うちのクラスは十年保証 − 未来のために今を −
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プロローグ
いったい、なんでこんな事になったんやろう……。
不意に何かが渦巻いて、気付いたらクラスの連中みんな一緒に、ここに放り出されとった。
ぼわんとただっ広い、見知らぬこの場所に。
クラスの連中は、まだボーゼンとしてそこらに座りこんどる。
そして俺だけ、俺だけが、なぜか宙に浮かんどんのや。まるで幽霊みたいに。
……いや、まさかな。担任の俺はもちろん、うちの生徒のこいつらみんな、殺されても死なんような連中ぞろいやないか。
けどそれやったら、ほんまにいったい、なんでこんな事になったんやろう……。
1
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最初に立ち上がったんは、増川浩行やった。
「あーあ、バレンチノのジーンズがよごれちゃったよ」
こいつは何をのん気に言っとんのや。服を気にしとう場合やないやろ。ほんま、ブランドと呼ばれるだけあって、カッコの事しか頭にあらへんのやな。
「ダメージ4ポイントくらいかな。まだヘーキヘーキ」
もう一人、状況をちっとも分かってへんのが、この高橋章久や。
「次は、着地失敗しないよー」
有田気恵、この子もまた、いつもながらのノー天気。
お、フェミニスト気取りのブランドが、手を貸そうと駆け寄って来たで。
「きーちゃんだいじょうぶだった?」
「うん、だいじょうぶ」
「ブランド! おい自分の服やきーちゃんの事だけじゃなくて、もっとみんな全体の事心配しろよ」
よう言うた。さすが市役所こと、上野秀樹や。
「みんなそろってるか? まず点呼とった方がいいかな」
なんや、みんなやる時にはちゃんとやるんやないか。最近このクラス、なんやバラバラになっとって、担任としては心配やったんやけど。
市役所ともう一人、仕切り屋の山崎裕太とが、男子の点呼をとった。
デカいもんから順に、内山信二、続いて福長康一。あとは、恵比寿生まれのチャキチャキの江戸っ子、ジェイムス=ダカティ。オーケー、そろっとるようやな。
女子の方は、アネゴの住吉ちほと、なぜかブランドが人数確認しとる。
なかよしコンビの二人、歌代未央に小嶋亜由美。そしてお騒がせグループの四人、安藤明子、湯山絵梨、須藤実咲に、そして中武佳奈子。よし、全員そろっとう。
けど……。
「おかしい、一人多い」
ちほちゃんがつぶやいた。んなわけないやろ。もう一度数え直してみい。
ブランドも、一人ずつ名前を呼んで再確認を始めた。
「きーちゃん、いるね。実咲ちゃん、オーケー。佳奈ちゃんは?」
「はい」
「はい」
なんや、返事が二つ返ってきたで。見ると、知らん女の子が一人おる。確かに一人多かったんや。けど、なんで今まで気付かんかったんやろう。
女の子となると、すぐに出て来るんがこいつ、ブランドや。
「きみ、だれ? 名前は? 何年生?」
「カナ。……あとはなにもわかんない、まだ……」
「…………」
さすがのブランドも、ほかのみんなも、困ってしまった。だいたい、この場所がどこかさえ、教室に何が起こったのかさえ、なんも分かっちゃいないんや。いったいこれから、どうしたらええのやろう。
「でも一つだけわかってる。みんな早く出発しないと」
かなちゃんが、いやうちのクラスの佳奈ちゃんやなくて、もう一人のカナちゃんが言うた。なんや、ややこしいな。
「早く出発って、どこへ?」
「それも、まだわからない……」
「まっいいや、だったらとにかく出発しよう。きみも一緒に行く? 行くよね、行こう」
ブランドよぉ、おまえは相手がかわいい女の子なら、なんでもすぐに言いなりか?
「ちょい待てよ、おまえだけで勝手に決めんなよ」
裕太がすぐに反発したが、
「でも歩いてるうちに、なにか見つかるかもしれないし」
「ん……、まあそうかもな。こんなとこでじっとしてるより、手がかりさがす方がマシか」
あっさり納得してしまいよる。
引っ張り役の裕太が行く気になった事で、クラスの全員が自然に歩き始めた。ほんまこいつら、単純やで。
けど、ムダな事ゴチャゴチャ考えるよりまずやってみる、その行動力こそがこいつらのええとこや。
2
「ねえ、かなちゃんにもう一人かなちゃんがおって、ややこしくない?」
とちほちゃんが言い出すと、
「べつのよび名で区別しないとね」
「じゃあ、古かなちゃんに、新かなちゃん」
「お米じゃないんだから、あたしそんなのやだあ」
またはしゃぎ出したで、このお騒がせ四人組が。ちょっとは緊張とか、せえへんのかいや。
「おまえはカナブンでじゅうぶんだろ」
あきれたような裕太の、キツイ一言。それに続いて、ピッタリだ、いいかもしれないと、市役所やジェイムスまでが笑いよる。
「べつにいいよー、あたしカナブンでも」
むくれたように佳奈ちゃん、じゃないカナブンが言うて、これで話は片付いた。
おいおい、そんな事よりおまえら、もっと大事な問題があるやろが。俺はどうしたんや、俺は。なんで俺がおらん事に、誰も気付かへんのや。
「それよりさ、まずおちついて考えてみようよ。なにが起こったのか、やっぱり気になるじゃない」
亜由美ちゃんが言うた。それもそうやけど、なんでみんな、担任の俺の事、忘れちまっとんのやろう……。
いや、だからその原因を知るためにも、まずは何が起こったかを考えなならんのや。
「さっきまでは、みんな教室にいたんだよね。それなのにとつぜん、すいこまれるかふき飛ばされるみたいになって、気がつくとさっきのところに落ちていた」
今はみんな、一直線に続く山道のような所を歩いとる。けどなんか、空気がかすむような、ふるえとるような感じで、とにかく先がまったく見えへん。
誰もが何か考え込んでるのか、急に静まりかえってもうた。
「ねえ、カナちゃんはどこから来たん? あたしらは十五人、みんなクラスメイトでいっしょに飛ばされてきたんやけど、なんでカナちゃんは一人だけなん?」
ちほちゃんの質問に、カナちゃんはただ首をかしげる。
「でもね、みんなの事、なんとなく知ってるの。だからいっしょに行かないと」
「行くって、どこへ?」
カナちゃんは、やっぱり首をかしげるだけや。
「それより、ここってどこなんだろう」
四人組の一人、絵梨ちゃんが、心配そうな声を出す。はしゃぐのやめて静かにしとうと、さすがに心細くなってくるようやな。
「ひょっとして、死後の世界、とか」
「…………」
おいおい、言ってもうたで、福長が。みんなうすうす思いながらも、なんとか否定しとるというのに。
「だいじょうぶだよ。川があって、それをわたらなかったらもどって来れるんだって」
「それにちがうね。臨死体験っていうのは、みんないっしょにっていう例はないはず」
これはきーちゃんと章久の意見。驚きやなあ、頼りなさそうなこの二人やけど、なかなかしっかりしとるやないか。
「だいたいねえ、臨死体験はまず、自分の体を見おろす事から始まるんだ。次にトンネルみたいなとこを通って……」
おーお、章久が、調子にのって語り始めよったで。
けど、くわしいもんやなあ。まあとにかく、章久の言う通りとすれば俺も大丈夫や。こうして意識だけで浮いとっても、そんなもんはまったく見てへんから。
「……だからこれは死後の世界よりむしろ、異次元空間とかだとぼくは思うよ」
はいはい、章久博士の仮説、よう分かりました。
「その異次元空間にしてもよ、だったらなにが原因でおれたち飛ばされて来たんだよ」
裕太が不愉快そうに章久にからみよる。オカルトっぽいもんが大嫌いな裕太でも、今起こっとう事は否定出来へんし、そら不機嫌にもなるやろな。
「そんなの知らないよ。ぼくにおこんなくてもいいだろ」
「えらそうなくせにムダ話ばっかだから、アタマくんじゃねーか」
「なに一人でおこってんの?」
「おめーがおこらせてんだろ」
「ほーぉ」
いいかげんにせえや、おまえらは。すぐカッとなる裕太も裕太なら、それをあおり立てる章久も章久や。こんな時くらい、協力しようとか思わへんのか。
「あれ? カナちゃんは?」
ふとブランドが言うた。そういや、いつの間にかおらへん。どこ行ったんや。
「あたしここにいるよ」
と返事したのは佳奈ちゃん。おまえはカナブンやろ。
「じゃなくて、カナちゃんのほう」
「あ、そっか、あたしカナブンなんだっけ。カナちゃんいなくなっちゃったの?」
はぐれたかな、でもわき道なんかなかったぞ、遅れてるだけかも、ちょっと待っててみようか、と、みんなざわつき始めよる。それにつれて、漠然とした不安感までが重く立ち込めてきて……。
そんな時やった。新たな案内人が現れたんは。
3
「わたしはアイ」
「リカは、リカです」
気付くとこの二人が目の前に立っとった。
一人はほっそりして、ショートヘアの似合うボーイッシュな女の子。もう一人は目のくりっとしてほほのぽっちゃりした、お下げのちっちゃな女の子。いったいなんなんや、この子らは。
「ここからは、わたしたちが案内するから」
ショートヘアの子が、はきはきと言いよる。けどいったい何の目的で、みんなを案内しようというんや? あやしむつもりやないけど、なんかふに落ちへんなあ。
「ちょっと待って、案内はうれしいんやけど、それよりまず事情を話してくれへん?」
またしゃしゃり出ようとしたブランドを押しのけ、そうたずねたんはクラスのアネゴ、ちほちゃん。たのむで、こういう時はちほちゃんがたよりや。
「あたしらみんな、なんも知らんと歩いてきて、とっても不安やねん。もしこの場所の事とか、今度の事件について知っとう事あったら、案内よりまず教えてくれへん?」
二人は顔を見合わせ、困ったような顔をしとる。たぶんさっきのカナちゃん同様、やっぱりなんも知らへんのやろう。
しばらくして、ちっちゃなリカちゃんの方が、一歩前へと踏み出した思たら……。
「リカのすきな食べ物は、なっとうごはんとたまごかけごはんですっ」
アホーッ、だれがこんな時に自己紹介せえって言った!
「えっとね、きーちゃんのすきな食べ物はね、えだまめっ」
だれかー、その二人の会話を止めろー! リカちゃんときーちゃんを近付けるなー!
……ようやく騒ぎがおさまって、気ぃ取り直したアイちゃんが話してくれた。
「わたしにも、正直よくわからないの。でもこれだけはたしかだから、信じて進んで。わたしたちは行かなきゃならない。この洞窟の中へ」
洞窟やって? ああ、二人が指差すその先には、確かにポッカリと暗い入り口が開いとる。
「なんのため? なんのためにあんな中へ入らなならんのん?」
ちほちゃんを始め、ほかのみんなも不安なようや。
「なにがあるかわかんないよ、あんなまっくらな中」
「でもあれが元の世界にもどる道かも」
「そうとはかぎんないじゃん。ひょっとたら、ワナって事だって……」
「…………」
ざわめきが静まると、みんなの視線を一身に集めたアイちゃんが言うた。
「わたしには、信じてとおねがいする事しかできない。でもみんなにもわかってるはず、今のままでいいはずないって。クラスがこのままバラバラになってもいいの? こんな時こそ協力して、一つになって乗り切らなきゃ」
なんでこの子、うちのクラスが最近まとまりない事を知っとんのやろう……。
けど、なんとなく分かってきたで。これはバラバラになりかけとうクラスを、もう一度、一つにまとめるための試練っちゅうわけや。洞窟だけやない、この世界に飛ばされてきた事自体、そういう意味があるんやろう。俺の姿が消されとうのも、連中の自立のためってわけや。ああなるほど、なんとなく、分かりかけてきた。
「まあ、行くっきゃねえかもな」
裕太が覚悟を決めたように言うと、ほかのみんなも決意したようや。
まだ何人か、往生際悪く騒いどう連中もおるが。
「やだあ、あたし気味悪ーい」
「なにが出て来るかわかんないじゃん。こわいよー」
おたがいにしがみつきながらなさけない声を出しとんのは、佳奈ちゃんと明子ちゃんや。ふだん強そうにしとうやつほど、いざとなるとあかんなあ。
未央ちゃんと亜由美ちゃんの二人も、両側からちほちゃんにピッタリくっついて声もない。いや、声もないのはちほちゃんも同じらしい。おいおい、しっかりしてくれや。
案内人の二人に導かれ、みんなはビクつきながらも列を作って、洞窟の暗闇へと降りて行った。
4
洞窟ん中は、思ったほど暗くはない。あい変わらずボンヤリしとるが、それでも歩くのに不自由しない程度には見えるのが不思議や。足元は荒いし、通路は狭いし、その点の注意は必要やけど。
クラスの連中は、だいたい二列になって、細い斜面を降りて行く。
案内の二人に続いて、まず章久とジェイムス、そしてきーちゃん。こいつら、やっぱり恐いもん知らずやな。そのきーちゃんの付き添い気取りでブランドが続き、その後を市役所が追う。
その次が、ちほ、未央、亜由美の、声もなくおびえる三人娘。そしてその後ろが、明子、佳奈子、美咲、絵梨の、騒がしく恐がる四人娘や。どうでもええけど、どうしてこいつらはこうも両極端なんやろう。
で、最後に裕太、福長、内山の三人男がしんがりをつとめ……、いや、遅れる内山を二人がかりでなんとか引っ張っとうだけや。
「裕太ちょっと待てよー。福ちゃんも。二人とも早すぎるよー」
「おめーがおせーんだろ。もうみんな行っちまったぞ」
「うっちゃんやっぱりもうちょいやせなきゃ」
「こんな道通るのがまちがってんだよ。はー死にそー」
「泣き言ばっか言うなよ。福ちゃんだって泣かずにかんばってんだぜ」
ほお、そう言やそうやな。図体デカいくせして教室じゃすぐにベソかく福長が、今日は全然泣かへんぞ。なんや、福長も意外としっかりしとるやないか。
そりゃそうと、かなり遅れとったこの三人やけど、なぜかみんなに追い付いた。先行メンバーが、どういうわけか立ち止まっとったからや。
どうしたんかと思ったら、はあ、こらあかんわ。この先洞窟は、急な斜面になって上に向かっとる。手掛かりも足掛かりもない、すべり台みたいなツルツルの斜面や。一気に駆け上がれるかどうか、きわどいとこやな。
「平気平気。下から見ると急に見えるけど、これくらいカルイって」
市役所が気楽に言いよる。いや、けどこいつは口だけやない。やる気やで。
「走るからちょっとそこ空けて。よーし。ちょい待った気合入れるから。…………。ウォァーッ」
おお、力入っとる。掛け声と共に、軽く駆け上がりよった。こういう障害に立ち向かう時、市役所ってほんま燃えんねんなあ。
逆に全然頼りないんがこいつ、ブランドや。
「ぼく、さっき足ひねっちゃったみたいでさ、右の足首がいたくて」
男やったら言い訳なんかせんと、黙って挑戦せえっちゅうねん。
なんとか半分以上は駆け上がったが、結局は斜面に張り付く格好でズルズル滑り落ちよった。四人娘がけたたましく笑いよる。
えー結果を報告すると、ジェイムス、裕太は楽々クリア。福長もクリアや。やっぱり今日は一味違うで。運動オンチの章久、そして言い訳のブランドも、何度かの挑戦でなんとかクリアした。
女子の方は、まあ運動神経バツグンがそろっとうし、案内の二人も含めてみんなオーケーやった。
さて、問題はこいつ、内山や。
ああ、あかん。そんな調子やったら、何度やってもあかんで。ああまたや。斜面の前で立ち止まったら、助走の意味ないやないかい。
上からみんなが手え伸ばしとうのに、それにすら届かへん。
「よし、下から押してやる」
おっと、市役所が滑り降りた。続いて裕太も。そして内山を下から支えよる。
上からは福長が腹ばいになって手を伸ばす。その福長をみんなが支えて、福長はさらに身を乗り出した。よし、これならなんとかなるやろう。あとは内山の努力次第や。
内山も今度こそはやる気やで。まずクツを脱いで投げ上げた。なるほど、はだしになった方が登りやすそうや。
「うー重いー。めりこみそうー」
「上、早く引っぱれー」
「手ぇもうちょい、もうちょい、とどいたっ」
「引っぱれーっ」
下からの後押しと上からの引き上げで、なんとか内山の巨体は斜面を越えた。
みんな、ようやった、ようやったで。これや、これこそクラスのあるべき姿や。
……けど、こいつらいつでもツメがあまいで。
「おいっ、おれたち置いて先行くなっ!」
せっかくみんなで協力したんやから、下でバテとう二人にも忘れず手を貸したれや……。
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