星の響き − はちみつ色の世代 2 −
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12月13日 水曜日
午後七時過ぎ、観測場所の西畑にしはた公園に、遠藤はほんとにやって来た。ほかにもミリがまた政志をつれて来てるし、今回はやけににぎやかになったなあ。おれもヤマイモをつれて来りゃよかったかな。でもユンとこの恵子だけはごめんだけど。
なんとなくおれまでいっしょになってさわぐうち、時間はすぐに過ぎた。あともう五分かそこらで、アルデバランは月にかくれるはずだ。
「おいミリ、今日は秒読みせえへんのか」
おれはミリに言ってやった。いつかの部分日食の時の事をからかうように。
「あー、でもなあ、見えないんじゃ秒読みしたって意味ないよ」
時計と空とを見くらべながらミリは言う。おれもちょっと上に目をやった。
空はすっかり厚い雲におおわれている。時おりかすかに光がもれるくらいで、これじゃ星食どころか、月がどこにあるかもわかりゃしない。
でもおれたちは、むりにそれを気にしないようにしていた。せっかくみんなで集まったんだし、天気なんかに今夜の事を、だいなしにされたくないもんな。
そんなわけで、みんなはまたおしゃべりなんかに熱中してしまい、気が付くと星食開始の時間はとっくに過ぎていた。
「ねえどうする? 今日はもうおひらきにしようか」
ユンが言った。でもせっかく集まったのにもう解散だなんて、なんか惜しい気がする。
「でも、もし今から晴れれば、出てくるところは見られるかもしれない。もうちょっと待ってみよう」
ミリが言った。おれもその意見に賛成。ほかのみんなも反対はしなかった。
「さて、そうと決まれば腹ごしらえといきますか」
ミリはすべり台のてっぺんに陣取って、持って来た弁当を広げ始めた。いつもの事ながら、ほんとあきれたやつだ。まわりを気にしないマイペースというか、みんなの気を引きたがるおどけ者というか……。どっちにしても、おれにはついていけないよ。
ふと見ると、弟のほうもまたみょうな事をしているぞ。政志はさっきから一人で望遠鏡をいじっているが、その角度がやけに低い。まさかどこかの家でものぞいてるんじゃないだろうな。おれは興味しんしんでたずねてみた。
「おい、さっきから何を熱心に見とんのや」
顔を上げた政志はニヤニヤしながら、逆におれに聞いてきた。
「山崎くんのクラスにさあ、頭が光るって人がいたよねえ。なんて言ったっけ」
頭が光る? 小学生にハゲ頭はいない。まあ五分刈り頭ならいるけれど。
「鳴海の事か?」
「そうそう、その人がいるよ」
なんだって? あいつら、また遠藤のあとをつけて来たのかよ! おれはあわてて政志を押しのけ望遠鏡をのぞいた。そして、思わず大笑いしてしまった。
「頭光ってんの見えた?」
「ああ、見えた見えた、しっかり見えた」
望遠鏡の視野の中には、なんだ、遠くの街灯がポワーっと光ってるだけじゃないか。この政志のじょうだんがあんまりおかしくって、おれは自分がかつがれた事も忘れてやけに愉快な気分になった。
「ちょっとだまっとけよ。あいつらもおどかしたろうや」
ふり向くと、ほかのみんなはすべり台のそばに集まっている。弁当を食べるミリを囲んでさわぐ女子三人を、おれはこう言って呼び寄せた。
「おい、こっち来てちょっと向こうを見てみろや、鳴海のやつがおるで」
思った通り、三人はこっけいなくらいあわてふためいてやって来た。
「どこに、どこにおるん?」
「まあこれを見てみろや」
三人は順番に望遠鏡をのぞき、そして順番に笑い声を立てた。
「もう、ほんまに心配したやんかあ」
「こないだの事もあるもんねえ」
「悪いじょうだんはやめてほしいわあ」
「おれとちゃうで、言い出したんはこいつや」
おれは横で無関係ぶってる政志の事を、女子たちの前に押しやった。
「え? ほんまなん?」
「じつははんにんはぼくでしたー。自首したんだからゆるしてよ」
「いーや、ゆるせへんな。だいたいあんたはいっつも上級生に向かって失礼や。ほかの女子にもマーボードウフとかツタンカーメンとか面と向かって言って、ああいうのってけっこう傷付くもんなんよ」
ユンがそんな道徳めいた説教をするのがおかしくて、おれは言ってやった。
「だったらユンとこのおチビはなんや? いっつもおれの事ヤラザキくんヤラザキくんとか言いよるくせに」
「あれは……、事実やもん」
「こら、それが理由になるか」
「だって、ヤラいのは事実やん。ちがう?」
「ん、……まあ、ヤラいってのはたしかやけどな」
おれはおどけてみせるつもりで、頭をかきながらすなおに認めた。
「でもな、スケベじゃない男なんて、そんなもんどこにもおらへんで」
「そうかもしれんけど、あんたは度が過ぎてるやないの」
「でもおれの上をいくやつかておるんやで」
「だれが?」
「決まっとうやんか、柴崎と鳴海や」
三人はそろって笑い出した。
あいつらの話になると、この三人はいっしょになって笑ったり不安がったりできるらしいな。なんとなくおもしろくない気分になる中で、おれはあいつらの名前なんて出さなきゃよかったと思った。
「でもさっきはほんまにビックリしたわあ」
「あの二人の存在って、時としてキョウイやもんね」
「そうそう、こんな時間には会いたくないわ」
「ユキなんてほんまにビビッとったもんね。さっき顔色青ざめてたよ」
「だって、まさかじょうだんなんて思わんもん。ミリならともかく、テンが言ったらつい信じてしまうもんねえ」
今のセリフは、おれにはちょっとうれしかった。
「ほんまにか? なあ、ユキはおれの言う事なら信用できるんか?」
「いーや、今のであんたも信用できんようになったわ」
「ガクッ」
おれはおおげさに肩を落としてうなだれてみせた。もちろん内心はがっかりなんてしていない。それどころか、ユキの親しげな言葉をよろこんでいたくらいだ。
「ごっそーさまー。さあ、おなかもいっぱいになった事だし、そろそろ帰ってお風呂入って寝るかなあ」
のんきな声にふりかえると、ミリがすべり台の上に立ち上がってのびをしていた。
「二十分くらい早いけど、もうおひらきにしようか」
ほんとにマイペースなやつだ。でも雲も晴れる気配はないし、たしかに待ってもむだだろう。みんなも反論はないらしく、帰りじたくを始めた。
「チェッ、楽しみにしとったのに、残念やなあ」
帰りぎわにゲンが言った。だれに言うわけでもない小さなつぶやきだったけど、だからこそ本心からの失望が強くあらわれていた。
そしておれは、自分までが観測そっちのけではしゃいでいた事を、その時になって初めて自覚した。なんだよ、星の観測が意味のない形だけのものになったのには、おれにだって責任があったんじゃないか……。
「向こうに帰るのゲンだけなんやからな、途中まででもユキを送って行ったれよ」
おれはゲンの背中に向かって言った。
ひょっとすると、こいつみたいなやつこそが、ほんとに信用のおけるやつなのかもしれない。
12月23日 土曜日
今日はなんだか、やたらといそがしかったなあ。
まず、朝は二学期の終業式から始まった。そして通知表をもらい、今までのいろんな提出物も返してもらって、そして最後の大そうじ。昼までの時間はめまぐるしく過ぎた。
帰りのあいさつをして、さて帰ろうかと思うと、
「太陽の高度測定、ちょっと手伝っていってくれる?」
なんて事をユンが言い出す。用があるとかで急いでいるミリも、ユンのたのみとあってはことわりきれないらしい。
「じゃあ大急ぎで終わらせて早く帰ろう」
まったくあわただしい。でもほっとくわけにもいかないし、おれもしぶしぶ付き合った。
おれたちは体育倉庫から、長さ一メートルの塩ビ製ポールを持ち出してグラウンドに立てた。巻き尺や大きな分度器はユンたちが持って来た。これで南中する太陽の高度を測定するわけだ。
「影の長さは、えーと、百五十五センチか」
「角度は……、ヒモもっとピンと張って。三十二……、いや、三十一かな、三十一度やね」
「へえ、三十一度なんて最低記録やなあ」
「そりゃ冬至やもん」
「六月がたしか七十八度やろ。こりゃ五十度近くも差があるよ、すごいなあ」
「ようおぼえとうねえ、半年も前の事」
「頭ん中にしっかり記録してるからな」
ユンに向かって、ミリは胸を張ってみせた。よっぽど記憶力がじまんらしいな。
「へえ、じゃあ五月の太陽は何度やった?」
「んー、それはちょっとおぼえてないや」
「じゃあ四月は?」
「うーん、それもちょっと思い出せない」
「なあんや、ハカセの頭もべつにたいした事ないやん」
理科で太陽の動きを習ったのをきっかけに、四月から一年続けての観測が決められた。これはおれたちが好きでやってるわけじゃなくて、理科の授業の延長だ。毎月二十日の十二時に、その月生まれの人が測定する事になっている。ただくもりの日が続けばその分おくれもするし、その月生まれが少ないと手伝いをたのまれる事にもなる。ちょうど今回のように。
「手伝ってやったんやから、おれらの時にはユンも手伝ってくれよ」
「二月生まれは何人もおるんやし、ええやないの」
「チェッ。でもおれ知らんかったで、ユンが十二月生まれなんて」
「そう?」
「だって一度も言った事ないやんか。十二月の何日なんや?」
「何日って……、ほら、あの帰り道の、あの日」
そんなあやふやな答でも、おれにはそれがいつの事だかすぐにわかった。あの放課後の、あの日。
「そうか、あの日か……」
「えっ? でもあれってまだ十一月じゃなかったっけ?」
ミリにもそれがいつの事を言うのかわかったらしい。
「ううん、あれ今月の一日やってんよ」
「えー、そうだったかなあ」
「半年前の事おぼえててこないだの事忘れるなんて、いったいどういう頭してんの。いい? わたしの誕生日は十二月一日、ようおぼえとき」
二人のそんなやりとりを聞きながら、おれはユンの事をけげんなおももちでながめた。秘密だったはずの誕生日を、ユンはどうして自分からうちあけてしまうんだろう。
いつものmの形の車止めで立ち止まりもしないで、ミリはあわただしく帰っていく。ヨッシーと二人だけになり、おれはやっと息がつける気がした。ほんと、今日はなんだかやたらといそがしかったなあ。
そんな気分になった原因はわかっている。ミリが朝からずっと、ちっともおちつかなかったせいだ。午後に約束があるんだ、とか言って。
そう、ミリは津山の家でのクリスマス会に招待されているんだ。それもおれたちの中で一人だけ。まあおれやゲンもいちおうは声をかけられたけど、ユンの手前もあってことわった。あとからミリにもこんなふうにさそわれたけど、やっぱりおれは首をふった。
『なあ、テンも行かない? バザや鳴海も行くらしいよ。それにユキだって。なあ、テンも行きたいと思わん?』
……そりゃ、正直言って思わない事もない。でも、だからってヒョコヒョコ出かけて行けるかよ、津山のクリスマス会なんかに。だいたいミリは無神経すぎるぞ。ユンと津山がまるで前世からのカタキ同士みたいに仲が悪いって事、あいつだって気付いてないはずはないんだから。
でも、なぜそんなにあの二人は仲が悪いんだろう。おれはヨッシーにたずねてみた。
「ヨッシーは知っとうか? ユンと津山がなんであんなに仲が悪いかって」
「理由がとくにあるわけやなくて、女同士ってああいうもんなんよね。相性がちょっと合えばすごく仲が良くなるし、反対にちょっと合わん部分があれば何もかも気に入らんようになるし」
ふうん、そういうもんか。ヨッシーにそんなふうにあっさり言われると、おれにもべつになんでもない事のように思えてくる。問題なのはやっぱり、ミリの事だな。
どうやらミリには、その相性の合わない相手というのがいないらしい。少なくとも、クラスの中にはただの一人も。だれからも気安く声をかけられるし、ミリのほうもすぐについて行くし。
おれはミリのそんなところが、かえって心配だった。ミリがおれやゲンと親しいのは、ただ趣味が合うからだけで、ユンやヨッシーが好きなのは、ただ帰り道がいっしょだからというだけ、なんてふうにも思えてしまう。
あいつはちょっとした事からも、いつかおれたちの仲間からはなれてしまうんじゃないだろうか。
そんなおれの心配を知ってか知らずか、ヨッシーがこんなふうに言った。
「ミリが津山さんのとこに行く事気にしてるみたいやけど、でもあたしはあれでもよかったと思うよ」
「えっ? なんでや?」
「だって、ミリって最近ユンの事追いかけてばっかりやん」
「そうかあ?」
「もう、たとえ話やんか。ユンばっかりを気にしてるって言ってんの。それでね、あたしそれじゃ逆効果やと思うねん。たしかにうれしい部分はあるやろうけど、追いかけられるばっかりっておもしろないもんね」
「めんどうなもんやな、女って」
「まじめに聞き。だからね、ミリはちょっと距離をおいてみてもええと思う。ユンがそうかどうかはわからんけど、たいていは女の子って、追いかけられるより追いかけるほうが性に合ってるもんやから」
そういう考え方もあるものなのか。でも……
「でもな、ヨッシー。あいつの好きなんはユンだけとちゃうで。ヨッシーの事も好きやって言うとったやんか」
「そうやけど、でもあたしはアネキみたいなもんやから……」
ヨッシーは歯を見せないで笑った。
「あんたやってそうやろ?」
……そうなんだろうか。おれにとってもヨッシーはアネキみたいなもので、ユンはイモウト、たしかにユキ一人がヒロインなのかもしれない。
といったって、それでバカ正直にうなずいていいはずがない。おれは首をかしげながらふざけた返事をした。
「うーん、アネキというよりは、やっぱオバサンやろうなあ」
「ちょっとー、言っとくけどあたしテンより七日は年下やねんよ」
「そんなん関係ないで。それ言ったらおれやって、あのミリより三日年下や」
「それ考えるとほんま不思議やね。あたしらのうちでは、ユンが一番年上なわけかあ」
また話がユンにもどって、おれたちは少しの間だまりこんだ。
そしてまた、ヨッシーが言った。
「ユンと津山さんの事やけど、あたしああいうのもべつにええと思うよ。なんていうか、味方や仲間ばかりやなくて、時には敵っていうかああいう相手もいたほうがええんやないかな。そう思わへん?」
人には味方ばかりじゃなくて、時には敵も必要か……。ミリにこそ聞かせてやりたいよ、その言葉。それにしても、ヨッシーもすごい事を言うよなあ。
「ああ、わかるわかる。ヒーローも戦う敵がおらへんかったら番組終わりやもんな」
「もう、そういう意味やなくって……」
「でもヨッシー、ヨッシーってほんま、おれたちのアネキやな」
1月13日 土曜日
「あーあ、ガッカリやなあ。おれもテンやミリと同じ班になりたかったのに」
ゲンのやつ、まだ言ってるよ。もう一週間にもなるっていうのに、毎朝席につくたびこれだ。まあこのクラス最後の、いや、小学校最後の班と思えば、その無念さもわかるけど。
おれだって、ミリやゲン、それにユンやヨッシー、この五人で一つの班になれたらおもしろいだろうなとは思った。でも考えてみりゃ、放課後いつも集まるメンバーで、なにも班活動までいっしょにしなくたっていいじゃないか。
けれどもゲンにそう言うと、
「そりゃ、テンはミリといっしょの班になれたから余裕で言えるんや。おれなんか、とうとう一度もミリと同じ班になれんかったもん」
遠いものほどよく思えるもんなのかねえ、人間って。ミリと同じ班になるのおれはこれで二度目だけど、そんなにいいもんじゃないぜ。あいつ班新聞のしめきりは守らないし、給食食べ終えるのもやたらとおそいし……。
ほんとはおれは、柴崎や鳴海と同じ班になりたいとも思っていた。あいつら二人も、おれにとっては気の合う相手だから。でも同じように言えば、休み時間や体育の時間にグラウンドで暴れ回る相手と、教室でまでいっしょに暴れなくたっていいじゃないか。
そんなわけで、おれが今残念がるのはただ一つ、ユキと同じ班になれなかったって事くらいのものだ。
おれがまともに話を聞いていないとわかると、ゲンは行ってしまった。向こうの席で本を読んでるユンのところへ。
「なあ、食べるラムネと飲むラムネと、どっちのほうが好き?」
背後から近付いていっていきなり、ゲンはなんの脈絡もなくこんな事を言い出す。こいつもまた、ミリに負けずおとらずヘンなやつだなあ。
「なんやの? いきなり」
「食べるラムネと飲むラムネ、どっちが好きかって聞いてるんや」
「聞いてどうすんの? おごってくれるっていうなら答えるわ」
「考えとく。なあ、どっちや」
「んー、飲むほう」
「ふーん」
「ふーんって、それでおしまい? いったいなんの意味があるんよ」
「じゃあ質問その二。食べるサケと飲むサケと、どっちが好き?」
「サケとサケって、魚のサケと飲むお酒? そんなん、お酒なんて飲むわけないやん」
「いや、わからんなあ。正月よっぱらって寝てたって言っても、ユンならありそうやもん。雨戸がずーっと閉まってたの知ってるぞ」
「アホな事言わんといて」
また始まったよ、まんざいが。最近あの二人、おたがいからかい合いをよくやるんだ。横で見ててもおかしくて、夫婦まんざいばかりするな、なんてこっちからもからかってやりたくなる。でもこんな事言うと気を悪くするだろうな。本人たちより、ミリが。
「今年のお年玉、今いくら残っとう?」
ゲンはまた唐突に話を変える。
「もう、なんでわけわからん事ばっかり聞くんよ」
「きみが倹約家か浪費家か、わたしが診断してやろう」
「そんなもん自分でわかってます。あんたこそいくら残しとうん?」
「きみに資産を公開する義務はない」
「なにをいきったしゃべり方してるんよ。カッコつけてもそんな頭じゃ似合わへんわ」
いたいところをユンはついてきた。さんぱつ直後に特有の整然すぎる頭を、休み明けからゲンはずっと気にしてるんだ。このからかい合い、勝負あったな。
「頭の事言うなって言うたやろ。アタマくんなあ」
案外ゲンも、ほんとはユンと同じ班になれなかった事を残念がっているのかもしれない。
今回おれは一班になった。同じ班のメンバーは、男子がミリと佐々木、女子が田代と、そして問題の津山だ。
いや、問題ってのは言いすぎか。ユンと津山が同じ班なら問題だろうけど、ミリと津山が同じ班になるくらい、べつになんでもない事だ。……おれもちょっと考えすぎだな。
佐々木とは、いや、サキやんとはおれはすぐに親しくなった。サキやんも太陽測定の係が来月、つまり同じ二月生まれだとか、それからやっぱりユキに気があるとか、ほかにもいろんな共通点からすっかり気が合ってしまった。今日の午後も、おれはミリの買い物に付き合わされたので、ついでにサキやんもさそってみた。
おれたち三人はとなり町の駅前までやって来た。けれどミリの探す本は見付からなくて、けっきょくむだ足だ。気晴らしにおもちゃ屋なんかをのぞくうち、時間はもうおやつ時を過ぎていた。
「なんか買い行こか」
おれとサキやんで相談していると、横からミリが口をはさむ。
「やめよう、買い食いなんて。ぎょうぎ悪いやんか」
ミリは時々、みょうなところでゆうずうのきかないカタブツになる。おれはからかい口調で言ってやった。
「おーお、マジメやなあ」
「ちがうって。ただみっともない事やろ? はずかしいよ。」
「なに言っとんのや、さっきおもちゃ屋で笑い袋といっしょんなって笑っとったやつが。あれのほうがよっぽどはずかしかったで。なあサキやん」
「もうええやん、べつにたいしたもんもないやろうし、帰ろうや」
サキやんもこう言うし、おれも買い食いはあきらめて歩き出した。
「そういう事なら、ミリん家でおやつをいただくとしよう」
サキやんと笑いながらそんなじょうだんを言ってみたが、ミリは聞いていない。立ち止まって、何かじっと遠くを見ている。
「何見とんのや」
「あれ、あそこ歩いて行くのお父さんみたい」
ミリは反対側の歩道のずっと向こうを指さした。
「目悪いくせしてようわかるなあ」
「ほらあのカバン、大きさとか色とかがしっかり頭の記録にあるからね」
立ち止まったまま見守るうち、その遠い後ろ姿は坂の向こうに見えなくなった。
「よし、たしかめに行こうや」
おれたち三人はまた歩き出した。
サキやんが少しけげんな顔をしている。ミリの家のおじさんが単身赴任してて、めったに帰らないって事を知らなけりゃ、たしかにおおげさだと思うだろうな。おれは歩きながら、そんな事をサキやんに説明した。
ふと横を見ると、いつのまにかミリがいない。
「あれ? どこ行ったんや。……ほんま、りちぎなやつやで」
ふり向くと、さっき渡った小さな横断歩道で、ミリは車も来ないのに一人赤信号に立ち止まっていた。
途中、一丁目で根本に出くわした。さそわれるままサキやんは根本と行ってしまい、ミリの家にはおれだけで行った。
「ただいまー」
「お帰り」
「あれっ、おかえりなさーい」
「ああ、ただいま」
やっぱりおじさんは帰っていたんだ。でもひさしぶりの親子の対面が、こんなコミカルなもんだとは知らなかったなあ。
おかしなやりとりのあとおじさんは庭に出て行き、おれたちは階段を上がってミリの部屋へ行った。
そしてほんとに、おれはおかしとコーヒーをごちそうになった。だけどミリのやつ、あてつけがましくやたらとすすめるんだよなあ。
「ほら、コーヒーもっと砂糖入れたら?」
「もうええわ、あまいのそんなに好きとちゃうねん」
「そんなえんりょすんなって」
やたらとあまいコーヒーを飲まされて、おれはかえってのどがかわいちまったよ。
ミリはコーヒーのおかわりを持って来てくれるという。今日はやたらとサービスいいじゃないか。そうか、おじさんが帰って来たから機嫌がいいんだな。なーるほど。
でも、うかれるミリは何をしでかすかわからないぞ。下で砂糖ガッポリ入れられたらたまらない。おれも部屋を出るとそっと階段を降りて行った。
「……でも、そうやって先延ばしにしてて、結局はどうなるの」
最初に聞こえてきたのは、おばさんの声だった。続いて、ミリの細い声も聞こえてくる。
「だって、やっぱり話が急すぎるよ。だからもうちょっと……」
「あなたはまだいいじゃないの、卒業してから引っ越せるんだから。政志の事を考えたらそんなわがまま……」
おれは無意識のうちにドアを開けていた。おばさんとミリの二人がふり返る。
「あ……、コーヒー、おかわりはブラックで」
なんてマヌケな事を言ってるんだ、おれは。
おばさんはとまどうおれに、事情をすべて説明してくれた。今はおじさん一人でいる遠くの町に、ミリの家族は春に引っ越す事に決めたのだと。となりでミリは、すっかり不機嫌になってだまりこんでいた。
部屋にもどって二杯目のコーヒーをすすりながら、おれはミリからさらにくわしい話を聞かされた。
「去年の終わりごろから話は出てたんだけど、とうとう本決まりになったみたい……。向こうにな、春に新しく社宅ができるんだって。でも、だからって勝手だよな。そこでみんなで住むんだなんて、家族優先みたいな事言うけど、それってけっきょく会社優先じゃないか。なあ」
カップをのぞきこみながら、おれは求められるまま何度かうなずいた。
「でもテン、ほかの人には当分言わんでくれな。テンにだって言うつもりなかったんだから。まだ先の事だし、それまでいろいろ気にされるのもいやだし、だからこの事は秘密にしといてくれるな」
「ああ、わかっとう」
おれはカップを下ろし、顔をしかめながらうなずいた。秘密、か……。ここんとこいろいろな秘密をずいぶん味わったけど、こんなにがい味わいの秘密、おれは初めてだ。
「……なあミリ、それとは関係ない話やけどな、じつはおれもミリに聞いてもらいたい秘密の話があるんや。おれには原因がわからへんから、ミリにもいっしょに考えてほしいんや」
長い間意識の底にしずめていた、十月のあの不可解な出来事。おれは心をむりにかき回し、ようやくそれを口にする気になった。
「なんの事?」
「ええか、こんな事信じられへんかもしれんけど、最後までまじめに聞けよ。おれん家の換気扇が……」
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