星のきざし − はちみつ色の世代 3 −


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     6月3日 金曜日

 さて、この物語もそろそろ中盤、そして季節も夏にさしかかるぞ。
 春にこの町に引っ越して来てから、早くも二か月が過ぎた。小人数のクラスメイトの顔もみなおぼえたし、小さな学校の教室の配置だってもうすべておぼえた。それどころかこの町全体の様子さえ、自転車で何度も回るうちにすっかりおぼえてしまったよ。
 思えば、ほんとにこの町は小さくてなにもない町だったよな。山の中に孤立した、新しい住宅地。西のほうなんてまだ家もなくて、ただ空き地が広がるだけだったし。まあ、だからこそこれから新たに加わるものを、楽しみにもできたはずだけど。
 でもこのころのおれは、なにもかもがこじんまりしている事が不満だったよ。早い話、物語の舞台としては不足だなんて思っていたわけ。
 で、そのものたりない思いを満たすために、おれはいったいなにをしたと思う? かんたんな事さ。周囲を山に閉ざされてるなら、その山の中へと入って行けばいい。おれはひまさえあれば山道に分け入ったよ。ドラマをもり上げてくれる要素を探すために。
 まだマムシのこわさを知らなかったから、へいきでやぶをかき分けたりもしたな。これでほんとにマムシにでも出くわしていたら、それこそたいへんなドラマになっただろうけど。まあさいわいな事に、そういう機会はなかったよ。ただスズメバチには出くわしたな。うなったりうめいたりしながら、よろよろ家に帰り着いた。けっきょくのところ、山歩きからはこんなさえない事件しか生まれなかったんだ。
 それでも、山歩きはしばらくやめられなかった。なにしろおれは、生まれつき好奇心のかたまりだからな。おれは生まれる時に死にかけたって話を前にしたと思うけど、その時どうして生き返ったかというと、一度はこの世を見てみなきゃ気がすまなかったからなんだ。じつはいまだに気がすまないから、こっちに居残っているというわけ。
 まあそれはともかく、そんな性格だからいったん山道に分け入ると、その続く先を見届けないかぎり引き返せないんだよ。どこへ続くかわからない不思議さ、思わぬ場所へ行き着く意外さ、そういったものに夢中になっていたんだ。そういう気持ちは同じ男として、同じ少年として、もちろんわかってもらえるよな。
 そしてこの日、おれはそんな自分と同じ道を行く少年と出くわした。それがなんと、コウイチだったんだ。
 「おい、ミリハシやないか」
 「えっ? ダクテンか? なんでこんなとこに来とうん?」
 「おまえこそなんで来たんや。やっぱ探検か?」
 「まあ」
 「おれもそうや。おれほんま、こういうとこおったらじっとしてられへんねん。今まで住んどったんは町ん中ばっかりやったし、なんか近くに山があるってのがうれしくてな」
 「……へえ、ダクテンもそうだったんか」
 「ミリハシもそうなんか?」
 「まあ、べつに山がめずらしいって事はないけど。前いたところでも、山歩きはよくやってたし」
 「ほお、そんならおれより年期が入っとうわけやな。なんかめずらしいもんとか見付けたか?」
 「そりゃいろいろな」
 「たとえばどんなもんを」
 「たとえば、か……。たとえば立ったまま裂けて黒こげになってた木があった。あれはまちがいなく落雷のせいやな」
 「へえ、そりゃおもろいなあ。今度おれにも教えてくれや」
 「まあそのうちな」
 「ほかには?」
 「ほかには……、そうだ、小さな断層も見付けたぞ。それも逆断層っていう、力がこう向き合ってできる断層でな、それもまだ新しいんや。断層面がまだ風化もしないでツルツルなんだから」
 「はあ、なんかようわからんけど、いろいろ発見しとんのやなあ」
 「おもしろいもんなら、西の山を下って行った田んぼのほうにいろいろあるな。あそこに池が七つもあるの知っとう? そのうち魚が多いのが第3第4の池でな、水生昆虫が多いのが第2の池で、そうそう、一つびっくりした事があったんや。奥にある番外の小さな沼で、アカウキクサを見付けた。図鑑では知ってたけど、実物見たのは初めてやったな」
 「カエルがようけおったんはおれも知っとうけど」
 「ハハッ、そういやそうやな。とにかく山歩きはおもしろいわ。いろんなもんがいっぱいいるし、ぎゃくに人間はいないし」
 「今日はおれがおったやんか」
 「ダクテンならかまわん。同じ道を行くもん同士やもん。だってほら、山では知らない人にでもあいさつするもんやろ」
 「ああそうやな。同じ山にいるっていうだけで、もう仲間やもんな」
 「そうだ、ダクテンはキイチゴがたくさんある場所知っとう? 大山公園の裏とかにも生えてるけど、あそこはみんなが知っとうからあまり残ってないやろ。だれにも知られてない秘密の場所があるから、今から行こうや」
 「どこなんや? それ」
 「行ってみりゃわかるって。ここからはちょっと遠いけど、一度帰ってから自転車で行きゃあいい」
 「でも今日は宿題多いで。百字や生活日記だけでも、けっこう手間かかるしなあ」
 「なんだよ、宿題よりも遊びのほうが大事やろ」
 「わかったわかった、その秘密の場所ってのを教えてもらう事にするわ」
 「そうそう、宿題なんて後回し。勉強は昼でも夜でもできるけど、でも遊ぶのは昼間のうちしかできないんやからな」
 自分で言ったこの言葉のもう一つの意味に、おれはこの時まだ気付かずにいたよ。机に向かっての勉強は子どものうちでも大人になってからでもできるけど、こんなふうにして時を過ごせるのは、まちがいなく子どものうちだけなんだと。

     6月9日 木曜日

 聞いてくれよ。班新聞のしめきりを守らなかったせいで、ひどい目にあったんだ。ユミコは編集長の立場となると、なかなかキビシイからなあ。
 まず休み時間のたびに、教室に残って新聞を書くようおれをせめたてる。昼休みもやっぱり、給食を食べ終えたらすぐに書け、ってさ。
 ただしおれは、給食を食べるのがひどくおそいんだよな。給食当番がおれを待たずに食器をかたづけてしまうくらいだ。おれはあとから一人で食器を給食室まで持って行く。そんな事でさらに時間を食ったせいもあって、けっきょくその日のうちに書き上げるのは無理だったよ。
 さて、キビシイ工藤編集長の事だから、放課後残って書き上げていけ、くらいの事を言うに決まってるよな。ところが、
 「どうせわたしの監視がないとマジメにやらへんのやろうし、だったら帰りにわたしん家に寄って書いていき」
 なんてラッキーなんだろう。新聞をサボッたせいでユミコの家に行ける事になるなんて、まさか思いもしなかったよ。
 ただどういうわけか、コウイチとチカコまでが、いつもの帰り道からとうとうユミコの家までいっしょに来てしまったよ。コウイチはもう担当分を書き上げてるし、チカコにいたってはよその班だというのにさあ。
 そのコウイチやチカコがいっしょにいたせいか、初めてユミコの部屋に上がるというのに、たいした緊張感はなかったよ。初めていっしょに帰った、あの日と同じだな。どうしていつもいつも、ドラマとして盛り上がるはずの場面が、こうしてあっさりと流れてしまうんだろう。
 部屋に入ってまず目についたのが、たなの上のドライフラワー。その白いかすみ草のドライフラワーは円筒形の透明容器に入っているんだけど、その容器にどうも見おぼえがある。
 「あれっ? この容器ってひょっとして……」
 「気がついた? これこないだの5年の科学の付録なんよ」
 毎月発行される学習雑誌についている、科学実験の教材か。そんなものをこうしてインテリアにしてしまうなんて、やっぱり女の子って、いや、ユミコってすごいもんだなあ。
 おれが感心しながらその容器をながめていると、横からコウイチが得意げにこんな事を言い出した。
 「ああ、その入れもんやったら、おれも役立てとうで。フロん中にしずめてな、毎日オナラを集めとうねん」
 ……こういうくだらない使い道を考えるなんて、やっぱりコウイチはあきれたやつだ。ただ、女の子を前にしてここまで自然体でいられるって事にだけは、感心させられるけど。
 いや、こいつの場合は自然体というより、ただやりたいほうだいやってるだけじゃないのか? おれとユミコが新聞に取り組んでいる間、ひまをもてあましたコウイチは、チカコを相手にこんな遊びを始めたんだ。
 「ジャーイケーンで、ホーイ! よっしゃ、勝ったぞ。さあ、さっさとぬげや」
 もっともそれはただのフリだけで、ほんとにぬいだのはくつ下くらいのものだったけど。なのにコウイチのやつ、勝っても負けても大はしゃぎだ。まあ、その気持ちはわからない事もないけど。ちょっとばかりうらやましい気持ちもあるから、こっちもついついムキになる。
 「あのなあ、ぼくは今日中に新聞書かなきゃならないんや。ちょっと静かにしといてくれ」
 「まあ待てや、いよいよ残りあと一枚、すぐに勝負はつくんやから。ああ、でもあともう一人相手がおるんやったな」
 なんだって? こいつ、ユミコまでぬがしにかかるつもりかよ!
 「おいダクテン! ぼくにも勝負させろよなっ」
 「おまえはさっさと新聞書け」
 ……それにしても、初めてヒロインの家に来たっていうのに、ちっともドラマにならないじゃないか。もちろん、それをコウイチ一人のせいにするつもりはないけどさあ。
 さて、ここで新しいキャラクターの登場だ。これで少しはドラマらしくなってくれるかな。
 「ジャンケンしてんの? ジャンケンジャンケン、わたしもやりたい」
 そう言いながら部屋に入って来たのは、ユミコの小さな妹。コウイチの真正面にすわりこむと、その顔をじっと見上げてる。
 むじゃきな相手を前にして、さすがのコウイチもきまり悪くなったみたいだ。くつ下をあわててはき直したりしてさ。
 「あー、でもなあ、おれらのやってんのはただのジャイケンとはちがうんや。どう言ったらええんかなあ。とにかく、ほんまに勝負する気はあるか?」
 「恵子やめとき。そんなヤラいの相手に勝負なんかするもんやないよ」
 ハハ、言われてやがる。でももちろん、ユミコがたしなめたくらいでコウイチはへこたれやしない。そのうえ恵子ちゃんもコウイチからはなれようとはしない。そのうちにあっちむいてホイなんかを始めたりして、すっかりあいつになついてしまった感じだ。これもまた、あいつの自然体のせいなのかなあ。
 「わたしつよい?」
 「ああ、強い強い。あと出しあと向きにはほんまかなわへんわ」
 なんとなく、クヤシイ気分だよ。おれにとってのヒロインはユミコであって、その妹のケイコちゃんなんてどうでもいいはずなのに、どういうわけかけっこうクヤシイ。
 「わたしこないだ聞いたんやけど、ダクテンにも妹がおるんやってね。チカんとこの菜穂ちゃんと、おんなじクラスなんやって?」
 「ああそうや。だから有吉にもわかるやろうけど、年が四つしかちがわんとケンカばっかりやで。その点工藤はええわなあ。六つも年がはなれとったら、ケンカなんかせえへんやろう」
 「そんな事ないよ。とにかくナマイキやもん、この子」
 三人の話を、おれは新聞を書きながら背中を向けて聞いていた。そうか、みんなにはそろって妹がいるのか。いいよなあ……。おれにいるのは二つちがいの弟だ。ケンカにあけくれる毎日がほんとはどういうものか、みんなにはわからないだろうな。
 それにしても、どうしておれにだけは、妹が生まれなかったんだろう。おれは今までずっとヒロインをもとめていたわけだけど、それと同じくらいに妹もほしかったのに。ほんとに、ほんとうにくやしい気分だよ。
 新聞を書き上げてしまってからも、おれは小さなケイコを中心にワイワイさわぐみんなの仲間に、入っていく事ができなかった。おれってかなりヒガミっぽい性格らしいな。コウイチの事がうらやましくてならなくて、そんな気持ちが自分自身で腹立たしくて、だから机に向かったまま、じっと本に読みふけるフリをしていたんだ。
 でもそのせいで、帰りぎわにユミコがこんな事を言ってくれた。
 「その本そんなにおもしろい? だったらしばらく貸したってもええよ」
 なんてラッキーなんだろう。ユミコのものを持って帰れるなんて、まさか考えもしなかったよ。いろいろつまらない思いもしたけれど、それでもやっぱりついてる一日だったな。

 これはナイショの話だけれど、その夜おれは寝る時に、ベッドの中にまで本を持ちこんだんだ。いや、ただそれほど気に入ったっていうだけで、べつに深い意味はないさ。ユミコだってベッドにお気に入りのぬいぐるみを置いてたし、だからそんなにヘンな事ではないだろ?
 ……ユミコ、次はあのぬいぐるみでも貸してくれないかなあ。

     6月20日 月曜日

 ああそうそう、借りたのがどういう本だったかを話してなかったな。ユミコがおれに貸してくれたのは、学習雑誌別冊の読み物特集というやつで、読み切りの物語を集めた本だ。
 それまでおれは、科学読み物やノンフィクション系の本以外にはまったく興味がなかったんだけど、おかげで創作物語のおもしろさを初めて知ったよ。まああだ名の時と同じで、ユミコから得たせいで気に入ったって事だろうけどな。
 中でもとくに気に入ったのは、旅人の木の物語。気に入ったどころか、すっかり夢中になってたよ。どんな話かって? うん、まあとにかく、いい話さ。
 「はいユッコ、この本ありがとう。三日も借りっぱなしでゴメン」
 「ううん。ねえミリハシ、そんなにおもしろかった?」
 「ああ、そりゃあ」
 同じ班の田代と小木が、顔を見合わせるとなにか言いたそうにこっちを見た。でもおれには、そんな事ちっとも気にならなかったよ。
 「中でもどの話がよかった?」
 「やっぱり旅人の木の話かな。えーと、あとはほら、朝顔の話なんかもわりと」
 「旅人の木とか朝顔とか、ミリハシってほんまに植物とかが好きみたいやね」
 「……まあ、そうやな」
 この場では適当にうなずいてみせたけど、もちろんほんとうは物語そのものにひかれていたんだ。主人公の少年、ヒロインの少女、見知らぬ木へのあこがれ、二人だけの秘密……。ああ、おれにもこんなドラマがあったらなあ。
 いや、そんな望みもきっといつかはかなうさ。少なくとも今のおれにとって、ユミコはとても身近になったわけだし。それからも、いろんな本を貸してくれたよ。この本おもしろいよ、この本も読んでみなよ、なんて言って。
 ユミコって、ほんとに本が好きなんだな。だからきっと、自分のお気に入りの本をだれかにすすめないと気がすまないんだろう。……ひょっとすると、今のユミコにとっておれはただ、その手近な相手というだけなのかなあ。

 こんなふうにただ本を借りるだけの事で、じきに田代や小木があからさまにひやかすようになった。でもおれには、やっぱりそんな事ちっとも気にならなかったよ。いや、むしろ内心得意になってたかな。なにしろ、ユミコと親しくなれたという満足感、優越感があったから。こんなふうに、ただ本を借りるだけの事で。
 とまあ、とにかくいろいろな本を読ませてもらったけど、一番のお気に入りはなんといっても、旅人の木の物語。最初に借りたあの読み物特集は、それからもくりかえし何度も借りたなあ。
 教室でいろいろ言われるのを少し気にし始めたユミコは、最近は帰りがけに家から本を取って来るようになった。
 「お待たせ。はいこれ」
 「うん。この本ばっかり何度もゴメンな。なんか悪いみたいやし、がんばって書き写してしまおうかなあ」
 「ええ? この本みんな写す気なん?」
 「いや、全部ってのは大変やから、気に入った話を一つか二つか……」
 おれは旅人の木のページを開きかけた。けどコウイチやチカコもいっしょにいるせいで、あわててほかのページを開いたよ。なんとなく、旅人の木はおれとユミコだけのものにしておきたいって気がしたんだ。ちょうど、あの物語の中の少年と少女のように。
 おれがあらためて開いたのは、新星を発見した人の体験を紹介した、ノンフィクションのページ。
 「この人の話なんて、けっこう興味あるけどな」
 コウイチは横から本をのぞきこみながら、何度もうなずいた。きっと、いかにもおれらしいとか思ってるんだろう。わかってないよな。おれはますます調子にのって、コウイチを星の話に引きこんでやったよ。
 「新星ばかりじゃなくて、彗星とか小惑星とかも発見できたらいいやろうなあ。自分の名前がつけられるんやもん」
 「そりゃええなあ。新しく発見して名前をつけられる場所なんて、地球上にはもう残ってへんもんなあ」
 「そうや。だからな、ぼくぜったいにいつか自分の星を見付けるんや」
 「へえ、ミリハシも意外とデカい目標持っとんやなあ」
 「ヘヘッ」
 「でも自分の星っていうたって、ただ名前がつくだけで、べつに自分のもんになるわけとちゃうんやろ?」
 「そりゃそうだけど、そんなつもりでいてもいいやんか」
 「つもり、か。まあ、そんなとこがせいいっぱいやろうな」
 おれとコウイチの話が熱くなるにつれて、ユミコやチカコまでがこの話にのってきた。
 女の子ってのは、けっこうのりやすいみたいだな。自分たちでどんどん話を大きくしていくんだ。しまいには、将来みんなで天文台を建てよう! なんて話にまでなってしまったよ。
 でもその反対にコウイチだけは、だんだん冷静になって、現実的な事ばかりを言い出すんだ。
 「天文台なんてもんは、国とか大きな大学とかが建てるもんなんとちゃうんか」
 「そりゃまあ私立でもかまわへんけど、ただ金の問題は大きいで」
 「それより場所はどうするんや。いなかか。山の上か。まあ土地代は助かるやろうけど、そのかわり資材とか運ぶんが大変やろうな」
 せっかくもりあがってる時に気をそぐような事ばかりならべられ、さすがにおれも頭にきた。
 「なんだよダクテン。天文台を建てるって計画が、そんなに気に入らないんか」
 「そういうわけとちゃうねん。実現には問題も多いって事を言いたいんや」
 「わかってるよ。そんなできもしない事まじめに言って、幼稚だとか思ってるんやろう。ダクテンは大人やもんな」
 「できもしないなんて言わへんで。ただ思っとうだけやったらあかんって言いたいんや。実現するとなったら、ぜったいぶつかる問題やろ」
 「でもダクテンだって幼稚な事をやってるやんか。バクダンとか言って、水詰めたガチャガチャのカプセルを足元に投げつけてきたりしてよ」
 「……そんな話、今は関係ないやろ」
 「水入れて水爆なんてうちはまだいいけど、調子にのってション爆なんて作んのだけはやめてくれよな」
 おれが話をすり替えコウイチの事をバカにしたのは、やつが大人びて見えたせい、そして自分が子どもじみて思えたせいだ。それを自覚していながら、ますます自分をおとしめるような行動に出るなんて、まったくおれはどうかしてるよ。
 ほんとうに、おれは子どもだったんだな。夢とか望みなんてものは、現実からかけはなれたところで、もちろんお金の事や自分の能力も考えず、ただ自由気ままに思い描いていればいいものだと思っていたよ。あの旅人の木の物語にしてもそうだ。ただぼんやりと、甘いあこがれをつのらせていただけじゃないか。こんなドラマがあったらなあ、なんて。そんな望み、これではいつまでたってもかなうはずがないさ。

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