陽光の虹 月光の虹 − アポロンとアルテミス −


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 男子達の場合、異性の事を明るくおおらかに話題にする事などめったにない。何の抵抗もなく話題に出来るのは、テレビタレントの話くらいのものだ。もっと身近にいる、同じクラスの女子の事だって気にならないはずはないのだが、そんな気持ちには絶えず恥ずかしさが付きまとう。そういった問題から、男子達の間ではいつでも、異性の話題は自然に避けられていた。
 そんなふうだから、知子の事で秀樹をあからさまにひやかしたりからかったりする者など、クラスには一人もいなかった。何事にもおおっぴら、そしてひとをからかうのが大好きな義径でさえ、何も言わない。
 理由はどうあれ今まで通りの扱いを受けて、秀樹は今まで通りの友達付き合いを続ける事が出来た。そして周囲に何の気兼ねもなく、新しく知子との付き合いも楽しんだ。
 表面上は何気ない態度の周囲の男子達も、自分の気持ちをあけすけに表す秀樹に対して、内心ではやはりとまどっているようだ。男子は異性への関心が強くなればなるほど、その感情とはうらはらに相手への態度はそっけなく反発的になるのが普通だからだ。
 けれどもそんな一般例にはおかまいなく、秀樹は自分の気持ちに正直に、思うがままにふるまっていた。それこそが、ひとたび熱中すると他人の事など気にしない秀樹としては、自然なのかもしれないが。
 やがて夏休みに入った。気象観測クラブの二人には、休み中にそれぞれ二回づつ百葉箱の記録当番が回ってくる。その日には、当番に当たっていない方も、相手に付き合ってわざわざ登校した。たいした意味はなく、ただ休み中にもたまには会っておしゃべりしたいといった理由から。
 「ねえカッチ、二十三日にわたしに当番が回ってくるんだけど、てつだってくれないかなあ。一人じゃちょっと心細いから」
 「ああいいよ。そのかわり、三十日のおれの当番の時にはモコも来てくれよ」
 こうして誰にも気兼ねなくおしゃべりが楽しめる時間が得られた代わりに、手紙のやりとりの方は自然に絶えた。どんな事でも直接話せるとなれば、書いて渡すといった回りくどい事をわざわざする必要もないだろう。
 秀樹は自分でも不思議でならなかった。知子という異性に対して、まるで義径や賢吾といった同性を相手に話をするように、なんでも言えるという事が。
 それでも秀樹にもたった一つ、知子に対して言えない事があった。例のリコーダーの事だ。
 秀樹はあれからすぐにリコーダーを返そうとしたが、なかなかそのチャンスはなかった。さすがに面と向かって知子に返す度胸はなく、もう一度こっそりすり替えようとしていたのだが。そしてとうとう返しそびれたまま夏休みになってしまった。
 取り替えたままのリコーダーの事を思い出すたびに、秀樹は心の中ににじみ広がるような気まずさを感じた。おしゃべりしている時にも、秀樹は意識的に学校の話題を避けた。知子がリコーダーの話題を持ち出すかもしれない事を恐れ、そのためますます熱心に虹の事を知子に語りかけた。
 「次は来週だな。ちょうどこの次の火曜が、今度はおれの当番だ」
 「それで終わりだよね。再来週からは学校も始まるし」
 「えーとそれよりさ、モコはなんでにじが弓形に曲がって見えるか知ってるか?」
 「うーん、よくは知らない。どうして?」
 「にじはもともと円形に見えるんだ。太陽のちょうど反対側にな。でも地面があるから下のほうは見えなくて、上半分だけが見えるというわけなんだ」
 「へえ」
 「だから、飛行機から見たにじは丸いって聞いた事ない? スクリーンになる水滴が下にもあれば、全体が見えるんだよな」
 「すごいくわしいんだね。なんだか専門家みたい」
 「そりゃそうさ。男子はだれだって、たいていなにかの専門家なんだぞ」
 「ふーんさっすがー。石川秀樹博士」
 知子はノースリーブの肩を小さくすくめて笑った。秀樹は自分達がいつもの茶色い制服姿でない事に、今さらながら気付いた。学校を離れ、クラスを離れても、こうして知子は身近にいてくれる。そんなささやかな発見は、秀樹の気持ちをひどくうかれさせた。そしてその知子の感心した様子が、秀樹をさらに得意がらせもした。
 歩道橋下の別れ道で、まだ話し足りない二人は立ち止まった。秀樹は階段を五六歩駆け上がると、気取ったように手すりにもたれて知子を見降ろした。
 「とにかく、にじっていうのは、光源とスクリーンになる水滴さえあれば見えるんだ。自然に見えるのを待ってると、めずらしいようにも思えるけどな」
 「そうなの?」
 「そうさ。人工的に作る事だってできるだろ? ホースで水をまいたりして」
 「それはそうだけど……」
 「だから月のにじだって、同じようにすればかんたんに見れるんじゃないか? 月の出てる夜にホースで水をまけば……」
 「でもそれがなんになるの?」
 「えっ?」
 「そんなもの、たとえ見えたって意味ないじゃない」
 「ん……」
 秀樹は答えに詰まった。とっさに言葉で返答出来ない代わりに、秀樹は冷めた知子の表情をなごませようと、おどけた動作で階段を駆け下りた。
 「んーそうだな、じゃあ、川のたきにかかるにじはどうかなあ。あれならそんなにわざとらしくなくて、月の夜に不思議に見えるんじゃないかな」
 「うん。それならすてきかもね」
 知子の見せた笑顔に、秀樹は緊張を解いた。
 (モコ相手には、やっぱり話を選んだほうがいいかもしれない。ふきげんになられるとこまるもんな)
 まったく平然として見える秀樹にとっても、異性はやはり異性のようだ。同性相手の場合にはありえない、気おくれや遠慮といったものを、心に抱いてしまうのだから。
 男子に対しては、秀樹は持ち前の遠慮のなさでなんでも言い、そしてたびたび口論になる。そうなると強情な秀樹は決して自分の意見を曲げず、たとえ間違いに気付いてもそれを認めようとしない。そのためしばしばけんか別れになるのだが、なぜか翌朝には何事もなかったかのように、自然にあいさつを交わしてしまう。お互い反省しているのが分かるためか、いつだってあやまりもしないまま仲直りをしている。
 けれども知子に対しては、そううまくはいかないように秀樹には思えた。いさかいしたまま別れれば、なんだかそれっきりになってしまうような気がするし、反省の思いをはっきり言葉にしなければ、決して許してはもらえないように思える。自分の間違いを決して認めない頑固な秀樹が、知子に対してはすぐにあやまる事を考えたり、機嫌をそこねないよう気をつかったりするのは、そんな不安感が原因だった。
 「おれだって、べつにそんなくだらない方法で月のにじを見ようなんて思ってるわけじゃないんだ。月のにじはアルテミスの弓だもんな。やっぱり思いがけないような幸運で、ぐうぜんに見るほうがいいって思うよ」
 「その時は、いっしょに見れるといいね」
 共感のこもった知子の言葉に、秀樹はゆっくり深くうなずいた。

 知子との文通が絶えた頃から、秀樹は日記をつけるようになっていた。日記といっても義務的に毎日書くのではなく、その日の気分で書いたり書かなかったりしている。一週間に一行も書かない事もあれば、時には一日で二ページも埋めてしまうといった具合に。
 文通を始めた頃から使っていてすっかり手になじんだボールペンを、秀樹は時々どうしても握らずにはいられないような気分になる。長い日記を思わず書いてしまうのは、こういった時だ。このようにして秀樹は、文章をつづる事の楽しさを無意識のうちに覚えていった。
 『8月16日 火曜日
 きょうはモコのきろく当番の日だったから、ぼくもちょっと学校に行ってきた。どうせひまだったし。それで、やっぱりまたモコとにじの話になった。月のにじをいっしょに見れたらいいねなんてモコのほうから言われて、びっくりした。ぼくもずっと前からおんなじ事を考えていたから。でもその前は、こんなににじの事にむちゅうになるなんて、思いもしなかったけど。今はいつもにじの事ばかり考えてる。いつかほんとにモコといっしょに、アルテミスの弓を見てみたい』


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 登校途中、なにげなく歩道橋を見上げた知子は、秀樹が本を読みながら歩いて来るのを見付けた。秀樹はカバンをわきに抱え、両手で本を顔の前にかざしながら歩いている。今にもつまずくか人に突き当たるかしそうで、知子は立ち止まってちょっとハラハラしながら秀樹を見守った。
 秀樹は降り口の曲がり角でちゃんと曲がると、階段も危なげのない足取りで降りて来る。通い慣れた道だから、というだけでもないようだ。対向する人にもぶつからず、うまい具合にすり抜ける。
 (へえ、なんにも見えてないようで、けっこう注意してるんだ)
 知子は妙な事に感心した。確かに、何かに没頭している秀樹に周囲が見えているというのは意外だったが。
 ところが、秀樹は階段の下で待ちかまえる知子には気付かなかったらしい。障害物の一つとでもいうように、避けて通り過ぎてしまった。知子は口をとがらせて、秀樹の後を追った。
 しばらく秀樹の様子を見守りながら後ろを歩くうちに、知子はクスッと小さく笑った。
 (そうだよね、よく考えたらじっと見てる事ないんだ。あぶなそうに見えたら、すぐ注意してあげたらいいんじゃない)
 自分は秀樹がつまずくか誰かに突き当たるかするのを内心期待していたんじゃないのかと、知子はきまり悪くなった。そしてそんな思いから、必要以上に大きな声で秀樹に呼びかけた。
 「カッチ、なに読んでるの?」
 声をかけられた秀樹はビクッと両肩を跳ね上げ、まるで矢で射られたように体を突っ張らせて立ちすくんだ。抱えていたカバンが足もとに落ちた。
 「……なにそんなにおどろいてるの。そんなにビックリされたらこっちまでおどろくじゃない」
 「あ、モコか。本読んでてぜんぜん気がつかなくて」
 「ほーら、だからそんな二宮金次郎みたいな事してたらあぶないよ」
 「二宮金次郎? わかった、これでたきぎをしょったらカチカチ山って言いたいんだろう」
 こんなふうにふざけてみせるところをみると、秀樹も本に没頭したりひどく驚いたりしたのが、てれくさかったのかもしれない。
 「だれもそんな事言ってないって。ねえ、熱心になに読んでたの?」
 「これ、ギリシャ神話。きのう押し入れの中から見付けたんだ。大人向けでちょっとむずかしいけど、学級文庫のよりもくわしいぞ」
 「へえ、それわたしも読みたい」
 「貸してやるよ。そのために持って来たんだから」
 「ありがと」
 知子は秀樹から受け取った本をパラパラ眺めていたが、ふとあるページに目を留めると、そのまま歩き出した。
 「べつにそうあわてて読まなくたって、返すのはいつでもいいぞ。おれもう読んじゃったから」
 そう言う秀樹の声も、本に引き込まれた知子にはもう聞こえなかった。

 休み時間や給食の準備の間や、さらには授業中にも先生の目を盗んでコッソリ読むうちに、知子は今朝借りたばかりの本をその日のうちにすっかり読み終えてしまった。
 本を読み進めるうちに、知子は自分の知っている話との食い違いにまずとまどった。アポロンがカラスに罰を与える話や、アルテミスの手によるオリオンの最期が、この本にも書かれていた。けれども知子の知っている話とは、まったく違っている。
 (同じギリシャ神話のはずなのに、どうしてこんなにストーリーがちがうんだろう)
 学級文庫の星座の本では、カラスはイチジクを食べていて水くみの使いに遅れ、その言いわけについたうそを主人のアポロンに見抜かれて、罰を受けたとなっていた。だが秀樹に借りた本にはこう書かれている。
 カラスはやはり使いの途中で寄り道をして帰りが遅れ、アポロンの怒りをかわすために偽りの報告をした。アポロンの妻のコロニスが浮気をしていると。カラスの言葉を真に受けたアポロンは激怒して帰宅し、家の前の人影を相手の男と思い矢を射かけた。だが近付いてみると、矢を受け倒れていたのは、アポロンを迎えに出ていたコロニスだった。アポロンは激情にかられた事を後悔し、そしてカラスに厳しい罰を与えたという。
 オリオンの話も、知子の知るサソリに倒されたという話とは、まるで違っていた。秀樹の本によると、オリオンの最期はこうだ。
 オリオンはアルテミスに憎まれるどころか、愛されていたという。だがそれを快く思わないアポロンは、計略を用いて二人の仲を裂こうとしたのだ。アポロンは海のはるか沖にいるオリオンに陽光を投げかけ、浜辺のアルテミスをこう挑発した。たとえおまえの腕前でも、あの光る物は射抜けまいと。憤然としたアルテミスは、的が何であるかも知らずにそれを射抜いてみせた。やがて、オリオンのなきがらは岸に打ち上げられた。嘆き悲しんだアルテミスは、オリオンの体を星座として月の通り道近くに置いたという。
 (サソリよりも、こっちの話のほうがずっとすてき。でもつらくて悲しい話ばかりね)
 どの物語も、知子をやりきれないようなせつない気持ちにさせたが、知子にもっともショックを与えたのは、この本を読んで初めて知ったニオベの物語だった。
 ニオベは十四人もの子どもに恵まれ、それが自慢の種だった。だがその慢心が神の怒りをかった。たった二人の子しか持たない女神レトは私の足もとにも及ばない、そう言うニオベに激怒したレトは、二人の子アポロンとアルテミスにこう命じた。思い上がったニオベから子をすべて奪うようにと。まず七人の息子が、どこからか飛来する七本のアポロンの矢で殺された。そして七人の娘も、同じように七本のアルテミスの遠矢で殺された。たった一人残されたニオベは、悲しみに身じろぎも出来ないまま、石になってしまったという。
 この物語に、知子は身ぶるいした。アポロンとアルテミスのあまりに残酷な行いが、知子には耐えられなかった。そして、この二神のそんな性格も知らずに、ただ太陽と月の神としてあこがれるように自分達になぞらえた事を、知子は今になって後悔した。
 (アポロンとアルテミスが弓を取りかえるなんて話、カッチに読ませるんじゃなかった。でもリコーダーの事は気にしてないとそっと知らせるには、そうするしかなかったし……。カッチ、きっと自分をアポロンなんかにたとえられて、いやな気がしたんじゃないかな。それにわたしだって、アルテミスほどきつくはないよ、……たぶん)

 放課後、知子は秀樹に本を返した。
 「はいこれ、ありがとう」
 「もう読み終わった? 早いなあ」
 「ひととおりね」
 「そんなに急がなくたっていいよ。しばらく貸してやるよ」
 「そう? じゃあ借りとく。ねえカッチ、カッチはこの本読んでどう思った?」
 「どうって?」
 「だから……」
 知子は秀樹に、自分の事をどのように思っているかをたずねたかった。自分がアルテミスのような激しい面を、持つように思えるかどうかを。
 確かに、知子は時としてひどくかたくなになるような、はっきりした自我の強さも持っている。そういう面が異性からはどう見られているのか、最近知子はしきりと気にするようになっていた。
 「……アルテミス、とかアポロンを、どう思った?」
 「ああ、教室の本よりずっとくわしく書かれてたよな。太陽と月の神ってだけじゃなくて、ほかにもアポロンは音楽や医術の神だとか、アルテミスは狩猟や純潔の女神だとか。純潔ってなに?」
 「もう、そうじゃなくって、矢を射る話があったでしょ。ああいうのをどう思ったかって聞いてるの」
 「うーん、弓がうまいのに、っていうか、弓がうまいからかえって悪い事になるっていうのは不幸だよな。矢を射る話って、コロニスやオリオンの話だろ?」
 「え、……まあ」
 「だから思ったんだけど、あとでこまらないためには、矢を射る前によく考えればいいんだよな。すぐにカッとなったりしないで」
 「そう、それそれ、わたしも思った。放ってしまった矢はもう取り返しがつかないんだから、射る前に結果をよく考えるべきなのよ。弓の名手なんだったら、いつも冷静でいなきゃ。でしょ?」
 「ん……」
 「大切な人を射ってしまってから後悔するなんて、そんなのが弓の名手だと思う? そんなのへんだよね。そうでしょ? いくらねらった物をはずさないからって、射るつもりのない人を射ってしまうようじゃ、そんなのは弓の名手だなんて言えないよ!」

 つい余計な事に熱くなってしまい秀樹の意見を聞きそびれた知子は、夜になって一人で自分の性格の事を考えてみた。
 (やっぱり、わたしにもアルテミスみたいなところはあるのかな。色でたとえれば赤って感じの激しい面、青って感じの冷たい面、やっぱりあるみたい。ちょっとおこりっぽいとこがあるし、気の合わない人は無視するし……。それにこうと思ったらぜったいゆずらない。そういう強情なところは、カッチといい勝負かもね。それから、ユウくんとも……)
 知子は夏休みのある出来事を思い出した。親戚の家に遊びに行き、いとこの有吾やその友達の亮と、一緒に遊んだ時の事を。
 三人で遊んでいるうちに、知子と有吾はちょっとした口論を始めた。そんなのはいつもの事なのだが、その時初対面だった亮は困惑し、二人をなだめようとけんかに割って入った。ところが知子は、そんな亮にまでひどい事を言ってしまったのだった。
 今になって、知子は後悔していた。思い返してみると、けんかの時でも有吾には遠慮が感じられた。相手が女の子で、しかも年下だという事で。亮にしてもそれは同じだったろう。なのに知子は彼らのそんな気づかいも知らず、自分の考えを押し通そうとしていた。
 (たぶん亮くんもこまっただろうね。初めて会った時にあんなケンカになってしまって。それに、わたしって一見おとなしそうに見えるようだから、あんな口きいてビックリさせたんじゃないかな。……そう、わたしだって真っ白ってわけじゃない。赤い激しい面もあれば、青い冷たい面も持ってるのよ)
 反省した知子は、有吾に手紙であやまる事にした。秀樹との文通も絶え、古くからの有吾との文通もあのけんか以来途絶えていたので、手紙を書くのはずいぶんひさしぶりになる。そんな事もあって、手紙好きの知子はいくら書いても書き足りないような思いで、長い手紙を書いた。
 『ユウ君、夏休みはゴメン。すっかりおそくなってしまったけど、まずあやまらせてね。ほんとごめんなさい。秋になって、やっと私の頭も冷えたみたい。あれからずっと、あの時の事を思い出すと腹が立ってしょうがなかったから、ずっと考えないようにしてたんだけど、今考えるとやっぱり私のほうが悪かったんだなって思う。
 私ってときどき、ついカッとなっちゃうんだ。それにいったんそうなると、だれにでもトコトン反発しちゃうし。あの時もやっぱりそう。でも聞いて。それはユウ君が私にとってなんでも言える相手だからで、ほかのだれかが相手だったら、私だって少しはえんりょしてしまうよ。ユウ君は小さいころから知ってるし、えんりょなしになんでも言えるから、それでついけんかになっちゃうんだろうね。でもそういう点で、ユウ君は一部の女の子よりも、ずっと親しみが持てる相手だと思うよ。
 それにしても、ユウ君ってけっこうやさしいんだ。こんなこと書くと、今さらなんだって言われるかな。けんかの時でもユウ君、いつも私に手かげんしてくれてたでしょ。私ぜんぜん気づかなかった。私のほうが本気になっても、ユウ君はぜったいどなったりしなかったもんね。小さいころにはたたいたりかみの毛を引っぱったりしたし、今だっておばさんにはずいぶんらんぼうなこと言ったりするのに、どうして? とにかく、これからは私も気をつけるつもり。
 考えたらあの時のけんかのきっかけも、それだったんだ。あぶないから島に行くのはやめたほうがいいって、ユウ君は私を心配してくれてたんでしょ? もともとユウ君は用心深いほうだから。でもあの時は、そんなユウ君がすごいおくびょうに思えたの。それであんなキツイこと言っちゃったんだけど……。まだおこってる? だろうね、一か月も手紙くれないっていうのは。でもあやまったんだから、すぐに返事ちょうだいね。それからあの時いっしょにいた鈴木亮(この字でいいの?)君の住所もおしえてよ。亮君にも直接あやまりたいから。初めて会った時にあんなけんかになっちゃって、きっとすごくいやな思いをしたと思うんだ。だからちゃんとあやまらないとね。それじゃ、早い返事を待ってます。
  トモより』


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