うちのクラスは十年保証 − 未来のために今を −
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5
さっき置いてきぼりを食った裕太が、まだ不機嫌な声でどなっとる。
「ったく、ざけんなよ。案内とか言っといて、また勝手にどっか消えやがって」
そうや、あの二人、アイとリカと名乗った案内人もまた、洞窟を抜けた時には姿が見えなくなっとった。最初のカナちゃん同様に。
しかも、洞窟から出た場所は、入り口のすぐ近くやったんや。あんだけ苦労したすえ元の場所に戻ったとなりゃ、そりゃアタマにもくるやろう。
「でも洞窟だってけっこう楽しかったよね」
歩き始めながら、気楽に言うのは実咲ちゃんや。となりで絵梨ちゃんもうなずいとる。
「ちょっとした冒険気分だったしね」
「きっとまた、次の案内の子が出て来るよ」
「それでまた、こわい道とか通るのかなあ」
あきれた連中や。こんな状況を楽しんどるで。さっきまで洞窟ん中でキャーキャー言っとったんは、どこの誰や。
「キャッ」
ほらまた始まった。でも今度はいったいなんや? 悲鳴を上げた絵梨ちゃんの方を見ると、そこには見知らぬ男の子がおる。
「ビックリしたぁ。急に後ろにいるんだもん」
「だって、上だったら重いと思って」
いきなり妙な事言うとるけど、どうやら次の案内人らしいな。丸顔の、小柄な男の子や。
「えーと、冒険気分を楽しめる、ようこそジャングルコースへ」
ほう、洞窟の次は、密林ってわけやな。
「魅惑の木々が、さそう道」
……何を言うとるんやこいつは。
なんやえたいの知れん案内人やけど、大丈夫やろうなあ。けど進むしかないやろう。みんなはまた歩き始めた。
「森の暗さって、なんか洞窟よりも気味悪いね」
と絵梨ちゃん。さっきまで、恐い道を期待しとったんとちゃうんかいや。
「そんな事言わずに、ほら元気に行きましょうよ」
こいつ、ある意味、緊張感をやわらげるにはええ案内人かもしれへんな。
それはそうと、まだ腹の虫がおさまらんらしい裕太が、しきりにいろいろたずねとる。
「なんでおまえらって、いつもすぐに消えるわけ?」
「それは、すわってると足がしびれてきて、そしたらついとびはねるみたいなもんかな」
「……それより、おまえらの目的はなんなんだ? おれたちを先に進ませて、なんのトクがあるんだよ」
「来年の、三年後のみんながいれば、あー、あの時素直になってたらなあって考えるから」
「わかんねー事ばかり言うやつだな」
「友情の光をね、今のうちにワーッて明るくしておかないと」
「…………」
ほんまわけのわからんやつやけど、言いたい事は分かるで。俺の考えた通り、これはクラスの結束を強めるための試練なんや。間違いない。
「それよりも、ぼくたちがここに来た理由とかを聞いたほうがいいんじゃない?」
裕太の横で話を聞いていた、ジェイムスの提案や。裕太はそうだなとうなずきかけ……、たが首を振った。
「どうせわかんねー事言うだけじゃん。それよりも、まずおれたちだけで原因考えてみようぜ」
「うん。ぼく一つ考えてたんだけど、きのうの席替えが関係ないかな」
「席替えが?」
「そう。こんな事件を起こしそうな原因っていったら、きのうの席替えくらいしかないんじゃない?」
この話題に、章久までが入ってきよった。
「そうだ! 席替えでみんなのすわる場所が変わって、教室のエネルギーの流れに変化が起きたんだ!」
裕太は反論せえへん。信じられんからって頭ごなしに否定すんのはやめて、自分なりに冷静に考えとうようやな。
そして俺もまた、あの瞬間の出来事を、冷静に思い返してみた。
ひょっとすると、この事件のきっかけは、俺が引き起こしたもんかもしれへん……。
6
あれは、今朝の始業ベルが鳴った直後の事や。俺は出席簿を抱え、教室に向かって廊下を歩いとった。
ふと見ると、教室のドアの上に、誰かが黒板消しを仕掛けよる。アホやなあ。直角に曲がった廊下の手前から、裏の窓越しにまる見えやというのに。
けどまあ、知らんふりして引っかかってやるんも、おもろいかもしれへんな。俺は曲がり角の手前で、準備が整うのをしばらく待ってみた。
それにしても、手際の悪いやっちゃなあ。黒板消しは、はさんでは落ちはさんでは落ち、いつまでたってもセッティングが終わらへん。
しびれをきらした俺は、あいつらの裏をかいて、教室の後ろから入ってやろうと考えた。イタズラに対しては、こっちもイタズラ心で勝負や。
そして後ろのドアに手をかけ、勢いよく引き開けたその瞬間やった。吸い込まれるような、吹き上げられるような感覚の中で、意識が薄らいでいったんは……。
こんな思いがけない事件を引き起こす原因というなら、俺が後ろのドアを開けた事こそやないやろか。教室の後ろから入ろうなんて、今まで考えた事もなかったからな。
けど、生徒のみんなはまだそれに気付かへん。そうやろな、だいたい俺の事すら忘れとうくらいやから。
「たしかに、あの席替えが原因って、ありうるかもよ」
いつの間にか、女子連中までがこの話に加わっとる。あのお騒がせ四人組が。
「なにしろ悲劇の席替えだったし」
「そうそう、あのあと二人も泣いちゃったんだもんね」
「うん。亜由美ちゃんが遠くへ行って、福長くんにはつらかったよねえ」
実咲ちゃんのこの一言に、福長がすぐベソかきよる。今日は強いなと感心しとったのに、なんでそんな事でまたすぐ泣くねん。
「それで、そのあと明子ちゃんも泣いちゃったじゃん。ねえ、内山くんの近くに行けなかったの、本気でそんなに悲しかったの?」
佳奈ちゃん、興味しんしんやな。
「だってー、やっぱりねー」
「でもそれだったらあたしだって、ブランドくんから遠くなったの悲しいよ」
そんな事自分からおおっぴらに言うなや、実咲ちゃん。
「だよねー、前に実咲ちゃん言ってたもんねー。あたしブランドくんの後ろの席でしあわせーって」
「もう。それなら佳奈ちゃんだって、今度の席替えにかけてたじゃない。けっきょく希望はやぶれちゃったけど」
「そんな事ないよ、勝負はこれからよ」
こいつら、いっつもこんな話ばっかりや。あきれたように、裕太は一人早足で先に行ってまいよった。
けどああして女嫌いを気取っとうけど、裕太やって関心ないはずはないと思うで。ただ、そのうち話題が自分に向くかもしれへんのが、きっと恐いんやろう。
そういうの、俺にもなんかよう分かるわ。ほかの事では泣かへん福長が、教室ではすぐに涙ぐんでしまうんも、やっぱり亜由美ちゃんに対する恥ずかしさが理由やろうし。
男のこういう繊細さ、うちのクラスの女どもは、ちっとも分かってくれへんねんなあ……。
いや、あいつらやってほんまのところ、てれくさいのは同じなんやないやろか。たとえばさっきの洞窟では、不安をまぎらわすために騒いどったやないか。
なるほど、一緒んなってはしゃいでみせる事が、たぶんあいつらなりのてれ隠しであり、また強がりでもあるんやろうな。
おっ、なんや、裕太が慌てて戻って来よった。
「あいつどうした? あいつは?」
「あいつって、あの案内の男の子?」
「そういえばいつの間にかいないね」
「チェッ、ちょっと目ぇはなしたすきに、また消えやがった」
くやしがる裕太とは対照的に、四人組はまたいたってのんきや。
「うっかりしてたね。名前も聞いてなかったじゃん」
「そうだね。せっかく出てきた男の子だったのに」
「でもいいや。どうせあたしのタイプじゃなかったし」
「うん。次に期待しよ」
……おまえら、結局は頭ん中そればっかりかいや。
7
残念やったな、佳奈ちゃんに実咲ちゃん。次の案内人もまた、女の子や。
水色の服がよく似合う、髪の長い、なかなかきれいな子やな。しかもきれいといっても冷たい感じやなくて、おだやかな目元にほほの線もやわらかな、優しくて品のいい雰囲気の女の子や。
なんや、こんな子がもしうちのクラスにおったら、思いきりひいきしてしまいそうやなあ。
女の子ははにかむように小さな声で、あやか、とだけ名乗ると、そのまま静かに歩き出した。みんなついて来ると、素直に信じとるように。
もちろん、ブランドなんかは無条件について行きよる。けどその進む先は、またしても洞窟やぞ。しかも今度は、氷の洞窟や。
裕太が慌てたような声を上げた。
「ちょっと待てよ、どこに連れてく気だよ。そんな危険そうなとこに、なんでわざわざ入んなきゃなんねーんだよ」
水色の服の女の子は、氷の洞窟の入り口で立ち止まると振り向いた。そして訴えかけるような、すがるような目で裕太を見よる。あかん、あんな目で見られたら、俺ならすぐになびいてしまいそうやわ。
さすがの裕太も、目をそらしよる。声の調子もトーンダウンや。
「そ、それによ、どうせ入っても、また同じとこに出て来るだけじゃねえの? だったら行くだけムダじゃん」
「そんな事わかんないよ、行ってみないと」
ブランドの意見や。自分の考えで言っとるんか、あの子の弁護で言っとるんか……、まあ間違いなく後者やろう。
「じゃあおまえだけ中入れよ。おれはこのまま外の道行くから」
「えー、やめたほうがいいんじゃない。この子の案内の通りに行かなきゃ、あぶないと思うけど」
「それこそわかんねーじゃねーか、行ってみなきゃよ」
「…………」
ブランドを始め、ほかのみんなも黙り込んでもうた。きっと、案内の真意に不安を感じ始めとるんやろう。
「しょうがねえな、二手にわかれようや」
「そんな……」
アホッ、なんて事言い出すねん! クラスが一つにまとまらなならん大事な時に。
「だってしょーがねーだろ、おまえに無理やり行くなとは言えねーし、おれだって無理やり引き込まれたくねーし」
裕太の言い分、確かに一理あるかもしれん。個人の意思も尊重せえってわけか。いくら協調が大事や言うても、それ以前に自己をしっかり持っとかな、周りに流される人間になるだけやしな。
結局、一つにまとまるどころか、別行動する事で話がまとまってもうた。
洞窟組は、ブランドに市役所、佳奈子に明子に実咲に絵梨の四人組と、そしてジェイムスときーちゃんも加わった。
一方地上組は、裕太に内山に福長のトリオを始め、ちほに未央に亜由美のトリオも、迷ったすえに同行を決めた。
章久は、最初は洞窟に行く気でいたようやけど、
「そっちは人数多いし、きーちゃんに章久と二人もそろったら大変やから、こっちいっしょに行こ」
ちほちゃんにそう言われ、たよりない調子でついて来よる。
途端に裕太と内山のブーイングや。あーあ、章久のやつ、すねて座り込んでもうたで。
「わぁったよ、そうふてくされんなよ。いっしょに行こーぜ」
けど裕太の言葉に、なんや章久、もう機嫌直したんかいや。てれたように笑いながら、勢いよく立ち上がった。きっと、ほかでもない苦手な裕太の言葉やから、特別嬉しかったんやろう。
裕太に章久、対照的な性格で衝突する事も多いけど、意外とこういうやつらこそ、時が経てばええ関係を築くもんかもしれへんな。
けど、今はそう悠長にかまえとる場合やないのや。将来の事よりまず、未来のためにもまず、分裂しかけとうクラスの協調を、今のうちになんとかせなならんのや。
ああ、今の俺には、こうしてただ見守るだけしか出来へんとは……。
あやかと名乗ったあの子はまだ、訴えかけるような目で見とうけど、裕太はあえて気付かぬそぶりで、なんも言わんと歩き出した。
こいつらの方が心配や。洞窟組はしばらくあの子の案内にまかせて、俺はこっちについてくとしよう。
洞窟を離れるすぐ、道は徐々に登り坂になった。
待てよ、これまで通った二つの洞窟、密林、そしてこの登り坂……。そうか、そうやったんか、なんで今まで気付かへんかったんや。
この道は、夏にクラスみんなで行った、あのハイキングのコースやないか。
そうか、そういう事やったんか。ようやく俺にも分かったで。
今みんなが目指しとうのは、クラスみんなの木や。夏のハイキングの日に植えた、そう、あの記念樹やったんや!
8
それにしても、不幸中のさいわいやったかもしれへんな。こういう組み合わせで二手に別れたっちゅうんは。
向こうには学級委員の実咲ちゃんがおるし、こっちにやってアネゴのちほちゃんがおる。それに気の合うもん同士でまとまっとうから、たいしたもめ事も起こらへんやろう。
いくらクラスがバラバラやゆうても、そら数人ずつ気の合うグループくらいはあるで。
そう、こいつらがやっぱりそうなんや。裕太を中心に内山と福長がいつも集まっとうし、同じくちほちゃんを中心に未央ちゃんと亜由美ちゃんがいつも一緒やし。
そしてこの三人組同士が、けっこう仲がええらしいのや。女嫌いの裕太も、静かな未央ちゃんと亜由美ちゃんにはそう反発せえへんし、あこがれの亜由美ちゃんを意識するとすぐ泣いてまう福長も、こうしてグループ同士なら気楽なようやし。
逆に女の子の側からしても、このトリオは気楽に付き合える相手なんやろうなあ。
けど、それがかえって、恋の対象にはなりにくいんかもしれへんけど。
そういや、前から不思議やったんや。内山や福長はともかく、なんで裕太みたいなやつが、ちっともモテへんのやろうって。
まあ、これから先どうなっていくかは、分からへんけどな。ほら見てみい、未央ちゃんや亜由美ちゃんの、裕太に対するあの信頼のまなざしを。
「でも裕太があの洞窟ん中に入らんって言い出したおかげで、おれ助かったよ」
内山までが、そんな事を言いよる。
「またさっきみたいなあんな坂登るはめになったら、どうしようかと思った」
「べつに体力テストじゃねぇんだし、ひとの手借りて登ったっていいじゃん」
「それがつらいって言ってんだよ。おまえわかってないなあ。まわりにメーワクかけるのって、すごいイヤなもんだぞ。せめて笑いでもとらなきゃ、やってらんないよ」
ほう、内山も内山なりに、そんな事を気にしとったんか。
けどな、こっちからも言わせてもらうと、ダメなやつに手ぇ貸すってのも、それはそれで嬉しいもんなんやで。結局はみんな、時に助けたりまた時には助けられたりで、おたがいさまや。それがクラスメイトってもんやないか。
「それより、なんか変なんだよな。これだけ歩いてんのにおれ、つかれもしないし、ハラもへらないんだ」
内山が言うと、それにすぐ章久が反応した。
「わかった。それはきっと、時間の流れがおそいせいだ。つまり、この世界はおそらく、光の速度に近い速さで移動していて……」
「また始まった」
こら裕太、また始まったはないやろ。章久も章久なりに、真剣にこの謎に取り組もうとしとんのやから。
「それよりさ、さっき言ってた席替えが原因かもしれへんって話、考えてみいへん?」
ちほちゃんが助け舟を出した。おーお、章久のやつ、ますます張り切り出しよったで。
「よしっ、まず図に書いて考えてみよう」
章久は、ちょうど目の前に現れた短いトンネルを駆け抜けてった。そしてしゃがみ込むと、地面に教室の席順を書き込みよる。
ほかのみんなもトンネルをくぐって追い付くと、章久を囲んでその手元をのぞき込んだ。
席替え前 席替え後
ユウタ アキヒサ かなこ アキヒサ ブランド ユウタ
ブランド きえ あきこ シヤクショ フクナガ あきこ
みさき あゆみ フクナガ ウチヤマ えり きえ
えり みお ジェイムス かなこ みさき ジェイムス
シヤクショ ちほ ウチヤマ あゆみ ちほ みお
「こうして見ると、ほんま悲劇の席替えやったんやねえ」
「うん。福長くん、亜由美ちゃんから遠くはなれてさびしいよね」
ちほちゃんに続いて未央ちゃんにそう言われると、福長のやつ、また泣き始めよる。感受性の問題なんやろうけど、ええかげんこらえてみせろや。亜由美ちゃん、笑っとうぞ。
「あと、ブランドもきーちゃんと離れて、しかも佳奈ちゃんや実咲ちゃんからも遠いし」
「それから市役所にとっても悲劇だぜ。あいつちほちゃんの事好きなんだから」
「もう、よけいな事言わんでええのに」
ほんまや、裕太もひとの事となると言うねんな。おまけに内山までが入って来よった。
「いや、最近は市役所、きーちゃんの事気にしてるみたいだけどな」
それは初耳や。ほーう、わがクラスは恋の花ざかりやないか。
なんとなく、安心したで。このクラス、まだすっかりバラバラなわけやないと分かって。
裕太と内山は、章久の書いた席順の上に、熱心に恋愛相関図を書き込みよる。
こいつらは、このままほっといても平気なようやな。ちょっと洞窟の方を見に行こか。
「そうだよ、絵梨ちゃんもがんばってよー。まあライバルはあらわれないだろうけど、とにかく相手が相手だし、絵梨ちゃんの方から積極的にアタックしなきゃ」
……なんや、こっちもやっぱりこんな話か。
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