星の響き − はちみつ色の世代 2 −


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     1月21日 日曜日

 みんなは九時前にはむかえに来てくれた。サキやんに根本、そしてミリの三人が。
 「あとの二人は?」
 「今からさそいに行くとこ」
 おれたちはヨッシーの家へ向けて歩き出した。
 日曜日にみんなでハイキングに行こう。ミリからそう持ちかけられたのはついきのうの、それも帰るまぎわになってからだった。だからおれはまだ、行き先さえ聞かされていない。
 「それで、ヨッシーとユンとさそって、それからどこへ行く予定なんや?」
 「きのうネモニョとも相談したんやけど、急だったから予定も立てられなくてさあ。だから七丁目あたりに遊びに行こう」
 七丁目だって? 弁当持ちで七丁目に遊びに行ってどうするんだよ。おれはばからしくなってため息をついた。けれども同時に、そんな顔をミリには見せちゃいけない気もした。
 ヨッシーの家へ行くとおばさんが出て来て、つい今しがた出かけたと言う。たぶんユンの家だ。そう思い急いで行ってみると、二人そろって今出かけたとまた言われた。この不手際にはさすがにおれもアタマにきた。
 「なんで前もって、集合場所とか時間くらいは決めておかんかったんや」
 おれは根本に行ってやったつもりなんだけど、もう一人の発案者のミリが、すまなそうにあやまった。
 「ごめん。ネモニョとは電話でうち合わせたんだけど、もう時間おそかったからみんなには伝えそびれちゃって……」
 「ま、まあええわ。さそってくれただけでもありがたく思わんとな」
 今のおれには、どうもミリに向かって強い事は言えない。女子たちとも歩き回るうちぐうぜん合流できたし、それならもうなんにも問題はないよな。
 「もう、さがしたやないの」
 「だからさそいに行くまで待ってりゃよかったのに」
 「なら始めっからそう言っときよ。で、これからどこ行くん?」
 「あっち、七丁目」
 「あっちって、あんなとこに遊びに行って、いったいなんの意味があるんよ」
 ユンとヨッシーの二人は、あからさまにガッカリ顔をした。ミリにそんな顔を見せるのはやめろよ。こいつといっしょに過ごせる時間は、あとわずかしか残ってないんだぞ。

 今日おれはカメラを用意して来た。ハイキングというから、てっきりどこか絵になるような場所へ行くのかと期待していたし、それに何よりミリのために、今のみんなの写真を残しておいてやりたいという気持ちもあったから。
 根本も、そしてサキやんも、カメラを持って来ている。自分専用のカメラだというし、この二人もどうやら写真が好きらしいな。根本はともかく、おれはますますサキやんに親しみを感じた。あえてモノクロフィルムを使うなんて、こいつ、なかなかの通かもしれないぞ。
 おれたちはまず、七丁目の南のはずれにある桑坂公園にやって来た。
 みんなは鉄棒を回ってみたり、鉄さくに石を投げてみたりと、ハイキングなんて言ったところで、これじゃいつもの放課後とまるで変わらない。それでもおれは、そんななんでもない様子を何枚も写真にとった。
 「それにしてもほんま、ゲンのやつもいっしょに来りゃよかったのになあ」
 「しょうがないよ、ほかに用事があったんじゃ。それに言い出したのがとにかく急だったし」
 それにしても、予定を変えてでも今日はおれたちに付き合ったってよかったんじゃないかとおれは思う。ま、しょうがないよな、何も知らずにいるんだから。
 ミリと別の班になった事をあんなに残念がっていたゲン、引っ越しの事を知ったとしたら、どんなにがっかりするだろう。

 公園から空き地へとおれたちは遊び場所を変え、昼には西のはずれの丘の上で弁当を広げた。たまに冷たい風が吹き上げたりもするけれど、いったん座りこんでしまうとここはなかなか居心地がいい。町が遠くまで見通せるのもいい気分だ。
 「ほら、あれ、ここの道をちょうど真っすぐ真っすぐ行ったら、右っかわがぼくの家や」
 「それやったら、その先真っすぐ行ったら左っかわがわたしの家やん」
 「でもぼくのほうが近いぞ」
 「だからなんやの? それ言ったら、反対向きに地球一周したらわたしのほうが近いもん」
 おやおや、今日はユンとミリがまんざいコンビかよ。……ある点では、ゲンがいなくてかえってよかったのかもしれないな。
 それにしても、いったいどういうわけだろう。今日は見慣れたものがなんだかふだんとちがって見える。おれは立ち上がって遠くを見渡した。いつもの町にはちがいないけど、やっぱりどこか、何かがちがうんだ。
 そんな気がするのは、ハイキングだと気がまえて来たからかもしれないし、もしかするとカメラのファインダーごしに見るせいかもしれない。そう、きっとそうだ。何度もカメラをのぞいているから、それでいつも通りのミリさえも、なんだかちがって見えてくるんだ。
 ……でも引っ越しの事を知らないままでいたとしたら、おれは今のミリをどんなふうに見ていただろう。
 おれは思った。今はごくあたりまえに身近にあるものも、いつかはあっけなく消えてしまいもするんだと。今が今だけのものだって、わかっているつもりでも、ほんとはわすれているものなんだ。

 弁当を食べ終えて、おれたちはまたすぐ空き地で遊び始めた。最初だるまさんがころんだでは、おれはあせって失敗ばかりだった。こんなじっと止まったりするのは性に合わん。けれど次にはかんけりを始めて、さあ、いよいよおれの活躍の時だ。
 「おいミリ、ちょっとジャンパー取り替えようや」
 「なんで?」
 「一瞬の差が勝負の分かれ目やろ、だからこれでオニの目をあざむいたるんや」
 「ようそんなひきょうな手を考え付くなあ、ヒーローのくせして」
 「何言っとんや。ミリこそ買い食いははずかしいとか言っとって、今日は弁当でもおかしでもガツガツ食うとるくせに」
 「ハハッ、今日だけ特別、大目に見てよ。あ、いいもんみーつけた」
 おれのジャンパーを着たミリは、ポケットに手を入れて中の小銭をジャラジャラ鳴らした。
 「これで帰りになんか買って食べよ、って言ったらどうする? でも、テンのジャンパー大きいなあ」
 おれにはミリのジャンパーが、意外なくらいに小さかった。
 かんけりをして遊びながらも、オニの目をかすめながらおれは何枚も写真をとった。
 今のような時だって、いつかは特別に思えるようになるんだ。だからそんな日のために……。それこそが、今のおれの役目だって気がする。

 楽しい時が短いってのは、いつもお決まりだ。今日だって例外じゃない。ほら、もうじきに日はかくれてしまう。
 なにか用事があるらしくてユンは帰ってしまったけど、とくに急ぐ用のないおれたちは、まだなんとなく帰る気になれない。気まぐれに写真をとったりしては、解散を先のばしにした。
 でももうフィルムもない。最後におれは、向こうの木に引っかけた自分のジャンパーを遠景に、今まで遊んでいた空き地を写した。
 「しょうもないもんとるんやねえ」
 ヨッシーが言う。おれはちょっとおどけたように答えた。
 「おれの追ってるストーリーが見えへんか? ラストにこの情景のさびしさ、わかってもらえへんかなあ」
 「ふーん、芸術家は孤独やね」
 「ハハッ、その通りや」
 わからないだろうな、今はまだ。そのうちここも、家がビッシリ建って空き地なんて消えてしまうんだぞ。今はあたりまえのこの景色だって、いつかは特別なものになるはずだ。おれにはわかる。
 おれたちは、ゆっくりゆっくり帰り道をたどり始めた。
 「解散場所は、いつものmの車止めやから。テンもヨッシーもそのまま帰らんでな」
 ミリが平然と言う。おれもヨッシーも苦笑してしまったけど、それでも自分の家を通り過ぎ、そのままミリたちに付き合った。
 「集合場所は決めとらんかったくせに、解散場所だけはしっかり計画しとうわけか」
 「そういう事。ことわざにもあるけど、やっぱり始めより終わりが大事やろ?」
 ユンの家の前まで来ると、ミリはついでのようなそぶりでユンを外に呼び出してきた。
 「またわざわざどうしたん?」
 「いや、最後にみんなで写真をとろうと思って、それでちょっと寄ったんだ」
 なるほどな、うまい口実を思いつくもんだ。
 まだフィルムが残っているサキやんが写してくれるというので、おれもミリの右どなりにならんだ。
 「ちょっと待って、わたし寒いわ」
 ユンが肩をすくめて両うでをかかえた。上着も着ないで飛び出して来るからだ。
 「ちょっと貸して」
 言うが早いか、ユンはミリの野球帽をうばい取るとそれをかぶった。それだけで寒さがしのげるもんかね。まあいいか。
 おれは急に愉快な気分になった。カメラの前でもちっとも気取らない、そんなみんなの様子がうれしかったからだ。根本のやつは舌を出すし、ユンは男の子みたいに野球帽をかぶって笑っているし。
 おれはちょっとポーズをきめてみた。むりに気取ってみせるのが、おれなりのおどけ方だ。カメラの前でこんなたわむれができるのも、今のうちだけなんだろうな。
 でも待てよ、ユンがああしてミリの帽子を取り上げるのは、なんの意味もないただのじょうだんなんだろうか。学校ではユキが柴崎の帽子を、やっぱり同じようにしていつもかぶっているのをおれは思い出した。
 あれには何か、おれの知らないような意味でもあるのかもしれない。

     1月26日 金曜日

 放課後の理科室。窓辺に射す夕日の色が、かえってかべや床を暗く見せる。たった一枚開いた窓から、冷たい風と遠いざわめきが、細くかすかに流れこむ。
 ユンにヨッシー、そしてミリの三人は、いすを引いて頭を寄せて、何やら書きこまれた紙を机の上に広げた。紙の上にはコインが一枚、それにめいめいが人差し指を置く。
 そして三人は、声をそろえてえたいのしれない言葉をとなえ始める。
 「コックリさんコックリさんコックリさん……」
 ああ、聞きたくない。気味が悪い。
 「もし来ているのなら、(はい)のところへ行ってください」
 ユンが言うと、三人の指と共にコインが紙の上をすべって行く。そんな様子を、おれは顔をそむけながら目のすみでながめていた。
 いったいどうして、そんなもんに夢中になるんだ? そんな気味の悪いもんに。しかもユンやヨッシーばかりじゃなく、ミリまでが。こんなえたいのしれない事にのめりこむ仲間の姿に、おれは軽い失望を感じていた。
 「いいかげんくだらん事やめろや。そんなんあるわけないやろ」
 となりでゲンが言った。おれならためらうような事でも、こいつは面と向かって言ってしまう。
 「なんでよ、ほんまにこうして勝手に動くんよ」
 「だからだれかが指で動かしてるんや」
 「そんな事ないって」
 「無意識のうちに動かしてるんや。自分では気付かんうちに」
 「無意識でもなんでも、わたしらは信じとうんやから、横からゴチャゴチャ言わんといて」
 おれもちょっと気になって、ミリにたずねてみた。
 「なあ、ミリも信じとんのか?」
 「んー、半分くらいは。霊とかそんなんじゃないとしても、何かはあるかもって考えられん? まちがいないっていろんな人が言うって事はさあ」
 ほう、なるほどな。雰囲気だけで頭から疑ってかかるのこそまちがいか。
 「信じるんはわたしらの勝手やない。あんまりケチつけんといて」
 ユンにそう言われると、ゲンもムッとしたように言い返した。
 「なら信じないのもおれたちの勝手や」
 「ふうん、あんたは信じてへんの。なら何を聞いたってかまわへんね?」
 ユンは意味ありげな笑みをうかべて、指先のコインに次の質問をした。
 「上野くんの好きな異性はだれですか?」
 間を置かず、三人の指とコインが動き出す。
 「テン、行こう」
 結果を見届けようともしないで、ゲンはとなりの準備室に消えた。なんだ、あいつにもやっぱり、おくびょうなところはあるんじゃないか。おれはちょっと安心して、ゲンの後を追った。
 「あの二人はともかく、なんでミリまでがあんなもんに熱中するんやろう」
 ドアを閉めるとゲンは言った。
 「失望って言ったら言いすぎやけど、ちょっとがっかりやな。なあテン」
 「ああ」
 おれは小さくうなずいた。でもおれの場合は失望というよりも、ほんとは気味が悪くておっかなくて、かかわりたくないっていうのが正直な気持ちだけど。くだらないと思いながらも、何も言えないのもそれが理由だ。
 理科準備室にはいろいろな器具がそろっている。話をしながらゲンは、たなからなにげなく音叉を持ち出してきた。
 おれも音叉を手に取ると、付属のハンマーでそれを思いきりたたいた。トゥーーーーーーン。となりから聞こえてくる三人の声が耳ざわりで、おれは残響が消えないうち立て続けに音叉をたたいた。トゥーーーーーーン、トゥーーーーーーン。
 「水晶発振子も、中身はたしかこういう形してるんやったな、テン」
 「ああそうや」
 「おれな、今度な、水晶発振子使った停電対策付きの時計を作ろうと思ってるんや」
 「ゲンはやっかいそうなもんにばっかり取り組むんやなあ。でもストップウォッチはどうしたんや?」
 「あれはどうにもならんから、とりあえずはあきらめた」
 「そうか。まあしゃあないな」
 「テンもなんか作れや」
 「そうやな、そのつもりではおるんやけどな」
 「何作るつもり?」
 「そのうち教えたるわ」
 「楽しみやな。……ミリももっとがんばりゃええのに。あんなもんに熱中したりしてないで。」
 ゲンのあきれたような口調が気になって、おれはちょっとミリをかばった。
 「熱中ってわけでもないようやで。あいつ謎めいたもんが好きやし、それで興味を持っとうみたいや。そういう面、ゲンかて同類やなかったか?」
 「まあ、それやったらおれもわからん事もないけど。べつにおれだって、信じられんからってありえないなんて決めつけるつもりはないしな」
 「おれも同感や。ミリもおれらとそうちがいはないはずやで」
 「じゃあユンやヨッシーは?」
 「あの二人は……、うらないなんかとおんなじようなつもりやないか? 聞く事も、だれだれの好きなんはだれかとか、結婚するんはいくつの時かとか、たあいのない事ばっかりやんか」
 「そうやな、いちいち文句つけるような事でもないな」
 「そうやそうや。だからおれらはつかずはなれず見守っとったらええんや」
 その時、となりから大きな笑い声が聞こえてきた。そのあとに明るいはしゃぎ声が続く。おれたち二人は不意に仲間はずれを自覚して、それまで話がはずんでいたのもむなしく、おたがいだまりこんだ。

 音叉をもとの場所に片付けていると、いきなりろうか側のドアが開いた。……なんだ、あせらすなよ、根本じゃないか。
 「なんや、あんたらか」
 根本のほうもそんなふうに言ってドアを閉めた。おれとゲンが理科室にもどると、根本もろうかのほうから入って来た。
 「ミリ! もう、学校じゅうさがしてんよ」
 「なんで? どうかした?」
 「ここじゃ困るから、ちょっと来て」
 「ゴメン、今手がはなせないんだ」
 ミリにそう言われて、根本は初めて状況がのみこめたらしい。近付いて来ると、ミリたちの囲む紙をのぞきこんだ。
 「もう、教えたい事あるのに……」
 また秘密かよ。根本のミリにうちあける秘密ってのは、いつだってくだらない事ばっかりだ。おれはやつをちょっとからかってやりたくなった。
 「またミリに秘密の話か? いつかの『アフリカの星』ってのは、服にくっつくトゲトゲの草のたねやったし、この前の『マンモスのキバ』ってのは、古タイヤの中の水が凍ってあんな形になるんやろ? 毎回ちょっと幼稚すぎるで」
 「ほっといてんか」
 「もうみんな調べはついとんのや。今度『うそじょうだんニュース』のネタにしたろうか」
 「やめんかいね!」
 これだけ言ってやっても、根本は帰ろうとはしない。こりゃよっぽどの秘密らしいな。おれはユンにじょうだんで言ってみた。
 「根本の新しい秘密をそれで明かせるか?」
 すると、根本は自分からこんな事を言い出す。
 「それよりも、好きな人がだれかを当ててみ」
 「コックリさんに聞かんでも、あんたの好きな人くらいみんな知ってますー」
 たしかに。おれでも知ってる。
 「でも、前の学校で好きやった人なら……」
 「えっ? 前の好きな子って?」
 「それってひょっとして初恋?」
 女子二人は急に色めきたった。おれたちまでが、知らないうちに身を乗り出していた。
 「相手はどんな子?」
 「だから、それを聞いてみいよ」
 「ひょっとして、男の子とちがう?」
 「なんよ、ちょっと」
 「いや、いちおう聞いとかんと、ネモニョの場合そういう事もありそうやし」
 「フン、もう」
 このさわぎに仲間入りした形になったせいか、おれもゲンも今はなんの抵抗もなく、コインの示す結果に関心が持てた。
 「根本くんが前の学校で好きだった女の子はだれですか?」
 ユンの質問に応え、指先のコインはゆっくりとすべり出した。
 紙に書かれた文字の上を、コインは止まっては動きをくり返し、言葉を一文字ずつ示していく。
 ナ……カ……サ……
 「えー、なんでー」
 ワ……ト……
 「うそ、うそやー」
 モ……カ
 「うそっ、当たってもうた!」
 根本の最後のその言葉で、おれたちはちょっとしたパニックにおちいった。もう信じる者信じない者入りみだれての大さわぎだ。うそだ。うそなんか言わん。知ってた。知ってたはずない。ぐうぜんだ。そんなわけない。
 おれはというと、ありえるありえないはべつとして、とにかくかかわり合いになるのがいやだった。おれは一人考えこむふりをしながら、みんなが冷静になるのを待っていた。
 やがて見回りに来た用務員さんに注意され、おれたちは帰りじたくをして理科室を出た。
 帰り道でも当然今の話が出るだろう。おれは孤立しそうな気がしたので、帰る方向がちがうのもかまわず、ゲンをむりやり引っぱって来た。
 「まずな、どういう事がありえるか、いろいろ挙げてみよう」
 「それから一つづつ考えてみるんやな。わかった」
 話すのはおもにミリとゲンで、ユンとヨッシーは横で静かに聞いている。みんなが冷静になれば仲間に入りやすい。おれも安心して話に加わった。
 「まずぐうぜんって事があるな。それか、根本がわざとおどろいてみせたとか。ほんまは当たってもおらんのに」
 「それから、指置いてた三人のうち、だれかが知ってたってのも考えられるやろ」
 「あとは、やっぱりほんとに当ててしまったのか」
 「やっぱりそれはちょっと信じにくいな、おれからすると」
 「でもぐうぜんってのよりは信じやすくないか? なあテン、ぐうぜんなんてすごい小さい確率やろ?」
 「まあ、五十音の七乗って考えりゃそうかもな」
 「それに、ぼくやユンやヨッシーが知ってたってのもありえないよ。なあ、知ってるわけないよなあ」
 「そりゃあ」
 「あたりまえやん」
 ゲンは言いにくそうな顔をして、それでもはっきりこう言った。
 「でも、それを証明はできへんやろ?」
 「そりゃもう信用してもらうしかないな。でも自然に考えたら、ネモニョが前にしゃべってたなんて事あると思うか?」
 ゲンは考えこむ顔つきだ。好きな相手を秘密にする気持ち、こいつにならよくわかるだろうからな。
 「それにな、あとから思い出したんだけど、ぼくな、前に写真だけは見せてもらった事あったんや。修学旅行の帰りに。でも名前はぜったい教えてくれんかった。ぼくにだって言わないんだから、ユンやヨッシーが知ってるわけないやろ?」
 たしかに、根本がいつも秘密をうちあけるミリですら知らないとなると、まちがいないっていう気もする。でも一方で、そんなだからこそミリだけは名前も聞かされてたとも思えるし。ま、これも証明しようがないな。同じように……
 「根本のじょうだんって可能性も残るけど、これも証明なんてできへんな」
 「いや、その気になればできるよ」
 ミリがうれしそうに言った。
 「ネモニョの前の学校行って、長沢友香って子がほんとにいるかたしかめりゃいい。証明するために、調査をテンとゲンにたのもうか」
 そう言われて、ゲンはめんどくさそうに手をふった。
 「そこまでやってられん。責任者三人にまかすわ」
 「何言ってるんよ。わたしらはもとから信じとうからええやない。真剣に追及する気があるんなら、あんたが行ってき」
 「もうわかった、今回はおれらが引き下がったろう」
 これでひとまずこの話は終わり、車止めを囲んでのみんなの話は、ぜんぜん関係のない宿題なんかの事になった。
 そんな中でミリが、おれだけに聞こえるような小声で言った。
 「テンにだってわかるやろ? 理解できない事でも起こりうるってのは」
 ミリの言う意味はわかる。換気扇の事だってあるんだから、コックリさんも自然に受け入れろとでも言いたいんだろう。でも信じる信じないといった気持ちの問題は、理屈でかたづくもんじゃないんだ。
 「キセイガイネン、くだらんもんは思いきって捨てちゃえよ」
 そう言ってミリは笑う。そんな言葉や表情が、おれにはひどく気にさわった。既成概念というのをあざ笑うような態度のミリが、なんだか人の自然な気持ちや考え方までバカにしているように思えたからだ。
 そういうのはやっぱり行き過ぎだとおれは思う。普通を認めないなんて、それじゃ不思議を認めないっていうのとけっきょくは同じじゃないか。
 やっぱりおれには、コックリさんなんて信じられない。べつにかたくなに背を向けるわけじゃない。おそろしがってさけるわけでもない。ただまわりに流されるようにして、自分の考え方を変えたくないだけだ。とにかくおれは、自分なりに納得のいくものしか信じないタチだからな。
 さて、ミリのやつ、あの換気扇のミステリーに、おれの納得いくような理由を見付けてくれるだろうかな。

     2月4日 日曜日

 公園前の交差点で、おれはミリと合流した。
 「さすがやな。時間ピッタリやないか」
 「とーうぜん。ほかのみんなはどうかな。みんな途中で合流するんやろ?」
 「ああ、その予定や」
 三丁目の坂道の手前で、おれたちは三人目と合流した。
 「おはよー。ちょっと早く来すぎちゃった」
 止めた自転車のかたわらで石垣にもたれて待っていたのは、津山だ。
 メンバーがいつもの顔ぶれとちがうのは、今日は班での集まりだからだ。サキやんと田代とも、一丁目で合流した。
 いったいだれが言い出したのか、こないだの社会の宿題を、班員みんなで調べようという話になった。それで今日はそのために、これから図書館へとおもむくはめになってしまったわけだ。
 橋を渡って急な登り坂にさしかかると、津山は自転車から降りた。そしておれに向かって、笑顔でこんな事を言う。
 「わたしばっかり乗ってるのも悪いし、この先ちょっとテンに替わってあげるわ」
 「あんなあ、ここからは歩きより自転車のほうがきついやないか」
 「あれ? テンでも登れへんの?」
 「そうは言っとらへんけど」
 「だったらおねがい。テンの体力を信じてたのんでるんよ」
 「わかったわかった、ほんまにつごうのええやつやで」
 そうぼやきながらも、おれは笑いながら自転車のハンドルをにぎった。
 今までおれは津山に対して、嫌っていたとは言わないまでも、どこかぎこちない思いを持っていた。けれども今のちゃっかりした様子や親しげな態度に接したせいで、おれの気持ちも少しやわらいだ。
 津山だって、ユンやヨッシー、それにユキとかと同じに、明るい普通の女の子なんじゃないか。おれは急な登り坂を、軽やかな気分で登って行った。
 坂を登りきると、そこにはドロがぶちまけられている。おれは無関心にドロの上をつっ切った。でも考えてみれば、どこか不自然だ。おれは自転車を止めてふり向いた。
 歩道に広がるドロはほとんど黒く見える。でもそこから引きのばされたタイヤのあとを見ると、それは真っ赤な色だとわかる……。これは、血じゃないか!
 やがて追い付いてきた四人も、すぐにその血に気付いた。
 「もう、なんでこんなもんの上を通ったりするんよう」
 津山はふるえる声で言って、おれの手から自転車のハンドルをうばい返した。
 しばらくの間おれたちは、いやなものを見てしまったあと味の悪さに、なんとなくだまりがちになった。
 こりゃ、とても日曜の朝の気分じゃないな。宿題が目的とはいえ、出かける時はハイキングみたいな気分でいたものだけど。
 線路ぞいの道を歩いていると、前からいきなり何台ものパトカーがあらわれた。すれちがうパトカーを横目で見ながら、おれたちはなんとなく顔を見合わせた。
 その時、いきなりサキやんが大きな声で、あとから来た白バイに向かって呼びかけた。
 「ヘイッ!」
 ひやあせもんだよ、こりゃ。でも白バイの警官は気さくな人だったみたいだ。走り過ぎる瞬間に、片手を挙げて応えてくれた。たったそれだけの事で、おれたちは気分が明るくなった。
 「サキやんもようやるわ」
 「ただちょっとあいさつしただけやん」
 「それがムチャやっていうんや。ああビックリした、ほんま」
 「いつもならこんなもんとちゃうで。今も『ヘイッ、ポリ公!』まで言いたかったんやけどな」
 「こいつもなかなかあぶないやつやなあ」
 「なんか、かくされた本性を見たって感じやね」
 「あんがい、サキやんもかなりのお調子者なんとちがう? ミリにも匹敵するくらい」
 「こら、ひとを引き合いに出すな」
 そこから図書館までの道のりは、もと通りみんなでにぎやかに話がはずんだ。

 図書館に着いた。おれたちは開館と同時に閲覧室に場所を取り、資料になりそうな本を運べるだけ運びこんだ。そして昼までの時間めいっぱい、熱心に調べ物にうちこんだ。
 「もういらん本はみんなこっちに寄せとくよ」
 「あ、その本はまだ。開いとうページちょっとそのまましといて」
 「なあ、この項目もわりと関係ありそうやぞ」
 「そうやな、その円グラフなんか写しといたほうがええな」
 「じゃあ終わったらこっちにも回して」
 がんばったかいあって、午前中にだいたいのところは片付いてしまった。
 昼には近くの公園で、持って来た弁当を食べた。もうすっかりひと仕事終わらせたような気分で、おれたちはのんびりとおしゃべりなんかで時間をつぶした。
 そしてそのうちに、駅前あたりにちょっと遊びに行こうという話になった。ただカタブツのミリだけは、
 「ぼくはここで待ってる」
 今日もまたこれだ。しかたないから四人だけで行く事にした。こういう場合はむりにさそったりへんにえんりょしたりしないで、おたがい好きにするのがいいだろう。
 とか言いながらも、おれはちょっとミリの事が気になって、ホットドッグを一つ余分に買った。
 「それは?」
 「ミリに持って行ってやるんや」
 「へえ、テンにも意外と気のきく面ってあるんやねえ」
 そんなのないない。おれはただ、買い食いを嫌うあいつがホットドッグをどうするか、イタズラ心で楽しみにしているだけだ。
 公園にもどってみると、ミリは直立姿勢で、そのくせボーッとして空を見上げていた。
 「ミリ、ほらおみやげや」
 「そんなのわざわざいいのに。いくらだった?」
 「ええってええって、いい子に留守番してたごほうびや」
 「なんかおちょくられてる気もするけど、まあいいや。ありがと」
 ミリはすなおにホットドッグを受け取ると、すぐにかじりついた。ひとの好意に対して気をつかうような面が、こいつにもあったんだなあ。
 「さ、あともうちょっとやし、早い事終わらせよ」
 田代にうながされて、おれたちは図書館のほうへ歩き出した。
 「ちょっと待ってくれ、こんなの持って入ったらおこられるやんか」
 「だから早く食べてしまいよ」
 「しゃあないなあ」
 ミリは歩きながらホットドッグをほおばった。
 「これってなんか、ものすごいぎょうぎ悪い事してる気がする」
 「じゃあせめて帽子くらい取ったら?」
 横から帽子を取ろうとする津山の手をさけて、ミリはすばやく身をよじった。そのひょうしに、口からポロポロ食べかすがこぼれる。
 「わー、きったなー」
 「ほんまぎょうぎ悪いねえ」
 「そんな事言ったって……」
 ちょっとしたイタズラのつもりだったんだけど、悪い事したな。少しばかり反省。

 帰り道もまたにぎやかだった。さわいでいたのは、おもにおれとサキやんの二人。津山と田代にあおられるまま、ついついはしゃぎ過ぎてしまった。
 「でもあんたら二人、なんでそんなに仲がええん? ライバル同士のはずやのに」
 「そうは見えても、意外と裏では火花散らしてるもんなんよねえ」
 なんでこの二人までが、そんな事を知ってるんだ? まったく、女子の情報網ってのはおそるべきものだなあ。それでもおれとサキやんは、二人にひやかされるままさらにおどけてみせた。
 「もしもユキに告白するとしたら、どんなセリフでキメる?」
 「人間にとって一番大切なのは愛だ。ユキ、好きだ、大好きだ。って、やっぱこれしかないやろう」
 「うっわあ」
 「でもどっかで聞いたセリフやねえ」
 サキやんはヤマトのセリフできたか。ならおれはこれで対抗するしかないな。
 「ユキ、いっしょにウルトラマンA
エースになろう。今だ、変身!」
 「いっしょに変身って、なんかちょっとヒワイやわ」
 「ほんまテンってヤラい事ばっかり言うんやから」
 「なんでや? 変身やで、合体とは言ってへんで。おまえらこそ考え過ぎなんや」
 いつもとはちがった仲間とさわいでみるのも、たまにはいいもんだな。サキやんと気が合うのは前からわかってたけど、津山や田代もやっぱりはしゃぎ好きなやつだってよくわかったし。
 津山のクリスマス会に出かけて行ったミリの気持ちが、おれは今になってようやく理解できた。
 けれどもそのミリが、今はなんだかそっけない。ろくに話にも加わらないで、一人はなれて前を歩いて行く。
 津山や田代も、そんなミリの様子を気にし始めた。
 「もう、テンがあんまりヤラい事ばっかり言うから、それでミリが話に入ってこれなくなるんよ」
 「それともひょっとして、あんたらがあんまりユキの事言うから、やきもちやいてるんとちがう?」
 田代は一人合点して笑ってる。まったく、女っていうのはすぐこれだ。なんの根拠もないくせに、すぐに勝手に思いこむ。
 「あたしちょっとなぐさめてくるわ」
 おせっかいにも、田代は保護者めかしてミリのそばへ行った。遠目に見てると、クラス一背の低いミリとクラス一背の高い田代がならべば、ほんとにそんなふうに見えてきて、なんだかおかしい。
 けれどそんな田代でも、見かけほどたよりにはならないもんだ。ミリはじゃけんに田代の手をはらいのけ、足早に一人先に帰っていってしまった。
 「おい、ミリに何言ったんや」
 「いや、ただ、ミリもユキの事が好きなん? って聞いたら……」
 「アホか、そりゃ怒ってとうぜんや。かんちがいにもほどがあるで」
 「そうなん?」
 「そうや、勝手に決めつけたんなや」
 「でもミリってときどきわからへんね。クリスマス会の時も、やっぱりいきなり途中で帰ってもうたんよ」
 津山がこぼした。そうか、あの時にもやっぱりそんな事があったのか。
 「ミリっていっつも無神経みたいにさわいどうけど、あれでけっこうてれ屋で気が小さいやつなんや。しかたないやんか」
 おれがそう説明しても、津山も田代も納得した様子はない。
 「なんでわたしら相手にてれなならんの?」
 こいつら、また勝手な事思いこんでるんじゃないだろうなあ。まったく女ってのは……。
 やがておれたちは、例の坂の上の現場にさしかかった。
 チョークで何やら書きこまれているのを見るうちに、いまだにはしゃぎ気分でいるおれとサキやんは、ついまた調子にのって事故の再現なんかを始めてしまった。これにはさすがの津山と田代も、ちょっと遠巻きにあきれて見ている。
 「はずかしがって帰ったミリの気持ちもわかったわ」
 ほっとけ。おれたちは半分ヤケみたいな気持ちで、警察関係者らしい人に状況を聞き出してみようとまでした。
 でも返ってきたのは、捜査中というだけの、ひどくそっけない答えだけ。おれは急にしらけてしまった。いくらはしゃいでみたところで、それに応えてくれる相手がいない事には、むなしいばっかりだ。
 一丁目でサキやんと田代と別れた。津山も自転車でさっさと帰ってしまった。
 一人になっておれは思った。クリスマスにしても今日にしても、ミリははずかしがって帰ったというより、あいそをつかして帰ったのかもしれないと。

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