夏の終わりの想いそれぞれ − 三原色プリズム 7 −


 中央広場 > 書斎パビリオン入り口 > 夏の終わりの想いそれぞれ
     1 三人と三人

 ああ、夏休みも終わっちゃったな。あたしは手すりによりかかって、なんとなくにぶい色の空を見上げた。……そしてため息。
 短かった、ほんとうに短かった、今年の夏。ほんの一瞬だけ、オレンジ色に輝いた夏……。
 あたしはもう一度、ため息をついた。
 ベランダには、あたしをふくめて三人のうかない人物が集まっている。あたしと、サッチと、そしてなぜか長谷川の三人が。
 「もう、ちょっと長谷川、なんであんたがここにいるのよ」
 「いーだろべつに。おまえらだけのベランダかよ」
 めんどくさそうに、長谷川は言い返す。あたしもなんだかめんどうになって、それ以上は言わなかった。
 長谷川に背中を向けたついでに、あたしはふり返って教室を見渡した。
 休み時間の教室に、その中でもひときわ明るい、三人の人物が見える。ニッチと、村井と、そして清水くんが。きっと三人とも、楽しい夏を過ごしたんだろうな。
 ニッチと村井なんて、飼育委員の当番の合い間に、ちゃっかり自由研究までいっしょにやっちゃって。
 そして清水くんは……。あんなによく日に焼けて、清水くんはいったいどんな夏を過ごしたんだろう……。
 とにかく、明るいあの三人を見ていると、ベランダでしずみこんでる自分たち三人が、ますますミジメに思えてくるじゃない。
 「あーもうイライラする。ちょっと長谷川、ほんとどっかに行ってくれない?」
 長谷川は言い返す元気もないらしく、あたしに向かって顔をしかめただけで、すぐにどっかへ行ってしまった。
 「ずいぶんきげんが悪いのね、テラッチ」
 サッチがあたしの横に来て、そして小声で言った。
 「なにか気がかりな事、あるんでしょう」
 「ん、……うん」
 「ねえ、長谷川くんもいなくなったし、わたしにだけは話してよ」
 サッチはまっすぐあたしの目を見た。あたしはとまどって、そしてためらって、にぶい色の空へと目をそらした。
 「テラッチきのう休んでいたし、それに登校日にも来なかったけど、ひょっとして、その事と何か関係あるんじゃない?」
 う……、さすがにサッチ、するどいなあ。
 「ねえ、夏に何かあったの?」
 「…………」
 「それとも、夏にだれかに会ったの?」
 「!!」
 一瞬、にぶい空の色をおおって、あざやかに青いシャツの色が目にうかんだ。
 青くん……。名前も知らない、青いシャツの男の子。登校日と、そしてきのうの始業式、学校をズル休みした時に二度だけ会った人。こうしていつも通りの毎日にもどれば、もう二度と会えそうにない人。
 ……そうだよね。まさか同じ学校にいるなんてぐうぜん、あるわけないし、サッチに手伝ってもらったって、見付かるとは思えない。それに、たった二度会っただけの男の子をさがしたいなんて、いくら親友のサッチにだって言えないよ。村井なんかと楽しそうにしてる、今のニッチはもちろん論外だし。
 「それともひょっとして……、」
 あたしが考えこんでると、サッチが続けて言った。
 「テラッチの気がかりって、夏休みの清水くんの事?」
 「えっ?」


     2 それぞれの気がかり

 ちょっと、どうしてここで、いきなり清水くんの話が出てくるわけ?
 でもあたしとしては、話がそれてくれたのは助かるけどね。それにそっちの方も関心がないわけでもないし、だからさりげなくその話にのってみた。
 「清水くんの事? べつに気がかりってわけでもないけど、夏休みに何かあったの?」
 「そうね、テラッチ登校日に来なかったから、やっぱり知らないのね。あのねえ、あの日清水くん、ひそかな注目のマトだったんだから」
 「え? どうして?」
 「夏休みに清水くんを見たって人がいるの。その人の話ではね、河原であのキヨくんが、片手に紙飛行機を持って、もう片方には、あ……」
 そこでサッチは、急に口をつぐんだ。
 「もう片方には?」
 「う、うん、片手に紙飛行機、もう片方には水筒を持ってたって。それだけ」
 ……アヤシイ。なんかアヤシイ。きっと、あたしには聞かせられない事があるんだ。だいたい(ひそかな)注目なんて、それ自体がアヤシイじゃない。清水くん本人にも気付かせないでおくなんて。
 「ふうん。それで、それを見たっていうのは、いったいだれなの?」
 「えーと、ぐうぜん見たって、犬山くんが」
 なあんだ、あいつが話の出どころか。その事だけで、あたしはすっかり興味をなくした。どうせロクな事じゃないんでしょ。
 「清水くんの事はもういいから、それよりサッチこそ、気がかりな事あるんじゃないの?」
 話がそれた事にサッチはホッとした顔をして、けどまたすぐに表情をくもらせた。
 「長谷川もいなくなった事だし、あたしにだけは話してよ。力になるから」
 サッチはためらっている。ああ、さっきのあたしとおんなじだ。いくらあたしが相手でも、話しにくい事なんだ。
 あたしはさっきサッチがしたように、サッチに向かってそっとたずねた。
 「ねえ、夏休みに何かあったの?」
 サッチは首をふる。
 「それとも、夏休みにだれかに会ったの?」
 サッチはまた首をふる。あれ、ちがうの?
 「それじゃ、長谷川の事?」
 サッチは小さくうなずいた。そして目をそらせると、空を見た。ああやっぱり、あたしとおんなじ。
 「うん、長谷川くんの事なの」
 サッチは目をそらせたまま、小さな声で話し始めた。
 「長谷川くんね、長谷川くんのロッカーの中にね、その……、知らない人の体操服が入ってるの。……女の子の体操服が」
 「ええーっ!」
 あたしのビックリが、思わず大声になってとび出した。すぐに口は押さえたけど、心の中のショックの方は、おさえようがなかった。長谷川が、あいつが、そんなアブナイやつだったなんて……。
 でもあたしの受けたショックより、サッチの受けたショックの方が、ずっと大きいはずだよね。あたしはなんとか気を落ち着けると、サッチをなぐさめるために長谷川をかばった。
 「でもそういうのってね、決まって最後にはくだらないオチが付くものなんだよ。じつは妹のをまちがえたとか」
 「妹はまだ幼稚園よ」
 「それならいとこの物とか」
 「同じ学校にいとこはいない」
 ……いやに長谷川の事にくわしいじゃない。
 「だったら……、そうそう、前に長谷川が言ってたじゃない。小さい時、親のシュミで女の子のかっこうさせられてたって。それでいまだに女装のクセがぬけてないとか」
 よく考えたら、これって全然フォローになってない。
 「だいたいその体操服には、知らない女子の名前がちゃんと書いてあるのよ」
 うーん、それはたしかに深刻よね。
 「それで、……その、……体操服の様子はどんななの?」
 「様子って?」
 「だから……、つまり……、長谷川が着たりとか、はいたりとかしたような……」
 「あのね、言いわすれてたけど、体操服は上だけなのよ」
 え、なあんだ、体操服っていってもシャツだけなんだ。そう、それは不幸中のさいわいね。
 今回もまた、あたしの考えすぎだったみたい。


     3 それぞれの調査

 「えーと、つまり要約すると、長谷川のロッカーの中に体操服のシャツがあって、その名札には知らない女子の名前が、そしてあいつもあの通り様子がおかしい、と」
 「そうね……」
 さみしそうにうつむくサッチ。あいつったら、ほんとにゆるせない。あたしの大切な親友を、こんなに悲しませるなんて。
 「あたしから長谷川を問いつめてやろうか」
 「それはやめて。どうしてロッカーの中身を知ってるんだって事になるから」
 「あ、そっか」
 そういえばそうだ。今気が付いたけど、どうしてサッチは長谷川のロッカーの中の事、知ってるんだろ。
 「とにかく、このままほっとくわけにはいかないよ。なんとかして真相を確かめなきゃ」
 「でも、なんだかこわいな……」
 「ねえサッチ、言っとくけど、それは長谷川のためにもなるはずなんだからね」
 この一言で、サッチの心も決まったみたい。
 「そうね。それなら、せめてその持ち主がだれかという事くらいは、確かめておきましょう。ね、ミドリ」
 サッチはあたしの事を、いつもの「テラッチ」ではなくて、事件解決のために行動する時の呼び名「ミドリ」で呼んだ。それはサッチの決意のあらわれだ。
 だからあたしも、それにならった。
 「それじゃ、アオイ、まずは情報をちょうだい。その名札の名前は?」
 「たしか、岡本ゆう」
 「ゆうの漢字は?」
 「優しいの、優という字」
 「岡本優、か……。どんな人なんだろ。名札には、学年と組も書いてあったでしょ?」
 「うん。6年1組って」
 「それって、となりのとなりのクラスじゃない。アオイその人知らないの?」
 アオイは首をかしげる。
 「まあいいわ。それだけわかればじゅうぶん。あとはあたしが、ちゃんと調べておくからね」
 「調べておくって、ミドリ一人で調べるつもりなの?」
 「うん、やってみたいの。たまには調査もあたしにまかせてよ」
 「それはいいけど……」
 「そのかわり、アオイにはもう一つの調査をおねがいしたいの」
 「?」
 あたしはアオイに思いきって、夏休みの出来事をすっかり話した。その上で、青くんの事を調べてもらうようにおねがいした。
 でも、どうして親友の「サッチ」にもうちあけられなかった事を、仲間の「アオイ」には素直に話す事ができたんだろう……。
 「オーケー。それじゃあわたしは、登校日ときのうの始業式に、学校を休んだ男の子がいないかどうかを調べればいいのね」
 「うん。おねがいね」
 「それから、ほら、アカネもさそわなくていいのかな」
 アオイは小声で言った。
 アカネを仲間はずれにしちゃってる事、アオイが気にするのも当然ね。以前、ちょっとした事情があって、あたしとアカネの二人だけで事件の調査をした時、それを知ったアオイはすっごく怒ったから。もちろん、あとでちゃんと誤解は解けたけど。
 あたしも小声で言い返した。
 「今回は、あたしたち二原色で活動する番でしょ。だいたいあたしたちのなやみなんて、今のアカネにはわかってもらえないよ。村井といっしょでしあわせいっぱい、なんだから」
 「そうね、それにアカネなら、あとでバレてもわたしほど怒りはしないでしょうね」
 アオイはようやく、少し笑顔を見せてくれた。


     4 協力者は……

 とりあえず持ち主だけ確かめてみると、アオイにはそう言ってある。でも、あたしとしてはそれだけじゃ気がすまない。
 あたしはほんとに怒ってるんだから。あたしの大事な仲間のアオイを、あんなに悲しませるなんて。どんな事情か知らないけど、とにかくハッキリさせてやるからね。
 でもこのまま長谷川を問いつめたって、なんでロッカーの中身を知ってるんだ、と反撃されるだけよね。そうさせないためには、うっかりロッカーを見てしまったという、そんな状況をしめさないと。それもできるだけ自然に。
 ……うん、この作戦ならうまくいきそう。でもそれには協力者が必要ね。自然にそんな状況を作ってくれて、しかも作戦の秘密を守ってくれる協力者が。
 あたしは花岡さんのところへ行った。

 「わたしにたのみ事? 寺内さんが? いったいどういうつもり?」
 花岡さんは、めいっぱいあやしむような表情で、あたしを見ている。ムリもないよね。カタキ同士のようなあたしと花岡さんとが、こうして協力する日がくるなんて、あたしだって考えもしなかったもん。
 「これは長谷川の問題だから、花岡さんにも相談しようと思って。あいつが元気ない事、気付いてたでしょ? 花岡さんだって気にならない?」
 あたしは慎重に、いつもはカタキの花岡さんを、仲間に引きこんでいく。
 「花岡さんも、長谷川のためなら協力してくれるよね。秘密も守ってくれるよね」
 向こうもやっぱり慎重そうに、そっとうなずく。
 「それで、長谷川のなやみをつきとめるのに、ちょっとあいつのロッカーをさぐりたいの。そのためには、どうしても花岡さんの助けが必要なのよ」
 「どういう事?」
 「長谷川のロッカーと花岡さんのロッカーは、となり合わせでしょ。だからうっかりまちがえたフリをして、あいつのロッカーをさぐれるじゃない」
 「なるほどね。寺内さんてほんとうに、いつもよくそんな作戦を考え付くものねえ」
 「べつに、ただの思いつきよ」
 この人にめずらしくほめられて、あたしがちょっといい気になると、
 「さすが、悪知恵の寺内さんだわ」
 「…………」
 もう、すぐまたこれだ。でも、今はガマンガマン。
 「とにかく、おねがい。うっかりまちがえたっていう演技、自然にできるでしょ?」
 「もちろんよ。これが初めてというわけでもないし」
 「え?」
 「前にまちがえた時に見付けたのは、あの人のカワイーイ写真だったかしら」
 ああ、五月の写真消失事件ね。そういえばそんな事もあったっけ。
 でも今回は、あんなふうに笑い話では終わらないような気がする……。

 花岡さんはさっそく教室の後ろへ行き、ロッカーの中をさぐり始めた。作戦通り、長谷川のロッカーの中を。
 「えーとここに入れたはず……、あら? ああ、おかしいと思ったら、となりの長谷川くんのロッカーじゃない。休みが長かったものだから、わたしもウッカリしていたわ」
 そんな説明的なひとりごと、やめてよね。テキトーなドラマのセリフみたいに不自然よ。
 あ、でもようやく見付けたみたい。目的の物を。
 「え? 何? ちょっと何よこれ? 優っていったいだれなのよ?」
 また、おおげさに驚きすぎだって。でも花岡さんもそれについては知らなかったわけだし、むりもないかな。それに、アオイにしても花岡さんにしても、長谷川を想う身としてはショックは大きいよね。
 ……でも花岡さん、やっぱりちょっとさわぎすぎよ。
 「ねえどうして、どうしてよー! どうして長谷川くんのロッカーに、知らない女子の体操服が入っているのよー!」
 こうして長谷川の秘密は、クラス中に広まった。そして本人が教室にもどって来るまでの間、長谷川は(ひそかな)注目のマトになった。


     5 岡本優の正体は……

 「バカ、勝手に思いこむな。岡本優はれっきとした男だよっ!」
 もどってきた長谷川が一言どなっただけで、クラスのさわぎはすぐにおさまった。いや、シラケたと言ったほうがいいかな。みんな、なあんだつまんない、といった感じで。
 でもあたしとしては、それだけの説明では納得できない。もちろん花岡さんだって。あたしたち二人は、もっとくわしい話を聞くために、長谷川をベランダにつれ出した。
 「岡本優は、まあ、いってみりゃおれの親友だ。幼稚園の時から、もう七、八年の付き合いになるかな」
 「へえ、そんなに」
 「ああそっか、おまえら転校生だから知らねえんだな。あいつとは、なんでも組んでやってきたんだぜ。小さい時から気が合ってな」
 「どんなふうに気が合ったの?」
 花岡さん、興味しんしんね。
 「どんなふうにって、まあ、おたがいに相手のなやみがよくわかったわけよ。あいつは女みたいな名前をいやがってたし、おれはおれで、その、親に赤い服とかばっかし着せられてたし」
 あたしと花岡さんは、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
 そう、あれは、そのころの小さな長谷川の、カワイーイ秘密の写真。あたしが取りもどして焼き捨てた事になってるけど、じつは今も、花岡さんが大事に持ってるはず。五月の事件の意外な結末、これはあたしと花岡さんだけの秘密だ。
 でも不思議だよね。カタキ同士のあたしたちが、今日はこんなふうに笑い合ってるなんて。
 「何よ、いざ聞いてみれば、まったくくだらない真相ね。こんな事で大さわぎさせられて、いいハジかいてしまったわ」
 花岡さんは、むりにきどった様子で行ってしまった。
 あの人の強がりも、今ならなんだか親しみが持てる。

 花岡さんがいなくなると、長谷川はまたさっきまでのような、しずんだ表情になった。わざとため息ついたりして、あたしの方からたずねるのを期待してるの、ミエミエよ。いつもはあたしたちの事、うるさがったりバカにしたりしてるくせに、ほんと男子ってズルイんだから。
 でも好奇心には勝てないし、あたしはさっきまで怒っていた事さえ忘れて、長谷川にたずねてみた。
 「それで、あんた朝から落ちこんでるみたいだけど、それもその体操服と関係あるわけ?」
 「まあな」
 長谷川は、口調はぶっきらぼうだけど、それでも素直に説明してくれた。
 「あいつん家にも、家庭の事情ってもんがあってな、この夏には引っ越す事になりそうだって言うわけよ。でな、おれたち長い付き合いだろ? だからまたいつか再会しようってんで、おたがいの体操服を交換して別れたんだ。まあ言ってみりゃ、友情のあかしってやつか?」
 ふうん、なかなかイイ話じゃない。
 「ところがだ」
 え、まだ話は続くの?
 「どうもな、あいつの引っ越し、けっきょく取りやめになったらしくてな。今朝見たら、あいつ学校来てるじゃん。ああ、どんな顔して体操服返しゃいいんだよ」
 ……なんか、なさけない話に変わってきてない?
 「登校日も、きのうの始業式も、たしかにあいつ来てなかったんだぜ」
 えっ!
 「だからやっぱ引っ越しちまったと思ってたのに、今日になって……。もうあいつとは顔合わせらんねえよ。あんな大ゲサな別れのあとじゃ、なんかカッコ悪くって」
 それを聞いて、あたしはまたムカムカと怒りがこみ上げてきた。
 「あんたねえ、もっとハッキリしなよ、男のくせに。そんなイジイジしてるほうが、よっぽどカッコ悪いじゃない。いい? 女の子の体操服なんていう誤解にしたって、もともとあんたが悪いんだからね。そのせいで、アオイや花岡さんがどんなに苦しんだかわかってんの?」
 「佐倉と花岡? あいつらがどうしたって?」
 あ、うっかりよけいな事まで言うとこだった。
 「もういい、とにかくすぐに返しに行きなさい」
 「けどよお」
 「ほんとにもう……。それじゃあたしもいっしょに行くから、ちょっと先にろうかで待ってて」
 あたしは急いで長谷川を追い立てた。ちょうど、アオイが息をはずませながらもどって来たから。
 「ミドリ、あのね、あのね」
 「アオイ、あの体操服の事だけどね、あれは……」
 「あ、それはもういいの、カンちがいってわかったから」
 「え?」
 「あの岡本くんの物だったのね。ほんとにわたしったら、ひどーいカンちがい。ミドリの言う通り、最後にはくだらないオチが付くものねえ」
 アオイは笑ってる。よかった、これで一人は問題解決ね。
 「それでね、ミドリ、青くん調査の事なんだけど、」
 そうそう、それがあたしの問題だった。
 「六年生にかぎって言えば、登校日と始業式の両方休んでいた男の子は、たった一人だけ、」
 「…………」
 「それがね、なんと、その岡本くんなの」
 やっぱり! さっきの長谷川の話でも、ひょっとしたらと思ったんだけど。やっぱり、やっぱりそうなの?
 ああ、どうしよう……。もしその岡本くんが、あの青くんだとしたら……。
 ろうかを見ると、長谷川が、さっさと来いよと身ぶりでさいそくしてる。
 ああ、岡本くんと顔を合わすの、あたしのほうこそきまり悪いよー。


     6 1組の青くん

 体操服を返しに行く長谷川。それに付きそうあたし。そしてまた、それに付きそうアオイ。きみょうな一行は、一組の教室へ向かった。
 「ほらあ、早くしないと休み時間終わっちゃうよ」
 ただ一人だけ平気な様子の、アオイにせかされながら。
 ああ、青くん。ほんとに青くんなの? なんだか信じられないよ。ついきのうも会っているのに、なんだか遠く思えてしまって。
 でも一方では、岡本優こそ青くんにまちがいないって気もする。だってほら、あの日の青くんの言葉、
 『けどそれもいいかもな。よし、おれも名前言わねえ』
 あれは女の子みたいな名前にコンプレックス持ってるせいかもしれないし、
 『おれもな、今日はズル休みしてるんだ』
 それもやっぱり、長谷川と顔を合わすのがきまり悪かったせいかもしれない。
 きのうだって、
 『なんか今年の夏休みは、ズル休みしたこの二日間だけが、本物の夏休みだったって気がするよな』
 そんな事を言っていたっけ。あたしもまったくおんなじ気がして、うなずいたんだった。
 そう、いろいろなやんでいた青くんだから、あの時のあたしと重なる部分があったんだろうね。青くん……、岡本優……、やっぱり……。

 一つへだてただけのクラス、こんな近くに、まさかという気もいまだにするけど、
 「ほらミドリ、あれが岡本くんよ」
 アオイにそう教えられるまでもなく、あたしはすぐにその見おぼえのある顔を見付けていた。
 そして向こうもあたしに気付いて……、あ、あ、こっち来る、どうしよ、どうしよう。
 あたしはあわてて長谷川の後ろに回りこみ、その背中を押した。
 「ほら、さっさと言う事言っちゃいなさいよ、このいくじなし」
 「わかってるよ。ったく、うるせー女だな」
 言われちゃった、長谷川に。ほんと、ひとにはいろいろ言うくせに、あたしってズルイよね。いくじなしは、あたしのほうだ。
 あ、青くんがろうかまで出て来た。そして、間近に長谷川と向かい合った。
 もちろん、そのすぐ後ろにいる、あたしとも。
 …………。
 しばらくおたがいだまりこんだあと、長谷川のほうから口を開いた。
 「これ返しにきた。まあ、ライバル関係はまだ続くって事だな」
 それだけ言って、あいつはクルッと身をひるがえして行ってしまった。
 「おい待てよ、おまえの体操服持ってけよ」
 青くんがさけんでも、長谷川はふり向きもしないで歩いてく。カッコつけてるつもりだろうけど、逃げ出すなんてやっぱりいくじなしだ。
 でも、それはあたしだって同じかもね。いきなり最前列になって、間近に青くんと向き合ったあたしもまた、思わず長谷川を追ってかけ出していた。
 「待てったら。おまえ長谷川と知り合いだったのかよ。おいオレンジ!」
 あたしはせいいっぱいの努力で、立ち止まってふり向いた。
 「……わたし、……オレンジだけど、ほんとはみどり」
 あーもう限界。あたしもこれだけ言うだけで、逃げ出した。あとはまかせるね、アオイ。
 もう、長谷川をいくじなしなんて思うのはやめよう。いちおう努力はしたんだし、今回はそれでじゅうぶんだよね、おたがいに。


     7 長谷川の二人

 教室へもどる途中、あたしは長谷川とならんで歩いた。
 「佐倉は何やってんだ?」
 「あんたの体操服を受け取ってるんじゃないの。あんたのかわりに」
 「ああそっか。なんかメーワクかけちまったな」
 「ほんとよ、アオイには感謝しなさいよ。感謝だけじゃたりないくらいよ」
 このさわぎのもともとの原因がアオイだったという事は、だまっておこう。
 「それよりよ、さっきのオレンジって、なんの事だよ」
 「それは……」
 「岡本の事、前から知ってたのか?」
 「ちょっとね……」
 「ヘヘエ」
 「何よ、その笑いは」
 「べーつに。寺内も意外と、気が多いなと思ってよ」
 「どういう意味よ」
 「寺内の相手って、清水だろうとおれは見てたんだけど、ほんと意外だったな」
 「あのねえ……、言っとくけど、そんなんじゃないの。勝手に決め付けないでくれる?」
 「今さらごまかすなって」
 「もう、うるさいっ」
 「けどよ、おまえもそんなふうでいたほうが、なんかいい感じだぜ。おれたち男子をバカにして、反発ばっかしてるよりはな。おまえとしてもつかれるんじゃねえの? そういうのって」
 ふと見ると、長谷川はもう笑ってない。
 「『オレンジだけど、ほんとはみどり』か。なんだか知らんけど、なかなかの名セリフじゃん」
 ……こいつ、しっかり聞き耳立ててたな。ほんと油断できないんだから。なのに不思議と、イヤな気はしなかった。
 そうだね、知らないところでいろいろ言われて、ひそかな注目のマトになるよりは、こうして面と向かって言われるほうがまだマシかもね。
 だからあたしも、面と向かって言い返してやった。
 「長谷川、あんたこそ、ひとの事いろいろ言ってる場合じゃないでしょ」
 「何がだよ」
 「何がだよ、じゃない。そんなふうにとぼけるのは、もう許されないって言ってんの」
 「わかんねえなあ。おれにどうしろっていうんだよ」
 「もうじれったい。二人のうちどちらかに、ハッキリしなさいって事」
 「二人、か……」
 「そう、あの二人の事よ。ニブいフリをしてるけど、いくらあんただってもう気付いてるんでしょ? だったら、今すぐにとは言わないけど、せめて卒業までにはハッキリ態度を決めなさいよね」
 さすがにこれは言いすぎたかな。
 「寺内、ほんとおまえってキツイよなあ」
 「悪かったわね」
 「けどそのするどいとこは、やっぱさすがだよ。おれはまだ何も言ってないのに、いつの間にかもう一人の事に気付いてるんだからな」
 え? なんの事?
 「そう、ほんとそうなんだよな。夏にもう一人あらわれちまったのが、おれの問題なんだ。なあ、どうすりゃいい? 寺内よお」
 長谷川はまたおおげさにため息をついた。
 ええ、ちょっと待ってよ、長谷川の言う二人というのは、アオイと花岡さんの事ではなくて……。
 「さっきは佐倉がいたから言えなかったけどよ、ちょっと聞いてくれるか、夏休みの事を」
 ああ、やっぱりそうだ。長谷川にも、夏に何かあったんだ。夏にだれかに会ったんだ。
 「夏休みにおれは……」
 「ちょっと、ストップ、ストップ!」
 今日はもうたくさん。次回につづく、にしておいてよ。


次の作品へ

パビリオン入り口へ