陽光の虹 月光の虹 − アポロンとアルテミス −


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     7

 秋の遠足で、秀樹達は森林公園へやって来た。
 五年生ともなれば、決められた通りに整列して集団で行動するというのに、当然多少の反発を覚える。秀樹もまた、先生の説明に興味がないわけでもなかったが、やはり気の合う仲間同士で自由に行動出来る昼食時間が待ち遠しくてならなかった。
 待望の昼食時間になった。誰もがまるでときの声でもあげそうな勢いで、勇んでめいめい気に入った場所へと駆けて行く。秀樹もまた、義径や裕人にも負けない勢いで一本の木の下を目指して走った。
 弁当を食べている間、ほんのしばらくは義径も裕人もおとなしかった。だが腹ごしらえが終わるやいなや、二人は午前中からの言い争いの続きを始めた。
 「ブシの言うのはおかしいぜ。そんな事ありえないありえないって、ありえないというしょうこだってないじゃないか」
 「だいたいフックはしつこいんだよ。そう思いたかったら、一人で勝手にそう思ってりゃいいだろ」
 「思うとか思わないとかじゃない。事実は事実だ」
 二人はさっきからずっとこの調子だ。秀樹はあきれてしまっていたが、ほっておくのも冷淡すぎる気がしたので、かたわらで仲裁に入るタイミングをみはからった。
 言い争いの発端はこうだ。ここへ来る途中、義径はバスの中から白いヒガンバナを見たという。一面赤い花々の中に、たった一輪白い花がまぎれ込んでいたそうだ。だがそれを裕人は信じようとしなかった。そんな通りすがりに分かるはずないからそれは別の花だ、と一言で片付けた。
 どちらが正しいか判断がつかない秀樹は、自分の感想はさしはさまずに、とにかくただ二人をなだめようとした。
 「んーそうだよな。ああ、でも、それもあるかもしれないなあ。うん。うん」
 だが、二人の口論は激しくなる一方だ。
 「べつの草が一本だけまぎれるはずないって言うけどな、それなら白い花がさくなんてほうが、よっぽどありえないだろうが」
 「おまえこそ、さっきから見た事も聞いた事もないからありえないって言うけどな、今までたまたま見なかっただけかもしれないじゃないか。それともおまえはなんでも知ってんのかよ。そんな事ないだろ。ならありえないなんて言いきれないはずだぜ」
 「ならそう信じとけよ、おまえ一人で。信じるか信じないかはおれの勝手だろ。自分の考えをひとにおしつけるのはおかしいぞ。むりやりおれにまで信じさせるのはやめろよな」
 それっきり、二人は黙り込んでにらみ合った。
 そして秀樹もまた、どちらの言い分も正しいように思えてきて、やはり何も言えずにいる。
 ところが秀樹がなだめるまでもなく、二人は自分達ですぐに争いをおさめてしまった。
 「まったく、チョンマゲ頭のガンコ者がよ」
 義径が一変して冗談口調で言うと、裕人もまた笑いまじりに答えた。
 「なんだと、この無礼者」
 裕人は遠足のしおりを丸めて振り上げた。もちろん本気で叩き合うつもりなどないだろうから、これも冗談だ。同じようにしおりを丸めた義径は、それに対してフェンシングのようなポーズをとってみせた。そして二人は大声で笑い合った。
 「刀と剣で勝負になるかよ」
 「やってみなきゃわかんないぞ。なら剣になるような枝でもさがしに行こうぜ。やっぱはっきり勝負つけなきゃ気がすまねえよ」
 「紅白はっきりな」
 「もうそれは言うなって」
 二人はチャンバラの相談をしながら、肩を並べて行ってしまった。本気でけんかになると心配していた秀樹にとっては、これは肩すかしの結果だった。
 一人とり残された秀樹は、小さく肩をすくめて木の幹にもたれかかった。
 考えてみれば、あの二人はいつだってそうだ。秀樹が間に入ってなだめるまでもなく、じきに自分達だけで仲直りをする。そもそもあれはけんかではないのかもしれない。義径と裕人は本当に仲の良い親友同士だから、遠慮なしに自分の考えをなんでも相手に言えるのだろう。
 もちろん、あの二人に対しては、秀樹だってなんでも言う。でもその逆はどうだろう。秀樹がひとたび何かを主張し始めれば、次第にかたくなになる秀樹に対し、相手は苦笑まじりにたいがいそれを受け入れてくれる。
 自分は義径達に子ども扱いされている、秀樹は初めてそう気付いた。
 そう思うと、秀樹にはさっき二人をなだめようとしていた事までもが、急に恥ずかしく思えてきた。熱くなる二人の間で一人冷静でいた秀樹は、なんとなく自分だけが大人のような気がして、ひそかに優越感を抱いていたためだ。秀樹は肩を落としてため息をついた。
 (……集合時間までまだしばらくあるな)
 気晴らしのつもりで、秀樹は少し林の中を歩いてみようと思った。義径達の向かった方とは反対の方角へ。

 ただ足もとを見ながら林の中を歩いていた秀樹は、やはり一人で歩いてきた知子に突き当たりそうになった。
 「あっと、ゴメン。……なにしてんだ?」
 「ちょっとね。ひまだったから散歩してるの。ここいいところねえ」
 秀樹はあらためて辺りを見回し、知子に目を戻した。こうして二人きりでいると、秀樹は自分が一人で林の中を歩いて来たのは、こうして知子に会うためだったような気がしてきた。
 (あいつらとチャンバラなんかしてなくてよかった。ああ、モコもやっぱり同じような思いで歩いていたんじゃないだろうか。酒井たちとはなれて一人でいたって事は)
 秀樹は勝手に都合よく解釈すると、もうなんのためらいも感じないまま、知子と肩を並べて歩き出した。
 「なんだか外国の森を歩いているみたい」
 知子がささやき声で言った。確かに周囲の木々はカタカナ名前の真っすぐ伸びた針葉樹ばかりで、ひと息に遠い場所へ来てしまったような印象を受ける。
 「外国ならサムライもいないだろうし、森の中ならカイゾクの出て来る心配もないな」
 秀樹の冗談に、知子も声を立てて笑った。秀樹はまた、義径や裕人に対してくだらない優越感を抱き始めていた。あの二人にはガールフレンドなんていないが、自分にはこうして知子がいるというように。秀樹はますます調子にのって知子に寄りそった。
 「なんだか夢の中にいるみたい」
 知子が独り言のようにつぶやいた。秀樹もまったく同感だった。遠足という事でいつもより気分もうき立ち、そしていつもとはまったく違った場所にいる。そのためかどことなく現実感がない。
 「ほんとに夢かもしれないぞ」
 秀樹は指先で知子のほほをそっとつついてみた。そうしながら、いつか本当にこんな場面を夢で見たように感じた。
 「ならつねってみてよ。かあるくならやってもいいから。いたいかどうか、ためしてみようよ」
 知子のこの言葉も、以前に聞いた覚えがある。しかもそれは、そんな気がするといった程度のものではない。言葉も声の調子もまるで同じだったと言い切れるくらいに、ひどくはっきりとした記憶だ。
 「軽くつねるくらいでわかるもんか」
 そう答えながら秀樹は、自分もやはりまったく同じセリフを以前に言っていた事に気付いた。本当に夢の中にすいこまれてしまったように、秀樹はフウッと気が遠くなる思いがした。
 「それよりも……」
 秀樹は立ち止まると知子と向き合った。そして知子のほほに両手をそえると、とっさに身を引こうとするその顔を無理に引き寄せた。この行動にも覚えがある。けれどもこの後は、ここから先は……。
 思わず秀樹は、知子の額に自分の額を打ち付けていた。
 「いったーい。いきなりなにすんのよー」
 「ハハハハ、やっぱり夢じゃないや」
 「だからっていきなり頭突きなんてしないでよ。ほんとにカッチは石頭なんだからあ」
 さっきまでの、以前の行動をもう一度なぞっているような不思議な感覚は、いつの間にか消えていた。今のショックで覚めてしまったが、さっきまではやはり夢を見ていたのだと秀樹は思った。

 翌日、いつも通りの平凡な一日を過ごすうちに、秀樹には遠足での出来事が、ますます夢めいて思えるようになった。そして、それは秀樹自身も望んでいた事だった。
 冷静になってあの時の事を思い返すたびに、秀樹は手の届かないどこかがむずがゆくなるような、どうしようもない恥ずかしさを覚えた。忘れてしまおうと別の考え事で心を塗りつぶしても、あの記憶はその下からじわりと染み出してくる。秀樹は心のむずがゆさに、落ち着かなげに何度も身じろぎを繰り返した。
 昨夜は疲れて日記を書かずに寝てしまったので、秀樹は昨日の日記を今になって書いている。だが義径と裕人とのけんかの事を書いてしまうと、ペンはもう進まない。秀樹はボンヤリと余白に目を据えながら、意味もない落書きをするばかりだ。
 秀樹は何も、あの時の事だけを後悔していたわけではなかった。今までずっと知子に対して気取ってみせていた事、そしてそれに自己満足していた事なども、今から思うとひどく恥ずかしく思えた。
 (気取ってみたりカッコつけたり、そんな事してうれしがっていたなんて、ほんとにぼくは子どもっぽかった。じっさいまだ子どもなんだよ。まだ五年生だぞ。女の子と付き合うなんていうのはまだ早すぎる。テレビやマンガとはちがうんだ。もうむりに大人ぶったりするなよ)
 こんな複雑な心境を書きつづる事は出来そうにないと思い、秀樹はあきらめて日記帳を閉じた。ボールペンもペン立てに戻しかけたが、ふと思い直して今度は引き出しから便せんを用意すると、もう一度ボールペンを握り直した。
 『ある日アポロンは、アルテミスが狩りをするのを空の上から見ていた。
 月の女神のアルテミスは、夜に狩りをするのがふつうなのに、最近はいつもこうして昼に狩りをしている。それがどうしてなのかはアポロンにもよくわかっていた。とりかえた弓のせいだ。アルテミスが今持っているアポロンの弓は、夜になると使いものにならない。同じようにアルテミスの弓も昼間は使えないのでアポロンも不便をしているけれど、自分でとりかえたのだからしかたない。でも、アルテミスにまで不自由をさせるのはやっぱりかわいそうだ。
 アポロンは自分の七色の弓がなんだかおもちゃみたいに安っぽく見えて、はんたいにアルテミスのすきとおったガラスのような弓が高級に見えて、ずっと前からあこがれていた。でもそんな事で弓をすりかえたりしてアルテミスにめいわくをかけたのを、今は悪かったと思っている。子どもっぽいいたずらを反省したアポロンは、すぐ弓を返す事に決めた』
 今の自分の心境は、いつか知子のリコーダーをすり替えてしまった日の夜とまったく同じだと秀樹は感じた。
 そして決意した。夢や物語の中ならともかく、ふだんの生活の中では後先を考えずとっさに行動を起こす事だけはやめようと。そうしなければ後で自分が困るばかりでなく、いつか知子に嫌な思いを味あわせる事になるような気がする。秀樹にはそれが不安だった。


     8

 算数の授業中、秀樹からの手紙を教科書に隠して読みながら、知子は困惑していた。
 手紙は今朝登校した時に、机の中に入れられているのを見付けた。昨日は秀樹は帰りの放送で残っていたので、たぶん放課後にこっそり入れていったのだろう。
 知子には、秀樹のそんな行動が理解出来なかった。なぜわざわざ以前のような回りくどい事をするのだろう。
 (直接わたせばいいじゃない。一学期のころとはちがうんだから。だいたい手紙を書く必要だってもうないのに)
 そしてその手紙の意味もまた、なんだかよく分からない。いつか自分が書いて秀樹に読ませた物語の続きだというのは分かるが、それにいったいどんな意味があるのだろう。
 (でも、カッチの事だからべつに意味なんてないのかもね。カッチのやる事にいちいちビックリしてたら、きりがないもん。きっと気まぐれで物語の続きを書いてみて、わたしにも読ませたいって思っただけでしょ)
 知子は気楽にそう解釈すると、ざっとななめ読みした秀樹の物語を、もう一度ゆっくり読み返した。
 (……弓を返す事に決めた、って? 弓というのは……。じゃあひょっとしてカッチ……)
 知子はふと思って机の中からリコーダーを引っ張り出すと、ひざの上でケースを開いた。思った通り、中のリコーダーは以前知子が使っていた物だった。
 (カッチったら、まただまってこんな事して。返すにしても、こんなふうにこっそり取りかえるなんて……)
 先生の視線に気付き、知子は慌ててリコーダーを机にしまった。
 知子は取り替えていたリコーダーを突然返した理由を、直接秀樹にたずねようと思った。だが休み時間のたびに秀樹は姿を消し、なかなかつかまらない。そうこうするうち四時間目になってしまった。
 この時間は、理科室で映画を見る事になっていた。「川のだ行と三日月湖」と書いた黒板の前に先生はスクリーンを張り、映写機を準備する。それがすむと、窓際の子達が暗幕を閉める。目の悪い子が数人、いすごと前の方へ移動すると、それと入れ替わりに不熱心な子が十数人、後ろに移動する。知子もイスを引きずりながら横に移動した。隅の方にいる秀樹のとなりに。
 「ねえ、わたしのリコーダー、また取りかえたでしょ」
 小さな声で知子はたずねた。
 「元にもどしただけだよ」
 「そうだけど、急にどうして?」
 しばらく待っても答えは返ってこない。秀樹は映画に熱中している。あるいはそんなふりをしている。
 「ねえ、どうして急に返したりするのよ」
 知子が少し声を強めると、秀樹は周りを気にするように答えた。
 「シー、あとで言うから」
 なんとなくはぐらかされたようでおもしろくなく、知子はそれきり秀樹から顔をそらすと、やはり映画に夢中なふりをした。

 昼休み、知子は秀樹に校庭隅のウサギやニワトリの小屋の前へ連れて行かれた。今は飼育委員の姿もなく、周りにいるのは低学年の子ばかりだ。
 「ねえ聞かせて、どうしてまたリコーダーを元にもどしたりしたの?」
 「ああ、ごめん。前から返そうとは思ってたんだけど、なんか返しそびれちゃってて……」
 「べつに気にする事なかったのに」
 「でも取りかえたままじゃ悪いし」
 「どうして? わたしカッチにリコーダーを返してなんて言った事あった?」
 「いや……。とにかくごめん」
 「なんであやまるのよ。べつに悪気があったわけじゃないんでしょ? それに今になって急に返すなんておかしいよ」
 知子には、あやまる秀樹がどうしても理解出来なかった。突然の反省の理由が知子にはまったく思い当たらず、それが秀樹のはっきりしない態度同様にひどくもどかしい。
 秀樹のあのイタズラに悪意がない事だけは、知子にもよく分かっていた。だから知子の方も面白がっていたのだ。それなのに、今になって返したりするのはどういうわけだろう。確かに、秀樹の思いがけない行動に驚かされる事はあった。とはいえそんな意外性は知子にとっても楽しみなもので、やはりあやまられる理由にはならない。
 「ひょっとしてだれかに見付かったの?」
 「いいや。でもあのままにしてたら、いつか気付かれるかもしれないし……」
 「そんなのだまってたらわからないよ。それともわたしがさかちゃんにでもしゃべると思った?」
 知子の声が大きくなると、秀樹はまた周りを気にするそぶりを見せた。もちろん下級生達はウサギやニワトリに気をとられ、二人の事など気にも留めない。
 「そういうわけじゃないけど……」
 「じゃあいいじゃない。いったいどうして?」
 「せっかく返したのに、そんなにおこらなくたっていいだろ」
 「おこってるんじゃないの。ただわけが知りたいだけ」
 「ちゃんときれいにあらっておいたから、気にしなくていいよ」
 「そんな事聞いてるんじゃないの!」
 知子は自分の口調の思わぬ激しさに、みずから驚いた。このまま問い詰め続ければ、けんかになってしまいそうだ。知子はもうこの話はやめようと、とりつくろうような笑顔で秀樹に言った。
 「……まあいいや。これで元通りなんだからね」
 なごむ秀樹の表情に、知子はほっとした。やはり男子相手にしつこく問い詰めるのは、間違いなのかもしれない。
 知子は親しい友達に対しては、立ち入った事でも遠慮なくたずねるし、相手に対して思う事をためらわずになんでも口にする。女子同士ではお互い遠慮なく言い合うのが、意外とけんかにまではならないものだ。女子のけんかはたいてい、言いたい事が面と向かって言えない場合に起こるものだから。
 だが相手が男子の場合、知子はやはりなんでも言うのに、相手の方がなんとなく遠慮してしまうので、それで一方的なけんかのようになってしまう。夏休みの有吾や亮との場合もそうだった。知子は男子相手に親しく付き合う事の難しさを思い知った。
 とにかく、秀樹の気持ちを直接本人に聞くわけにはいかないようだ。知子は誰かに相談しようと思い、帰り道で二人きりになった時に由香に話を切り出した。
 「ねえ、さかちゃん。あのねえ……」
 「ごめーん、今日用があってあたし遊べないの」
 「そうじゃなくって、ちょっとそうだんにのってもらいたいんだけど、さかちゃんに」
 「なあに? 深刻ぶっちゃって。あ、わかった、カレとケンカしたな?」
 知子がうつ向くようにうなずくと、由香は面白がるようなからかい口調を慌てて言いわけした。
 「うそうそ、あたしじょうだんで言っただけだったら。……ケンカってほんとなの?」
 「ケンカってわけでもないんだけど、なに考えてるのかわかんないのよ」
 「どんなふうに?」
 「だから、……貸してた物を急に返したりして」
 「なにを貸してたの?」
 「えーと、それはべつになんでもいいの。とにかくカッチはそのわけを話さないから、じれったくて」
 知子は今になって、相談を持ちかける事の難しさに気付いた。話は聞いてもらいたいが、リコーダーの事まで言うわけにはいかない。結局具体的な事は何も言えず、それに対して由香のアドバイスも、こんなたよりないものとなった。
 「そういう事はあたしにもよくわかんないけど、でもいいおまじないがあるから教えてあげる」
 「おまじないー?」
 「そう。ケンカがもとで別れたりしないためのおまじない」
 「あのねえ、ケンカとか別れるとか、そういうんじゃないったら。さかちゃんちょっとマンガの読みすぎよ」
 「いいからいいから、とにかくなんでもためしてみなよ。ええとね、左の手首の内側にばんそうこうをはっておくの。そうしていればいつか必ず仲直りができるから、それまでははり替えるのはいいけどぜったいはがしたらだめなんだって」
 「どうして?」
 「そんなの聞かれてもこまるよ。ただそういう事になってるんだから。あとはビー玉とおはじきを使うおまじないもあるけど、これはちょっと子どもっぽいかな」
 おまじないを間に受ける事自体が子どもっぽいと知子は思ったが、何も言わずに由香と別れた。みかけは大人びた由香がそんな幼い面を見せて知子をとまどわせるのは、何も今に始まった事ではない。

 やはり男の子の事は男の子にたずねるほかないと知子は考え、最近文通するようになった亮に、手紙で相談する事にした。亮なら秀樹の事を知らないので、問題を打ち明けるにも気が楽だ。それに、きまじめそうな亮なら本気で相談にのってくれそうな気もする。そういう点では、有吾はあまりあてにならない。てれ屋の有吾はきっとまじめにとりあってくれず、ふざけてはぐらかしてしまうだろうから。
 由香がおまじないなどを持ち出したのもまた、同じ理由だったのだろう。有吾や由香に限らず、まじめな話を恥ずかしがり、茶化したりおどけたりしてごまかすような子は大勢いる。そういったてれくささは知子にも分からない事はないが、まともに相談にのってもらえないのは、やはり問題だと思う。
 『とつぜんだけど亮君、私の話を聞いてくれる? 私今こまってるんだ。こないだも話した石川君と、ある物を取りかえっこしてずっと使ってたの。それはみんなが使ってる学用品なんだけど、一学期になにかのはずみで取りちがえちゃったんだよね。みんな同じ物だからまちがえたらしくて。私すぐに気がついたんだけど、なんだかおもしろいからそのままにしてたの。石川君だってきっとおもしろがっていたんだと思う。やっぱり取りちがえたのを知ってて、そのままにしてたんだから。
 それなのに、石川君ったら今になってそれを返したりするんだよ。それも私になんにも言わないで、知らないうちにこっそりもどしてたの。これってどういうことだと思う? 石川君の考えてる事、私にはちっともわからない。たずねても理由をはっきり言わないし、それになぜかあやまるの。ずっと取りかえたままでごめん、なんて。
 言っとくけど私、石川君にいっぺんも返してなんて言わなかったよ。私だっておもしろがっていたんだから。それなのに今ごろになって返したり、そのうえあやまったり……。私にはやっぱりわかんない。本人に聞いてもはっきりしないから、それで亮君にたずねてみようと思ったんだけど、同じ男の子として、亮君はどう思う? 私はどうしたらいいのかなあ。石川君も亮君みたいに、思ってる事なんでもはっきり言えるといいんだけどね。
  とも子より』


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