それぞれにきらめきが − 三原色プリズム 2 −


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     1 好き嫌い

 休み時間。あたしはいつものようにベランダの手すりにもたれて、空を見上げている。そうして目の中に浮かぶすき通った小さな糸を、青空いっぱいに飛び回らせてみる。
 「何してんのよテラッチ。また考え事?」
 サッチが声をかけてきた。
 「ううん、べつに」
 あたしだけに見えるこの糸の事は、親友のサッチやニッチにも話してない。だって、もしかしてヘンな病気だとか思われたらいやだし。
 「あ、わかった。テラッチったら、好きな男の子の事でも考えてたんでしょう」
 まるっきり見当違いの指摘なのに、その言葉にあたしはあわてた。
 「ちょっ、ちょっとヘンな事言わないでよ。知ってるでしょ、あたしが男子の事ニガテだっていうのは」
 「でもねえ、ニガテっていう事は、それだけ意識してるって事なんだよねえ」
 そう言ってサッチは楽しそうに笑う。この子ったら、どうしてこの手の話題が好きなんだろう。休み時間も放課後も、いつも男の子の話ばーっかり。まあ、モテる子だから無理もないけど。
 「そういうサッチは、だれか好きな男の子いるの?」
 「そりゃいるわよ。たくさんね」
 「たくさん? たくさんいるの?」
 「だって、どの子もそれぞれいろいろじゃない。カッコイイ子もいるし、おもしろい子もいるし……。とても一人になんてしぼれやしないわよ」
 なるほど、納得。サッチの言う好きな男の子っていうのは、好きな食べ物っていうくらいの感覚なのね。カレーも好きだしハンバーグも好き、みたいな。でもね、あたしはけっこう好き嫌いの多い性格なんだ。
 「じゃあ、たとえばこのクラスの中でなら、だれが一番のタイプ?」
 「やっぱり長谷川くんかな。言葉はらんぼうだったりするけど、意外とやさしいところもあるし」
 「……あ、そう」
 まるでアイドルグループの中のお気に入りを話すように、サッチは軽く明るく言ってしまう。かなわないなあ。これじゃあ、男子なんてキライってガンコに言うあたしの方が、なんだか不健全みたい。
 「楽しそうでいいね、サッチって」
 「もちろんよ。まわりの人を嫌いになるより、好きになる方がずっと楽しいじゃない。いろんな人がいるけれど、みんなそれぞれ、何かいいところを持ってるものでしょ」
 「けどねえ……」
 少なくとも、このクラスにはロクな男子がいない。
 「ところでニッチはどうしたの?」
 あたしは話をそらすつもりでたずねた。
 「さっき、ムーくんとあわてて教室を出て行ったけど」
 「村井くんと? どこ行ったんだろう」
 「もしかして、かけおちだったりして」
 ……ほんと、楽しそうに言うんだから。

 チャイムが鳴って、あたしたちは席に戻った。
 ニッチと村井くん、あの二人はサッチの言うのとはちょっと違うと思うな。男の子だとか女の子だとかは関係なしに、ただ気の合う同士のなかよしなんだって気がする。
 ニッチが教室にかけこんできた。続いて村井くんも。
 「フゥ、間に合ったね」
 「西尾ほんとに走り速いな。おれぜんぜん追いつけないよ」
 二人は息をはずませながら、顔を見合わせ笑ってる。……こういうのもなんだか、うらやましいな。


     2 プリズム再び

 あとで聞いたら、ニッチと村井くんは中庭の池を下見に行っていたらしい。
 「今のまま、教室に置いとくわけにもいかないでしょ、モーちゃんを」
 「ああ、あのうるさい食用ガエル」
 クラスで飼ってる食用ガエルが、どういうわけかこないだの事件以来、やたらと鳴くようになった。授業中でもおかまいなしで、ほんとめいわくなんだから。
 「あの池に放すのね。ああよかった。せいせいする」
 「それがねえ……」
 「カエルにとっていい環境とはいえないんだよな、あの池は」
 ニッチにかわって、村井くんが横から口をはさんだ。
 「あの池はもうカメでいっぱいだろ? 今からカエルがなじめるかどうか……。なあ」
 顔を見合わせる二人の横で、あたしはなんだかバカらしい気分になった。
 「カメ池がだめなら、いっそウサギ小屋に入れちゃえば?」
 「バカ、それこそケンカになるだろ」
 「バカとは何よ、バカとは」
 「だって何も知らないじゃんか。ウサギとカエルは敵同士だぜ。すもう取ってる古い絵があるだろ」
 「それってひょっとして、鳥獣戯画ちょうじゅうぎがの事?」
 ……あきれた。あんなのマンガみたいなもんじゃない。何を真顔で言ってんのよ。まったく、男子相手には口ゲンカもバカらしいわ。
 村井はあいかわらず頭をかかえてなやんでいる。
 「やっぱ、もといた場所に戻すしかないか」
 「じゃあうちもいっしょに行くよ」
 ニッチがそんな事を言い出す。あたしはもちろんあきれ顔だけど、なぜか村井までが困った顔をした。
 「けどそう簡単にはいかないんだ。場所が場所だからなあ」
 何か秘密がありそうね。好奇心そそられるじゃないの。あたしはそっとサッチに目くばせした。
 「ねえムーくん。ニッチはもちろんだけど、わたしもテラッチもできるだけの協力をしてあげたいの。だからね、事情を話してくれないかな」
 美人のサッチにこう言われて、だまっていられる男子なんていないよね。村井はあっさり白状した。
 「七丁目に調整池があるだろ。あの立ち入り禁止のフェンスの中が、あいつのもとのすみかなんだ。入ったところをもし見付かったら、ただじゃすまないぞ」
 「でもモーちゃんのためだったら、うちは行くよ」
 ニッチがいつになくきっぱり言った。続いてサッチも。
 「もちろん、わたしたちも協力するわ。ニッチと村井くんのためだもん。ねえテラッチ」
 ……そりゃ、協力すると言った以上、そうするしかないけれど……。
 「わたしたち三人組、『プリズム』のかつやく再びよ。ミドリ」
 サッチはあらたまった口調で言った。
 あたしたち三人、寺内みどり、佐倉あおい、西尾あかねは、ふだんテラッチ、サッチ、ニッチと呼び合っている。けれどひとたび何かが起これば、ミドリ、アオイ、アカネの三原色“プリズム”となって、事件解決のためにかつやくする。あたしの呼びかけで結成したグループだから、もうあとにはひけないかもね。
 「うん、わかった。アオイ、アカネ、すぐ作戦を立てよう。そして放課後さっそく行動開始」
 でも、やっぱり気がすすまないなあ。前回に続いてまたしても、カエルのための作戦だなんて……。


     3 オスなんて

 学校から直接池に向かうと目立つので、あたしたちはいったん帰ってから再び集合した。集合場所は、アオイの家の前。目的地に近いって事もあるし、それに何より、アオイの家なら男子もみんな知ってるという事だから。……そうかもねえ。
 村井とカエルを待つ間、あたしたち三人は作戦の再確認を……ではなくて、ムダなおしゃべりで時間をつぶした。
 「モーちゃん、今になってあんなに鳴くなんて、急にもとの池が恋しくなったのかなあ」
 「池が恋しいというより、メスが恋しいんじゃないの?」
 「またアオイったらあ」
 「でも虫や動物のオスなんて大変よね。一生けんめいに鳴いてメスの気を引いたり、時にはオス同士で戦わなきゃならないんだから」
 「でも、メスだってただ待つだけじゃないよ。フェロモンというにおいを出して、オスを呼ばなきゃならないの」
 「そうなの? ふうん、メスにもそれなりに苦労があるのね」
 アオイが本気でガッカリした顔をするから、あたし笑っちゃった。
 そこへ長谷川くんがやって来た。村井と一緒にカエルを取った仲間だから、責任を感じて今回も同行する事にしたんだとか。
 心なしかアオイがはしゃいで見えるのがバカらしくて、あたしは長谷川くんに皮肉を言った。
 「でもよくアオイの家がわかったねえ。教えておくの忘れてたけど、迷わなかった?」
 「ったりめえだろ。塾帰りにしょっちゅう家まで送らされてりゃ、おぼえもするぜ」
 長谷川くんは口をとがらし、アオイは舌を出してテレ笑い。あたしはあいた口がふさがらなかった。
 やがて水そうをかかえた村井があらわれた。そしてもう一人、野球帽を目深にかぶった男の子がいっしょにいる。だれだろう。同じクラスの子かな。転校してきたばかりのあたしは、まだみんなの顔も名前も覚えていない。
 「あれ? セースイも来たの」
 セースイ?
 「ああ、キヨのやつ、責任感じていっしょに来るってさ」
 キヨ??
 「責任って、いったい何しでかしたんだよ、え? キヨミズ」
 キヨミズ???
 まあそれはいいわ。とにかくこの子がなぜ責任を感じてるかというと、この作戦の内容を、聞かれるままみんな話してしまったんだとか。最悪にも、あの花岡さんに。
 「あの人の事だから、かならずジャマしに来るよ」
 「うん。注意しといた方がいいね」
 でもそれにしても、どうしてこの野球帽少年までが、作戦内容を知ってたのよ。
 「いやあ、聞かれるままおれがつい、こいつにみんな話しちゃってさあ」
 「村井! あんたこそ責任感じなさいっ」


     4 迷いの道しるべ

 「……その時たまたまおれが通りかかったらな、中からこいつがさけんだんた。『長谷川、助けてくれ』って。で、あわててフェンスを乗り越えかけつけると……」
 「おれはただ、手助けしてくれって意味で呼んだだけだった、ってわけ」
 村井は笑ってる。ほんと、ちっとも反省の色がないんだから。
 「長谷川の助けがあったからこそ、こいつをつかまえられたんだよな」
 「ったく、くだらん理由で規則を破っちまった。しかも今日で二度目だぜ」
 「規則なんか気にすんなよ。立ち入り禁止こそまちがってるんだ。危険かどうかなんて自分で判断するもんだし、それで何かあっても本人の責任だろ」
 ふうん、なるほど。たしかに、人にはみなそれぞれの考え方ってあるものね。
 「だったらもう二度と助けてやらねえからな」
 「まあそう言わず、手助けくらいはしてくれよ」
 やがてあたしたちは、町はずれの竹やぶに着いた。
 村井の言うには、この竹やぶの奥から続く山道があって、そこを抜ければ裏側の目立たない場所から調整池に入れるらしい。
 「けどその山道の入り口がな、最近分かりにくくなってるんだ。春になって、下草や竹の落ち葉がすごいから」
 それで村井は、近くの竹に赤いビニールテープを巻いておいたという。あたしたちはその目印を探した。
 「あ、ひょっとしてこれかな」
 「ああ、それそれ」
 「ここにもあるけど」
 「それもそう、かな」
 「じゃあこっちのはなんだよ」
 「それは……、ええっ?」
 見回せば、そこらじゅうの竹に赤いテープが巻いてある。どっちを向いても、目印だらけ。たくさんの道しるべにかえって道が分からなくなって、あたしたちはとほうにくれた。
 「妨害工作、まちがいなくあの人のしわざだね」
 「あの人ってだれだよ」
 「決まってるでしょ、花岡さんよ」
 「ああ、あの花岡美奈か」
 「花岡美奈、やっぱり来てたんだ」
 「ここまでやるのは、花岡美奈しかいねえよな」
 男子たちが口ぐちにハナオカミナハナオカミナと言っていると、竹やぶの外からクション、クションとくしゃみが聞こえた。
 「もうっ、フルネームで呼ばないでっ!」
 そして声の主は走り去った。
 あの人もたいした人よねえ。本物の目印を取ってしまえばすむところを、にせものの目印をわざわざ大量に用意するなんて。これが、花岡さんなりのユーモアなのかな。


     5 とっさの機転

 さて、裏道が使えないとなると、次の手を考えないと。
 「じつは道路に面した側にもな、一部フェンスがはずれてる場所があって、押せば横からすべりこめるんだ」
 「ならそこから入りましょう。ただし目立つ場所だから、注意しなきゃならないけど」
 「だったらバラバラに行こうぜ。大勢かたまってたら目立っちまう」
 長谷川くんが言った。
 「ちょっと待ってよ。いっしょに入れば、目撃される危険は一度きりでしょ。一人ずつ入ったら、目撃される危険は六倍になるじゃない」
 「じゃあ二手に分かれようぜ。男と女がいっしょにいりゃ、それだけで目立っちまうからな。ムー、キヨ、ほら行くぞ」
 「それでもやっぱり危険は二倍でしょ」
 けれど長谷川はあたしの言葉に耳をかさず、ほかの二人をつれてさっさと行ってしまった。
 「もうっ、ほんと自分勝手な連中なんだから!」
 「あれえ、やっぱりミドリも、長谷川くんたちといっしょにいたかったのかな?」
 アオイが余裕の笑みを見せるから、あたしはますますムキになる。
 「ちがう、あたしたちの方から先に、男子をおいてきぼりにしてやりたかっただけよ」
 今ふと思ったんだけど、男子嫌いのあたしに似て、長谷川もじつは女子嫌いだったりするのかもしれない。

 けれど男子三人は、じきにすごすご引き返してきた。
 「また花岡美奈の妨害工作だ。人が集まってて、あれじゃコッソリ入るなんてとても無理だよ」
 まかせなさい。あたしがなんとかしようじゃないの。花岡さんを、そしてこの男子たちを見返してやる、これこそ絶好のチャンスよ。
 行ってみると、たしかにおばさんたちが数人集まっていた。
  ──何か事件でもあったのかしら。
  ──でも人の姿とは思えませんけど。
 見ればちょうど事件現場のように、路面にチョークで形が描かれている。けれどその形は人間の姿ではなく、巨大な食用ガエルの姿。……たしかに人目は引くけれど、あの人のユーモア感覚にはとてもついていけないわ。
 「なあ寺内、どうすりゃいい?」
 「そうね、少し考えさせて」
 まず心を静めなきゃ。あたしは空をあおいだ。すきとおる糸が静かに流れる。ヤジウマを追い返すには……。好奇心いっぱいの人をあきれさせるには……。そうだ!
 「ちょっと待ってて」
 あたしは一人でヤジウマの中へと割って入った。わざと大きな声でひとりごとを言いながら。
 「ちょ、ちょっとすいません。あーやっぱり、あの人のイタズラ書きだ。ほんと人さわがせねえ。でもどうせ書くんなら、これくらいはやらなきゃ」
 言いながらあたしは、近くにころがっていたチョークを取った。そしてカエルの型取りの中に線を引き、いくつかのブロックに区切った。
 「えーと、ネックにショルダーに、そしてリブ、テンダーロインにサーロイン、それから……」
 ──そうそう、夕食のしたくをしないと。
 ──わたしはこれから買い物だわ。
 おばさんたちは思い出したようにうなずきながら、めいめい散って行った。
 人の姿がなくなったのを見はからって、五人がそろってやって来る。もう、男子と女子でべつべつに、なんてつもりはないようね。ただ、長谷川だけはやっぱり一言多いけど。
 「寺内、おまえすげえな。知らなかったぜ、そんなに悪知恵のはたらくやつだったなんて」
 悪知恵とはなによ、悪知恵とは。でもあたしが言い返すより先に、あおいが声を張り上げていた。
 「なんて事言うのよ。ミドリはとっさの機転がきく、ほんとに頭の良い子じゃないの。それにミドリのおかげでみんな助かったんでしょ。あやまんなさいよ、ミドリに」
 「もういいからアオイ」
 「わかった、悪かった、あやまるから」
 あたしや長谷川ばかりでなく、ほかのみんなもアオイをなだめにかかる。
 「長谷川も悪気はなかったんだ」
 「大きな声出したら、まただれか来るよ」
 「え? あ、そうね。わたしったら……」
 アオイはいつものしおらしさを取りもどした。
 うわさでは、アオイがもしも本気で怒ったら、もうだれにも止められないらしいけど……。


     6 やさしさはそのかげに

 (たちいりきんし)
 (よいこはここであそばない)
 ひらがなばかりで書かれた立てふだが、フェンスの前に立っている。
 「これが目印になってんだ。なかなかありがたい立て札だろ?」
 村井は水そうをかかえたまま、器用に足でフェンスを押さえて中にすべりこんだ。あたしたちもあとに続いた。
 すぐにそのへんでカエルを放して、それでおしまいって事にしたかったけど、フェンス近くじゃだれかに見られそうだし、それに何より、
 「水辺で放してあげないと、モーちゃんかわいそう」
 というアカネの意見を尊重して、あたしたちは草をかき分け斜面を下った。
 それにしても歩きにくいな。草がしげってる上に土がぬかるんでて。と思ったとたん、
 「キャアッ」
 ……やっぱりすべった。服はよごさずにすんだけど、ついた両手がドロまみれ。
 「あーもうサイテー」
 「これで手をふけば?」
 セースイとかキヨミズとか呼ばれてるあの男の子が、あたしに水色のタオルをさし出した。
 「そんなのでふいちゃってもいいの?」
 「いいよ。そのために持ってきたんだから」
 「……ありがと」
 運動神経のニブいあたしを見かねてか、それからはその子があたしを案内してくれた。
 「はい、タオル返すね」
 「いいよ、まだ持ってて」
 「それって、またあたしがころぶって意味?」
 「そうじゃないけど、念のため貸しといてあげようと思って」
 なんかおかしな気分だなあ。今まで話した事もない、まだ名前も知らない相手に、こんなふうに親切にされるなんて。
 ふと見ると、長谷川もさりげなくアオイをエスコートしている。へえ、意外。長谷川にもそんなこまやかな一面があったんだ。親切な男子なんて、教室じゃまず考えられないけど。
 ところで、村井はアカネを……、と思ったら、あいつは水そうをかかえるのに必死だった。それにアカネは手助けなんていらないくらい、運動神経いいもんね。

 そしてあたしたちは、あまりきれいでない水のほとりにたどり着いた。
 さっそく村井は水そうを下に降ろし、フタをはずしてかたむける。食用ガエルはひととびで水中に消えてしまった。
 苦労したわりには、なんかあっけないなあ。感動のカケラもないじゃない。もうちょっとなごりおしそうに、ふり返りふり返り去っていくとかしてくれたら……、そんなカエルがいたらコワイか。
 それでもアカネは、ちょっぴりしんみり顔。そっとしといてあげよう。
 村井の方は、
 「あー重かった。カラッポになったから帰りはラクだな」
 と笑っているけど、あれもきっと、気落ちしてるのをかくすためにはしゃいでいるんだろうな。
 今のあたしになら、かくされたあいつの本心をおしはかる事もできる。


     7 きらめくために

 「さて、やっと作戦終了、と」
 「これにて一件落着。さ、帰ろうぜ」
 「ちょっと待って。外に人がいないかどうかあたしが見てくるから、しばらくここで待ってて」
 緊張感を解いてうかれるみんなをおしとどめ、あたしは最後の偵察を買って出た。なんだか、外であの人が待ちかまえているような気がしたから。
 その予感は当たった。道路には花岡さんが立っている。フェンス越しに、あたしと花岡さんは向かい合った。
 「やっぱり、事件の黒幕は最後にあらわれるものね、花岡さん」
 「わたしを悪役に仕立てるつもり?」
 「だってそうじゃない。いつもいつも、あたしたちのじゃまばかりして」
 「それなら寺内さんは、いつでも正義の味方なのかしら?」
 花岡さんはフェンスに歩み寄り、立て札に手をかけた。(たちいりきんし)の立て札に。
 「それは……」
 あたしは口ごもる。花岡さんは余裕で笑った。
 「安心して。つげ口なんてケチなまねはしないから」
 「それで弱みをにぎるつもり?」
 「もう、わたしをそんなに悪く見ないでよ。今日のあなたたちの行動には、わたしも安心してるんだから」
 「え?」
 「カンペキな正義の味方なんて、つまらないものじゃない。人間って、たまには良くない事もしたり、バカな部分もあったりするのが自然でしょ」
 「……そう」
 「いろんな面を持って、いろんな色を持つような人こそ、きらめいて見えるものよ。だからわたしはこれからも、良い事でも良くない事でも、自分の思う通りにやるつもり。自分が自分としてきらめくために」
 「きらめくために……」
 花岡さんはそのまま背を向け立ち去っていった。けれど路上の例の落書きのところまで行くと、もう一度あたしの方をふり向いた。
 「優等生の寺内さんにも、こんなユーモアのある意外な一面があったのね」
 その好意的な言葉にあたしが思わずほほ笑むと、
 「それとも、これは悪知恵かしら」
 もうっ、長谷川のセリフをどこで聞いてたのよ。

 「道にはだれもいなくなったよ。今のうち早く外に出よう」
 みんなのところにもどったら、男子三人がいなくなってた。
 「裏から出ようって、先に行っちゃった」
 あ、そっか。目立たない裏口があるって言ってたっけ。うっかりしてた。でもそれにしても、あたしたちを置いてくなんて、やっぱり男子は冷たいんだから。
 それから、もう一つうっかりしていた。
 「このタオル、返さなきゃならなかったのに……」
 「いいじゃない。セースイには明日学校で返せば」
 広げてみると、タオルの端には「清水」と名前が書かれている。
 ……シミズくん、だったんだ。そうだね。シミズくんはクラスメイトなんだから、明日会った時に返せばいいんだね。
 明日になればまた男子達は、無神経で幼稚で不親切で、うっとおしいだけの存在になるんだろう。でもせめて、「きのうはありがとう」の一言くらいは、あたしも素直に言えるかな。


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