鮮やかに 涼やかに − モンゴルにて −
朝起きると、雨はまだ降り続いていた。なんだか気が滅入るよ。
いや、ただ気が滅入るというよりも、なんだか気が重くふさぐ感じだ。昨夜じいちゃんにあらためて聞かされたあの話。あんな暗い過去を持ち合わせた街に出て行く事が、心に重く掛かっているんだ。
ホテルを出発したバスは、谷間の山道を抜けて街へと降りて行く。
「今日の市内観光の予定ですが、まずみなさんにはガンダン寺を見学していただきます」
けれどもう来てしまった。あとはもう、ただ団体にまぎれて行動するしかないんだな。
自分なりの目的を持ってやって来たじいちゃんと違い、ただなんとなく同行しただけの僕は、その事からもうしろめたさを思い知らされる。
バスは山道を抜け、草原の道を抜け、そろそろ街にさしかかった。ロシア風建築をコピーしただけの、まがい物の街に。
「ガンダン寺は歴史も古く、ウランバートル最大の見所の一つです。バスを降りてゆっくり見学してください」
ゆっくりと言ったって、どうせ列を作って決まった順路通りの見学だろ。まあ救いなのは、午後からじいちゃんとは別行動という事だ。じいちゃん達墓参り組は、昼食後に別のバスで日本人墓地に行く予定だから。
ふと見ると、窓の外はロシア風の建物の並びから、みすぼらしいバラックの密集地に変わっていた。ひょっとすると、こんな光景こそが本物のモンゴルなのかもしれない。
「着きました。正面がガンダン寺です」
添乗員が短く案内すると、早くもみんなは降り支度を始めている。どうやら誰もが観光地しか目に入ってないらしいな。
真っ白い仏塔。彩色された仏像。鮮やかなオレンジ色の僧服。めまぐるしく回るマニ車。お寺といっても、日本のお寺とはえらく雰囲気が違う。そんな中で、境内に群れるハトの姿に少し安心させられた。
「なあ優、墓参りに行かない分、ここで手を合わせておけや」
言いながらじいちゃんは、僕の肩に手を掛ける。やめてくれよ、塚田みたいなマネするのは。
「遠慮しとく。チベット仏教の信者でもないのに、失礼だろ」
僕は体をよじってじいちゃんの手から逃れた。けれど背中を向けても、観光客が興味本位に回すマニ車のきしみが耳にさわった。
「さて、この自然史博物館ですが、ここでは街にいながらにして、モンゴルのあらゆる自然に触れる事ができます」
ふうん。見上げる博物館は、また例によって外見だけは重々しい、モルタル仕上げの建物だ。少なくとも、ここでモンゴルのあらゆる建築様式が分かるって事だけは確かだな。
「こちらの壁に掛けられているのがモンゴル全土の地質図で、奥の棚に並ぶのは各地で採取された鉱物標本です」
見れば分かるよ、そんな事。けどまあ、一応展示物は豊富なようだな。ただ、昆虫標本なんかはボロボロだったりするけど。
それから、せめて英語の説明文くらいはほしいよなあ。どれもモンゴル語の説明でまったくわけが分からなくて、だから結局は添乗員のうるさい解説に頼るほかないんだ。
「続いてはこちらです。これはオオカミの剥製です」
……見りゃ分かるだろ、そんな事。
その後恐竜の骨格標本を見上げている間に、僕はグループに置き去りにされていた。じいちゃんや塚田までが、あの添乗員に率いられるままゾロゾロ、かよ。なんだかしゃくだったので、僕はゆっくり通路に出て、順路など考えずに歩き回った。もうほっとけ、あんな連中。忘れられてかえってせいせいする。
階段を登りかけたその時、上の階から奇妙な音が聞こえてくるのに僕は気付いた。管楽器の一種だろうか。でも金属的なリードの響きのようにも聞こえる。音は不思議な抑揚に揺れていて、何かの音楽を奏でているようだ。僕は階段を駆け上がった。
通路の角を曲がると、立っていた係員が僕に手招きした。……なんかイヤな感じ。さっき恐竜化石の部屋で、撮影についてウルサク言われたばかりだしな。けれどあの音楽への好奇心には勝てない。招かれるまま、僕は係員の開けたドアに足をふみ入れた。
そして僕は硬直するほど驚いた。不思議な音色の正体は、人間の声だったんだ。あの金属のように硬くしかもしなやかな響きを、なんと男の人が「歌って」いたなんて!
独唱が終わって、拍手が響いた。あれ、なんだ、みんなここにいたのか。じいちゃんが軽く僕にうなずいてみせ、けれど次の曲が始まったので、またすぐ神妙な顔で前を向いた。
ああ、このメロディーは知ってる。「赤とんぼ」じゃないか。言葉を伴わない響きだけの声が、聞き慣れたメロディーを歌っている。……こんなの、初めてだ。再び僕は、周囲のみんなの存在を忘れていた。
けれどもそんな感動は、ほんの一時のものだった。歌手が歌い終えるなり、拍手がおさまるのも待たないで、つたない英語でこう言ったものだから。「一人3ドル」と。
写真を撮るなら金払え。歌を聞いたら金払え。ここでは万事がこんな調子だ。今のモンゴル人、資本主義と拝金主義とをはき違えてるんじゃないのかよ。
僕はもう売店には寄らなかった。
「入り口に『いらっしゃいませ』なんて書かれてっと、シラケちまうよな」
塚田のセリフに僕も同感。金をせびる英語に、客を招く日本語と、これが今のモンゴルの姿なのかね。博物館の見学、勉強になったよ、まったく。
中央広場のかたわらにバスは停まった。
「ここがスフバートル広場です。本来なら降りて見学していただくのですが、なにぶんこの雨ですので、車内からの見学という事でご了承ください」
はいはい、おおせの通りに。
「中央に建っているのが、この広場の名前の由来にもなっている、革命の指導者スフバートルの像です」
なんだ、天安門広場の毛沢東みたいなもんか。しょせんどこの国も変わらんな。
じいちゃんはしきりに写真を撮っている。まあ、博物館と違ってタダなんだから、いくらでも撮りゃいいさ。
……チェッ、けっきょくは雨の中歩かされるんじゃないかよ。
「郵便局の入り口はこの表側になります。少し歩く事になりますので、車に注意してください。それでは行きましょう」
だいたい、僕は郵便局なんかに用はないんだけどな。
バスから降ろさなかったり、かと思うと歩かせたりするいいかげんな添乗員にあてつけるように、僕はカサをささずに外に出た。どうせもう小降りだしな。見れば塚田も手ぶらで歩いている。こいつもまた、何を気取っているんだか。
僕は郵便局へは入らなかった。改装中できゅうくつそうだし、わざわざ入る事もない。そして塚田も同じ考えなのか、やはり外に立ったまま雨に濡れている。
最初の時ほどの嫌悪感はないものの、塚田ってやっぱり苦手だなあ。他人を避けたいと思う時にかぎって、こうして近くにいるんだから。
塚田に背中を向けたはずみに、近くに座っていたクツみがきの少年達と向かい合わせになってしまった。間近に目が合った事にとまどい、とりつくろうような笑みを浮かべると、相手は何か言いながらブラシをかざす。僕のスニーカーをみがいてやろうかという冗談らしい。僕は急に気が軽くなり、笑いながらおおげさに断りのジェスチャーをした。
塚田がとなりにやって来た。
「知り合いか?」
「なわけないだろ」
「でもおまえが初対面の相手と話すなんて、珍しいもんな」
「それはそうだけど。たぶん、言葉が通じないから話が出来るんじゃないかな」
なるほど、と塚田はうなずくと、手ぶりで少年達に年をたずねた。
「俺は十八、きみらはいくつだ?」
三人の少年達は、それぞれ十二や十三と指で示してみせた。
「へえ、白井よりも年下か。けどよ、おまえよりずっとたくましく見えるぜ」
「ほっといてくれよ」
「ヘヘッ。なあ、こいつはこう見えても十五なんだぜ。それについてきみらはどう思う?」
塚田はすっかり少年達とうちとけている。言葉が通じないからこそ話が出来る、そんな事って確かにあるんだな。
その時僕は不意に気付いた。塚田にもやはり、手紙を送る相手がいないんだという事に。
バスはちょっと走るとまた停まった。そこにはバヤンゴルという立派なホテルがそびえている。これからここのレストランで昼食だとか。また無理しちゃってさ。山奥のホテルに泊まるビンボーツアーには、そんなぜいたく似合いやしないよ。
レストランでは英語の曲が流れている。昔聞いた憶えのある、ちょっと懐かしい曲だ。案外、モンゴルではこれが最新ヒットだったりするのかもしれないけど。
そこへナツオが駆け込んできた。
「お待たせしました。車の準備ができましたので、日本人墓地へ行くみなさんには、食事がすみ次第出発していただきます」
手違いで用意されていなかったマイクロバスをあらためてチャーターするために、ナツオは今朝早くからずっと街を駆け回っていたらしい。これ以上手間をかけては悪いと思うのか、じいちゃんほか数人の人達は、食事もそこそこに立ち上がった。
「それでは優、じいちゃんは墓参りに行ってくるからな。一人になったからといって勝手な事をするんじゃないぞ」
「分かってるよ」
「添乗員さん、では優の事、よろしくお願いいたします」
いつだってじいちゃんは、余計な事まで言うんだから。僕の方こそ、じいちゃんをよろしくとナツオに言いたいところだよ。
でもとにかくまあ、これでじいちゃんと別行動だと思うとせいせいする。ただ、その午後いっぱいを、またあの添乗員の言いなりで過ごすというのはうっとおしいけど。
「では午後の予定をお伝えします。まずボグドハーン宮殿、そしてザイサントルゴイ、美術館を回り、最後にデパートで買い物をしていただく予定です。その際に現地通貨での買い物を希望する方は、出発前にこのホテルで両替をすませておいてください」
へえ、それもおもしろそうだなあ。みやげ物なんかはたいていドルで買えるけど、やっぱり現地のお金を使ってみたいよな。よし、僕も両替していこう。
ところが……。
「それでは両替する方は、USドルとパスポートをご用意いただいて……」
「ちょっと待って添乗員さん、両替にパスポートが必要なんですか?」
「ええ、当然必要ですよ」
「そんな。じいちゃんにあずけたままだから、持っていかれちゃったよ」
「パスポートは常に本人が携行する事が、常識のはずですけど」
「今になってそんな……」
当惑よりも怒りのために言葉の続かなくなった僕に代わり、塚田が割って入った。
「でも添乗員さん、そういった事は前もって注意しておいてくれるべきではないんですか。あなたがパスポートの管理は厳重にとくどいほど言うから、僕はホテルのトランクに入れてきてしまったんですよ」
「それが私の責任だとでも?」
「いや、だから、ただ気を付けろと言うんじゃなくて、指示は具体的に的確にとお願いしたいんです。旅慣れてない人もいるわけだから」
「管理を厳重にと言ったのが、どうして他人に預けたりトランクにしまい込んだりする事になるのかしらねえ。分からないわあ」
この女、ケンカ売ってるつもりだろうか。このまま塚田をあおってしまうと、なんだかとんでもない事になりそうだったので、僕は塚田をなだめた。
「もういいじゃない塚田さん。そんなムキになるほどの事でもないし」
「あ、ああ、そうだな」
「ほんと困ったものだわ。分かってない人ほど注文ばかり多くって」
添乗員はまだ一人ごちていたけれど、
「確かに、マジんなるほどの相手じゃねえな」
塚田が大声で言うとそれきり静かになった。
ボグドハーン宮殿。僕と塚田はバスからは降りたものの、中へは入らないでずっと入り口前に立っていた。郵便局でのように。
そう、午前中からこうしていればよかったんだな。あの添乗員に義務的に従ったりしないで、自分の思うように行動すればよかったんだ。ほんと、気付かなかったよ。雨にずぶ濡れになる事が、こんなに愉快だったなんて。
ザイサントルゴイと呼ばれる丘にも、僕らは登らなかった。
「なあ白井、上にあるデカイ人間みたいなの、ありゃいったいなんだ?」
「旧ソ連軍との友好の碑だってさ。だからあれはソ連兵のつもりだよ、きっと」
「フン、前世紀の遺物か」
「もしあれがスターリンとか実在の人物の像だったら、今頃は間違いなく壊されてただろうね」
「おまえくわしいのな」
「一応、予習してきたから」
「ほーう」
「なんて、ただじいちゃんに引っ張り回されて、話を聞かされただけだけど」
退屈さと、ほかに誰もいない気安さから、僕は塚田にいろいろな話をした。戦時中じいちゃん一家が満州にいた事。遠い親戚にあたる人が戦後モンゴルに抑留された事。今は病気で自由のきかないその人に代わり、じいちゃんが抑留犠牲者の墓参りを引き受けたいきさつなど。
「その人、じいちゃんよりもっと年くった人だけど、その人にもいろいろ話を聞かされたな。まあ、ほとんどが年寄りの苦労話だけど」
「けどすげえじゃん。経験者の体験談なんて、貴重だぜ」
「うん。でもさ、経験者だからこそ分かってないっていうのもあるみたいで……」
「ん?」
「たとえばさ、うちのじいちゃんをどう思う? もうケタはずれのお人よしだろ? あれはきっと、自分が善人だと信じ込んでるからなんだ。あくまでも自分は弱い立場の正しい人間なんだと。だからもし、自分が加害者の側だと気付いたら、その時にはきっと……」
「自分に対する周囲の態度を、好意的に受け取る事なんて出来ねえか」
「そう。あの添乗員みたいに卑屈になって、自己弁護を繰り返すだろうさ」
「でも白井、あの倉林さんにいったいどんな罪があるっていうんだ」
「いや、じいちゃん個人の事じゃなくて、当時の日本人全体の問題を言ってるんだ」
「なるほどな。俺にも思い当たる事がある。出発前にちっとはモンゴル語を覚えようと思って図書館行ったらな、年代もんの蒙古語会話って本を見付けたんだ。それには軍事なんて項目まであってよ、そこに並んでる例文ときたら……。とにかく俺、それですっかりモンゴル語やる気がうせちまった」
「じいちゃん達だって、気付いてないはずないんだ。それなのに悲劇ばかりを強調して、自分達の過去を美化してる。今回の墓参りも、もし自己満足のためだとしたら……」
塚田はじいちゃんがしたように、僕の肩に手を置いた。
「じいちゃんをもっと信用しろよ。あの人も、なかなか自分に厳しい人だと思うぜ俺は。おまえによく似てよ」
見学を終えた人達が階段を降りて来た。われに返って塚田とのマジな会話が気恥ずかしくなった僕は、きまり悪さをふき払うように健人に明るく声をかけた。
「なあなあ健人、上に面白いもんあったか?」
「うん。大きな絵がぐるりとあったよ。むかしのへいたいがね、日本のはたをふんづけてた」
「……ノモンハンだ」
雨にぬれた肩を僕はちぢこませた。
モンゴル人が社会主義時代の遺物をこうして残しているのもやはり、自分達こそ被害者だと信じ続けていたいためかもしれない。
外で雨に濡れているのがさすがにみじめに思えたので、美術館では僕も塚田もとりあえず中に入った。
「ついでだから見学すっか?」
「いや、ストライキは最後まで続けなきゃ気がすまない」
「おいおい、ムキになるほどの事じゃないって言ったの、どこのどいつだよ」
「あれは塚田さんのための言葉。けどこれは自分のための行動」
「おまえのセリフって、いちいちもっともらしいのな。分かった、俺も最後まで付き合ってやるよ」
今回はなぜか健人までが、僕らと一緒に残っている。
「おまえは見学してこいよ」
「ううん、いい。白井くんや塚田くんといるほうが、なんかおもしろそうだもん」
「白井くん、だってさ。健人もナマイキになったよなあ」
「でも年上相手に張り合えるってのは、たいしたもんだぜ」
「うん。ぎゃくに年上の人は、ぼくがにがてみたいだけどね。とくにお父さんなんか、むりにぼくの前でカッコつけようとして、こういうとこではきまって知ったかぶりをするんだ。なんだかかわいそうになるよ」
「ハハハッ、今のセリフ聞いたか? こいつほとんど白井優2号だぜ」
その言いぐさは気に入らないけど、郵便局以来の塚田の快活な笑いには、僕も安心させられた。
その後デパートにも寄ってかなり時間を食ったのに、ホテルに戻ったのは僕達の方が早かった。先に夕食をすませても、じいちゃん達はまだ帰らない。ただ墓参りするだけに、何をそんなに手間取っているんだろう。べつに心配するつもりはないけれど、あんまり遅いとやっぱり気になる。
それに加えて、もう一つ気がかりな話を聞いた。昨日からのこの雨で川が増水し、この分だと明日の予定のハイキングは、ダメになるかもしれないとか。
でも心配したってしょうがないよな。あの添乗員に聞いたってどうにもならないし、頼りのナツオはまだ帰らないし。とにかく、明日になればはっきりする事だ。
それにしても、ほんとじいちゃん遅いよなあ。
僕はなんとなく下の階に降りて、売店に並ぶ水彩画を眺めながら時間をつぶした。するとそのうち玄関の外に車の止まる音がした。ざわめきも聞こえる。僕は急いで部屋に戻った。
じきにじいちゃんが帰ってきた。
「ふーう、難儀だった。まったく大変な道のりだったぞ、優。まず車がな、マイクロバスなんてものじゃない。ただのライトバンだ。しかもたいした年代物ときてる。その車で丘の合い間の道なき道へと分け入って、しかもあの雨だろう、ぬかるみにタイヤをとられて立ち往生など、一度や二度ではきかないな」
じいちゃんは一人でしゃべり続けている。行きにぬかるみで動けなくなった話から、帰りに滑り落ちるような運転で肝を冷やした話まで。じいちゃんのそんな口数の多さに、僕はほっとした。
「そして町まで戻ったわけだが、そこからがまた難儀だった。途中バスの停留所があったんだが、そこへ運転手が車を停めて買い物に行ってしまった。すると車の前後をトロリーバスにはさまれてしまってな、にっちもさっちもいかなくなってしまったよ。戻った運転手がクラクションを鳴らしたが、トロリーバスはいっこうに道を開けてくれん。なぜだと思う? なんと停電だったんだ。ハッハッハァ」
遅くなった理由がそんな事だと分かって、僕も笑った。
約束を果たし、目的を達した事で、じいちゃんは上機嫌だ。ほんと、単純だよなあ。でもこんなに単純な人だから、僕はじいちゃんの事を信用出来るんだ。このじいちゃんが、墓参りを自己正当化の手段にしたりするもんか。じいちゃんが自分自身を正しいと思うのと同じくらい、今なら僕もじいちゃんを正しいと思えるよ。
「ところでじいちゃん、明日のテレルジ行きの事だけど、ナツオさん何か言ってなかった?」
「いや、特に何も聞いとらんが、予定の変更でもあるのかね」
「ううん、ただ、最後の予定だから楽しみで、待ちきれないだけ」
心配かけたくないという理由からとはいえ、僕はじいちゃんに対してうそをついた。
「それよりほら、さっさと夕食食べに行きなよ。僕らはとっくにすませてるんだから。そういやうがいと手洗うのもまだじゃなかったっけ? ほら、急いで急いで」
じいちゃんとは逆に、僕はうしろめたい時ほど口数が多くなる。そんな自分が、今はなおさらみじめに見える。
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