星の弦 − はちみつ色の世代 1 −
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(9月9日 金曜日)
ミリの家はわけなく見付かった。ほかのみんなは家が近いので、もうとっくに集まっていた。ぼくが着くと、ミリはさっそく本を広げ始めた。
「この本や。ほかのにも流星の事はのってるけど、音の事まで書いてあるのはこれだけや」
ミリは赤いぶ厚い本を持ち上げ、広告の紙をはさんだページを開いて、ぼくのほうへつき出した。
その本は厚いわりには、流星の項目は小さい。そのうえ音の事となるとおしまいのほうで少しふれてあるだけだ。それでもその数行の記述から、流星が大気に突入する時の衝撃波やとちゅうで爆発した時の音が、あとから聞こえる事があるというのはわかった。
「な、上野の言ってた音とはちがうみたいやろ?」
ミリに声をかけられて、ぼくは本から顔を上げた。あきれた事に、ミリは本にはさんでいた広告でまた紙でっぽうを折っている。
「衝撃波も爆発音も、バーンとかパーンとかいう音だって書いてあるやろ。それに音はずっとおくれて聞こえるはずだから、上野の聞いたのがこれじゃないのはたしかやな」
話しながらも、ミリの手はほとんど無意識に紙でっぽうを折っている。ただの手遊びと、ぼくももう気にしない事にした。
「シューって長くのびた音が、流星が流れると同時に聞こえたってのがミソやな。ほかに変わった事なかったか?」
「えっ? えーと……」
ダクテンにいきなりたずねられてぼくが考えこむと、ミリが立ち上がって言った。
「ちょっと待った。メモするからちょっと待っとって」
そのあいだにぼくはあの時の事を残らず思い出し、ミリがメモの用意を整えるのを待ってから一つ一つ話した。
「まず音はシューっていうかシュルシュルっていうか、口じゃうまく言えないような音だったな。それが流星が消えるまでずっと聞こえてた」
「それは流れ出すと同時に聞こえ出したんか?」
「それが、……ちょっとはっきりわからないんだ」
ぼくは少しまよったけど、つごうの悪い事でも全部正直に話す事にした。協力してもらうのなら、やっぱりそのほうがいい。
「最初はぜんぜん音に気がつかなかったんだ。流星があんまりすごいから、びっくりしてなにもわからなくて。それで、気がついたら音が聞こえてたんだ」
「ふーん。でもまあそういうのってあるよな」
ミリがうなずきながら言った。
「だいたいどれくらいで気がついた?」
ダクテンが質問を再開し、ミリはまたメモに気をもどす。
「どれくらいって、ほんの一秒くらいだったと思うけど」
「そんなもんか。それからずっと、消えるまで聞こえてたわけやな?」
「そう」
「消えるまでは何秒くらいやった?」
「えーと、七秒か八秒くらい……」
「えーっ、そんなに?」
少しはなれて聞いていた有吉が、大きな声をあげた。工藤も身を乗り出してきた。
「そんなに長くか。そりゃ異常やな」
ダクテンもおどろいている。ぼくは音の事ばかり話していて、流星そのものの不自然さをまだ話してなかったのに気がついた。
「ずいぶんゆっくり流れる流星だったんだ。それにすごく明るくて」
「速さはどれくらい?」
工藤も好奇心をあらわにして聞いてくる。ぼくはのばした手をゆっくり動かして速さをしめした。
「こんなゆっくりな流れ星なんてあるの?」
これはミリに向けられた質問だ。
「あるよ」
気がぬけるくらいあっさりとミリは答える。
「火球かきゅうって言うんや。どれかにのってたと思うけど」
ミリは手をのばして、部屋のすみに積み重ねた本の中から一冊を引きぬいた。
「この本だったかなあ……」
つぶやきながらページを繰るミリを、みんなはだまって見守っている。
こういう時だけは、ミリがハカセとよばれているのも納得できる。なのにどうして、いつもは幼稚園児みたいにはしゃぐんだろう。クラスで言われているじょうだんを、ぼくはふと思い出した。
『ハカセもダクテンといっしょにいると、バカセになる』
だれが言い出したのか知らないけど、うまい事言うもんだ。思わず笑いがこみ上げて、ぼくは笑いをごまかそうとクッキーをほおばった。
「あったあった。これや」
ミリがいきなり本を差し出すので、ぼくは口をモゴモゴさせたまま本を受け取った。
流星の中でもひときわ明るく、動きもゆるやかなものを火球とよぶ事がその本からわかった。地球の自転と公転の関係で、突入速度がおそくなる夕方により多く見られるとも書いてある。むずかしくてちょっと読むだけじゃよくわからないけど、工藤が横から手を出しているので、ぼくはひととおり目を通しただけで本をわたした。
「未知の飛行物体じゃなくてざんねんだったねえ」
頭をつき合わせるように本をのぞきこむ女の子たちに、ぼくはからかい口調で言ってやった。二人は同時にふくれっ面をこっちに向けた。
「どうせそうですよ」
「あんたにとってはそのほうがええんやろうけどねえ」
「いいや、べつにおれは正体不明でもよかったよ。UFOならUFOで、その正体がなにかを解明すればいいんだから」
「ほーう」
「なるほどねえ」
二人はわざとらしくおおげさに感心してみせる。しっかりからかいのしかえしをくったなと、ぼくは意味もなくひたいをさすりながらニガ笑いした。
「そうや。それでな、どんな事が考えられるか、きのうミリと話し合ったんや」
「今から一つ一つ言うから。上野の気に入らんもんもあると思うけど、とにかく聞いてな」
ぼくは真顔にもどって、ダクテンとミリにうなずいた。
「まず、上野の見たのは流星でも、音はひょっとしたら関係ないかもしれへんな。ぐうぜん同時に聞こえただけで」
「音は上から聞こえた?」
「上からっていうか、うーん、ちょっとよくわからなかった。そこら全体に広がってる感じで」
「ふーん。でも遠くから聞こえてくるっていう感じはした?」
「うん。まあそんな感じだった」
「そうか。それから次は、流星がすごかったから、ほんまはなんも聞こえへんのに、音を聞いたような気になったとか」
ぼくは静かにうなずいた。できるだけおさえたつもりでも、やっぱり顔がこわばった。
「きのうの夜、お父さんにもそう言われた。気のせいだろうって」
「え? なんやしゃべったんか? おれらだけの秘密のつもりやったのに」
ダクテンのとがめるような口調は、ちょっとばかり心にこたえた。
「ごめん。大人の意見もちょっと聞いてみようと思って……。もうだれにもしゃべらないよ、ぜったいに」
「まあ、相手が家族ならな。それでおばさんのほうはなんて?」
「なんにも。話は聞こえてたはずだけど、べつになんにも言わなかった。きょうみないんだろうな」
「まあそうやろう。これ以上大人に聞いたって、なんにもならんで」
ダクテンの言葉に、ぼくは心からうなずいた。
「でもなんでそうなのかなあ。大人ならいろいろ原因を考えられると思ってた。それなのに、そんなはずないだろうってだけで終わりなんて……」
「あたりまえや。それはな、こういう事なんや」
ダクテンはすわり直すと、ひとに説明する時のクセで大きな手ぶりをまじえながら話し始めた。
「おれらはまだ十年半くらいしか生きてへんやろ。だから今まで見た事も聞いた事もない事が起こっても、そういう事もあるやろうって思えるわけや。それが四十年もたってみ。長く生きてていろんな経験しとうから、かえって経験のない事はほんとの事とは思えへんようになってもうとるんや」
うーんなるほど。ダクテンの言う事はいつも説得力がある。
「だから反対に、五才くらいの子どもの事を考えてみ。世の中の事まだなんも知らんから、動物がしゃべろうが小人が出て来ようが、たいていの事ではおどろかんはずや。おれらだって信じられんような事でも、すんなり信じるはずやで」
こういう事を冷静に分析できるダクテンこそ、ほんとうに大人だとぼくは思った。
「そんでな、話はもどるけど、次は三つ目の考えな。上野の見たんは流星じゃなくて、音を出して飛ぶべつのものだった。花火とか飛行機とか」
「でも花火とかだったらわかるよな」
「ああ、そんなに近くはなかった。といってもあんまり遠いと、音が同時に聞こえるはずないし……」
「謎はますます深まるな」
ミリがうで組みしながらそう言うと、なにがおかしいのか工藤と有吉が声を立てて笑い出した。ひとの気も知らないで。ぼくはおもしろくなくて、それきり口をつぐんだ。
「ミリ、その謎をこれから解明していくんよ」
「わかってる。だからユッコも協力してくれよ。ああそれからな、ちょっと関係ないかもしれないけど、きのうちょっと思いついた事があるんや」
「なんやの?」
「静かな時に、とくに夜なんか遠くでパーンって音が聞こえる事って、たまにあるやろ。今までぜんぜん気にしないで、花火だろうとか車のパンクだろうとか思ってたけど、ああいうのがひょっとしたら、流星の爆発音だったりするのかもしれないな。いちいちなんの音かなんてたしかめやしないし、その場でなんとなくありふれた音だって決めつけてるわけやろ?」
ぼくはいきなり打たれたようにハッとなった。さっきのダクテンの話を聞いて、今のミリの言う事もよくわかる。ぼくらも大人と同じように、たかが十年ほどのあいだに自分の見聞きした事の中だけで、よくわからない事を勝手に説明つけて納得するようになっていたんだ。ショックだった。
それにしても、ダクテンとミリはぜんぜんちがうようでいて、やっぱりどこか似ているとぼくは思った。
そのあと、天気の話からなぜか夏休み前の話になってしまった。アイスキャンディーの話だとか、四人は話の脱線も気にしないですっかりもり上がってるけど、こうなるとぼくは部外者みたいな感じだ。
……じっさいそうなのかなあ。きのうはミリが勝手に工藤と有吉を仲間に入れたといって腹を立てたけど、ほんとうはぼくの方が、この四人の中にあとから入ってきたんだ。
ぼくはミリの本に目を通しながら、四人の会話を聞くともなしに聞いていた。
ダクテン、というのが言いにくいせいか、みんなはテンとちぢめてよんでいる。それがなんだかおかしくて、ぼくは四人のよびかけ方を注意して聞いてみた。
ミリはいつでもミリだ。これ以上ちぢめられっこないもんな。女子二人はおたがいに、ユッコ、チカ、とよび合っている。ミリはこの二人をユッコ、ヨッシー、とよぶし、ダクテンはときどきは名字でよぶけれど、今はやっぱりユッコにヨッシーだ。有吉だからヨッシーか。なら工藤もクッシーとでもよべばいいのに。
そして、ぼくはみんなから、ただ上野とよばれている。
転校してきてまだ一か月ちょっとだから、アダ名がないのもしかたない。だけど、こうしてみんなのよびかけ合うのを聞いていると、だれもが持っているものがぼくには欠けているんだと、はっきり思い知らされる。
ぼくは本から目を上げて四人を見た。すると正面にいたミリと目が合った。
「あー、この本さあ、見終わったけどどこ置いとこうか」
「ああ、そのへんに置いとけばいいよ」
四人はクッキーをかじりながら、まだおしゃべりに夢中になっている。ぼくはため息をつきながら本を全部かかえて立ち上がると、おんきせがましくミリのつくえの上まで運んだ。
ミリのつくえには、引き出しにも側面にもびっしりとシールがはってある。最初はびっくりしたけど、みょうにかたづいている部屋の中で、このつくえだけはミリらしいのでなんだかほっとした。
ぼくは本を置いてから、顔を近付けてシールをよく見てみた。おかしのオマケのシールとかにまじって、くだもののシールや値札、タマゴの日付のシールまである。
ミリへの腹立たしさがうすらいでいくのを感じながら、ぼくはひと月ほど前の事を思い出していた。
あれは二学期が始まった次の週の、たしか金曜日だった。その日、ミリはひたいになにかをくっつけて学校へ来た。近くに来た時になにげなく見てみると、それはバナナのシールだった。
授業が始まっても、休み時間になっても、ミリのひたいの真ん中にはシールがくっついたままだった。なのにまわりのみんなはいつも通りだし、先生もなにも言わない。本人も平然としている。ぼく一人がなんだかおちつかなくて、あれは自分だけに見えるんだろうかとも思って、何度も目をこすってみたりした。
昼休みになっても、まだミリはバナナのシールをつけていた。ぼくは思いきって、それでもえんりょがちに声をかけてみた。
『なあ、あのさあ、そのひたいのシールはなんなの?』
『えっ?』
ミリはあわててひたいに手をやると、シールをはがした。今初めて気付いたという様子で。そして、ぼくがあっけにとられるくらい大きな声で笑い出した。
『学校来る前にな、弟と遊んでたんや。朝食べたバナナのシールをはって。それでそのまんまはがすのわすれてたんやな』
それからまた、今度は二人で大笑いした。
あのシールのおかげで、転校生のぼくはミリと真っ先に親しくなったんだ。ほんと、なにがきっかけになるかわからないもんだな。
あのあとミリが言ってたっけ。なんでほかのみんなは、シールの事を教えてくれなかったんだろうって。あの時はぼくも首をかしげたけど、今ならよくわかる。みんなはミリがわざとやってると思っていたんだ。ふざけて目立とうとして、シールなんかはってるんだって。だからみんなは取り合わないし、先生もあきれてるかあきらめてるか知らないけど、注意しなかったんだろう。
そういう悪ふざけの面にはぼくもうんざりさせられるけど、ミリはやっぱりぼくにとって気の合う仲間だ。似ているところもいろいろあるし。理科が好きで体育がにがて。身長もほとんど同じ。そして関東生まれ。それから自分の事を「ぼく」と言う。まあぼくは、なめられたくないって気持ちから、人前では「おれ」なんて言ってるけど。
それにぼくだって、気のおけない仲間が相手なら、ミリみたいに思いっきりおどけてみたい気もする。
「……だから、まず音の原因になりそうなもんをさがしてからや」
ダクテンのそう言う声に、ぼくは話が本筋にもどったのを知った。あわてて四人の輪の中に割りこむと、ダクテンが続けた。
「そういう音を出すもんがないか、あの辺りをさがすんや。流星が流れると同時になにかが鳴ったっていう事がないかどうかを、まず確かめてみようや」
「でもそれでもし音のもとが見付かったりしたら、ガッカリやね」
有吉が言った。やっぱりあの流星を神秘的なものだと思いたいんだろう。その気持ちもわかるけど、だからって謎のままでは置いとけない。
「そんな事言うたって、音の正体を解明するんがおれたちの目的やぞ。なあ上野」
「ああ。音の正体がたとえくだらないものだとしたって、わからないままでいるよりいいよ」
ぼくのこの返事で、あしたはみんなで配水池の近くを調べてみる事に決まった。
調べる範囲とそれぞれの分担をうちあわせている時に、工藤がぼくに聞いた。
「ねえ、上野って、音にはびんかんなほう?」
「うーん、たぶんね。おれ、紙やぶく音が小さい時からにがてなんだ」
「なにそれー」
「どういう事や?」
こんなちょっとした事で、みんながこんなにさわぐとは思わなかった。たしかに変わっているとは自分でも思うけど。
「だからさ、紙をやぶいたりはがしたりするとビリビリっていうだろ。あの音がにがてなわけ」
「変わっとうなあ。そんなん聞いた事ないで」
「ほんと。そんなおかしなとこが上野にもあったんか」
ミリはひとの事をそんなふうに言えるのかよ。でも不思議といやな気はしない。それどころかかえって愉快な気分になり、ぼくはもっとみんなをさわがせたくなった。
「だからトイレに入ってさあ、トイレットペーパーにミシン目がついてないとこまるんだよなあ」
とたんに工藤と有吉がはじけるように笑い出した。
「もう、なにを言い出すかと思ったら」
「まじめな顔して言うんやもん」
ミリとダクテンもむせるように笑っている。
「上野にそんな弱点があったなんて、いい事聞いたなあ」
ミリがニヤニヤしながら言うので、ぼくはふざけて彼に詰め寄った。
「なんだ? おれの弱点を知ってどうするつもりだ? こら、ミリも弱点を白状しないか」
「弱点っていうと、ぼくはバナナのすじと銀紙がニガテなんや」
「はあ?」
「だってどっちもかんだら気持ち悪くなるやんか。舌がザリザリしたり、歯がキシキシしたりして」
「あっそうやな。おれもそれニガテや」
ダクテンまでがそんな事を言う。あとの二人は笑いのこもったあきれ顔で、ぼくたち三人を見くらべている。
「こら上野、ぼくは二つ言ったぞ。上野も弱点をもう一つ言え」
ミリがなおも聞くので、ぼくは小さな声でぼそっとつぶやいた。
「おれな……、まんじゅうがこわい」
一瞬静まったかと思うと、四人はどっと笑い出した。工藤と有吉は手で顔をおおってしまい、ミリとダクテンは向き合っておたがいのかたをたたいている。落語のネタくらいでこんなにうけるとは思わなかったのであっけにとられていると、ぼくのそんな様子がまたおかしいといって、みんなの笑い声はしばらくおさまらなかった。
ふざけながらも、とにかくあしたの音の原因調査の計画はできあがった。
「じゃあこれで決まりや。ええな、みんな自分の分担おぼえとけよ」
この計画を言い出したダクテンがリーダーみたいな口調で言ったけど、さっきの笑いの気分が残っているらしく、声の感じがまだなんとなくういている。
「上野、なにか言う事ないか?」
「べつにないけど、……今度はクッキーがこわい」
またはじけるような笑い声が起こり、そのうえ今度はクッキーのつぶてまで飛んできた。
10月14日 金曜日
次の日、ぼくらはダクテンの指示で、ぼくの聞いた音を出すようなものが近くにないかどうかを調べてまわった。
手分けをしてさがし回る前に、まずは配水池の周辺をみんなで調べてみた。
「この坂を、なにかがころがっていったんやろう。上野がびっくりした時にけとばすかどうかして。その音が後ろの石垣ではね返って、辺りにひびくような感じになったんや」
それがダクテンの考えだった。ところが五人で三十分かけてさがしても、それらしいものは出てこなかった。男子三人で南側の斜面まで降りて行ったけど、やっぱりなんにも見付からない。
「おっかしいなあ。……まああれから十日近くもたっとうから、なくなったんかもしれへんけど」
ダクテンは、彼らしくもなく負けおしみみたいな事を言った。
それからきのうの計画通りに、ぼくらは町の中を調べに散って行った。
そして日も暮れかけたころ、近くの公園に再び集まった。みんなは先にもどった仲間を見付けると、一様に首を横にふった。
「収穫なしか。あと考えられるんは北側の山の斜面やけど、向こうはちょっと調べようがないなあ」
ダクテンはちょっと気落ちしたように言った。
彼には悪いけど、ぼくはなにも見付からないのがうれしかった。あの音の原因が、そんなくだらないものだとは思いたくなかったから。ほかの三人も同じ思いでいるみたいだし、ダクテンだってほんとうは、そんな形で謎が解けるのを期待していたわけじゃないと思う。ただ自分の考えがはずれたものだから、ちょっとがっかりしているだけだ。
「今度はミリの計画やな。流星の観測、あしたから始めるんやろ?」
「うん。でもあしたはだめかもしれないな。天気悪くなりそう」
「天気が良ければ毎週毎週やるんか? 音が聞こえるまで」
「そ。それか気がすむまでね」
ダクテンは小さくかたをすくめて、同意を求めるようにぼくを見た。でもぼくは、流星の観測が楽しみでたまらない。週に一度といわず毎晩だってやりたいくらいだ。もちろんそんな事できっこないけど。ダクテンはぼくの笑顔を見ると、もう一度かたをすくめた。
「時間は?」
工藤がミリにたずねた。
「あんまりおそいとだめだって言われるだろうから、七時から始めて八時ごろまでにしようか」
「七時から? ちょっと早いわ」
「そう? じゃあ七時半から八時半にしよう。ヨッシーは? 九時までには帰れると思うけど、それでへいき?」
「たぶんええと思うけど、今日聞いてみるわ」
「近くやし、帰りはおれが家まで送ったってもええで」
ダクテンが有吉にそう言うと、ミリがひやかすような声をあげた。ぼくはダクテンがますます不機嫌になるんじゃないかとヒヤヒヤした。
「ユッコの家はどうせ帰り道やし……。上野は? 一番近いんだからだいじょうぶやな」
「もちろん」
八時半ごろまで近所で星を見るくらい、ゆるしてもらえるさ。それともミリは、帰りに送らなくてもへいきかと聞いたのかな。……まったく、女の子と同じあつかいをされるとはね。
「よし、じゃあ決まり。あとはその日の天気を見て、やるかどうかを放課後までに決める事にしよう」
こうして次の計画がすっかり決まってから、最後にぼくは言った。
「それでさあ、ミリの計画に合わせて、おれの計画も実行してもらいたいんだけど」
ねらい通り、みんなの目がこっちを向いた。
「さっきからずっと考えてたんだけど……」
もったいぶりながら、ぼくは真顔で言った。
「てるてるぼうず、みんなでつるそう」
「なあんやあ」
「まじめに聞いとったのに」
ダクテンの表情がやわらぐのを見て、ぼくはほっとした。
「上野はまじめな顔して言うから、本気かじょうだんかわからへんなあ」
そう言うダクテンに、ぼくはまたわざと作ったようなまじめ顔で言い返した。
「おれは本気だよ、……ときどきは」
「ときどきか。ミリとええ勝負やな」
別れぎわ、工藤と有吉の二人がこう話すのが聞こえた。
「上野って意外とおもしろい子なんやね」
「ほんま。あんなおかしな事ばっかり言うなんて知らんかったわ」
おもしろい子、か。そんなふうに今まで言われたためしがないから、ちょっとめんくらってしまった。……けれども、まあうれしい評価だ。
10月15日 土曜日
「なんや、てるてるぼうずつるしてないやんか」
部屋に入って来るなりミリが言った。
「上野が言い出した事やろ。だから今日こんなにくもったんやぞ」
軽いじょうだんを本気にとられて、そのうえ天気の悪い事までぼくのせいにされて、ぼくはちょっとむくれた。けれどミリはそんな事にはおかまいなく、ティッシュペーパーを丸めててるてるぼうずを作り始めた。
ミリが作業に没頭してしまったので、ぼくとダクテンは手もちぶさたな思いで窓辺に行き、外をながめた。午後になって雲はますます厚くなり、外は三時前とは思えないくらいうす暗い。
「やっぱり今日はむりやな」
「ああ」
朝からもうくもっていたし、天気予報もかさマークだったから、学校でそうだんして今夜の観測は中止だともう決めていた。なのにぼくたち三人は、あきらめきれない思いもあって、なんとなくぼくの家に集まっていた。
「でも音を聞くだけだったら、くもってたって関係ないけどな」
ミリの言葉に、ぼくらはふり向いた。ミリはぼくのイスを占領して、作ったばかりのてるてるぼうずをもてあそんでいる。
「昼間だって音は聞こえるやろうしなあ」
ぼくはダクテンと顔を見合わせた。そういえばそうだ。音を聞くのが目的なんだっけ。でも音だけではちょっと……。
「上野、今日どうする?」
ミリの問いかけに、ぼくは少し考えてから答えた。
「やめとこ。流れるのと同時に聞こえるかどうかも確かめないといけないんだから」
「そうやな」
ミリはあっさりうなずいた。横でダクテンが小さく笑った。
「それよりな上野、おれもう一つ思いついたんや」
「なにを?」
「四つ目の考え。これも上野は気に入らんやろうけど、まあそういう事もあるかもしれへんと思って聞いてな」
ダクテンにしてはめずらしく、えんりょがちな言い方だ。でも気に入ろうと気に入るまいと、とにかくはっきりさせたい。ぼくはなにも言わずにうなずいて、話をうながせた。
「あんな、流星のすごさにおどろいて、頭が混乱して耳鳴りがしたって事も考えられへんか?」
するとミリがおかしそうに言った。
「気のせいっていうのとあんまり変わらんやんか。それで、どうやって確かめるん? 山崎計画パート2はどんな計画?」
「そんなん確かめようがないわ。あとは高橋計画のほうを、毎週根気よくやっていくだけや」
「そうだよな。山崎計画はパート1からなんにもならんかったもんなあ」
じょうだんにしても、ミリはダクテンのいやがる事をずけずけ言いすぎる。ダクテンがミリより大人だからケンカにはならないけど。ぼくは話をそらせるつもりで、さっきから気になっていたミリの胸ポケットの中のものをたずねた。
「ああこれ? フフッ」
ミリは小さく笑って、その赤いぼうみたいなものを見せてくれた。ペンかなにかかと思っていたら、それは赤い柄のヤスリだった。ミリはヤスリに続いて、うすくてとうめいなプラスチックのかけらみたいなものもポケットから取り出した。
「なんやそれ」
ダクテンがたずねた。彼もそれがなんだか知らないらしい。ミリはまた小さく笑いながら、プラスチックのかけらをつくえの上にならべた。
「これを星の形にけずってな、みんなで持っとこうと思って。仲間のしるしや」
また幼稚な事を始めた。まったくミリは……。
「ようやるわ。それ工藤のアイデアやろ」
「そう」
やっぱり。ぼくもそう思ったんだ。仲間のしるしだなんて、いかにも女の子の考えそうな事だ。それによろこんでのってしまうミリも、いったいなにを考えてるんだか。まあだいたい想像つくけれど。ミリは工藤の言う事なら、なんだって賛成するんだ。
「それでな、みんなちがう色にぬろうと思うんだ。テンが赤で、上野が青な。それからヨッシーが黄色、ユッコが桃色、そしてぼくは、ミドレンジャー!」
ポーズをとるミリを見て、ぼくはうっかり大きなため息をついてしまった。ダクテンが大声で笑っていたけど、きっとミリには聞こえてしまっただろう。
「ハハハハハハハ、おまえはテレビの見すぎや」
「だって、五人を色分けするっていったら、ほかに思いつかなかったんやもん」
ばつの悪さをとりつくろうように、ぼくはきょうみがあるような口ぶりでミリに言った。
「色分けするだけじゃなくてさ、一人一人のイニシャルでもほったら?」
「あっ、それいいなあ。上野は名前なんていったっけ」
「康之」
「じゃあY.Uか。ぼくはK.Tで、テンは浩一だからK.Yやな」
「そうや」
「ユッコがその反対でY.K。ヨッシーは千佳子だからC.Aになるんか。うん、やってみよう」
「それからさ、おれは青よりも、できたら黄色のほうがいいんだけど」
「なんで? 上野って黄色が好きなん?」
「べつに、ただあの流星も黄色っぽい色だったから」
「ふうん」
「じゃおれも変える。おれ青がええわ。男の色や」
「うん。じゃあテンがアオレンジャーで、上野は本人の希望通りキレンジャーな」
ミリが笑いながらそう言うと、今度はぼくも自然に笑えた。
おやつのブドウを三人で食べていると、ミリがぼそっとつぶやいた。
「上野、ぼくな、ブドウがこわいんや」
ぶつけてやるのも気の毒だと思って、ぼくはブドウのつぶをいくつかミリの皿に入れてやった。
「ありがとう。言ってみるもんやな」
「じつはおれもブドウがこわいんや」
ダクテンまでがそんな事を言う。ぼくはダクテンにも平等に同じ数だけ分けてやった。
「なんか悪いな。ほんまにええんか?」
「二人ともお客だからな」
二人はぼくの部屋に来た最初の客なんだ。それを思えば、おやつを分けてあげるくらいなんでもない。
「でもおれな、ほんまはブドウよりもイチジクのほうがこわいねん」
ダクテンがそう言いながらこっちにおしりをつき出すので、ぼくはせなかをたたいてやった。
「アタッ、なんや」
「食べてる時にきたない事言うからだよ」
「べつにきたない事あらへんやんか。イチジクかて食べもんや」
「でもダクテンの言うのはべつのイチジクだろう」
「べつのってなんや? 勝手になに想像しとんのや」
「そうか、じゃあ持ってきてやるよ。ひょっとしたらまだあるかもしれないから」
「どこに? 救急箱に?」
「冷蔵庫だよ! ほらやっぱり」
ミリもだけど、ダクテンもこんなにおかしなやつだったなんて知らなかった。
教室で何週間もいっしょにいるより、家によんで同じ部屋に数時間いっしょにいるほうが、ともだちの事はずっとよくわかる。
そしてもちろんミリやダクテンにとっても、ぼくについてのいろんな事がわかるんだろうな。
もともと目的があって集まったわけじゃないので、おやつを食べ終えるともうなんにもする事がなくなった。すると部屋の中をうろつき回っていたミリが、どこからかぼくのハンダゴテを引っぱり出してきた。
「これ上野の?」
「え? ああそうだけど」
「へえ、上野にこんな趣味があったんか。今までにどんなもん作った?」
「あんまり……、キットのラジオとか、そのくらいだ」
「ラジオ、へえ」
感心するような二人のまなざしが、ひどくてれくさかった。まだ始めたばかりで、ハンダづけさえそんなにうまくできないんだから。初めて作ったキットのラジオだって、お父さんに手伝ってもらってようやく鳴ったくらいだ。
それでも関心を持ってくれたのがうれしくて、ぼくは二人に電子工作の本をいくつか見せた。
「こういうの好き?」
「ああ。けど、ちょっとむずかしいな」
「おれだって仕組みとかはよくわかんないんだ。でもハンダづけができれば、あとは書いてある通りに作ればいいんだからかんたんだよ。でも、この辺だったらどこで部品なんか売ってるかなあ」
「三宮まで行けばあると思うよ。なあ、ただ書いてある通りに作ればいいん? それならぼくにもできそうやな」
「そりゃできるよ。ミリは工作得意なんだろ?」
ぼくがミリのポケットを指さしながら言うと、彼は笑いながらまたヤスリを取り出した。
ミリはプラスチックのかけらを、ヤスリでゴリゴリとけずり始める。粉がつくえのへりからゆかにまで落ちているので、ぼくは注意した。
「おいミリ、そこにこぼすなよ」
「だいじょうぶ、あとではらっとくから」
「はらったってダメだよ」
ミリが事もなげに言うものだから、とがめるぼくの言葉もしまいには笑い声になってしまった。ミリが相手だと、どうも調子がくるう。まったく、ミリにはなにを言ってもこたえないんだから。
二人はぼくが貸した電子工作の本を、大事そうに持って帰った。
そのころにはぼくは、今夜流星の観測をする予定だった事をわすれかけていた。天気の悪いのをざんねんがっていた事なんかは、もうすっかり頭から消えていた。
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