遠足おべんと同好会 − 三原色プリズム 4 −
「ねえ、清水くんもさそおうか?」
サッチの突然の提案に、あたしはビックリした。
「な、な、なんで清水くんまでさそわなきゃならないのよ」
「だって、わたしたち三人だけじゃなくって、もっと大勢いたほうが楽しいじゃない。それに、フフ、やっぱり男の子もいたほうがねえ」
「サッチったら……」
ほんと、この人にはかなわないわ。もっとも、うかれてるのはサッチばかりじゃないけれど。
もう遠足は来週だ。そのせいで、最近クラス内のあちこちで小さな約束がとりかわされている。遠足の日、いっしょにおべんと食べようねっていう約束が。そんなどうでもいい事に、どうしてみんなうかれてるんだろう。とか言って、あたしもサッチやニッチとは約束したんだけどね。
でもだからって、男子なんかと……、まして清水くんなんかと……。
「言っとくけど、あたしは男子とおべんと食べるなんて、ぜんぜん興味ないの」
「ふうん、テラッチったら、あいかわらずクールねえ」
「ええ、そうよ」
「でも興味ないっていうんなら、べつにさそってもかまわないわけよねえ」
「え、ええ、まあ……」
「じゃあ決めた、やっぱりさそっちゃおうっと!」
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って、待ってってば」
いたずらっぽく笑いながらかけ出そうとするサッチを、あたしはあわてて引き止めた。
「ほーら、やっぱり気にしてる」
「もう、サッチのイジワル。でもほんとに、清水くんだけはダメ、ぜったいダメ」
「どうして清水くんの事、そんなにさけるの?」
「どうしてって、あたしあの人の事で、ほんとはずかしい思いをしたんだからね」
「ああ、あの事? 忘れなさいよ、もう先週の事じゃない」
「忘れられるわけないでしょ。まだ先週の事なんだから」
そう、まだ先週、あれはつい先週の事よ。
──先週、クラスでこんな事件があった。
『なあキヨ、おまえってほんとみどりが好きだなあ』
村井の突然の大声に、あたしは体がはじけるほどおどろいた。いきなり名前をよばれれば、だれだっておどろくでしょうけど、しかもキヨが、清水くんがあたしの事を……。
でも、事情はすぐにのみこめた。ふり返ってみると、清水くんは社会科の白地図を机に広げている。そして緑の色えんぴつをにぎって、あたしの事をキョトンと見ている。
なんだ、みどりというのはあたしの事じゃなくて、色えんぴつの緑色……。あたしは顔が熱くなった。自分のカンちがいがはずかしくて。そして、あたしの早とちりを清水くんに知られたかもしれない事が、もうたまらなくはずかしくて……。
「あんな事、気にしたほうが負けよ。からかわれないためには、平然としていればいいのよ」
サッチがなぐさめるように言ってくれる。うん。わかってる。だから、あたしのあわてぶりをからかう村井や犬山なんかの事は、テッテイ的に無視してる。だけど清水くんに対しては、あれ以来なんだか息がつまるような感じで、目が合わないように顔をそむけているのが、せいいっぱいだ。
「自然にふるまったほうがいいっていうのはわかるよ。でもね、みんなの前であんな大ハジかいた事って、あたし今までなかったし、自然になんてできないよ」
「そう、そうかもね。無理にさそったりするほうが、今のテラッチには不自然な事なのよね。ごめんね強引にすすめたりして」
「ううん、わかってくれたらいいの。だからサッチ、もうだれもさそったりしないで、ニッチとあたしたち三人だけでおべんと食べようね」
「三人だけねえ……。うーん、やっぱり、長谷川くんくらいはさそってみない?」
……もう、サッチったらけっきょくこれなんだから。
2 さそってもさそっても
そのあとニッチにもたずねてみたら、
「ムーくんくらいはさそってみても……」
だって。もう、二人そろってこれだもん。
わかったわ。それなら希望をかなえてあげようじゃない。長谷川と村井を、あたしがさそっておいてあげようじゃないの。……清水くんをさそうよりは、簡単だしね。
あたしはまず、長谷川からさそってみる事にした。
「長谷川、ちょっと」
声をかけたら、長谷川といっしょにいたもう一人の男子がふり向いた。ウエェ、あのうるさい犬山じゃないの。やだなあ、あいつの前で長谷川をさそったりしたら、またなんか言われそう。
だけどそうそう、こういうやつの前でこそ、平然としているべきなんだよね。あたしは犬山を気にするでもなく無視するでもなく、自然な態度で長谷川に向き合った。
「ねえ長谷川、遠足の時の事なんだけど、あたしたちといっしょにおべんと食べない?」
「ああ? おれが?」
「そう。今度あたしたち『遠足おべんと同好会』ってのを結成して、おたがいおかずをとりかえっこしようって約束してんの。だけど女子だけだと、おかずなんかどうしても同じようなのばかりそろうでしょ。だから男子にも加わってもらって、おかずのバリエーションを広げたいと思うんだけど」
「へえ、おもしろそうじゃん」
あたしのとっさの理由付けは、かなり説得力あったみたい。最初はけげんな顔をしていた長谷川も、感心したようにうなずいてる。
ところがまずい事に、横で聞いてた犬山までが興味を持っちゃったみたい。
「おれたまご焼きが好きなんだ」
「だれもそんな事聞いてない。だいたいね、なんであんたまで話に入ってくんのよ」
「なんだよ、おれはのけものかよ」
「あたりまえでしょ。あんたなんか仲間に入れたら……」
……あとで清水くんをさそえないじゃない。
「くいしんぼのあんたがいたら、みんなのおかずがなくなっちゃうでしょ」
「ふざけんなよ。チェッ、おもしろくねえ」
こうしてなんとか犬山をおっぱらって、うまくいったと思ったのに……、
「犬山を仲間に入れないんなら、おれもやめとく。たまご焼き持ってってあいつと食うよ。じゃあな」
ああどうしよう。長谷川まで行っちゃった。もしかして、サッチ怒るかなあ。
気を取り直して、今度は村井をさそいに行った。
「ねえ村井、今度あたしたち(中略)というわけで、あんたもさそおうと思って」
「へえ、おもしろそうだなあ。だけど……」
のり気な顔を見せた村井だけど、なぜだかすぐに目をふせた。
「おれ……、ちょっと、ほかからもさそわれてるもんだから……」
「ええー、じゃあどうすんの? まさかそっちへ行く気?」
「うーん、どうしようか……。とにかくさ、遠足の日までに決めるから、考えさせてくれよ」
「それじゃ困る。今はっきり決めてくれないと」
「なんでだよ」
「なんでって……、それは……」
村井が仲間になってからじゃないと、清水くんをさそいにくいじゃない……。
「とにかく、今すぐはっきり決めてよね」
アセッていたせいで、あたしはいつにもまして強引につめよった。それが失敗だったみたい。
「わかったよ、そんな事言うんなら、先にさそってきたほうが優先だ」
そう言って、村井も行ってしまった。しまったなあ、もしかしてニッチ、泣いちゃうかもしれない。
3 約束の真意は
はぁ、まったくどうしてこんな結果になっちゃったんだろう……。
あたしだって、時には後悔する事もある。一人でベランダの手すりにもたれながら、あたしはぼんやり空をながめていた。
すき通った糸くずが、ゆらゆらゆれながらしずんで行くのが見える。あたしはますますおちこんでゆく。
ほんとうに、ニッチやサッチに悪い事しちゃったなあ。あの子たち本人がさそっていれば、うまくいってたかもしれないのに。それをあたしがでしゃばったばっかりに……。
しかも二人のためを思ってならまだよかったけど、あたしの行動はあたし自身の願望をかなえるための、身勝手以外のなんでもなかった……。
「どうしたのテラッチ、なに一人でしみじみやってるの?」
明るい声とともにサッチがあらわれた。はぁ。こっちはしみじみどころか、もうじめじめよ。
「なにやってるの二人で。え? しみじみ? ふうん。うちも仲間に入れて」
ニッチもむじゃきに言いながら、あたしのとなりに来た。二人とも、ほんとにしみじみとのん気なんだから……。あたしはじめじめ気分のまま、長谷川と村井をさそえなかった事を二人にあやまった。
「そう、残念ね。でもテラッチがそんなにおちこむ事ないじゃない。ねえニッチ」
「うん。ガッカリだけど、しょうがないよ」
「でも……、あたしが勝手な事をしたせいだし……」
「そんなの運が良いか悪いかだけで、だれのせいでもないでしょ。それとも、わたしがまた怒るとでも思った?」
そう言って顔をのぞきこむサッチに、あたしはあわてて首をふった。そんなおおげさな反応に、かえって心配を見すかされちゃったみたい。サッチは声を立てて笑い出した。
「ほらやっぱりこわがってる」
「あ、わかっちゃった? でもほんとごめんね」
あたしはようやく、ほぐれた明るい気分であやまる事ができた。ニッチもサッチも、じめじめしないからほんとよかった。
「遠足なんて来週の話じゃない。まだどうなるかなんてわかんないわよ。だから気楽に待っていようよ。ね」
「うん。そうだね」
「でも、うちはなんとなく心配。やっぱりちゃんと約束しておかないと」
「もう、ニッチったら、ほら、気楽に気楽に」
「フフ、自信を持てない人って、気の毒なものね」
不意に後ろで皮肉な声がした。ふり返ってみると、花岡さん! な、なんであの人が、あたしたちの話に入ってくるのよ。
「約束でしばっておかないと安心できないなんて、友情に自信のない証拠よ。それって、みじめなものだと思わない?」
「なによ、あたしたちにケチつける気?」
「わたしはべつに、あなたたちの事だけを言ってるわけじゃないわ。クラスのさわぎぶりを見てみなさいよ。前もって約束しておかないと心配だなんて、けっきょくはおたがい信頼できてないわけじゃない」
「…………」
たしかにそれは、あたしも思う。この人の意見にうなずくのは、ちょっとクヤシイけど。
「親友同士なんていっても、しょせんはそのていどなのよ。一人でいるほうが、どんなに気楽かしらね」
「ねえ花岡さん、よかったら、あたしたちといっしょにおべんと食べない?」
あたしは自分でもわけがわからないまま、どういうわけか花岡さんをさそっていた。
「ふ、ふざけないでっ。わたしは一人でも平気なんだから。同情なんて失礼よ」
さけびながら、花岡さんは走って行ってしまった。
あれって、怒ったのかな。それともおどろいたのかな。まあ無理もないね。あたしだって、自分の言葉に自分でおどろいているんだから。
4 意を決して……
約束って、いったいなんだろう。今クラス中に広がっている、あの奇妙に熱心な約束には、いったいなんの意味があるんだろう。
花岡さんの言う通り、友達同士のつながりに自信が持てないせいなんだろうか。自分が孤立してしまうかもしれない事が、みんな不安でしょうがないんだろうか。
「ああ言われると、ちょっと耳が痛いよね」
サッチがそう言い、ニッチもうなずいた。でもそうなると、あたしは反論せずにはいられない。
「べつに気にする事ないよ。どうせあの人、ただひがんでるだけなんだから。だって、楽しみな事を待ちきれなくて早くから準備するなんて、ごくあたりまえの事じゃない」
「そうよね、やっぱり楽しい事はだれにとっても楽しみよね」
サッチったら単純なんだから。でもよかった、あたしに同意してくれて。
「給食とちがって、みんながそれぞれちがったおべんとうを持ってくるわけでしょ。それをまた、教室での班とはちがったメンバーといっしょに食べるっていうのが、新鮮な気分で楽しいのよねえ」
サッチにつづいて、ニッチもうなずきながら言う。
「そうそう、遠足の自由時間くらいは、本当のなかよし同士で集まりたい」
うんうん、あたしもうなずいた。
じつを言うと、花岡さんの言葉は、あたしにもかなりキツかったんだ。相手とのつながりに自信がないから約束でしばるんだというあの人の指摘は、清水くんをさそおうとしたあたしの行動に、そのままあてはまるのだから。
もしかしたら花岡さん、あたしが面と向かって清水くんをさそう勇気がなくて、回りくどく長谷川や村井をさそった事さえ、見ぬいていたのかも知れない。
ほんとうは、あたしの方こそあの人をひがんでいた。自分は一人でも平気だと言いきった、花岡さんの事を。
……さて、これからどうしようか。あたしは二人にたずねた。
「サッチ、どうする? もう一回、サッチの方から長谷川をさそってみる?」
「ううん、やめとく。その時になって自然に集まるのが、ともだちってものでしょう。それにほら、長谷川くんみたいな人って、強引な事したらかえって反発するじゃない」
うーん、たしかにそうだったかも。あらためて反省。
「じゃあ、ニッチはどうする? やっぱり当日まで待つ?」
「うちは……、もう一回だけさそってみようかな」
「ええ? 花岡さんにあんなふうに言われたのに?」
「だって、ただ待ってるだけなんていやだから」
「……そっか。うん、がんばって」
やっぱり強いな、ニッチって。
「ところでテラッチはどうするの? やっぱり信じて待つ? それとも、意を決してさそってみる?」
「あたしは……、あたしもやっぱり、行動を起こした方がいいのかな……。ただし、まず方法をよく考えて、それからね。思いつきで行動すると、また失敗しそうだから、あたしの場合」
あたしはニガ笑い。サッチも笑った。けど、ニッチだけは真顔になってこう言った。
「あれ? テラッチもだれかをさそうつもりなの?」
「もう、そんな事、面と向かって聞かないでよー」
「ねえ、だれなの? 意を決してさそうって、いったいだれを?」
「そんなつもりじゃぜんぜんなくって……」
「あ、まさかとは思うけど、ひょっとして……」
「だからそれは……」
「あの花岡さんをさそうつもりなのね」
「ちがーうっ! なんであたしがあんな人に意を決するのよっ!」
5 にわか仕立ての仲間の中で
そして今日は遠足当日。あたしはいろいろ考えをめぐらせるばかりで、まだ「意を決する」事はできないでいる。
ニッチのほうはがんばったみたいだけど、それでも村井はいい返事をしなかったらしい。ホント、あのバカ。ほかのだれにさそわれようが、ニッチを優先すべきじゃないの。……べつにあたしがムキになる事じゃないけど。
博物館に着いて、さてここからは、班ごとに分かれての行動だ。それぞれに決められたテーマがあって、それを調べて回らなきゃならない。
あたしはその班の中で、この遠足の間だけ班長という事になった。あたしとしては、そんな場合じゃないのになあ。しかもその理由が、またバカげてるの。「集合!」とか号令をかける時、女子の声のほうがよく通るからだって。ほんっとくだらない。
この「班」っていうグループにも、いったいなんの意味があるんだろう。クラス内で一方的に決められた、しょせんはにわか仕立てのグループじゃない。
でもとにかく、今は班長の仕事をしないとね。にわか仕立ての班長のあたしは、期待通りの大声で号令をかけた。
「三班集合! 『湖のなりたち』班集まって!」
けれど点呼をかけると、一人たりなかった。いないのは犬山だ。トイレかと思ってしばらく待ってみたけど、あらわれない。まったく、どこいったんだろう、あのバカ。あと五分で広場に集合して、そしておべんとうだというのに。
「あいつがどこ行ったか、だれか知らない?」
「四百万年前には、たしかにいたけど」
「え?」
「でも五万年前には、もういなくなってた」
「はあ」
……あいつはマンモスか。
とにかく、この展示室を見学している途中で、消えてしまった事はたしかね。あたしは班のみんなに提案した。
「まずあたしたちだけでさがしてみよう。あと三分くらいあるから手分けしてさがして、もう一度ここに集合。それでみつからなかったら、先生に報告するしかないけど。いい?」
となりの展示室へ走りながら、あたしは思った。これはひょっとしたら、事件かもしれない。犬山行方不明事件。ああ、こんな時こそアオイとアカネがいてくれたら……。でも、プリズムメンバーのあの二人は別の班。今はあたし一人でがんばるしかないんだ。
「湖と人のくらし」展示室、「湖の生き物」展示室、どこにもあいつはいない。それに、ほかの班のみんなはもう、広場へ行ってしまったらしい。あたしはいよいよあせって、階段をかけ降りた。
売店にも、自販機コーナーにも、やっぱり見あたらない。もういちど、二階をすみずみさがしてみよう。
階段の途中で、同じ班の楠田さんに会った。
「あ、寺内さん、まだ見つかんない?」
「うん。もう一度上をさがしてみようと思って」
「じゃあわたしは下の図書室を見てみる」
「そっか、見落としてた。おねがいね」
「まかせといて」
「でも図書室なんて、あいつにかぎってまさかとは思うけどね」
「まったくねえ」
そっか。ほんとに見落としてたな。アオイやアカネがいなくても、あたしは一人なんかじゃなかった。仲間はちゃんと近くにいたんだ。いざとなれば、こうして班のみんながちゃんと力になってくれるんじゃない。
「見つかった? 寺内さん」
「ううん、まだ。今楠田さんが図書室のほうをさがしてる。山田さんもそっちを手伝ってあげて」
「オーケー」
たとえにわか仕立てのグループだとしても、何か共通の目的さえあれば、一つになれるものなんだ。そう気づかせてくれた、あの人さわがせな犬山に、むしろお礼を言うべきかもね。
6 班長として
あ、ついに発見。犬山ったら、あんなところにかくれてた。エレベーターホールの柱に向かって、両手をついてじっと立ってる。あたしはアタマにくるより先に、まずホッと安心した。
「なにやってんのよ、こんなとこで。とっくに集合時間すぎてるっていうのに。あたしの号令聞こえなかった?」
「ああ寺内、いいとこに来てくれた。助けてくれよー」
犬山がなさけない声を出すものだから、あたしはますます怒る気をそがれた。
「助けるって、いったいどうしたのよ」
「おまえセロテープかなんか持ってる? ……わけねえよなあ。いやじつはさ、おれトイレ行くのにティッシュ出そうとしてな、ここの柱にもたれかかったら、ほら見ろよ、ポスターがやぶけちまったんだ」
犬山がうでの力をぬくと、企画展示を案内するポスターがずり落ちた。犬山はまたあわててうでをつっぱりポスターを押さえる。ああ、それでずうっと柱を相手にすもうをとってたってわけ。バカみたいで笑っちゃうけど、でもなんだかちょっとかわいそう。
「これくらいの事そんなに怒られないだろうし、係の人さがしてあやまっちゃえば?」
「そんなまだるっこしい事してらんねえよ。一秒でも早くかたづけたいんだ」
まあね、それはあたしも同感。だったら方法はただ一つ……。
「ねえ、ひょっとしておやつにガムとか持ってきた?」
「あ? ああ」
「よかった。それちょっともらうね」
あたしは犬山のリュックに手をつっこんだ。
「おい、なにやってんだよ。そんな場合かよ」
「だまってあたしにまかせなさいって。一秒でも早くかたづけたいんでしょ」
あたしはリュックの中からガムをさぐり出した。犬山は柱にへばりついて動くに動けないまま、顔だけふり向けて不安そうにあたしを見ている。
「おやつはおれの一番の楽しみだってのに……」
「もう、ほんとくいしんぼだねえ。だったらあとでおかえしするから」
悪いね、でもあんたを助けるためなんだよ。あたしはガムを口にほうりこんだ。
しばらくかんでやわらかくなったガムを、あたしはポスターのうらがわにくっつけた。それをそのままかべに押し付ければ……、ほら、ちゃんとくっついた。ちょっと見ただけでは、ほとんど元通りでしょ。かべから手を放してふり返った犬山は、びっくりした顔をしてる。
「寺内、おまえってほんとすげえな。ガムでくっつけるなんて、おれ、考えもしなかった」
「こんなのただの思いつきよ」
「それがすげえんだよ。やっぱ、寺内を遠足班長にしたのは正解だったよな」
「え?」
「遠足みたいにな、いつもとちがう事する時には、こういうとっさの機転のきくやつが必要なんだ」
「…………」
もう、てれるような事言わないでよ。
「それよりほら、もう時間なんだから、急いでよね」
「はいはい、班長さんよ。あ、悪りい、おれまずトイレな」
「まったく……。それよりあとで班のみんなにあやまっときなさいよ。あんたの事みんなでさがし回ったんだから」
「ああ、あんがとよ」
ううん、こっちこそ、ガムをわけてくれてありがと。
7 おべんと同好会大集合
さて、ようやく待ちに待ったおべんとうの時間だ。あたしとニッチとサッチの三人は、約束通りに集まっておべんとうを広げた。なのにどういうわけだろう。このなんともいえないものたりなさは。
「そういうわけで、さっき犬山にはガムのおかえしをするって言っといたから、たぶんそのうち来ると思うよ。長谷川もつれてね」
あたしはサッチをはげますようにそう言った。けれどほんとうは、なぐさめが必要なのはあたし自身のほうかもしれない。やっぱり、意を決してさそうべきだったのかな。清水くんを。
不意に後ろでわざとらしいせきばらいがした。ほら来たね、あの連中。そう思ってふり向くと、そこにいたのは長谷川でも犬山でもなく、村井だった。
「な、なによ。なんであんたがここにいるのよ」
だれであろうと仲間に入ってくれるならうれしいのに、あたしはついついとがった声を出していた。
「たしかよそからさそわれてるからって、あたしたちのさそいをことわったんじゃなかったっけ?」
「逃げて、じゃない、向こうの相手はことわってきた。べつにどうでもいいだろ、そんな事」
言いながら村井は、あたりまえのようにニッチのとなりにすわった。まったくずうずうしい。
「うち、こんなに食べきれないから、ムーくん食べるのてつだってね」
……でも、あたしがとやかく言う事ないか。ニッチが満足してるのなら。
やがて、ほんとに犬山と長谷川もやって来た。
「このおべんとうねえ、わたしも作るのてつだったのよ。わたしの作ったのどれとどれかわかる? ピンポーン。ごほうびにはい、これあげる」
サッチもすごく楽しそう。こうなるとますます、あたしはミジメだなあ。なにしろあたしの相手ときたら、この犬山だもんねえ。
「約束だぞ、たまご焼きわけてくれよな」
やがてもう一人、意外な参加者があらわれた。
「ずいぶん楽しそうねえ、寺内さん」
この皮肉な口ぶりは、もちろん花岡さんだ。どうせただのひやかしで通りかかっただけだろうけど、あたしはもう一度あの人をさそってみた。
「あたしたちといっしょにおべんと食べない? 花岡さんも」
「そうね、しかたないからそうするわ。もちろん、もっといい場所なんていくらでもあるでしょうけど、さがし回って時間をつぶすのもくだらないし」
言いわけは忘れないけど、今日の花岡さんはいやにすなおだ。
花岡さんはあたしの前にすわり、そしてあたしにささやいた。
「どうしてわたしが、今日はあなたのさそいにこたえたかわかる?」
「だいたいのところはね」
先週の花岡さんは、あたしが同情した事に腹を立てた。そして今日はあの人のほうが、あたしに同情して優越感にひたってるんだ。
と思っていたら、花岡さんはクルリとあたしに背中を見せて、長谷川のほうに向きなおった。
「ところで、長谷川くんってからいものが好きじゃない? そう、わたしはからいものがダメだから、このおかず食べてくれる?」
……ああ、そういうわけ、長谷川がおめあてだったの。花岡さんも、やっぱりそうだったのね。
今回ばかりは、完全にあたしの負け。それも花岡さんに負けたばかりじゃなく、ニッチやサッチにも負けたみたい。
いや、まだそうと決まったわけじゃない。あたしにはまだ考えがある。勝負はこれからよ。
犬山は、くいしんぼのくせに食べ終わるのは早い。やっぱり食べるのが早い長谷川といっしょに、さっさとべんとうばこをかたづけると立ち上がった。
「遊び行こうぜ、長谷川」
「おう」
あたしもあわてて立ち上がった。
「ちょっと待って、二人とも」
「なんだよ」
「出発は一時半よね。その十分くらい前に、ここにもう一度集まってほしいんだけど」
「なんで」
「もう一つ、予定が残ってるのよ。おべんと同好会に続いて、今度はおかし交換会を開くの」
「へえ、そりゃあいい」
ほーら、思った通り。くいしんぼの犬山の事だから、すぐさそいにのると思ってた。さあ、もうひと押しよ。
「大勢いたほうが楽しいから、集まる時はもっとともだちをさそってきてよ。長谷川もたのむね」
「オーケー、班長さん」
ヤッタ、作戦成功! これでまちがいなく、連中は清水くんをつれてきてくれるでしょうね。
「ほら、村井、あんたもいつまでも食べてないで、男の子同士で遊んできたら? しばらくはあたしたち女の子だけの時間よ」
「わあったよ。ったく」
くつをひっかけて村井が走って行ったあと、あたしの計画に気付いたらしいサッチが、小声であたしにささやいた。
「やるじゃないテラッチ。最後の最後になって、うまくいったわね」
「まあね。あたしだって負けてられないもん」
それを聞きつけたニッチも、あたしに向かって笑いかけた。
「なあんだ、知らなかった。そうだったの」
「ニッチにもわかっちゃった? なんかてれちゃうなあ」
「テラッチが意を決してさそおうとしていた人っていうのは……」
「ちょっとやめてよ、花岡さんの前で」
「あの犬山くんだったのね」
「ちがーうっ! なんであたしがあんなやつに意を決するのよっ!」
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