クリスマス壊れて − 黒い帽子 赤いリボン 2 −
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クリスマス壊れて
今の季節、何が嫌かって、街がクリスマス一色になるほど嫌な事はない。いや、一色なもんか。赤に緑に青に黄色、あらゆる原色がまたたいてやがる。横断歩道にさしかかると信号までが点滅を始めて、ますます俺をイラつかせる。いいかげん静かにしてくれ!
原色が間近でチカチカまたたくと、無彩色の塾の授業に固まった頭の中が、むやみにかき回されるようだ。うう、英単語や数式が泡立って、パチパチはじけて消えてゆく。
来年受験の俺にとっては、クリスマスも何もあったもんじゃない。もっとも俺には、小学生の頃からクリスマスなんて関係なかったがな。
九年前に萠が生まれた時、兄貴の俺は家での主役の座を降りた。それ以来、クリスマスを始め子どものための行事といえば、いつでも萠が中心だ。女の子が欲しくてたまらなかった両親にすりゃ、萠が天から舞い降りたかぐや姫のように思えたとしても、無理はなかったろうな。
けどだからといって、当時の俺がそれをひがんだかというと、そんな事はまったくなかった。俺も心から妹の誕生を喜んでたからな。なぜかっていうと、……こんな事決してひとには言えないが、それまで俺は家ん中で女の子のかっこうをさせられていたからだ。母親は幼い俺に、無理やりリボンを付けたりスカートをはかせたり……。
それほど女の子が欲しかったんだろうが、俺からすりゃ迷惑な話だ。だから萠が生まれた六才の秋、俺は心底ほっとした。これで来年の春は間違いなく黒いランドセルだ、と。
赤い色は今でも嫌いだ。それからリボンなんかもぞっとする。なのにクリスマスとなると、そういった女の子を連想させる物であふれかえる。だから俺は、たとえどんな高価なプレゼントを約束されようと、クリスマスを喜ぶ気になんてなれやしない。そして家に帰れば、さらに面白くない事が待っている……。
「ただいま」
「ああ、帰って来た? 勇太、ちょっと頼みたい事があるんだけど、萠の事で」
帰って来るなり母さんはこれだ。しかも萠の事だって? またかよ。サンタクロースのウソに無理やり付き合わせたうえに、今度は何をさせる気だ。それに頼むとか言いながら、結局は一方的に押し付けるんじゃないか。まったく面白くない。
「ちょっと待ってよ、俺腹減ってんだぜ。こっちの都合も考えてくれよ」
「じゃあ食べながらでもいいから聞いてちょうだい」
俺がテーブルに着くと、母さんは俺の真向かいに座った。そう構えられるとなんか食べにくいよなあ。
「もうクリスマスは来週でしょ。そろそろ萠にプレゼントを用意しようと思うんだけど、あの子なぜか欲しい物を教えてくれないのよ。困ったわねえ。ママだけに聞かせてって言っても、絶対ないしょなんだって。どうしたらいいかしらねえ」
母さんはいちいち俺にあいづちを求める。俺は口がふさがってるのを理由に返事をしないが。出来れば耳にも何か詰め込みたいところだ。
「小さい頃には何をあげても喜んだから、苦労はなかったんだけどねえ。欲しい物を選ぶようになってからも、去年まではちゃんと話してくれたのに。サンタさんに何をお願いするの? ってたずねれば」
ほらまたそれだ。そもそもそのサンタってのが問題なんだよ。
ウソをついてまで子どもにサンタクロースを信じさせるなんて、俺に言わせりゃくだらない。それに萠だってもう三年生だぜ。サンタクロースって年でもないだろうに。
たぶん、父さんも母さんもそれを認めたくないんだろう。萠はいつまでもあどけないちっちゃな女の子だと、そう思い続けていたいんだ。その気持ちは俺にも分からなくはない。けど、そんな親の思惑でいつまでも子どもをあざむき続けるのは間違ってる。
「だから勇太からあの子に、それとなくたずねてみてほしいんだけど」
「おかわり」
「……お兄ちゃんにだったらあの子も打ち明けると思うから、お願い。なんといっても、勇太が一番あの子に慕われてるんだから」
どこが。ただなめられてるだけだろ。
「俺にだって言うはずないよ。あいつもう気付いてんじゃない?」
「それはないみたい。ないしょじゃサンタさんにも分からないよって言ったら、サンタさんだけにお願いしてほかのひとにはないしょ、なんて言ってたから」
「もうほんとの事教えてやったら?」
「でもねえ……。母さんとしては、もうしばらく信じさせてやりたいって思うのよねえ。あの子だってもう小さくはないっていうのは分かるけど、せめてクリスマスくらいは夢を見させてあげたいじゃない」
夢、ねえ。現実を知る俺からすりゃ、むなしい夢だよな。やっぱ間違ってる、と俺は思う。
「あなただって、かわいい妹の夢を壊したくはないでしょ。だから萠の欲しい物をそっと聞いてみて。頼んだわよ」
間違ってると思うのに、結局また押し付けられてしまった。これで俺もりっぱな共犯者だな。
「萠ー、あれ?」
ドアが開かないと思ったら、萠は床に座ってドアにもたれながら本を読んでいた。
「なんだよそんなとこで。ちょっと入れてくれよ」
「なあに?」
「なあ、萠はクリスマスのプレゼント、何をもらうつもりだ?」
いきなり聞いたりすりゃ言うはずないと思いながらも、俺はつい唐突にたずねてしまっていた。
「なんで?」
「母さんがさ、落ち込んでんだよ。萠がそれを隠したりするから、信用されてないって気がすんだろ。父さんもきっとそうだぞ」
「おにいちゃんも?」
「バカ言うな。でも秘密にされりゃあやっぱ気にはなるな。……なあ萠、兄ちゃんにだけ教えてくれないかな」
おれはそばにあった小さなイスを引き寄せた。足を伸ばして後ろ向きに座り、背もたれに両腕をのせ萠と向き合う。
「なあ」
「おにいちゃんはなにをたのむの?」
「俺か? 俺は……、今コンポが欲しいんだけどあれは高過ぎるし、志望校受かりゃ買ってやるって父さんも言うからそれまでは今あるラジカセでがまんして、今回は欲しいCDを二枚頼むよ」
「サンタさんに?」
「……ああ、サンタにな」
気が進まないながらも、俺はついついこんなふうにウソを重ねている。親の言いなりでそうしてしまうのか、妹を思っての事なのか、それは俺自身にも分からない。
「で、萠は何を頼むんだ?」
「ヘヘッ、やっぱりナイショ」
「あのなあ、俺には聞いといてそりゃねえだろ」
「じゃあおにいちゃんにだけは教えてあげる。でもほかのひとにはナイショだからね。いい? パパやママにはぜったい言っちゃダメだよ」
「分かったよ、そうもったいぶんなよ」
俺がイラついてそう言うと、萠は面白そうに俺の顔を下からのぞき込んだ。
「あのねえ、わたし、おねえちゃんがほしいの」
「なんだあ?」
「お、ね、え、ちゃ、ん。わたしずっと前からほしいなって思ってたの。おねえちゃんがいたら、楽しい事いっぱーいあると思うんだ」
「それをサンタに頼むのか? そりゃちょっと無理だぞ」
「どうして?」
「どうしてって、なま物や生き物はお断りなんだよ」
「そうなの? じゃあおにいちゃんにおねがいする」
「俺に言ったって、かえって無理だろうが」
「そんな事ないよ。ねえ、わたし早くおねえちゃんがほしいなあ」
おいおい、今のはどういう意味だよ。考えられるのは、……だよなあ。情けなくも俺はすっかりまごついてしまい、それを隠そうと無理にぶっきらぼうに答えた。
「そんなあてはまだねえよ。あるわけねえだろ」
「そう。じゃあいいや」
やけにあっさり萠は言う。そうか、俺をからかってたんだな。こいつの言う事を一瞬でも真に受けた俺がバカだったよ。萠は両親の前ではしおらしくするくせに、俺と二人の時はやたら生意気なんだから。
「わたしほんとはおねえちゃんなんてほしくないの。おにいちゃんたら本気でアセッちゃって。わたしにはおにいちゃんはいらないと思ったの? ウソだよ。わたしおにいちゃんがいてくれたら、あとはもうだあれもいらないからね」
「分かった分かった、ありがとよ」
「でも、いもうとはほしいなってちょっと思うけど」
「それもサンタには無理だぞ」
「わかってる。赤ちゃんならパパとママにおねがいすればいいのよね」
萠のセリフにまたもやうろたえてしまった俺は、その場しのぎに慌ててベッドのぬいぐるみを投げつけた。
「ぬいぐるみでがまんしろ!」
「キャア。ハハハハ」
萠はぬいぐるみを抱きしめるように両手で受け止めると、ひっくり返って笑いころげた。
「おにいちゃん、ついでにパジャマもなげて」
「ほらよ」
「ありがと。じゃあ電気消しといてね」
萠はぬいぐるみとパジャマをかかえて階段を降りてった。
あんなマセガキを、うちの親は本気で無邪気と思ってんのかね。あんな奴にいつまでもサンタを信じさせるなんて事が、俺にはますますバカらしく思えてきた。
母さんは萠と風呂に入っているので、俺は父さんの部屋へ行った。
「萠のやつ、俺にもやっぱり何が欲しいか言わないよ」
本当は、はぐらかされて聞きそびれちまったんだけど。
「そうか、いよいよ困ったな」
「そろそろ潮時だろ。いい機会だからほんとの事話してさ、それから欲しい物聞いて買ってやれば?」
「いや、心当たりがないわけでもないから、とりあえずそれを用意しよう。それであの子が納得しなければ、その時にはな。ああ、それにしても残念だな」
なんだよ、萠にはなんでそんなに真剣になるんだよ。俺の時にはあんなにいいかげんだったくせに。
……あれは八年前のクリスマス。小学一年の俺はどうしても欲しかったゲーム機があって、オモチャの広告をとっていた。その頃には俺はもう、サンタの話にこしらえ物めいた不自然さを感じていた。けれども一方では、実在していてほしいというあこがれもまだ捨てきれずにいた。少なくとも次の瞬間までは、確かに……。
『お父さん、クリスマスにこれがほしいと思ってるんだけど、ちょっと高いかなあ』
『年に一度のクリスマスだ、それぐらいかまわないさ』
『ほんとに?』
『ああ、買ってやるよ』
あっけない、実にあっけないサンタクロースの最期だった。父さんは俺がもう事実を知ってると思ったのかもしれないが、それにしてもちょっと無神経すぎやしないか?
続きはまだある。イブにプレゼントを持って帰った父さんは、それを直接俺に手渡した。そしてとまどいもあって包みを開けられなかった俺に、明日まで待つ事ない、遠慮しないですぐ遊んでみろ、などと言った。俺はやけになってゲームに打ち込みながら、きっと父さんはクリスマスと誕生日とをかん違いしたんだと思い込もうとしていた……。
「二人とも、萠の事考えてやってんだってのは分かるけど、でも後の事考えりゃ、そんな引き延ばしはかえって残酷だぜ」
「なかなか手厳しいな」
「それに萠だってそんな事は望んでないかもしれないじゃないか。つらくても事実を知りたいと考えてるかもしれないし」
「まるで末期ガンの告知だな」
「まじめに聞いてくれよ! だいたい、ウソは良くないに決まってる」
「勇太らしい意見だ。ウソは良くない、か……。そう決めつけたものでもないぞ。まあおまえはマジメだからなあ。ああ。一途で生真面目で、それが悪いとは言わないが、いや、むしろそれはとても良い事だ。うん。ただなあ、おまえにはもう少し、いいかげんというかくだけた部分もあればいいと思うんだがなあ」
いちいちあいづちを求める母さんとは対照的に、父さんは自分でたびたびうなずいてみせる。これもまた、相手をする俺からすればうっとおしい。
「今はそんな話してんじゃないだろ。とにかく、萠の事でウソに付き合わされるの、俺はもうやだよ」
「まあそう言うな。父さん達だって喜んでやっているわけじゃないんだ。ウソはいけないというのも分かるが、それでも萠の夢を守ってやりたいんだよ。分かるな? 父さんはな、ただプレゼントをあげるだけでなく、同時にサンタの夢も贈りたいと思うんだ。ああ」
「あっそう」
娘のためってだけじゃなく、どうも親の自己満足って部分もあるように俺には思えるがね。
「おまえだって萠をがっかりさせたくはないだろう。かわいい妹のためだ、もうしばらく協力しなさい。うん」
母さんといい父さんといい、そう言や俺が必ず承知すると決め付けてる。けどまあ確かにそうらしい。父さんにつられるように、俺もついうなずいてしまっていた。
萠と母さんの後だと、風呂の湯はやたらとぬるい。俺は湯沸かし器に火をつけ、ユラユラ広がる熱い刺激にあごを浸しながら、じっと考えた。数式や英単語をじゃない。そんなもんはとっくに泡になって流れちまった。それより今もっとも問題なのは、萠が迎えようとしている偽りのクリスマスだ。
そもそもクリスマスってのはなんだ? クリスチャンのお祭りだよな。なら始めっからそれ以外の者には関係ないじゃないか。
まあ、俺もそこまで堅い事を言うつもりはない。プレゼントを心待ちにする子ども達のためになら、堅苦しい事抜きでこんな祝いの日もあっていいと思う。ただ、そこに大人達の身勝手な思惑がからんでくるから、俺は不愉快になるんだ。
最近俺はこんな話を聞いた。子ども向けのテレビ番組は、男の子向けのヒーロー物でも女の子向けの魔法物でも、オモチャを売る事を第一に考えて作られるんだそうだ。だからスポンサーは大手のオモチャ会社で、主人公の持つアイテムを商品化して売り出す。萠が毎週楽しみに見るあのアニメも、企業にとっちゃ30分間のコマーシャルってわけだ。クリスマスを過ぎりゃ用済みで最終回。そして始まる新番組もまた、次のクリスマスに向けての新製品コマーシャルでしかない。
もちろん、父さんや母さんの萠に対する思いが、そんな自分本位な物じゃないのは俺も分かってる。萠に夢を与えたいっていう、あの言葉に偽りはないだろう。けどやっぱ、そのセリフの耳当たりの良さに、おれはつい眉をひそめちまう。リボンやイルミネーションで飾られた夢なんてもんは、見栄えがしてかえってどこか疑わしい。
子どもにサンタの幻想を無理やり信じさせるのが、夢を与える事だって言えんのかよ。いや、やっぱそりゃ間違いだ。そんなもんは、大人達が自分の都合で仕立てたお仕着せだぜ。考えてもみろ、日本中、世界中の子ども達がそろいもそろって同一の夢を抱くなんて、異様じゃねえか。子どもはめいめいが自分なりの夢を思い描くべきだし、それを手助けするのが、本物の夢を与えるって事だと思うぜ俺は。
フー、熱くなり過ぎてのぼせたらしい。湯から出て少し頭を冷やそう。
鏡の下に、萠が忘れていった髪を留める輪ゴムが置いてある。俺はなんの気なしにその輪ゴムをもてあそぶうち、なんだか萠の事がたまらなくかわいそうに思えてきた。萠が心ときめかせながら見るアニメ番組は、実はオモチャの販売促進をもくろむだけで、萠が胸を高鳴らせて待つクリスマスも、やはり安易なまがい物でしかないのだから。
いくらお姫様扱いされようと、大人にあてがわれた夢の中に閉じ込められているんじゃ、やっぱ萠が気の毒だ。だから俺がなんとかしてやらなけりゃ。眠りこける萠の目を覚まさせてやれるのは、今のところ俺だけだろうから。
よし、俺が萠に事実を告げよう。そりゃ多少はショックかもしれないが、だったらほかにも素敵な夢がある事を教えてやりゃあいい。俺は俺なりの方法で、萠に夢を与えてやるさ。両親ににらまれようが、萠に少しばかり泣かれようが、かまうもんか。絶対それが正しいはずだ。
……というような事を、先週の俺はどうして考えたんだろう。冷静に考えりゃ、俺がムキになる事じゃないよな。だいたい、以前に自分のクリスマスを壊されたからって、同じように萠のクリスマスまで壊していいはずはないんだ。
今の俺にはもう、今年のクリスマスを壊す気などこれっぽっちもない。ほら、俺のあごの高さまでしかないクリスマスツリーも、萠にとっちゃまだまだ見上げる高さだ。それならもうしばらくは、このままでいいさ。なんといっても、わが家のクリスマスは萠のためにあるんだから。リボンから靴下までクリスマス色に装ってはしゃぎ回る、萠のためだけに。
「萠ちゃん、ケーキにロウソク飾ろうか。ちょっと来て手伝って」
「それがすんだら萠ちゃん、パパはエレクトーンが聴きたいなあ」
萠ちゃん、萠ちゃん、なんて、母さんも父さんもすっかり萠の事を幼い子ども扱いしているな。いや、お姫様扱いか。こんな時の両親は、まるで姫君に仕える侍女と下男だ。だったら俺はいったいなんだ? 主役でないのは分かっているが、せめて姫君を守るナイトの役くらいはもらいたいもんだね。
萠と母さんがケーキを二つ運んで来た。一つは父さんが買って来たケーキで、もう一つは母さん手製のケーキだ。うちでは昔から、クリスマスケーキは二つと決まっている。貧弱な手製のケーキだけじゃ物足りないという事で始まった習慣だが、近頃は母さんのケーキの方が立派なくらいだ。これも萠が手伝うからだろう。
「火をつけるのは後にしようね」
「うん。わたしにつけさせてね」
テーブルにケーキを置いた萠は、通りすがりにツリーの飾りのキャンドルをちょんとつつくと、エレクトーンに向かった。そしてまず弾く曲は、ジングルベル。
もろびとこぞりて、きよしこの夜、萠が次から次へと演奏するクリスマス曲に、父さんも母さんも聴き入っている。かすかに体をゆすったり、そっと首を傾けたりしながら。そして俺も、知らないうちにそうしている自分に突然気付く。
やっぱり、萠がいてこそのクリスマスだ。ケーキにしても、音楽にしても、萠がいない事にはクリスマスはありえない。一方俺は何の役にも立たないわき役だが、不思議とそれには不満はない。萠が主役でいる限り、家族みんなが満ち足りた思いでいられるんだから。両親がみずからすすんで侍女や下男になるのも、今なら分かる気がする。
部屋の照明を落とすと、ツリーはいっそう華やかにまたたいた。萠が灯したキャンドルの火も、ふるえるように揺れている。どちらも明るく暖かいが、もの悲しいほどはかなげだ。こんな時が壊れやすい事を知っているから、いつかは消えてしまうと分かっているから、両親はそれを出来る限り守っていきたいと考えるんだろう。今では俺も、まったく同じ心持ちだ。
「おにいちゃんおねがい、せんぬいてよ」
「よし、貸してみな」
「ポーンって、いきおいよくね」
「おう、まかせろ」
俺にも役目が与えられて、これで少しは萠のクリスマスを守る手助けが出来たかな。
二種類のケーキを一きれずつ食べ、特別番組の名作アニメを見終わると、もう萠は寝る時間だ。
「ねえママ、萠、夜中までにちゃんとねむれるかなあ」
眠る前の萠のこの問いかけも、昔っからのクリスマスの習慣だ。
「だいじょうぶ。サンタさんが子ども達みんなのおうちを回ってからでないと、夜は明けないんだから」
五年前のクリスマス、気持ちが昂ぶり眠れずに泣きじゃくる小さな萠を、母さんはこう言ってなだめた。それ以来、母と娘のこのやりとりは毎年繰り返されている。今年もまた母さんの返事に、萠はすぐ不安げな表情を解いて顔をほころばせた。こんなそぶりを見せるなんて、萠は今でもあどけない女の子だったんだな。
「じゃあママ、パパ、おやすみなさーい。おにいちゃんも早くねたほうがいいよ」
「ああ、こんな日まで受験勉強なんかしやしないよ」
「ほしいCDもらえるといいね」
「萠ちゃんもな。何頼んだか俺は知らないけど、きっと欲しかった物がもらえるよ」
「うん、なにがもらえるか楽しみ。じゃ、おやすみ」
何気ない萠の言葉に、俺はギョッとした。何がもらえるか楽しみだって? どういう意味だよそれは。サンタに頼んだ物がもらえると、そう信じてたんじゃなかったのか?
両親は何も気付かなかったようだが、俺はその一言で萠の思いをすべて察した。
萠は今、サンタクロースの存在に疑問を抱き始めている。けれどもそれを、両親に面と向かってたずねる事も出来ずにいる。考えた末に萠は、両親に明かさなくても望みの物がもらえるか試す事によって、サンタクロースの実在を確かめようとしていたんだ……。
…………ん、朝か。……クリスマスといってもいつもと変わらんな。……夢はもう覚めた。一夜明ければシラケ気分だ。ガキの頃にはプレゼントって楽しみも……、そうだ! 萠はどうした? ねぼけてる場合じゃない。ほら勇太、さっさと起きろ!
部屋に萠はもういなかった。プレゼントもない。きっと報告がてら両親の前で開けてみせるつもりだろう。今までもずっとそうしてきたように。
今までとちっとも変わらないように見えても、昨夜の萠には本当に驚かされた。一見無邪気なあいつが、こっそり親を試していたなんて。けど俺は、そんなしたたかな萠を心から応援してやりたいと思う。もう既製の夢なんて捨てちまえ。現実をみつめろ。そしてそこから新しく、自分なりの夢を見い出すんだ。
「あっ、おにいちゃん、おはよ。ねえ見て、プレゼントもらったよ。ほらあ」
萠はおおげさすぎるほどの笑顔で、俺に箱の中身を見せた。萠の大好きなアニメのオモチャだ。心当たりがあるとか言って、父さんも何考えてんだか。今夜にも終わっちまう番組のオモチャを買ってどうする気だよ。
「これほしかったんだあ」
無邪気そうに萠は喜んでみせる。これ欲しかった、か。これが欲しかった、じゃなくて、これも一応欲しかった、だろ。
こうして萠は、俺が手を貸してやるまでもなく、自分一人で既製の夢から脱け出してきた。しかも満ち足りた時を壊さないよう気づかって、それを両親に悟らせないのだからおそれいる。この分なら、新しい夢も自分の力で見付け出すだろう。ほんと、たいした奴だよ。
「願いはちゃんとサンタに伝わったようだな」
「良かったじゃないの」
「うん。ありがとう」
萠はサンタクロースにではなく、両親に対してありがとうと言った。けど二人はそんな事にも気付かずに、ただほっとしている。
この調子じゃ、たぶん来年も同じ事の繰り返しだろうな。
そしてその見えすいた偽りに対し、萠は娘の無邪気さを願う親のために、いつまでもサンタを信じているという偽りを演じ続けるのかもしれない。
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