トライアングルのまわりで − 三原色プリズム 5 −
梅雨明けの空。七月初めの空。見上げる雲一つない青空を、あたしの目の中のすき通った糸くずが、フワフワユラユラただよっている。
夏休みも、もうすぐね。ああ、なにかいい計画がないかなあ。休みの間も、ニッチやサッチと集まれるような計画が。そうだ、自由研究をいっしょにやってみようか。
テーマは何がいいかな。人数がそろわないと、できないような事。うーん……。なかなかアイデアがうかばない。糸くずが、ユラユラゆっくりしずんでくる。
みんなをさそうための口実になる、いい自由研究って何かないかなあ。できたら、ほんとうにもしもできたら、清水くんもさそってみたいんだけど……。ただよう糸くずが、いっせいにはじけるようにはね上がる。
空を見上げながらボンヤリしたりソワソワしたり、あたしったら何をしてるんだろう。となりのサッチもあきれたみたい。笑いながらあたしに言った。
「なんだかねむそうねテラッチ。起きたまま、夢でも見てるみたいな顔してるよ」
「べつにねむたいわけじゃないけど……」
「目のさめるようなとびっきりの情報、教えてあげようか」
「えっ? なになに?」
あたしはベランダの手すりから身を起こし、サッチに詰め寄った。サッチもあたしに顔を近付け、小声でささやいた。
「遠足の時の事、おぼえてる? あのおべんとうの時、村井くんが最初わたしたちに加わらなかったでしょう。その村井くんをさそっていたのがだれか、分かったのよ。あのね、山田さんと楠田さんだったの」
「そう。やっぱりね」
あたしはまた、ベランダの手すりにもたれかかった。
「知ってたの?」
「ううん、遠足の時の事は初耳だけど、べつにおどろく事でもないじゃない。今のあの人たちを見れば」
「まあそうね。あの二人、最近ますます熱心だし」
山田麻弥、通称マヤ。そして楠田葉子、通称クスコ。この二人が村井をめぐって恋のさやあてをくり広げている事は、クラスのみんなが知っている。二人の熱い想いに気付かないのは、ただうるさがってる村井本人だけじゃないの? それにしても、マヤにクスコにムーの三角関係なんて、超古代文明テーマのテレビ番組みたい。
そうだ、おもしろがってばかりいられないんだ。ニッチの事、どうなるんだろう。
「ニッチもうかうかしてられないよね。そのうち、あの二人に村井をとられちゃうかもよ」
「そうね。わたしたちで、ニッチに協力してあげないと」
ニッチのためにできる事、うーん……。あたしはまた、空を見上げて考えこんだ。夏休みの自由研究、村井もいっしょにさそえるような計画、何かないかなあ。
2 計画通り?
もう、ニッチったら、ほんとにじれったいんだから。
あたしたちが協力するにしても、まずはニッチがやる気になってくれないと、どうにもならないじゃない。それなのに、ニッチはただ待つだけのつもりみたいで、ほんと困るんだよね。
ムーくんの事は、ムーくん自身の気持ちで決めればいいだなんて、そんなの消極的すぎる。ひかえめなのもいいけれど、たまにはもっと積極的に行動できないの? そんなんじゃ、いつまでたっても気付いてはもらえないよ。ただでさえ鈍感なんだから、あの村井のやつは。
だけどそんな時、ちょっとしたチャンスがおとずれた。明日の理科実験のための準備を、放課後先生にたのまれたんだ。木の葉にアルミホイルを巻き付けるんだって。
「すまないが西尾、その運動神経バツグンの身軽さで、ちょっと手伝ってくれないか」
高所キョウフショウらしい先生に代わって、ニッチがハシゴに登る事になった。もちろんニッチだけにまかせたりはしない。あたしも先生に代わって、ハシゴを押さえる役目を買って出た。
「そうか、寺内もスマンな。それじゃ先生は、ちょっとほかに用事があるから」
「どうぞどうぞ、あとはあたしたちにまかせといて」
さて、先生を追いはらったら、次は村井を呼んでこないとね。あたしはニッチにちょっと待っててもらって、帰りじたくをしている村井を無理やり引っぱってきた。
「ったく、なんでおれまで手伝わなきゃなんないんだよ」
「ニッチ一人にまかせておくつもり? あんたそれでも男なの?」
村井はしぶしぶハシゴを押さえた。どうせなら、おれにまかせろって自分がハシゴに登るくらいの意気ごみを、見せてもらいたいところだけどね。
「それじゃあたしは、ちょっとほかに用事があるから」
そう言ってあたしは立ち去った。計画通り、これでニッチと村井は二人きり。
何もない時に二人きりというのは、けっこう気づまりだったりする。だけど、何かにいっしょに取り組む時は、気持ちが高まるものよね。あの二人、うまくいくといいけどな。
でも、しばらくしてそっと様子を見に行くと……。
「ちょっと村井、あんたいったい何やってんのよ」
「男のおれが下にいるわけにいかないだろ。だからかわりにおれが登ったんだ」
「でもだからって……」
だからって、なんでこの二人が、山田さんと楠田さんが、そろって村井のハシゴをささえてるのよ。
「ニッチはどこへ行ったの?」
「アルミホイルを、向こうで用意してるはずだけど」
山田さんが答えた。
「それが一番安全な仕事だし」
続いて楠田さんも言った。
「ほら、サルも木から落ちるとか言うしねえ」
そして二人は顔を見合わせ、意地悪く笑った。
どうしてだろう。いがみ合ってたこの二人が、どうして共同してニッチに対抗するようになったんだろう。これじゃあますます、ニッチに勝ち目はないじゃない……。
3 対決を宣言して
「山田さんと楠田さんが共同戦線? なるほどね。最近あの二人に、花岡さんがアドバイザーについたという情報もあるのよ」
やっぱり。今回もまた、花岡さんが黒幕なわけか。あたしは本人のところへ直接話をつけに行った。
「ちょっと花岡さん、ニッチの友人としてあたし一言言いたいんだけど、山田さんと楠田さんをあおり立てて、ニッチのジャマをするのはやめてちょうだい」
花岡さんはゆうぜんと答える。
「わたしはただ、あの二人にアドバイスをしただけよ。まずは協力した方がいいわよって」
「そのせいで、二人がそろってニッチに対抗するようになったのね。これはもうれっきとした妨害工作じゃない」
「妨害のつもりなんてないわ。わたしはただ、あの二人に協力したかっただけよ」
ケンカごしのあたしに対して、花岡さんはあくまでも冷静だ。あたしもなんだか気をそがれて、ここは冷静に花岡さんの考えを聞く事にした。
「それじゃあ聞くけど、花岡さんはどうしてあの二人に協力するわけ? ニッチへの妨害が目的じゃないのなら、なにが目的なのかを教えてちょうだい」
「目的なんてとくにないわ。ただ二人を応援したいだけよ」
「ただそれだけ? ただそれだけの事で?」
「ええ、ただそれだけ。でもそれだけでじゅうぶんでしょ。あなたや佐倉さんだって、それだけで西尾さんを応援しているじゃない。同じ事よ」
「それはそうだけど……。それじゃ、なぜあの二人の側に協力するのよ」
「それは楠田さんや山田さんの方が、西尾さんよりもずっと真剣だと思えるからよ。西尾さんには熱意が感じられないわ。ライバルが二人もあらわれたというのに、それでも行動を起こさないなんて」
「それは……」
「寺内さんもほんとうは、西尾さんの気持ちが分からないんじゃないの?」
「…………」
あたしは返事に詰まった。たしかにその通りだったから。
一方花岡さんの口調は、だんだんと勢いづいてきた。
「その点、あの二人はたいしたものよね。まわりにひやかされても平気な様子で、熱心にアプローチをかけるんだから。ほんとりっぱよ、うらやましいわ。……できる事ならわたしも、積極的な行動に出られるといいのに……」
うつむく花岡さんなんて、あたし初めて見た。そして、この人に共感してしまったのも、やっぱり初めて。
そう、あたしも花岡さんも、もともと同じ立場だったんだ。片想いの相手にはっきりうちあけられない、内気ないくじなしとして。
でも、それならニッチだって同じじゃない。あたしは花岡さんに向かって言った。
「気持ちはよく分かるけど、あたしやっぱり納得できない。花岡さんはさっき、行動を起こさないニッチには熱意が感じられないって言ったよね。それなら花岡さん自身はどうなの? 長谷川に対して、何か行動を起こした事がある?」
「…………」
今度は花岡さんが、返事に詰まる。
「ほら、そうでしょ。その人の熱意なんて、外から見ただけじゃ分からないはずよ。だからあたしは信じる。ニッチも心の中では、村井を真剣に想っているって。あたしはこれからも、ニッチを応援していくからね」
対決を宣言して、あたしは花岡さんと別れた。
……でもこんな勝負、なんだか気が進まないな。だってあたしたちみんな、ほんとは片想い同士の似た者同士なんだから。
4 言いきかせなきゃ
昼休み。午後の理科の授業の前に、きのうアルミホイルを巻いた葉を、つみ取るよう先生にたのまれた。今度もあたしたちにまかせるなんて、先生もほんとめんどくさがりなんだから。
ニッチがはしごに登り、あたしがそれを下からささえた。サッチはつみ取った葉を受け取ってまとめる。
また村井を呼んでこようかな。でも、またきのうの二の舞いだろうし。それに、まずはニッチ本人がやる気にならなきゃね。
そのためには、ニッチにはもっと危機感を持ってもらわないと。
「ちょっと聞いてよニッチ。山田さんと楠田さんの背後には、なんとあの花岡さんがいたの。花岡さんが力を貸してたのよ。あの人の言うにはね、はっきりした態度をとらないニッチにはどうせ熱意なんてないんだから、村井の相手にはふさわしくない、だって。ここまで言われてくやしくないの? ねえニッチ」
ニッチにやる気を持たせるために、あたしはちょっと大ゲサにキツク言った。それなのにニッチったら……。
「花岡さんて、たしかに熱心だもんね。なんにでも」
と、ただそれだけ。
「もう、そんな事でいいの? 相手は団結してるのよ。マヤとクスコが協力して、ムーをねらってるのよ。これから先、何が起こるか分からないよ」
「もう、大げさなんだから。どうしてテラッチが、そんなに熱心になるの?」
「それは、ニッチに協力してあげたいからじゃない。親友として」
「ありがと。でもうちはべつに、今のままでいいし……」
「そうだ、あたしこれから村井をつれて来てあげる。二人きりにしてあげるよ。どうせまたジャマが入るだろうけど、今度はだいじょうぶ、作戦があるから。ニッチとムーとで、たとえば動物の話とかでもりあがればいいの。そしたらあの二人、専門的な話には入ってこれないでしょ」
「うち、そんないじわるな事、したくない」
「何言ってんの、恋の勝負には、どんな手段だってゆるされるんだから。ニッチはもっと強引にならなきゃ。見ていてじれったいんだよね、ほんとに」
葉っぱを全部つみ終えて、ニッチははしごを降りて来た。
「それだったら、テラッチの方はどうなの? テラッチこそ、早くはっきりしたらいいじゃない。清水くんに」
「ニッチ、……気付いてたの?」
「ムーくんの事は、うちの問題だから、うちがなんとかするよ。だからテラッチはテラッチで、まず自分の問題を解決しないとね」
言い聞かせるつもりが、逆に言い聞かされちゃった……。
5 あやまらないと
まさか、ニッチに見抜かれてたなんて……。あたしが清水くんを、ずっと気にしていた事を。
あたしがぼうぜんと立ちつくしていると、サッチが言った。
「ほら、テラッチ、はしごをかたづけちゃおうよ。ニッチはその葉っぱを理科室に持って行ってくれる?」
ニッチの姿が見えなくなると、サッチはそっとささやいた。
「ニッチに対して、年上ぶったりするのはまちがいよ。いくらおとなしくても、だから子どもだというわけではないんだから」
「うん、たしかにね」
「ニッチにも清水くんの事が知られてたの、ビックリした?」
「うん。でもそれよりもあたし、自分の事をたなに上げてたんだなと分かって、ちょっと反省してるの」
サッチがハシゴの前を持ち上げた。あたしはその後ろを持った。顔が見えない安心感から、あたしはサッチの背中に向かって、今の自分の正直な気持ちをうちあけた。
「あたしってほんとズルかったんだね。自分の方こそ清水くんに対してハッキリしないくせに、ニッチにはハッキリしなさいなんて言ったりして。自分にできない事を他人にもとめるのは、やっぱりまちがいだね。自分の問題も解決できないあたしが、ニッチの問題を解決してあげるなんて、無理に決まってる」
「でも、力になってあげる事はできたんじゃない?」
「ううん、もともとあたし、ニッチのためなんて考えてなかったの。おおらかに好きな人にアタックできる山田さんや楠田さんの事がうらやましくて、くやしくて……。だからどうしても、あの二人の思うようにはさせたくなかった。それであたし、ニッチの事をけしかけてたの。あたしって、ほんとに……」
サッチは立ち止まり、でもふり返らないであたしに言った。
「テラッチ、そんなに自分をせめないで。女の子ならだれでも、そんな気持ちになって当然じゃない。片想いになやむ女の子なら、だれでもね」
「だけどあたし……」
「だいじょうぶ、ニッチだってゆるしてくれるよ」
「うん。あたし、今からすぐニッチにあやまってくる。悪いけどサッチ、このハシゴ一人で持って行ってくれる?」
あたしはサッチにハシゴをあずけた。
「ちょっとテラッチ」
「ゴメン」
「もう、おこるよ」
あたしはかけ出した。今すぐニッチにあやまるために。……でも、そのあとでサッチにもあやまらないとね。
6 みんな知ってる
中庭で、あたしはニッチに追い付いた。
「ちょっと待ってニッチ。その……、ちょっとそのままで聞いてくれる?」
あたしとニッチは飼育小屋の金網に寄りかかり、背中合わせのまま話をした。
「さっきの事だけど……、ごめんなさい、ニッチ」
「なにが?」
「ニッチに協力したいとか言って、ほんとはあたし、自分の事しか考えてなかったの。あの二人のおおらかさがうらやましくて、くやしくて……、それであたし、ニッチをけしかけちゃったの。なんにもできない自分の事、たなに上げて」
「テラッチ……」
「そう、もともとあたしは、ニッチにアドバイスできる立場じゃないんだよね。あたしの方こそ、……その、あの人に、はっきり言えないわけだし……」
「そんなにおちこまないで。それに、あやまったりなんてしなくていいよ。テラッチの気持ち、うちにもよくわかるし」
「ありがとうニッチ。これからは、えらそうにアドバイスなんてのはやめるね。おたがい、いっしょにがんばっていこう」
「うん」
あたしとニッチはちょっとふり返り、金網越しに目を見交わしてうなずき合った。
「けどね、ニッチにもっとはっきりしてもらいたいっていうのは、正直な気持ちだよ。いつまでも今みたいなままで、いいはずないもん。もちろんあたしだって、いつかははっきりあの人に告白しなきゃと思ってる。でもニッチはどう? ねえ、どう思ってるの?」
あたしはまた金網に寄りかかり、ニッチに背中を向けた。
「あたしにだけは、正直に言ってよ。どうなの? 村井の事、真剣に好きなんでしょ?」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。言いにくい事だろうし、あたしは根気強く返事を待った。もうしばらく沈黙が続いた。
その沈黙を思いがけない形で破ったのは……。いきなり飼育小屋のドアを開けて、中からはい出してきたのは……。
「村井! あんたいったい、なんでこんなとこにひそんでるのよっ」
「しょうがないだろ、ほかにかくれ場所なかったんだから。例の二人に追われてたんだ」
「だからって、こんなところにコソコソと」
突然現れた村井を、あたしはにらみつけた。けど、すぐにふき出しちゃった。見ればニッチも笑っている。急に村井が飛び出してきたのは、ニッチがどう答えるかがこわくって、緊張にたえられなくなったからに決まってるもん。
「あたしたちの話、ぬすみ聞きしたでしょ」
「知るかよ。おまえらがあとから来て、勝手にしゃべり始めたんだろ」
まあ、たしかにそうだけど。
「あたしの秘密まで聞いたね」
「秘密ってなんだよ。あの人、あの人、って言ってたやつか?」
ホッ。名前出さなくてよかった。
「なにが秘密だ。寺内が清水を好きだって事くらい、みんな知ってるぜ」
ええーっ!
「まだ気付いてないのは、キヨ本人くらいのもんだろうな」
どうしてー! あたしは心の中でさけんだ。ああ、せめて反対に、本人だけが気付いてくれてるならまだよかったのに。
7 やっぱり本人だけが
不意に、村井はニッチの方に向き直った。
「そうだ西尾、ルパンのやつがまた脱走はかってたぞ。さくの下に、かなり深く穴ほってた」
「またなの? ウサギの本能だろうけど、こまるよね。でも、夏休みにはブロックをうめる工事をするっていうし」
「そうだったっけな。夏休みには、か。夏休み……、おれたちもさ……」
しゃがみこんでるあたしの頭の上で、ニッチと村井はなんだかいい雰囲気で向かい合った。あたしはオジャマかな。そっと消えた方がいいのかな。
「飼育委員同士、夏休みも世話をしっかりやっていこうな」
「うん」
なあんだ、ただそれだけ? やっぱりちょっとじれったい。
でも、この二人はそれでいいのかもね。ニッチと村井とは、言葉なんて必要のないところで、しっかりと結ばれているんだから。
「それじゃ、うち、これを理科室に持って行かなきゃならないから」
「あ、おれは、もうちょっとここにかくれとく」
ニッチは北校舎の方に歩いて行き、村井はまた飼育小屋の中にもぐりこんだ。
どうして二人があわてていなくなったのかと思ったら、いつの間にか向こうに花岡さんが立っていた。
おちこんでるところを、この人にはぜったい見られたくない。あたしは勢いよく立ち上がり、金網ごしに花岡さんと向き合った。
「花岡さん、どうしたの急に。いさぎよく、負けを認める気になったわけ?」
「そうね、今回だけは、わたしの完敗のようね」
ほんとにどうしちゃったの? いやに素直じゃない。あたしは疑いながら、それでも強気に出てみた。
「そう、あなたの計画は根本からまちがってたの。村井はもともと、積極的なアプローチがにがてなタイプだったのよね。だからあの二人が熱心になればなるほど、それをいやがって逃げ回るだけの、完全に裏目の結果となったわけ。残念ね」
「いいえ、計画の失敗はわたしの読みちがいのためというより、そちらに予想外の協力者がいたためよ」
「え?」
「犬山くんがそちらの味方につくなんて、さすがのわたしも予測がつかなかったわ」
「どういう事?」
「村井くんがあの二人から逃げ回るようになったのは、犬山くんにひやかされるのをいやがったためでしょう? 村井くん、ずいぶんうるさがってたものね」
「ちょっと待ってよ、あたし、犬山なんかに協力をたのんだおぼえはないけど」
「そう? それなら、あの人がすすんで協力したのかしらね。犬山くん、寺内さんに好意を持ってるようだから」
えええーっ! あたしは思わずのけぞった。
「ウソでしょ、バカな事言わないでよ」
「あら気付いてなかったの? 寺内さんも意外とにぶいのねえ」
花岡さんは勝ちほこったように笑う。あたしはショックのあまり、またもその場にしゃがみこんだ。
ああ……、もう一つ、とんでもない話を村井に聞かれてしまった。
いや、もしかしたらこの事もやっぱり、気付いてないのはあたし本人だけだったのかも……。ああ……。
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