草木のささやき − 聴き手達の放課後 −


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 そっけなく無関心な態度を見せたあのナオが、行動では不思議とやる気を示している。いったいどうなってるんだ? 気圧されたように、僕と伊藤もまじめにゴミをかき集めた。
 今週、僕ら5班の掃除分担は校庭になった。今さらながら気付いたが、窓のすぐ下はストローの紙だらけだ。それをナオはただ黙々と竹ボウキで掃いている。
 「校庭掃除に当たった班が、毎回手抜きしないでちゃんとやってりゃ、こんなにたまらないでもすむのによ」
 「それより先に、まず投げ捨てがなくなってもらわないとな」
 「なあ班長、……柏木も仲間に入れてもいいんじゃないか?」
 さっきからぼやき続けていた伊藤が、不意に小声で僕に耳打ちした。
 「同じ班なんだし、一人だけ仲間はずれにするのも、ちょっとなあ」
 「うーん」
 「俺は反対だな」
 僕が返事をする前に、横からナオが答えた。
 「仲間増やしたりするより、ほかにやる事あるだろ? それに、同じ班だからなんてだけで理由になるかよ」
 ナオは冷静に言ってのける。ひょっとしたら、表面的に騒ぐ僕らの事を、内心軽蔑しているのかもしれない。
 でもそれだけじゃないな。ナオは前田の事を意識して、それで無理にそっけなさを装っているんだ。僕にはわけもなくそう思えた。
 僕はナオとは違って、仲間はいくらでも多い方がいいと思う。良い事をしようというのだから、堂々と運動を広めていけばいいんだ。
 「な、班長、まずは俺達だけでやるだけやろうぜ」
 僕は手を止めて向こうを見た。用具置き場の陰から、大きなスコップを手にした柏木が、ふらつくようにやって来る。まずは俺達だけで、か。……とりあえずはそうするか。
 「ちょっとちょっと、丸山」
 菊井が僕を呼んだ。別の班の子に班長くん、なんて呼ばれるかと思えば、同じ班の奴に丸山、なんて呼ばれる。どうなってんのかね、このクラス。
 「あんた達もそんなとこばっかり掃いてないでいいから、溝の中の泥さらっちゃってよ」
 「なんで俺達にやらせんだよ」
 伊藤がムキになって叫んだ。僕とナオはもうあきらめてるから、何も言い返さないけど。
 「おまえ達が自分でやりゃあいいだろ」
 「じゃあ次の時は女子でやるから、とりあえず今週は男子がやって」
 「まったく……。ほんとに次はやれよ。絶対だからな」
 伊藤もあきらめの境地に達したようだ。僕らも用具置き場にスコップを取りに行った。
 「五週間先の事なんて、絶対あてにならないぜ。まったくよ」
 伊藤はまだぶつくさ言っている。その気持ちもまあ分かる。僕だって、たとえ何があってもあいつらだけは、絶対仲間にしたいとは思わないな。

 「おい班長、テレビの鍵がまた開いてんだ、手伝えよ」
 教室に戻るなり、僕は運上に呼び止められた。
 「またか」
 教室備え付けのテレビには、生徒が勝手に見ないようにと画面の前に扉が付いて、ふだんは鍵が掛けてある。けどこれがお粗末なしろもので、押し上げれば扉はちょうつがいごと簡単にはずれるんだ。
 「よし、班長はそっちの扉を持て」
 それをいつも僕らで元通りにする。ひとの後始末は気が進まないけど、先生に見付かるとまたウルサイし……。
 もう一度扉をはずし、鍵の金具をはめ込んで、そのまま扉を元に戻す。これがけっこう面倒なんだ。
 「鍵はめ込んだか? よし、このままちょうつがい入れるぞ」
 ここが微妙で、二人の息がピッタリ合わないとうまくいかない。なぜか運上や、それからサカやキノとじゃないと駄目なんだ。でもだからといって、僕がこいつらと気が合ってるというわけでもないから不思議だけど。
 「これでよし、と。まったく、テレビ見たら見たで自分で直しときゃいいのになあ」
 「フッ、そうだな」
 「誰だろ、テレビ見てたの」
 「さあ、誰だろうなあ」
 「あれ? 運上って教室掃除だろ? 誰だか気付かなかった?」
 「分かった、教えてやるよ。テレビ見てたのはな、あいつとあいつと、それからこいつだ」
 運上が指差したのは、サカとキノと、それから自分自身。
 「なんだよ、自分達で見てたんなら自分達で直しとけばいいだろ。わざわざ僕にやらせるなよ」
 「ムキになるなって。その熟練の技をな、信頼してやってんだからよ」
 運上は僕の肩を叩きながらニヤニヤしている。
 時には一緒になって騒いだりもするけど、この連中はたびたび僕をからかっては面白がるんだ。運上達もやっぱり、仲間に加えたい候補者からははずれるな。

     6

 放課後、金子と運上が口ゲンカをしている。
 「なんだよ、ベンジョウ」
 「うるせえ、カネゴン」
 「ベンジョウ」
 「カネゴン」
 「ベンジョウ」
 「カネゴン」
 あの二人、ほっとくといつまでも繰り返すぞ。僕はケンカの仲裁というよりもヤジ馬気分で、横から首を突っ込んだ。
 「今度は何?」
 「班長、俺の机見てみろよ。こいつらがまた画びょう刺しやがってよ、抜いてたら一本針が取れて残っちまった。あれじゃ危なくてしょうがねえよ」
 ああ、あれか。最近金子や菊井が始めたイタズラだ。僕や運上達が画びょうをコマみたいに回して遊ぶのをバカにして、知らないうちに机の上に画びょうを刺していくんだ。堅い机も傷の部分には針が立つ。席に戻って画びょうがいくつも突っ立ってるのを目にすると、いかにもバカにされてるようで無性に腹が立つ。
 「おまえらが刺したんだからおまえらで抜けよな」
 「抜き方が悪いんじゃん、知らないよ」
 サカとキノも来てくれた。けれども金子の方にも、菊井に石川に細谷が加わった。……毎回毎回、こりゃもうお決まりの対戦相手だな。
 「画びょうなんかオモチャにしてんのがもともと悪い」
 「そんなの俺達の勝手だろ」
 「その勝手が悪いんだよ」
 「おまえらに何か迷惑かけたかよ。いちいちちょっかい出してくるおまえらの方が悪いに決まってるじゃねえか」
 「うるさい、根っこ」
 そう言われてキノはムッと口を結んだ。木下だから根っこか。なるほど。ひとをののしる事にかけては、あいつらはよく頭を使う。
 「とにかくこのままじゃあぶないだろ。ケガでもして問題になる前に、どうにかしようとか思わないか?」
 僕が言うと、連中はわざとらしくうんうんうなずき合った。
 「ヨーロジア班長のありがたいお教えの言葉です」
 「ヨーロッパアジアはかく語りき」
 ……僕ももう言う気が失せた。
 「だいたいな、知らない間にこそこそやってんじゃねえよ」
 「今は坂田は関係ないだろ、あっちで塩化ナトリウムでも歌ってな」
 僕がヨーロジアでみんなを笑わせたように、サカにも変な発言でクラスをわかせた前科がある。演歌ナトリウム〜、とこぶし回してふし付けて。それを思い出して僕がふき出すと、味方に笑われたサカも二の句がつげなくなっていた。

 女子四人はゆうゆうと教室を後にした。教室に残された僕らは敗残者。でも僕は、不思議とさっぱりした気分になっていた。班の中でもいつもあいつらに立ち向かうけど、おとなしい柏木はもちろん伊藤やナオが加勢についてさえ、最初からケンカにさえならないんだから。ただこないだの壁越しの水のかけ合いだけは、珍しくエキサイトしたけどなあ。
 「あったまくんなー。あいつの机と取り替えてやろうか」
 運上本人だけは、まだ腹の虫がおさまらない様子。
 「そりゃまずいんじゃないか? 中にいろいろ入ってるぜ」
 「そうか……」
 サカにそう言われると、運上もためらった。いくら頭にきていても、他人の机の中をいじるのはさすがに気がひけるらしい。と、運上は教室の前から小さな黒板を持ち出して来た。伝達事項なんかを書いておく細長いボードだ。
 「これで金子の奴を葬ってやる」
 おいおい、何をする気だよ。……なんだ、そんな事か。運上はボードにチョークで「金子玲の墓」と書いた。そして机の上にいすを置き、そこにそのボードを立てた。
 「僕は明日墓参りをするよ」
 苦笑まじりにそう言って僕はカバンを肩に掛けると、運上達が花びんの花やテトラパックの牛乳を墓前に供えるのをしり目に教室を出た。あんな事して、明日が運上の命日になっても知らないぞ。

 昇降口に降りて行くと、下駄箱の所でナオと前田が立ち話をしていた。そうだ、放課後花だんを見回ろうと言ってたんだっけ。うっかりしてた。僕は一人教室で遊んでいたうしろめたさから、いつまでも二人に声をかけられずにいた。
 外から戻って来た堤が階段の途中にたたずむ僕に目を留めると、ナオと前田もふり向いた。
 「なんだ班長、教室いたのか」
 「まあ……。伊藤は?」
 「今帰ってった」
 「そう。僕も帰るよ。じゃあ」
 こんないいかげんな調子でいると、そのうち信用失うぞ。
 ところで、藤本さんはどうしたんだろう。まああの子は印象薄いから、始めからあてにされてないのかもしれない。そういうのも、なんだか寂しい気がするけれど。

 翌朝、僕が登校すると金子はもう来ていて、ふくれっ面で席に座っていた。僕は内心ビクビクしながら、金子のななめ前の自分の席についた。墓はどうなったんだろう。教室を見回すと、あったあった、「運上昌則の墓」となって、そっくりそのままあいつの席に移動している。
 「なんだよこれ!」
 やって来た運上が大声で叫んだ。しらんぷりしらんぷり、僕は無関係なふりをした。無関係なふり? いったい誰に対して?

     7

 あれから運上は、画びょうの針を自分でなんとかしたようだ。聞けば、いつまでもそんな事根に持つほどガキじゃねえよ、とか言って。でもその一方で、画びょうのコマ回しはあい変わらず頭を寄せてやってんだよなあ。それだってかなり子どもじみてると思うけど。……あまり言うまい。僕もその中の一人だった。
 そんな事より、今日の放課後は遊んではいられないんだ。僕は校舎裏の植え込みを見回る役目を引き受けた。
 「えっ? 藤本さんも来るの? なんで?」
 そうだ、藤本さんも仲間の一人なんだった。うっかり忘れていたりして。そんなにいぶかしんだら悪いじゃないか。
 「でもこんなふうに見て回ってても、ゴミを拾うくらいであんまりやる事ないね」
 「うん」
 「まあ、なんの異常もないっていうのはいい事だろうけど」
 「うん」
 ……こういう無口な女の子を相手にするのって、どうも気づまりなんだよなあ。菊井なんかを相手に口ゲンカでもしている方が、まだ愉快かもしれない。
 おっと、そんなふうに考える事こそ、藤本さんに悪いじゃないか。僕らには植物を保護していこうという、大きな目的があるんだ。それを考えれば、楽しいとかつまらないとか、そんな事を気にしてはいられない。
 「そういえばさ、ほら、いつか前田が言ってた自分の木って、藤本さん決めた?」
 「うん」
 「そう。それ、どの木?」
 「……うん」
 「…………」
 とはいえやっぱりまいるよな、こういうの。

 拾ったゴミを焼却炉まで持って行ったりするうちに、自然と藤本さんとは別行動になっていた。そして代わりに、サカやキノ、そして運上の三人に出くわした。
 「よお班長、何してんだよ」
 「うん、ちょっと……」
 僕は口ごもりながら目を伏せた。
 「……ただ、ひまでさあ。僕、帰宅部だから」
 僕は大事な活動を真面目にやっている。何も恥ずかしがる事はないはずだ。なのにどういうわけか、はっきり言えなかった。植物の監視と保護をしているんだ、とは。それはきっと、今のところたいした活動をしていないからだろう。
 「そこ、吸い殻落ちてんじゃん」
 キノが僕の足もとを指差して言った。あ、ほんとだ。
 「班長ー」
 三人は意味ありげな笑いを浮かべて僕を見る。僕は慌てて言いわけした。
 「なんだよ、そんなわけないだろ。誰がタバコなんか」
 「そうだよな、俺だってもうやめたもんな」
 「やめた? よく言うぜ」
 「うそじゃねえよ」
 「じゃあ今はなんだ?」
 「これだよな」
 サカは背中を丸めると、両手を口もとにかざして息を吸い込むジェスチャーをしてみせた。
 「まあな」
 「おいおい、そんな事おおっぴらに言うんじゃねえよ」
 「なんだよ、聞いてきたのはおまえらじゃねえか」
 僕は三人のやりとりを、本気にとらずに聞き流した。こいつらが無理してワルぶるのはいつもの事だ。そうする事が、自分を大人びて見せる一番手っ取り早い方法とでも思っているらしい。
 僕らはつい二か月前まで小学生だった。そんな自覚が心にこびりついて離れない。だから今は誰もが、自分が子どもじみて見られやしないかと気にしている。僕がこの活動をおおっぴらに出来ないのも、ほんとはそんな事が理由なんだ。植物の保護なんて事を声高に訴えたりすれば、周囲から間違いなくガキ扱いされるだろうから。
 「おっ、エロ雑誌!」
 いきなりのサカの大声に、僕はびっくりして思わずふり向いてしまった。……ちぇっ、まんまとはめられた。
 「うそだよーん」
 「そんなしょっちゅう落ちてるわけねえだろ」
 「期待してんじゃねえよ」
 「誰が。ただサカが大声出すからなんだろうって思っただけじゃないか」
 三人はまた嫌な笑い方をしている。僕はムキになって言いわけした。ムキになればなるほど、彼らの思うつぼだと分かってるのに。
 「よく捨ててある場所俺知ってるぜ。教えてやろうか? 班長」
 「いらないって。もう騒ぐのやめろよ」
 「マジメぶってる奴こそ陰でコソコソ、なんだよなあ」
 「班長」
 「ああ?」
 「クライぞ」
 「ほっとけよ」
 三人はやっと向こうへ行ってくれた。もっとも、聞こえない所でも言いたい事言ってるんだろうけど。
 真面目な奴は暗くて、でたらめな奴は明るい。思いが真っすぐだと子どもじみてて、斜にかまえていれば大人びてる。そんな区別の仕方はおかしいと、誰だって分かってるはずなのに。
 でもそれなら僕だって、分かっていながらも思うように行動出来ないでいるんじゃないか。真面目な活動をおおっぴらに出来ない今の僕と、わざとワルぶってみせるあの三人と、いったいどこに違いがある?

     8

 次の週のある昼休み、またいつものように教室の片隅に行こうとすると、
 「丸山くーん」
 前田と堤が声を合わせ、からかうような抑揚を付けて僕を呼ぶ。ちぇっ、あの二人までが面白がってるな。
 「一位おめでとー、丸山くーん」
 「…………」
 「あ、ちがうちがう、そうじゃなくって……」
 前田は堤に顔を寄せて、小声で耳打ちしている。
 「?」
 「一位おめでとー、丸ちゃーん」
 「……あのなあ」
 あーあ、ひとにいろいろ言われるのが嫌で、菊井達や運上達、ナオ達さえ出来るだけ避けていたのに、まさかこの二人にまでからかわれるとは思わなかったよ。
 「おめでたくなんかあるもんか。みんなにからかわれてほんと迷惑してんだから」
 事の発端は、今朝の学級新聞で発表された「クラスいろいろベスト3」だった。早い話が人気投票みたいなもので、「頭脳優秀ベスト3」「健康優良ベスト3」などといくつかの部門がある。そして僕はなんと「かわいらしさベスト3」の男子第一位にランキングされてしまった。これがからかいの的にならないはずがないと、自分でも思うけど……。
 「一位の感想を一言どうぞ」
 「嬉しいわけないだろ、もうやめてくれよ」
 「だって、すごい事だよ」
 「ダントツ一位だもん。ねえ」
 そうなんだ、二位がキノで三位がサカと、背の低い奴ばかりに票が入ったんだけど、その二位のキノの8票に対して、僕の票はなんと28票。これは男子のほとんどと、女子の半数が僕をからかっている事を意味している。これもまた、僕にとってはしゃくの種だ。
 「だいたいな、男がかわいいなんて言われて嬉しいと思うか?」
 「そうかもしれないけど、でも一応はほめ言葉だよ」
 「そうそう、もっと名誉に思いなよ」
 「ほめられりゃいいってもんじゃないだろっ」
 「ほらほら、そういうふうにすぐムキになるところが、……なんだよね。ねえツッツ」
 「怒るぞ」
 「わあ、珍しい。怒ってみせてよ」
 「もう本気でアタマきた」
 「恐くないよー」
 もとからそうだったんだけど、今回の事でもう完全になめられてしまったみたいだ。
 ナオと伊藤が、向こうで笑いながらこっちを見ている。
 「なんだ? ナオも伊藤も、言いたい事あったらこっち来てはっきり言ったらどうだ?」
 僕がそう言うと、二人はニヤニヤ笑いながらほんとにこっちへ来た。ふと見ると、藤本さんまでがクスクス笑っている。
 「あれ、藤本さんまでが何か言いたそうだなあ。こっち来てはっきり言ったら?」
 意外な事に、藤本さんも席を立つと僕のすぐ横で窓わくにもたれた。
 「ちょっと聞きたいんだけど、ナオも伊藤もいったい誰にあの票入れた?」
 「そんなの言えねえよ、気の毒で」
 「本人を前にしてなあ」
 「あー、やっぱりそうなんだな?」
 「分かってたら最初っから聞くなよ」
 「ひょっとして、藤本さんまで?」
 「うん、ごめん」
 藤本さんも、楽しげにそう答えた。僕は顔をしかめてみせながらも、目もとから笑いが広がるのが自分でも分かった。
 「もうやだ、こいつら。よってたかってひとの事からかってんだから。藤本さんにまで笑われるとはなあ。ほんとショックだよ」
 「ごめんなさい。そんなに嫌がるなんて思わなかったから」
 藤本さんが笑いながら、それでも少し力なく首を傾けると、前田がかばうように言った。
 「でも班長くんだけなんだよね、かわいいなんて気軽に言える相手って。ほかはそんな事言うとちょっと恐いもん」
 「そうそう、ほかの男子だとちょっとねえ」
 藤本さんはそう言いながら、前田と顔を見合わせうなずき合った。すっかり意気投合という感じだ。そういえば、今日はいつになく藤本さんは口数が多い。なんだか知らないけど、とにかくとても楽しそうだ。
 次第に僕は、みんなにからかわれる事がそれほど嫌ではなくなってきた。この六人で愉快に騒ぐためになら、そして藤本さんがみんなとうちとけるきっかけになるのなら、からかいの的にされるくらいなんでもないさ。
 「ところでさ、班長はいったい誰に票入れたんだ?」
 「ハハ、サカに入れてやったよ。演歌ナトリウム〜なんておちゃらける奴あいつだけだし、それにサカって僕より小さいんだぞ。ほんの5ミリ違いだけど」
 「なら女子の方は?」
 「おいおい、伊藤も立ち入った事平気で聞くなあ」
 「るみに入れたんじゃないの? やっぱり」
 堤までがそんなふうに言う。僕は変にかんぐられるのも嫌だから、ありのままを出来るだけさりげなく答えた。
 「菊井に入れてやった。同じ班の班長副班長のよしみで。同情票ってやつだよ」
 ちなみに、女子は18票で前田が一位だった。これって男子のほとんどが入れた事になるのかな。でもその事に関しては、僕の場合と違って誰も何も言いはしない。当然の事となれば、話の種にはならないものか。
 「そういう伊藤やナオは誰に入れた?」
 「そんなの答えられるかよ。せっかくの無記名投票の意味ないじゃんか」
 ナオがいつものぶっきらぼうさを取り戻したように言うと、伊藤も慌ててそれに賛同した。
 「そうそう、俺も今の質問はパスな」
 結局二人は最後まで、誰に投票したかを明かさなかった。僕には聞いといて勝手な奴らだ。まあいいか、あの二人が前田に票を入れたというのははっきりしたし、これで逆にあの二人をからかってやる事だって出来るぞ。

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