星の響き − はちみつ色の世代 2 −


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     3月8日 木曜日

 あのあとそうじの時間になって、おれはそっとミリに話しかけた。すると、逆にミリがあやまるような事を言い出す。かえっておれのほうがあやまるきっかけを失ってしまって、それ以来、ミリへのひけめはいまだに尾を引いている。
 そんなわけで、おれはミリのためにある計画を思い立った。もちろん、そんなひけめをぬきにしたって、ミリのために何かしてやりたい気持ちはある。たぶん同じ思いでいる仲間たち、ゲンやユンやヨッシーにも話を持ちかける事にした。
 おれは登校して来た三人を、となりの図工室に引っぱって行った。
 「ミリの事でな、おれから提案があるんや。おれたちでな、ミリのお別れ会をやらへんか? なあ、最後におもいっきりパーッと楽しませてやろうや」
 「ええけど、でもどういう事するん?」
 「べつにたいした事せんでも、いつもの延長で集まってさわぐだけでええんや。ただな、おれ一つ考えとんのやけど、かくしマイクをしかけてそん時の様子を録音してな、そのテープをミリにやるんや。ぜったいええ思い出になるはずやで」
 「んーそれおもしろいなあ」
 この話で、みんなも急にのり気になった。
 「それで、お別れ会はだれの家でするん?」
 「そりゃ、言い出したおれんとこでやるのがええんやろうけど、でもな、一度誕生日ん時にひと騒動あったやろ? あの印象残ってて、ミリがおもいっきり楽しめへんかもって思うわけや」
 「へえ、テンもけっこうそういうとこ気が回るんやねえ」
 「あたりまえや。みくびらんといてくれや」
 「それはそれは、おみそれしました」
 からかい口調でも、みんなの感心した様子は感じ取れた。おれだって、だてにミリのアニキ役を続けてきたわけじゃないぜ。
 「だからな、ゲンの家なんかええと思うんやけど。ゲン、かまわへんか?」
 「そりゃ、べつにええけど」
 「なら決まりや。あとな、おれテープのほかにもう一つ考えたんや。前に七丁目に遊びに行った事あったやろ? あん時の写真もな……」
 チャイムが鳴った。まだ話し合いは途中だけど、すぐに先生が来て朝の会が始まる。おれたちは図工室を出て教室へもどった。
 教室前のろうかには、津山が一人立っていた。いや、ただ立っていたというよりは、おれたちを待ちかまえていたというふんいきだ。
 「あんたらちょっとひどいと思うわ。今になって急にミリの事仲間はずれにするなんて」
 いきなり津山はつっかかってきた。めんくらったおれたちが何も言えないでいるうちに、津山は続けてまくしたてる。
 「なんでそんなひどい事するんよ。今までずっと仲よくしとったくせに、引っ越しするってわかったとたんにのけ者にしたりして」
 「いいがかりつけんのはやめてよ。なんも知らんくせによけいな口出しせんといて」
 ユンも津山に負けない勢いで反発した。
 「だまってられるわけないやない。ミリの身になって考えたらかわいそうやわ」
 「だからわたしらミリの事のけ者になんてしてへんの。事情も知らんくせに文句つけんのやめてほしいわ」
 「四人だけでコソコソ集まるのが、のけ者じゃなくてなんなんよ」
 おれはもうおどろいていた。津山がこんなふうに面と向かってユンに立ち向かうのが、あんまり意外な事だったから。
 さわぎを聞きつけたらしく、ミリがろうかに出て来た。でも問題の中心人物とはいえ事情もわからないし、ミリにも二人をなだめるなんてむりだよな。
 「ミリはくやしくないん? こんなふうに仲間はずれにされたりして」
 「まだ今は秘密っていうだけで、ミリの事考えてやってるんやから」
 「それでミリのためになるかどうか、ミリぬきじゃわからへんやないの。ほら、かくし事なんかされてミリはへいきなん? はっきり言ったりいよ」
 こりゃなだめるどころか、ますます津山をあおる結果になっちまったみたいだ。おれたちも、事が秘密なだけにヘタに口出しできないし……。
 けっきょく、ユンと津山の言い争いは先生が来るまで続いた。

 家庭科の時間。今日はサンドイッチを二種類作り、それから紅茶をいれて、ちょっとしたお茶会みたいな事をした。
 班で一つの机を囲んでのおしゃべりのひと時、おれはイスごとミリのとなりに移動した。せめて今朝の事くらいはあやまっておいたほうがいいだろう。
 「なあミリ、朝は悪かったな」
 「何が?」
 「いや、おれらだけで話しとって。でもな、ミリを無視しとうわけとちゃうからな。……わけはまだ言えへんけど」
 「ああ、そんなのべつにいいって。悪気があっての秘密じゃないってのはわかるもん」
 「ああそうや、無視どころかその反対や。だから秘密もちょっとの間かんべんしてくれな」
 「オーケー」
 津山は紅茶のカップを何度も口に運びながら、おれとミリの話をなんとなく聞いているようだった。

 こうしてミリの理解は得られて、事はおだやかに運ぶと思ったのに、今日は最後にもうひと騒動起こってしまった。まあ朝からそんな予感はあったけど。このままではおさまりそうもないというような……。
 終わりの会で手を挙げて、ユンがこんな発言をした。
 「一班の新聞の『ヤー一族』の事ですけど、内容がグロテスクでひどすぎると思います。目玉だとか脳みそだとか絵もどぎつくて、給食の前に読んで気分悪くなりました。ああいうのはもうちょっと考えてもらいたいと思います」
 続いて津山が手を挙げて、反論に出た。
 「それは給食の前なんかに読むのが悪いと思います。もう二か月も続いててみんなもどういう話か知ってると思うし、だから読みたくない人はべつに読まなくてもいいです」
 それでもユンは引き下がらない。
 「それ以外にも、あの中に出てくる『カッパのカズヤ』っていうのは、モデルにされてるミリ、……高橋くんに対してちょっとひどすぎると思います」
 「高橋くんにはちゃんとゆるしをもらって書いてるし、それに話の中の事なんだから、どんなふうに書いたって自由なはずです」
 「でももしそれで高橋くんが傷付いてるとしたら、自由だとか言ってていいんですか」
 まいったな、こりゃ朝のケンカの続きそのものじゃないか。
 でも、それにしてもおどろいた。たしかにユンには勝ち気なところもあるけれど、こんな場でケンカごしになるなんて思いもしなかった。ミリはやっぱり困りはてた様子で、何も言えずにいる。

 帰り道は少し気づまりだ。ユンはもういつもと変わらない様子だけれど、さっきの事を思い出すとついひるんでしまう。
 さいわい、今はほかに話のネタがある。あのさわぎはもう忘れる事にして、おれたちはいつものように車止めを囲みながら、今度の月食観測の相談をした。
 やがてユンは帰っていった。そうなると、またさっきの事が気にかかってくる。おれは別れ道の交差点でミリを引き止めた。
 「何? テン。ああそうか、今度の観測はユキをさそえなくって残念やな」
 「よけいな事は気にせんでええねん。それよりユンのやつ、今日はどうしたんやろう。ヨッシーはなんか心当たりないか?」
 「だってあの二人、もとからああやない」
 「そうやけど、でも今日のは普通やなかったで」
 おれはふと、いつかユンと柴崎たちが言い争っていた時の事を思い出した。今度の事も、何かおれの知らない理由があるのかもしれない。
 「ミリは? なんか知っとらへんか?」
 「さあ。ただユンも津山もきっと、おたがいぼくの保護者みたいなつもりでいるんやろ」
 そう言ってミリはかたをすくめた。なるほどな。ミリにはミリなりのとらえ方があるもんだ。でも内心ミリは、ユンのほうにはそれ以上のものを期待してるんじゃないのか?
 「それよりミリ、引っ越しの事話してもうて、あれからユンはなんか言ってやせんか?」
 おれが好奇心いっぱいにたずねると、横ではヨッシーも身を乗り出した。ミリは笑いながら首をかしげたりしてもったいぶりながら、こんな事を言った。
 「だれにも言わんでくれよ、からかわれんのいややから。ユンな、ぼくに向かってな、ナニワガタって言うんや」
 「ナニワガタ? なんやそれ」
 「短歌にあるんだってさ。難波潟短き葦のふしの間も、とかいうのが。その短きアシっていうのをな、ぼくにあてつけるみたいに言うんや」
 「ハハハハッ、あいかわらず短足をからかわれとるんやなあ」
 「ほんとやんなるよ、ひとの傷付く事へいきで言うんやから」
 おれは笑いながらも、ミリと別れてからその短歌が急に気になった。家に帰って調べてみると、あった、それは百人一首の中の一つだ。
  難波潟短き葦のふしの間も
   逢はでこの世を過ぐしてよとや
 ……逢はでこの世を過ぐしてよとや、か……。いや、おれの考えすぎかもな。ユンはほんとにただミリをからかっただけなのかもしれない。
 ところで、ミリはこの下の句を知っているんだろうか。

     3月14日 水曜日

 今は午前二時半。もうかんぺきにモノノケアワーだ。おれは集合時間にちょっとおくれて家を出た。早く行って一人で待つのもいやだからな。
 たしかにだれもいないのはいやだけど、反対にこんな時間に人影を見るのもドキッとする。公園前には見知らぬ大人が数人集まって、いったい何をしてるんだろう。しかもよく見ると、そこにはユンが取り囲まれるようにして一人でいるじゃないか!
 おれはあせりながら、それでもおずおずと近付いて行った。すると、ユンを囲む人たちは大人といっても高校生くらいで、それもおだやかそうな感じの人たちだった。女子もいる。おれに気付くとその人たちは、ユンになごやかに声をかけてから坂を登って行ってしまった。
 「テンもやっと来たん? もう、みんな集まるのおそすぎるわ。一人で待ってるのって心細いんやからね」
 物かげにかくれるようにしていたミリも、出て来ていいわけした。
 「だって、ほかのみんなを呼んできてって言い出したのはユンやんか。しょうがないやろ。ゲンを呼びに行ってもどって来たら、なんか知らない人たちが集まってるんやもん、ぼくのほうが心細かったよ」
 「でもだれなんや? あの人らは」
 ユンの言うには、南の町の高校の天文部の人たちだそうだ。真夜中の道ばたにたたずむユンに向こうも最初はビックリして、それから心配になって声をかけてきたらしい。
 「あの人たち向こうの空き地で観測するんやって。どうせならいっしょに観測せえへんってさそわれたんやけど……」
 「でもなあ……」
 おれたちはそろって空を見上げた。空には大きな雲のかたまりが一面に居座って、月はごくたまにしか顔を出さない。
 「まず月が見えへん事には、観測も何もないからなあ」
 それからすぐにゲンがあらわれ、しばらくしてヨッシーもやって来た。これで顔ぶれはそろったけど、観測開始は天気しだいだ。
 「まあまだ半影食
はんえいしょくが始まるとこだし、あせらなくたってへいきへいき」
 ミリがいつもながらののんきさで言った。おれもベンチに座りこんだ。
 「でもただ待ってるだけなんやったら、せっかくだからさっきの人たちのとこに行ってみいへん?」
 ユンの提案だ。そりゃ、ユンがそう言うならそれもいいけど……。ただゲン一人が不満顔をしている。人見知りしているのか、それとも望遠鏡を置いて行くのが不安なのか。
 「心配ないって。こんな時間に望遠鏡持ってくやつなんておらへんで」
 「そんな事わからん。夜こそドロボウタイムやんか」
 それでも、しぶしぶゲンも同意した。
 真っすぐ坂道を登った北のはずれの空き地で、さっきの高校生たちは観測の準備をしていた。
 会って話をしてみれば、なかなか気さくな人たちで、ユンばかりでなくおれたちもすぐにうちとけた。
 まるでクラスメイトのような感じでしゃべりながら、おれはふと不思議な気がした。ふだんの時に道ばたで行き交っただけなら、こんな事はまずありえない。それなのに、今こうしてこの人たちといっしょにいるのは、なぜだろう。
 たぶん、夜がそうさせるんだ。ふだんとちがったこの時間が、なじみの町さえまるで見知らぬ遠い場所に感じさせるからだろう。山道や旅先でなら、知らない人とでもあいさつを交わせるものだ。
 「曇ってたって、まだあきらめる事ないからな。今半影食っていうのが始まったばかりで、本影
ほんえいで実際に欠け始めるまではもうしばらく時間あるから」
 「知っとうで。おれらにもハカセが一人おんねんもん」
 「そりゃたのもしいなあ」
 ミリがてれくさそうに笑いながら、サンドイッチを一人一人にすすめて回った。おれもタマゴのサンドイッチをもらった。
 「なあテン。いいよなあ、あの人たち」
 「何がや? ああ、あんなデカい反射望遠鏡持っとるからか。あれは学校の備品やろ」
 「ちがうちがう。なんかグループですごく仲よさそうやんか。男子も女子もいっしょになって」
 なるほど。そういうのがミリの理想なわけか。
 「うらやましいよなあ。あんなふうに、ぼくらも大きくなってもあんなふうでいられたらいいけどなあ。今のままずうっとさあ」
 おれはすなおにはうなずけなかった。
 たしかに、おれにだってそういう願望はある。でも、今のミリはただ安心したいために、おれがうなずくのを期待しているだけなんだ。
 望みというのはそういうものか? ただかなえばいいってもんじゃないだろ。自分でかなえようとするのが大事なんじゃないか。ミリがそうしたいって思うなら、まずは自分から行動を起こしてみろよ。
 おれは横を向いてサンドイッチにかぶりついた。それがミリの好みなのか、タマゴはやたらとあまかった。

 本影食開始の時間になっても雲は晴れず、天文部の人たちはあきらめて帰っていった。
 「でもきみらとおしゃべりできたのは楽しかった。サンドイッチごちそうさま」
 反対にあの人たちも、ある部分おれたちの事をうらやましく思っていたりするのかもしれない。
 さて、おれたちもとりあえずもとの公園にもどる事にした。
 「やっぱりユンの家に近いと、トイレの心配がいらんからいいな。ジャーのほうならまあどこでもできるけど、ポットのほうだとちょっと抵抗あるもんなあ」
 そんなふうに言ってミリはおどけた。むかしながらの場所、そしてむかしながらのメンバーという事に、すっかり安心しているんだろう。
 空は今になって急に晴れわたり、みんなの表情も明るくなった。
 それでもおれだけは、どうも気が晴れない。はっきりとは言えないけど、なにか引っかかるものがあるんだ。
 そんなおれにはおかまいなしに、ほかのみんなはうかれた声をあげている。
 「わあ、もうあんなに欠けとうわあ」
 「でも今回は、皆既
かいきの前にしずんでしまうよ」
 「うん、残念やね。赤くなるのまた見たかったんやけど」
 「でも欠けるだけでも、じゃうぶんおもしろいやんか。月食っていうだけで、なんかなつかしい気がするよなあ」
 わかった、それだ。そういうのが気に入らなかったんだ。ただなんとなく続くだけの活動。おれはいつかの部分日食の日に感じた事を思い出した。
 むかしの事をなつかしがっててなんになる? 去年からの習慣を、ただ意味もなく続けているなんて。星の観測とかりっぱな事を言ったって、今のおれたちのやっているのは、去年の残響を聞いてるようなものじゃないか。
 どうして古い響きを聞くばかりで、新しく響いてみようとしないんだよ。
 でも今そんな事を言って、うかれるみんなをしらけさせてしまうのはやっぱり気がひける。おれはだまったまま、一人月の欠け具合の記録に意識を集中した。

 月はやっと半分欠けたかと思うまもなく、あっけなく屋根にかくれた。ふり向けば、東の空はもうすっかり明るい。いつかも見たような夜明けだな。
 「さ、ついでやから、また今日も日の出を待とうか」
 やっぱりそんな話になった。これも以前の行動をただなぞるようなものだ。
 「去年の月食の時の事、おぼえとう?」
 「もちろん。あの時は、日の出と同時にみんなで紙でっぽう鳴らしたっけ」
 「そうそう、音がものすごく響いてもうて、あとでアセッたよねえ」
 その紙でっぽうの音だって、今では古い残響だ。
 でも……、去年の事だろうが今日の事だろうが、ミリにとってはどちらも同じくらい大切な思い出になるんだよな。おれは気を取り直し、みんなと同じようにすなおな思いで太陽を待った。

     3月27日 火曜日

 二十三日の卒業式は、おれとしてはべつにこれといった事もなく、ただ無感動なまま終わってしまった。ミリの引っ越しをひかえたせいで気分的に色あせてたのか、それとも男がしんみりなんてできるかって思いがあったからか。ミリとゲンと三人で、まるでおたがい平気なところを見せつけ合うように、競って黒板にふざけた落書きをしてみたり、卒業証書で頭をたたき合ったり、しまいには職員室でまんじゅうをほおばったりまでした。
 休みに入るとすぐ、親はさんぱつに行けとうるさく言うようになった。もちろんおれはとことんそれをこばんだ。
 せめてミリを送り出すまでは、おれも同じ頭でいたい。べつにからかわれるのがいやなわけじゃなく……、いや、やっぱりそうかな? きのうサキやんと根本が遊びに来て、二人の変わりはてた頭を見た時は、おれもけっこうショックだった。それならどこから見ても男や、と根本に言ってやったけど、たいしたなぐさめにはならなかったみたいだ。
 そして今日は、とうとうミリのお別れ会の日だ。

 おれは自転車の荷台に自分のラジカセを積んできた。例のかくし録音をするために。ゲンのを借りて使ったりすれば、ラジカセの見当たらない事をいくらミリでもあやしむだろう。
 「何それ? テンはいったい何を持って来たん?」
 「お別れ会のための小道具や。最後に教えたるから楽しみにしとけや」
 厚い布にくるんできたから、ミリには気付かれずにすんだ。
 「それより、ミリこそ何を持って来たんや。その本はなんや?」
 「ちょっとね、前にユンと約束したもんやから」
 「ふうん。どんな約束や?」
 「いや、たいした事じゃないんや」
 「……ふうん」
 ゲンの家に着くと、ミリを階段の下に待たせておいて、持って来たラジカセをカーテンのかげにセットした。顔ぶれもそろい、お別れ会の始まりだ。
 さっそくミリは、持って来た本をユンに見せている。
 「ほらユン、この本。引っ越しの荷造りしてて、きのうようやく見付かったんや。たしかこれに旅人の木が出てたなって、前から思ってたんだけど」
 「絵ならわたしの本にもあったけどね」
 「ほら見て、ちゃんと写真やぞ。これこそ本物の旅人の木や」
 「へえ、ほんま。初めて見たわ」
 なんの話だか、おれにはちっともわからん。でもまあ気にする事はないさ。おんなじように、おれたちの話でユンにはわからない事だってあるんだから。……とは言うものの、早くもミリがはなれていったような気がしなくもない。
 それでもおれは明るくふるまった。今日はミリをおもいっきり楽しませてやらなきゃ。ほかのみんなも同じ思いでいるはずだし、それにミリのほうだって、最後におもいっきり楽しもうという気持ちはあるだろう。そんなふうにして、おれたちはいつにもまして一つにまとまったような気がする。ああ、やっぱり目的を持って行動するのは大切だよな。
 ゲンのラジカセでおれの録音したテレビ主題歌を流しながら、テレビ番組なんかの話でひとしきりもりあがった。
 「さらばー高橋ー、旅立ーつミリはー、……」
 「ヤマトももうじき最終回やな」
 「あーあ、いよいよこれからいいとこなのに、三十一日見られないや」
 「なんで?」
 「だって、……引っ越しの日やもん」
 「……それより、『熱中時代』も今度で終わりやろ? 録り逃がすなよ」
 「ああ、ぼくの熱中時代もこれで終わりかなあ」
 「ま、まあミリならぬかりないやろな。『黄金の日々』は録ったか?」
 「そう、ぼくにとっても、ここでの日々は黄金の日々やったな……」
 そろそろ帰る時間が近付いてくると、ミリはだんだんしずみがちになってきた。
 「なあ、そんなにシケた事ばっかり言うなや」
 ゲンにそうたしなめられても、
 「ああ、ゲンは黄金とかおおげさな言い方はきらいなんだっけ。ゲンふうに言うとしたら、はちみつ色の日々か……」
 ……だめだこりゃ。
 おひらきの前にかくしテープでおどかして、それでミリも少しは元気になった。それでもゲンはまだ心配らしく、途中まで送って行こうと言い出した。
 外はもう真っ暗だ。自転車で来たおれとミリはそれを押しながら、あとの三人とかたをならべてゆっくり歩いた。タイヤにかけたダイナモが低くうなり、ライトは前の道をほんのかすかにてらしている。
 「うー、手が冷たい。もう指が言う事きかないや」
 ミリはひどく手がかじかむらしく、時おり自転車をふらつかせている。
 「てぶくろ貸したげようか?」
 ミリに向かってユンは手を差しのべた。ピンクの毛糸の手袋が、夜気の中ではなやかに広がる。
 「あ……、いいや、もうちょっとだし」
 今さらえんりょなんてするなよ。それともてれてるのか? まったく、最後の最後までいくじのないやつだ。今までさんざん帽子を取られたお返しのつもりで、手袋をうばってやったっていいじゃないか。思いきって、なにか行動を起こしてみたらどうだよ。
 おれたちは、mの車止めで立ち止まった。今までの学校帰りの習慣そのままに。ミリは自転車をかたわらに止めると、かじかんだ両手をポケットに突っこんだ。
 「引っ越しは、三十一日か」
 「そう……」
 「……なあ、なあミリ? それにしても、うまい事やるもんやなあ」
 「何が?」
 「だってよー、期限ギリギリ小人料金で行けるやんか」
 「ハハハッ、そうそう。そういう点ぼくはぬかりないって」
 「でもミリやったら、あと三年は小学生で通用するで」
 「ほっとけ」
 ミリに笑顔がもどった事で、それからは話もはずむようになった。
 引っ越しの話題から始まって、やがてゲンがこんな事を話し始めた。
 「おれな、今でもときどき不思議に思ったりするんや。なんでこうやってみんなといっしょにおるんやろうって。ここに越して来たばかりの時からすれば、信じられん事やからな。今おれらがこうしていられるのも、星のめぐり合わせやぞ」
 ゲンはじょうだんめかしてみんなを笑わせた。
 星のおかげか……。ゲンはそう言うけど、おれはそれだけではないと思う。そこにはゲンの働きかけだってあったはずだ。天文現象は起こるものでも、星の観測はやるものだろ?
 ゲンの話にうなずきながら、続いてミリも話を始めた。
 「わかるわかる。最初の時の事考えたら、ぼくもそんな気がするな。ずうっと前はな、帰り道はぼくとテンと二人で帰ってて、ユンとヨッシーも二人で帰ってたやろ。それがいつのまに四人いっしょに帰るようになったんやろう。とにかく、みんな帰り道がおんなじでラッキーやったな」
 ミリにしてもそうだ。帰る方向が同じなんてのはただのきっかけで、仲間になれたのはやっぱりミリの働きかけがあったからじゃないか。
 どうやらゲンもミリも、自分じゃその事にまったく気付いてないらしい。望みは自然にかなったんじゃなく、自分の力でかなえたんだという事に。自分でも気付かずに、無意識のうちに望みに向かって行動していたというわけか。
 無意識のうちに……。ようやくおれにも、無意識の力というのがどういうものだかわかった気がする。それは神がかりでもなければ、エセ科学でもない。それは自分でも気付かないうちに、望みを見すえた瞬間からその目標に向かって行動を起こしている、そういう事を言うんだ。
 「……残響なんて言うのは悪かったようやな。みんな、ちゃんと今も響いとうのに」
 「何?」
 「なあミリ、いつまでもみんなと仲間でいたいって、そんな望みもかなうはずやで。べつに気がまえんでも、ただ本気でそう望みさえしていればな」
 南の空に低く見える明るい星に、おれはなんとなく目をやった。ふと気付くと、あとの四人も自然に同じ星をみつめていた。

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