65.0パーセント、つまり半分以上も欠けるわけだから、けっこう見ごたえあると思うよ。
 以下は大阪のデータだけど、それほど差はないから参考にして。食の始まりは8時47分00秒、食の最大は9時56分24秒、食の終わりは11時11分12秒。なるほど、朝食後、昼食前の日食になるわけだ。おいしいねえ。
 ふざけるのはこのくらいにして、ここからはまじめな話。日食観測の時には、決して双眼鏡や望遠鏡で直接太陽を見ない事。いくら半分欠けた太陽の弱い光でも、そんな事をしたら確実に目を焼くからな。
 でもふと思ったんだけど、双眼鏡で両目を軽く焼くのと、望遠鏡で片目をひどく焼くのとでは、どっちがマシだろうなあ。……いったいどこがまじめな話なんだか。ちなみにぼくは、朝食にはよく焼いた目玉焼きを一つ食べてる(かんけいない)。
 まあとにかく、日食の直視観測には、まず太陽光を弱めるくふうが必要というわけだ。ほかの天体観測とはまったくちがった日食観測の攻略法、よくおぼえておいてくれよ。
 日食に対するアイテムとしては、黒い下じきやススの付いたガラスが効果的。……なんてのは古すぎるか。色セロハンを重ねて見るのも手軽な方法だな。でも、太陽を直接見るばかりが、日食の観測方法じゃないんだよ。
 たとえばピンホール投影という方法がある。小さな穴を開けた厚紙などをかべや地面にかざすと、光の直進性を利用した針穴写真機の原理で、太陽の形がそのまま映し出されるんだ。ぼくもモンゴルでは、腕時計のベルトの穴でためしてみよう。
 木の間ごしにこぼれる陽光が地面に欠けて映るといった、おもしろい現象も見られるよ。これもまた、葉と葉のすき間がピンホールの役目をするためだ。今の季節にも葉を残す常緑樹の木陰があれば、注意して見てみるといいよ。
 最後に一つ、中国四千年の歴史を持つ観測方法を伝えよう。まずたらいに水を張る。そしてそれに少々すみをまぜる。以上。あとは水面に太陽を映してのぞくだけだ。あきれるくらいシンプルだろ? 長い歴史をたどった物なんて、あんがいそういうもんさ。ただ欠点もあって、風がふくたびゆれるんだよなあ。まあ手軽にできる方法だから、一度ためしてみない?
 どんな方法にしろ、日食を見てみようという気になった子がいたら、日本での部分日食の様子をぜひ知らせてほしいな。ぼくはぼくで、モンゴルでの皆既日食の様子をしっかりレポートするから。それから、モンゴルのこういう事もレポートしてほしいというリクエストでもあれば、今のうちに聞いとくよ。でも、おみやげのリクエストだけはパス!


     2 黒い太陽3日前

 おはよh。……さわやかにあいさつできないのがなさけない。なにしろ残業続きでつかれきってて。きのうも終電で帰り、家に着いたのは0時半だ。
 そして今朝は始発に乗るため、4時50分には家を出た。このねむさ、つらさをわかってくれよ。
 でも、夜明け前の星空はすがすがしくてきれいだった。西空にまたたきもせず光る、接近中の火星。東の空をおおう、夏の大三角。そしてヘール・ボップ彗星は、先週よりもさらに大きく明るく、燃えながらうかんでいた。
 東の空低くには、細く黄色い月も見えたよ。3日月を反対にした、3日前の月だ。
 例の伊豆半島沖群発地震も問題なく、ひかり100号は定刻通りに走って、けっきょく成田空港には集合時間の2時間も前に着いてしまった。でもまあいいか。一人きりでいられるのも、今のうちだけだからな。
 さて今日の予定だけど、飛行機で上海シャンハイを経由して北京に向かい、そこで一泊。去年の夏と同じコースだ。ただ今回は成田から飛ぶわけだから、6時間半と少し時間がかかる。バカらしいよなあ。さっき新幹線で走ったコースを、また飛んでもどるなんて。関西空港発ならもっとラクなんだけど……。これがツアー旅行のめんどうなところだ。
 まあゆっくりねむれたおかげで、残業のつかれはとれたけど。シートベルトもしめないまま、気付いたら着陸していた。
 上海空港で一度降りて入国手続きをすませ、再び同じ飛行機に乗って今度は北京へ。このめんどくささも、去年と変わらないな。
 でもこうしてたびたび利用しているエアチャイナだけど、今回初めてという事がいくつかあったよ。まず日本語のアナウンスが入った。機内食に日本食のバリエーションが加わった。そしてなんと、機内で免税品の販売までするようになったよ。機内で商売なんて、うーん、これも改革解放の結果かなあ。
 けれど北京空港は、かべのペンキがぬりかえられていたほかは、ちっとも変わっていない。なんかひょうしぬけだなあ。もっと大変なんじゃないかと心配していたのに。
 ほら、このところ中国では、北朝鮮高官の亡命とか最高実力者の死去とか、大きな事件が続いてるだろう。だから空港の警備も厳しいかと思っていたんだ。伊豆の地震とおんなじで、ぼくの取り越し苦労だったようだな。
 今年は日中国交正常化25周年。日本と中国が戦後に仲直りをしてから、ちょうど25年目になるんだ。当時5才だったぼくも、2頭のパンダ、カンカンとランランが来た事だけはおぼえているよ。遠足で上野動物園に見に行って、なんにも知らずにただはしゃいでいたっけ。
 それじゃ、おだやかな北京の夜に、とりあえずおやすみ。明日はいよいよモンゴルだ。


     3 黒い太陽2日前

 ちっとも変わらない北京の空港に対して、ウランバートルの空港はすっかり様子が変わっているはずだよ。95年に滑走路がきれいになったし、建物も去年までにかなり工事が進んでいたし。モンゴルからの短波放送によれば、その改装工事も1月に終了したとか。どんなふうになっているか楽しみだよ。
 でもその前に、今日は北京の市内観光だ。
 まずは天安門広場へ。でも今は、全国人民代表大会という、日本の国会のような会議が開かれていて、広場には近付けなかった。大勢の警官が並んで立って見張っていて、これこそが中国って感じだな。
 ふり返ると、そこには香港が中国に返還されるまでの時間をあらわす、赤いデジタル表示がかかげられていた。こんな表示は香港のほうにもあるのかな。でもこれは中国にとっての待望の時であって、香港にとっては不安なばかりだろうけど。表示は秒単位であらわされ、たえずカウントダウンを続けているよ。
 続いて見学したのは故宮。でも、ただ映画で見た通りというだけの印象だ。どうもぼくは中国に対しては、あまり関心が持てなくて。それに団体行動でストレスがたまっていて、観光を楽しむどころじゃない、という事もあるかな。
 じつはぼくはむかしから、集団行動がひどくニガテなんだ。遠足でも決まってはぐれるし、放送でよび出されても聞いてない、といったありさまだった。でもこれじゃみんなにめいわくがかかるから、今回は一応注意してるよ。でも、路上でおもしろい物が売られていたりすると、ついまたグループをわすれて立ち止まってしまうんだよなあ。
 ならべて売られている古いコインの中に、なんと明治の一円銀貨がまぎれこんでいた。明治時代の日本のお金が清時代の中国に渡ったいきさつは、不勉強なぼくにはよくわからない。ただ、とにかく奇妙な感じだ。中国に来て、中国人から日本のお金を買うなんて。しかも中国のお金で買うんだから。ちなみに、180元を120元まで値切って買ったけど、ホントにトクしたのかな?
 とにかく、こういった買い物を通して、ぼくもそれなりに北京の町を楽しむ事ができたよ。考えてみれば、これまで北京は空港とホテルしか知らなくて、町を知ったのは今日が初めてだったんだな。

 さて、モンゴル航空チャーター便で、いよいよモンゴルへ向け出発だ。臨時便だからかそれともローカル便だからか、飛行機は空港の一番すみっこに停められていたよ。そこにたどり着くまでバスで5分もかかった。離陸もあと回しにされて、予定より30分おくれだ。
 窓の下に広がるゴビは、夏でも土色だから今の季節もそう変化はない。けれどさらに北に飛ぶと、あの緑の草原は一面真っ白な雪原だった。まるで雲海をそのまま地表にしたような。初夏にも夏にも秋にも見る事のできなかった、初めて目にするモンゴルの姿だ。
 高度を下げて旋回を始めると、つばさの先にウランバートルの町が見える。東西に長くのびる町なみ。発電所のけむり。トゥーラ川の流れ……。なつかしいなあ。ちっとも変わってない。ああ、ウランバートルに帰ってきたんだ。そんな気持ちがこみ上げたよ。
 外国へ来たのに、「帰ってきた」なんていうのはおかしいかな。でも「来た」のか「帰った」のか、それはその地に着く時の気持ちで決まるんじゃないか。ここはなつかしい町、だからぼくはウランバートルに「帰ってきた」んだ。

 空港は、やっぱりずいぶん様子が変わったよ。以前はタラップを降りてから外を歩かされたものだけど、今はボーディングブリッジからそのまま建物の中へ。おどろいたなあ、北京よりも都会みたいじゃないか。
 でも、おどろいたのはそんな事ばかりじゃなかったんだ。
 空港には、ぼくをむかえてくれる人がいた。友達のサラと妹のマーガの二人が。ほんとうにおどろいたよ。ぼくはモンゴルに来る事を知らせていなかったのに。聞けば、二人は朝から空港で待っていて、降りて来る日本人の集団の中に、ずっとぼくをさがしていたんだとか。
 ほら、こうしてむかえてくれる人がいる町だから、やっぱりぼくはここに帰ってきたといえるだろう。
 でも、今夜は市街地からはなれたホテルに泊まる予定なんだ。せっかく今まで努力してきたんだから、今さらグループからはなれるわけにもいかない。再会から5分後には、おわかれを言ってバスに乗ったよ。時間が取れれば会いに行くからと約束して。
 今夜のホテル、ヌフトホテルがあるのは山の中。ヌフトの意味は、穴の土地。なぜかツアーでは毎回ここに泊まるはめになって、なさけなくなるよ。ここでできる事といえば、山歩きと星をながめるくらいのものだ。オオカミに注意と言われていたけど、なんとなく裏山に登ってみたりして。
 オオカミには出会わなかったけど、おおいぬ座の一等星シリウスが、するどい光でぼくをにらみつけた。本物の夜のやみの中で。気温はマイナス7度。まるで真空のような冷たさだ。冬の大三角もギリギリとがって、銀河も凍り付いている。
 なんだか、一人きりで月面に立って宇宙を見あげる気がしたよ。


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