星の響き − はちみつ色の世代 2 −


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     10月2日 月曜日

 二分前、一分前、三十秒前と、時間を読み上げるミリの声がそのたびごとに高くなっていく。
 「3、2、1、ピーン! 十六時三十二分、ついに最大食分!」
 ミリは最後にそこいらじゅうに響くキンキン声でさけんで、時計と太陽とを何度も見くらべ、と思うと急にかけ出した。
 「じゃあテン、ゴメン、もう行かないと。マサ、あとたのむな」
 ミリは自転車にまたがると、ユンやヨッシーにも短く声をかけて、そのまま公園をつっ切ってあわただしく行ってしまった。
 「まったく、せっかくの日食だっていうのによ」
 おれはわざと声に出してつぶやいた。ミリの弟の政志が、小さくうなずいてみせる。記録用紙から何からみんなむりやりおしつけられて、政志もなんだかおもしろくなさそうだ。
 せっかくの日食観測だっていうのに、塾があるとかでミリは途中でいなくなってしまった。ゲンにいたっては最初っから来やしない。残るはおれに、あと女子二人。けどそのユンとヨッシーも、さっきから向こうでさわいでるばっかりだ。
 「あーどうしよー、こすったらよけいに取れんようになるわあ」
 「なんでススのガラスをひざの上なんかに置いたんよ」
 「だって、スス付いてんの上側やと思っとってんもん」
 妹に何かふく物を持って来てもらって、さわぎはようやくおさまった。
 「もう相手してられんわ、ほんま」
 おれはまた口に出してぼやきながら、それでも一言からかってやろうという思いもあって、二人のところへ行ってみた。
 「せっかく今一番欠けとう時やのに、太陽も見んと何さわいどんのや」
 声をかけると、ユンはサッと両手でひざを押さえた。二人とも、顔を見合わせて笑うばかりで何も答えない。かわりにユンの妹の恵子が、
 「あ、ヤラザキくんヤラザキくん」
 舌たらずな声で言いながら、おれにまつわりついてくる。
 「また来た……。あんなあ、いつもいつもそれ言うのやめてくれや」
 小さい恵子は、おれの事をヤマザキでなくヤラザキと呼ぶ。まだ舌が回らないからとユンは言いわけするけど、ほんとはどうだか。かげでこっそり教えたんじゃないのかよ。あれはやらしいヤラザキくん、とか。
 「ねえテン、太陽はあとはもうもどるばっかりなん?」
 そうたずねられて、おれはブランコの低いさくに座っているユンとヨッシーを見下ろしながら答えた。
 「ああそうや、さっきが最大食分って言って一番欠けとった時やからな。だからもうさわいどうひまなんかないで」
 「べつにさわいでへんって。ちょっとスカートよごしてもうて、あわてただけやもん」
 見ると、ユンのスカートはすそが黒くなっていて、かわりにヨッシーの持つ黒いガラスが一部すき通っている。おれはこらえきれずにふき出した。
 「もう、あんたこそ笑っとう場合? ほら、もう四十分になるよ」
 ガラス板をふり上げるヨッシーに追い立てられて、おれは観測にもどった。
 ふと見ると、政志は双眼鏡をかざして太陽を観測している。双眼鏡には光を弱める加工がしてあるものの、見てるとどうもあぶなっかしい。日食観測の新兵器とか、ミリは大げさな事を言ってたけど、ただ双眼鏡にテープで下じきをはり付けただけじゃないか。
 「おい気を付けろよ。下じき取れたらアウトやぞ」
 「えっ?」
 「ミリの手製じゃあんまり信用できへんで」
 「うん。ねえ山崎くん、太陽はしずむまでにはもとにもどる?」
 「まあ日没前には日食は終わるらしいけどな、でもここから見てたらわからへんな。屋根にかくれるかもしれへんし、低いとこには雲もあるし」
 「それじゃしょうがないよね。屋根だったらまだほかの場所から見ればいいけど」
 政志はやけに熱心だ。アニキに言われてイヤイヤやってるわけでもないんだな。もしおれが芽衣子に観測をまかせたら、あいつならどうしただろう。
 「それよりヤマイモ見いへんかったか?」
 ヤマイモというのは芽衣子のあだ名だ。「山崎の妹」を縮めてミリが言い出したのが、今じゃおれまでついそう言ってしまう。
 「帰り道ならそこの道通るはずやけどな」
 「知らない」
 まあ、あいつは政志より二つも小さいし、どうせあてにはならんだろうな。
 じつを言うと、おれも今回の観測にはあんまりのり気になれないでいる。塾を理由にぬけ出したミリにしても、最初から来ないゲンにしても、やっぱり熱意が持てないからそうなんだろう。
 ユンやヨッシーにしたって例外じゃない。
 「日食ってもっとすごいもんかと思ってたけど、なんかそんなにおもしろないねえ」
 「うん。ちょびっと欠けて見えるってだけやもん。皆既日食ならすごいと思うけど。真っ暗になったりもするし」
 「そうやね、やっぱり明るいと感じが出えへんもんね」
 「半月も前から楽しみにしてて、なんか気がぬけちゃった感じ」
 あの二人の言う事は、おれにもよくわかる。おれにとっても部分日食は、期待の大きさにくらべてそんなに見ごたえのあるものじゃなかった。三割ほどしか欠けないと、そんなのは始めからわかってた事だけど。
 それに、まわりが明るいとしらけるってのもほんとうだ。
 真夜中の月食観測の時には、この公園はおれたちだけのものだった。自分たちだけの場所と時間を、自分たちだけで独占できたんだ。なのに今この公園では、小さな子たちが遊んでいる。近所のおばさんたちもいる。いつも通りのあたりまえの午後、そんな中でおれたちだけがじっと太陽を見上げてる。……これって、なんかアホみたいじゃないか。
 けれどもこのさめた気分の原因はそれだけじゃないと、おれは自分でも気付いている。去年からの習慣で星の観測を続ける事に、もうあきてしまったんだろう。おればかりでなく、ほかのみんなにしてもきっとそうだ。
 いつまでも同じメンバーで、いつまでも同じ事の繰り返し。ただなんとなく続くだけの活動に、熱中できないのは当然じゃないか。

 日食途中で日は暮れた。やっぱりたいした満足感もないまま、今回の観測はこれで終わりだ。
 「時間と形描く場所とまちがえちゃった。どうしよう」
 政志がつぶやきながら、それでもへいきな顔で記録用紙をピラピラさせながら帰っていく。さあ、おれも帰るとするか。
 「じゃあな、ユン、ウリカイ」
 バイバイと言うのがへんにてれくさいおれたちは、それを売買にかけてウリカイと言っている。
 「じゃ、ウリカイ」
 家の前でヨッシーともそう言って別れた。
 家にはだれもいなかった。知らない場所のように静まっている。階段をそっと上がって部屋へ入ると、静けさは部屋の中にも四角く固まっている。
 おれはペンを机の上に投げると、太陽の欠け具合を記入したノートをパラパラながめながら、部屋の中を歩き回った。公園でのつまらない思いが、まただんだんと広がってくる。
 去年からの古い活動を、いつまでも続けるなんてくだらない。もともとの目的もすっかり忘れてしまって、ただ星の観測だけが習慣で残っているなんて。
 おれからみんなに話してみようか。古いものをいつまでも引きずるより、何か新しい事を始めたほうがいいんじゃないかって。ただ、ほかにどんな事があるかって聞かれると、おれにも思い付かないけれど……。
 おれは立ち止まって、窓に手をかけた。なんでもいいから、とにかく外の音をこの静まった部屋に流したかった。
 そこでおれは固まった。何かの音がかすかに聞こえる! 家の中から。下のほうから。えたいのしれない低いうなりが、まるでにじみ広がるように部屋まで届いてくる……。
 おれはそうっと部屋を出た。階段もゆっくりゆっくり降りる。まるでこわれ物を気づかうように。いきなり大きく動いたりすれば、ほんとに何かがくずれそうな気がした。
 音の正体はすぐにわかった。台所の換気扇が回っている。それでもおれの不安はおさまらない。さっきは止まっていた、さっきまではまちがいなく止まっていたのに……。
 とにかく止めてしまおう。おれはまわりの空気を動かさないように、そろそろとうでをのばした。ひもをゆっくりと引っぱりオフにする。換気扇のスイッチがこれほどかたいものだって、おれはあらためて気付いた。それが勝手にオンになるなんて、そんなはずがあるもんか。そんなはずが……。
 手をはなすとひもがゆれた。自分のせいのそのゆれまでが、なんだか気味悪い。静けさがもどれば、それがまた心細い。
 「芽衣子か? なあ、だれか帰って来とるん?」
 うかつに声を出した事で、おれはかえって平静を失った。もちろん返事もない。おれはガラにもなく、すっかりおびえきっていた。

     10月16日 月曜日

 あれから二週間になるけれど、あの事はまだだれにも話していない。ミリにもゲンにも、もちろんユンやヨッシーにも。女子にはとても言えないよな、おれがあんな事におびえてるなんてカッコ悪い話は。
 ミリやゲンに対してさえ、おれはついカッコつけてしまうところがある。といっても、それはわざとらしく気取る事のおかしさを見せる、おれなりのおどけ方みたいなものだけど。まあそれにしたって、やっぱり自分のみっともなさをさらけ出すのは、男同士でも抵抗あるよな。
 次の日に言いそびれ、その次の日も、そのまた次の日も言いそびれ、そうして日数が過ぎていくにつれ、言い出すきっかけはますますつかみにくくなっていく。そうしてとうとう二週間か。おれは今ほんとに後悔している。どうして早いうちに、ミリやゲンに軽い気持ちでしゃべってしまわなかったんだろうって。
 でも、今日ならきっと話せるだろう。ふだんはなかなか決心できない事でも、今日のように特別な時なら、たやすくできるもんなんだ。
 
 修学旅行の貸切臨時列車を降りたその時からずっと、身長順に整列したままで見学が続く。おもしろくねえなあ。背の低さで一、二を争うミリとゲンは最前列で、背の高いおれ一人がこんな後ろにいる。ここじゃ先生の説明なんかも聞きとりにくくて、ほんとおもしろくねえよなあ。
 共感のあいづちを期待して、おれは横にいるヨッシーに話しかけた。
 「大きいっていうのもよしあしやな」
 「なんで?」
 「だって前のほうでばっかりもり上がっとうやんか。先生も後ろのほうなんかぜんぜん見とらへんで」
 「うーん」
 「ヨッシーかてこんな外野やなくて、前のほう行ってユンとおしゃべりしたいとか思わへんか?」
 「んん」
 ヨッシーははっきりした返事はしないけど、おれの不満だけはわかってくれたみたいだ。
 橋を渡って大きな鳥居をくぐると、そこで写真をとる事になった。
 おれはすかさず端から前列にまぎれこむ。と、フレームに入ってないと注意の声が飛んできた。しかたない、おれは首だけつき出した。

 旅館に着いた。夜になると、全員で近くの海岸まで散歩に出た。目的地の小さな砂浜で、おれたち五人は自然に集まった。
 「ねえ、男子のほうの部屋ってどんな?」
 「どんなって、べつに女子のほうとおんなじや」
 「ん? おんなじって? ちょっとミリ、あんたなんで女子の部屋知っとうん?」
 「あー、いやあ、おんなじやろうなって思っただけや」
 「ほんまにい?」
 「あやしいなあ、言い切ったもんなあ」
 「ただの言いまちがいだって。ほんとに知らんよ」
 「でもずっとウロウロしとったし、アリバイもないやろ」
 「あ、ゲンまでなんだよ」
 「じゃあさ、男子のほうのお風呂ってどんな?」
 「もちろん、女湯と変わらん」
 「あー」
 「ってテンが言っとった」
 「こら、おれまで巻きこむな」
 おれは明るい気分で空を見上げた。
 風は吹き荒れ波も高いのに、空は不思議と晴れわたっている。海の上に昇った満月が、まぶしいくらいに明るい。月の光はなんだか、灯台のようにおれたちだけを真正面から照らすようだ。
 なんだかんだ言っててもやっぱり、こうして仲間と夜空を見ている時は、おれとしてもたまらなく楽しい時間だ。
 けれどもじきに、ユンがいやな話を始めた。
 「知ってる? 旅館ってね、けっこう怪談なんか多いんよ」
 「あ、そうそう、だれかが自殺した部屋とかあって、霊が出るとかよく聞くよね」
 「おいやめろや、そんな話」
 おれはオカルトやホラーな話が大嫌いだ。あんな物はみんな作り話のデタラメだと思ってる。信じられるわけがない。……信じたくない、っていうのがほんとうの気持ちだけど。だからあの事も……。
 「何を言い出すんや、こんな時に」
 「なんで? 怪談って満月の夜にはお似合いやんか」
 「…………」
 おれは一人で先に旅館にもどった。言いたい事を言い出せないままに……。
 みんながもどると、じきにまくら投げが始まった。
 やっぱりおれは、こうして体を動かしてる時が一番充実してる。けどちょっとばかりエキサイトしすぎたな。湯気が出るほど暑くなったので、おれはミリとゲンをさそってろうかに出た。
 「フアー、あっつー」
 「あせかくまでやるなよ、ほんとにテンは……」
 「アホ、遊びでもなんでもな、やる時は真剣にやらなあかんのや」
 「おれはけっこうやってたぞ」
 「それならぼくだって。でもぼくはムキになりすぎると、いっつもケガで終わるからなあ」
 ミリのうかない一言に、おれたちは笑顔を見交わした。……今なら二人に話せるかもしれない。あの事を。
 でもまだためらいはほんのひとかけら残っている。それが溶けきってしまうのを待ちながら、おれはひんやりする木のゆかに寝そべって、二人に別の話をした。
 「なあ、今日見たもんの中で、何が一番おもろかった?」
 「うーん、外の見学より、今のまくら投げが一番おもしろかったな」
 「おれも」
 「気が合うなあ、おれもそうや。じゃああしたの予定の中では何が楽しみや?」
 「予定っていってもたいしてないやん。水族館と、真珠島くらいやろ?」
 「あともう一つ、あしたの朝も海まで散歩行くって。ぼくはそれが一番楽しみやなあ」
 ミリも寝そべりながら言った。
 「ぼくな、水平線から日が昇るとこを、ずっと前から見たかったんだ。それから水平線に日がしずむのも。生まれてまだ一度も見た事ないから」
 「それで最近、生活日記に夕日の事ばっかり書いとったんか」
 「まあ……。だからさ、あしたの朝はひょっとしたらと思って。あの岩と岩の間から昇るのは夏至のころらしいからだめだけど、今ごろだって海からは昇ってくるよな」
 「さあ、秋分過ぎてずいぶん南寄りになっとうし、むりとちゃうか」
 ミリがほおづえの手からガックリあごを落とすと、ゲンが力づけるように言った。
 「海からの日の出を見るっていうくらい、これから先いくらだってチャンスあるやろう」
 「そうやな、次のチャンスを待つか」
 おれはそれを聞いていて、なんだかたよりないものを感じた。望みっていうのは、かなうのをただ待つものなのか? 自分でかなえようとするのが望みじゃないか。目標があるならなりゆきにまかせたりしないで、まずそれに向かって行動してみろよ。
 「なんや、おまえらまくら投げせえへんのか」
 顔を上げると、いつのまにか先生が立っていた。
 「暑くなったから、ちょっと」
 「そうか、オーバーヒートか」
 先生は笑いながら部屋に入って行った。なんだ、まくら投げは先生公認なのか。それならやりたいだけやってやろうじゃないか。おれは立ち上がると先生に続いて部屋に入った。
 戦場に足をふみ入れても、先生はとくに注意はしない。ただあしたの予定でも伝えに来たっていう感じだ。
 おれは足もとに落ちてたまくらを拾い上げ、そして力いっぱい投げつけた。一番手近な目標、先生の背中めがけて。
 いったんやり出すと、もうどうにも止めようがないのがおれだ。はね返ってきたまくらを拾うと、つづいてふり返る先生の胸にぶつけてやった。やばっ、今度は取られた! おれは投げ返されるまくらをかろうじてよけた。
 知らないうちに、部屋じゅうのみんながおれに加勢してくれていた。二十数人からの集中砲火をあびて、先生はなんにも言わず退却していく。あしたの予定の連絡は、いったいどうするつもりかな?
 先生がいなくなると、さっきまで敵味方に分かれていた両方の陣営から、いっせいに勝利のときの声があがった。

     10月17日 火曜日

 帰りの列車の中で、おれはまだあの話を切り出す事をためらっていた。
 言いたいんだったら、いつまでもチャンスを待ってないでさっさと言ってしまえ。おれはきのう、自分自身にもそう言い聞かせたつもりだった。とは言っても、ほかのやつに聞かれるのはやはりまずいし、だからおれは今もあい変わらずチャンスを待っている。
 おちつかないおれは席を立って通路をウロウロしていたが、そのうちに連結器の付近にミリが立っているのを見付けた。これこそチャンスかもしれない。
 「なんや、ミリもひまもてあましとんのか」
 言いながらデッキに出て行くと、後ろ姿のミリの向こうにはもう一人、根本が立っていた。
 「何しとんのや、こんなとこで」
 ミリがふり向きながら両手を後ろにかくすのが、おれは気になった。
 「あー、テン、悪いけどこれ秘密なんだって」
 「もう、あんたには関係ないんやから、あっち行っとって」
 根本はおれを客室のほうに押しやると、目の前で勢いよくドアを閉めた。
 チェッ、根本のやつ、何が秘密だ。どうせまたくだらない事だろ。こないだだってあとでミリを問いつめたら、ただの服にくっつく草の種だったじゃないか。ミリもミリだ。せっかくおれがきわめつけの秘密を教えてやろうとしてるのによ。

 二丁目のマンション前の駐車場で、おれたちは解散した。
 「じゃあな、ウリカイ」
 「ウリカーイ」
 ゲンは坂を登って帰っていったが、ミリもユンもヨッシーも、ずっと帰る道は同じだ。おれもふくめてこの四人、いつもの学校帰りの顔ぶれだな。それでも修学旅行からの帰りとなるとやっぱり特別で、おれたちはみな、いつもとはちがう大きなうかれ気分をかかえていた。
 「ユン、ヨッシー、あんなあ、こいつアホやねんで。朝の散歩あったやろ、あん時橋の上でもろに波かぶってな、そのままにしてたらメガネに塩の結晶ができたとか言って、それをペロペロなめよんねん」
 「あれも科学的研究や。わかってもらえんかなあ」
 「それにきのうはきのうでな、風呂ん中でプカプカうかんで、水死体〜とか幼稚な事やっとうし」
 「あれはゲンや」
 「うそつけ、おまえかてやっとったやないか」
 「ぼくのやってたのは引きあげられたニューネッシーやもん。あんな古いのといっしょにすんな」
 「アホの度合いではおんなじや」
 「あー、そんな事言ったら、ぼくもテンがムキムキマン体操してた事ばらすからな」
 「もうばらしとるやないか!」
 ユンの家の前まで差しかかって、みんなは立ち止まった。
 まだ話したりないような時、おれたちは学校帰りもよくここで立ち話をする。ここはちょうど歩行者道路の入り口で、石の車止めが立っている。その右のでっぱりにおれが座ると、左側にはミリが座った。
 ミリはこのヘビがのたくるような形の車止めを、ミリのmだと言ってすっかり気に入っている。
 「男子って、男子だけになるとヘンな事ばっかりやってるんやねえ」
 「なにがや、ヘンなのはミリだけや」
 「ヘンなのはテンこそや」
 「どっちにしろドッコイドッコイやん」
 「そんなら女子のほうやって、おれらに言えんような事あるんとちゃうんか?」
 「まあ、あるといえばあるかもしれんけど」
 「ほらみい。言えるもんなら言ってみろや」
 「言えへんもんは言えへんもん」
 おれはもう、あの事をうちあけるのはあきらめていた。言えないのならむりに言う事もないよな。さっぱりあきらめるととたんに気が晴れて、おれは今になってやっと修学旅行を楽しかったと思えるようになった。
 「おかし食べる?」
 ミリはカバンからチョコレートの箱を取り出した。
 「なんでまだ残っとうん?」
 「最後の楽しみにしてたら、うっかり食べるの忘れてた」
 まつぼっくりの形のホワイトチョコを舌の上でころがしながら、おれたちは修学旅行の余韻をゆっくりと味わった。
 やがてユンは帰っていき、ミリも十字路を真っすぐ行ってしまい、おれはヨッシーと二人きりになった。
 ……あの話を切り出そうか。ヨッシーになら言ってもかまわないかもしれない。そう考えたとたんに、おれはまたおちつきを失った。
 こんななんでもない事を、どうしてこのおれが迷わなきゃならないんだ? いつまでもためらってるほうが、よっぽどカッコ悪いぞ。そうは思っても、やっぱりどうしてもふんぎりがつかない。
 急にだまりこんだものだから、ヨッシーがけげんな顔でおれを見ている。おれはできるだけさりげなく、さっきから気になってた別の事を注意した。
 「なあ、その胸んとこのボタン、二つ目まではずれとうで」
 「うん、さっきはずしてん。暑かったから」
 あっけらかんとヨッシーは言う。
 「やっぱり気になった?」
 「いや、自分でわかっとんのならええけどな」
 そんななんでもない事を、どうしておれが気にしなきゃならないんだ。

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